< 菩薩銃6

菩薩銃・マキシマム シックスミッション

 

「うふふ」

 おとぎ話のお姫様。最後は必ずハッピーエンド。
 王子様がやってきて、手に手をとってお城まで。
 ――だけど忘れちゃいけないよ。
 白雪姫がお妃に何をしたか。シンデレラがまま母たちに何をしたか。
 お姫様は、いつだって綺麗な毒をもっているものだから。
 そう、あの『菩薩眼』も。


 美里葵。世界でも最強の『菩薩眼』。それが彼女である。
 下界の一般ピーポーの人々の考えなど、彼女にはまったく関係ないことである。
 何故なら彼女は『菩薩眼』。
 全てを超越したところに彼女はいるのだから。

 新宿・桜ヶ丘中央病院。
 繁華街を「通り過ぎ」た彼女は、その鬼ヶ島にも似た病院の前で立ち尽くした。
 ――「生理的に」ここは受け付けないのである。
 美里葵にとって、まさにここは「鬼門」だった。
(鬼たちがいて、その頭領までいるのよ)
 世界は彼女を中心に回っている。
 すべては彼女に奉仕する奴隷。ただ一人をのぞいては。
 その、「ただ一人の」人間は、ここに来ている――らしいのだが。

 他の人間が彼に手を出そうなんて、盗人猛々しいにもほどがあるわ。
(上の分には誤りがあります。探し出して訂正しなさい。配点8点。)
 いきなり現れて、彼にモーションかけるなんて、ずうずうしいとは思わないの。
 私なんて、彼が転校してからの仲だというのに。

 その理屈だと、『黄龍』を手に出来るのはマリア先生のような気がするが。
 だが、『菩薩眼』には関係のないことである。世界のすべては彼女の為に。
 理屈も常識も普遍的無意識も、彼女の信じる運命の前には、哀れな子羊同然。

 ――ともかく、美里の陶酔はさらなるパワーアップをとげていた。
 そのとき。
「おや、めずらしいですね、こんなところで」
 声をかけられるまで反応しなかったのは、うかつとしかいいようがない。
 この「菩薩レーダー」をもくぐりぬけたのは。
「お久しぶり、壬生君」

 ――菩薩眼ターゲット・滅殺リストNo'5・壬生紅葉。

 さすがはアサシン。この気配の消し方はプロである。
 しかし。
 あちらがプロならこちらは本能。(欲動でも可。ていうかもう何でもいいや)

 相変わらずすました顔してるわね。
 クールとかなんとか言われてるみたいだけど、それってキャラがたってないと
言わないのかしらねぇ。『宿星』もなんだかよくわからないし、ああでも、妙に
『黄龍』と近い位置にあるのよね。忌々しい。第一、表裏一体ってどういうこと。
貴方と皐哉じゃ雲泥の差じゃないの。

(作者注・菩薩眼とは究極の色眼鏡である。一切の理屈が無用の素晴らしき眼鏡)

 ともかく、心優しきアサシンが、滅殺リストの上位にランキングされている、
この事実は間違いなさそうである。

「どうかしたんですか? こここに誰か知り合いでも」
 当たり障りのない文を選ぶあたり、さすがはアサシンね。生存本能が立派だわ。
『おめでたですか』なんてくだらない冗談をかましてくるようなら、即ジハード
かましてろうと思ったけど。

 …そんな命がけのギャグは、京一でもかましはしない。
 
「皐哉がいるって聞いたのだけれど、会わなかった?」
「彼なら…」
 無論、菩薩眼は見逃さない。一瞬だけ、壬生の表情がこわばったのを。
 たくみに次の瞬間にかき消されはしたが、何かこの男は知っているのだ。
 知っていて、隠している。

 ――真実の隠匿は、神を愚弄する大罪よ。貴方、それを知っていて?
 菩薩ゲージが着実に上昇していく。ここまできたら、ノーブレーキである。

「彼ならさっき別れたところだよ。歌舞伎町の方に知り合いがいるとかいって…」
 
 歌舞伎町ですって? あんながらの悪いところに彼を一人でやったというの?
 それを黙って見送るなんて。
 ああ、早く私が行かないと。かれを一人にしておいてはいけないわ。
 しかも歌舞伎町といったら、あのバンカラ博徒のテリトリーじゃないの。

 これらの陶酔に必要とする時間は、わずか0.3秒。
  だが敵もさるもの。技と気合いで裏社会を渡り歩く暗殺者である。
 相手の異変に気づき、思わず身構えた。
 ――その動きすら、菩薩眼は察知しているのである。おそるべし、菩薩眼。

「何なら案内しましょうか。僕も知らない訳じゃない」
 同行すれば、いきなり被害を受ける可能性は低い。壬生ならではの機転である。
 が。
 そんな機転も何もかも、彼女の前では単なる小技。ああ菩薩眼。
 その心理を読み解くと、こうなる。

 …ちょっと待って。
 私の知らないような場所を、どうして貴方が知っているの?
 皐哉に関しては、私より貴方が詳しいっていうのかしら。それは…。

 それはちょっと、生意気じゃない?


 回避か防御か。壬生が選択するのに要した時間は、常人の15分の1。
 素晴らしい反応であった。今までの最高記録だ。おめでとう。
 だがその選択時間よりも早く、聖母の光が辺りを包み込んだ。
 そう、彼女の発動時間は、壬生の行動速度を凌駕していたのである。
 悲しきかな。常人レベルは所詮常人。神にも等しき存在の前では、無に等しい。
 ――少なくとも、菩薩眼の女にとっては。

「…しくじったな…」
 かすかな舌打ちの音すらかき消して、天の光が降り注ぐ。

 よかったわね。ここは病院よ。救急車を待って死ぬ、なんてことはありえない  
から、御安心なさい。
 …もっとも、そんなものでくたばるような、やわな男じゃないでしょうけど。
ああ、憎まれっ子なんとやらって本当ね。
 そういえばここ、何科の病院だったかしら。まあいいわ。


 美形には甘い院長によって、壬生が発見されたのは三分後。
 院長が張った結界の中で、これだけの大技を放ったのは誰なのか。あえて誰も
問おうとしなかった。賢明な判断である。
 …壬生の方も答える気はさらさらなかったろうが。受難。



 ――さあ、今度は歌舞伎町ね。待っていて。
 彼女の微笑みが周囲を凍らせた。
 その笑みはあまりに美しく、そしてあまりに人から遠い。

 彼女の名は『菩薩眼』。運命すらもねじまげ、叩きつぶす、究極の女性。
 そして彼女はこれからも進むのだ。ただ一つの目的のためだけに。

 その気高き声と微笑に跪くがいい。彼女は――『菩薩眼』なのだから。
 

『うふふ』

 


 

マジで久々の菩薩銃でした。
一回データがとんで、その後復活させたという曰く付きの菩薩銃です。さすが壬生。
日付がないのでわかりませんが、かなり久々ですよね…。はは。
作中でさんざんひどいことのたまってますが、作者は壬生嫌いじゃありません。 むしろ好きです。
そういうわけなんで、許してやってください。
さあ、次はラッキーセブン。すなわち奴です。

 

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