広い境内。後方に控える東京タワーに負けじとばかりの存在感。これを菩提寺 とした徳川家の真意がなんとなくわかる気がする。 自己の権勢を誇ったか、それとも死してなおその力を活用せんとしたか。 現代に生きる自分にはどうでもいいことだが、その理屈が通用しない人種も、 稀にだが存在する。 ――いるとしたら、このあたりだが。 参拝客にまぎれ、眞崎は周囲をうかがう。とりあえず人の流れに沿い、本堂へ 足を向けることにする。 儀礼以外の何物でもないというほどおざなりに手をあわせ、広い階段を降りる。 雲行きが怪しい。雲の動きが速くなっている。――雨がくるかもしれない。 どこなく、風も冷たくなってきたような気がする。急いだ方がよさそうだ。 人目を避けるよう。できるだけ影に。歩きながら、そういう場所に目を凝らす。 気配を探る。隠れてはいるが、独特の気だ。間違えることはない。 太陽が雲に隠れた。日はさえぎられ、地上に影が落ちる。 「――いるんだろ、如月」 一瞬だけ、気配がした。間違いない。いる。 木の幹にもたれ、気配を探る。 「…君が、こんなところまで来るとはね」 ゆっくりと姿を現す細身の青年。同年代らしからぬ、尋常でない“気”。 ここが、彼らの守るべき場だからか。 「北区からわざわざお越しのお前より、マシだと思うがな」 相変わらずの制服姿のまま、如月は眞崎をにらみつける。 「僕にはここを護る義務がある」 「それはそれは」 八月の一件の後、ここがどうなっていたのか、眞崎は知らない。 水岐や水角たちが増上寺の封印を解いたのは知っている。ということは、この 男は一人でその封印を戻したのか。 「水角たちの一件か」 「あのときの封印なら、すでに戻してある。今は…事後調整といったところか」 「仕事の早いことで」 仲間になったとはいえ、まだまだそれに慣れているとはいい難い。 この男は、他人を頼るということを極端に嫌う。頼るどころか、接触すること すら嫌悪するふしがある。 ――だからこそ、ちょっかいを出したくなるのだが。 「で、何か用なのかい?」 「いや」 そう言うと、露骨に嫌そうな顔をする。わかりやすい反応だ。 「お前の顔が見たくてな」 「冗談なら、またにしてくれないか。僕にも都合がある」 「冗談と本気の区別もつかないような仲間に、命を預けるつもりはないんだが」 「預けられたつもりはない」 如月は眉をひそめ、そっぽをむく。 「そういうな。事情はどうあれ、同じ敵を持つ同士だろうが」 あえて――『仲間』という言葉を使うのは避けた。彼の気性に合わせて。 「そうだな。だからといって――」 空を切り裂く音。 眞崎の耳元に、クナイが刺さる。 「なれあうつもりはない」 「きついことで」 わざと、あざけるように笑う。避けもしなかった。 この男と、こういう駆け引きをするのは愉快だ。彼にとっては、不愉快なこと だろうが。 風が冷たい。真剣に降りそうだ。 「いつまでも、そうして自分の《宿星》にとらわれているつもりか?」 何よりも、それが眞崎の気に食わない。 如月が他の仲間たちよりも、この戦いの中枢を知っているのは確かだ。だが、 その分彼が自縛の道を歩んでいるのが不満でならない。 ――自分の道を強制される必要がどこにある。 そう信じる眞崎にとっては。 「言っただろう。これが僕の義務だ」 「ほう。ならお前の権利はどこにある」 「……」 「義務と言ったな。ならば権利もあるはずだろう。お前の――如月翡翠の権利は どこにあるんだ?」 「それを求めてどうなる。僕に、僕の受け継いだ歴史を放棄しろと?」 怒っている――らしい。 それなのに、どうしてこんな表情をするのだろう。 「お前の受け継いだ歴史の中に、お前はいない」 耳元のクナイを抜き、手のひらでもてあそぶ。 「――お前の背負った歴史や《宿星》の中に、“如月翡翠”という個はないんだ」 人が行動する理由は様々だ。 あくまで己の望みに従うか。 自分以外の「何か」のために動くのか。 眞崎はあくまで前者につく。自分がそうだし、そういう人間が好きだ。 その対極に、如月は位置している。 だからだろうか――これほど気になるのは。 「それが、どうかしたのかい?」 冷静な口調で如月は言い放つ。その口調だけは、水のように冷たいままで。 「僕はそうあるように育てられた。それが正しい姿だから」 “正しさ”とは、誰が決めるのか。 歴史か。伝統か。時代か。 そんなもの、決まっている。 自分自身だ。 「君とは、生き方が違うんだ」 「だろうな」 ならば、彼は何のために『ここ』にいるのだろう。その気になれば眞崎を追い 払うことぐらい、如月なら不可能ではあるまいに。 「それくらいは、さすがにわかってるか」 手のひらで遊ばせていたクナイ。手首をひるがえし、それを主へと返す。 音を立てて飛んだそれを、如月は二本の指を立て、顔のそばで受ける。 「まだまだ先は長いんだ。これで終わりと思うなよ」 「言いたいことはそれだけかい?」 「…不機嫌そうだな」 「自分の邪魔をされて、愉快な人間はいないだろう」 事実だ。もっとも、“それ”が目当てでここに来たのだが。 「ま、気楽にいこうぜ。お互いにな」 「……」 すれ違いぎわに、軽く彼の肩を叩き。 彼がどんな表情をしているか、手にとるようにわかる気がした。 木立を抜け、天を見上げる。一瞬感じた視線は、そのまま消えた。 ――相変わらず、素直でないことで。 微笑を苦笑に変え、眞崎は歩き出す。 最初の雨粒が、頬に触れた。
俗っぽい増上寺です。←親しみやすいと言え。
というわけで若旦那。最近主如の人らしくないと言われたので、久々に萌え。
昔ここで、心中事件があったそうです。大奥の女性と増上寺の僧侶の間で。
かなり有名な話らしいですが、外聞を気にした幕府によって、名前は完全に削除されてます。
心中って、なんか響きが艶めいていると思いませんか。俺は好きです。
心中の本場(なんだそれは)で育ったせいか、近松を見てたせいか、さて…。
この話は、如月ごと加村美有様へ。返却可。