菩薩銃・マキシマム

 

「うふふ」

 蓬莱寺京一は恐怖した。背筋が凍る――というよりも砕けるような威圧感。
 その声が誰のものなのかは考えるまでもない。野生の本能がそれを脊髄反射で理解した。
「よ、よう…美里…」
 威圧感などというものをすでに超越した、殺気と呼べる領域になった微笑みと共に、真神の
誇る才色兼備の生徒会長は優雅に歩いてくる。
 ――こういうときの方がやべぇ…。
 いつもなら皐哉を盾にして逃げられもするが、(その後の皐哉の仕返しよりも会長の方が
怖いということだ。)今日にかぎって皐哉は用事があるとかいって先に帰ってしまっている。
「ねぇ、京一くん。皐哉を知らない?」
 何も知らない男が見れば、顔中の筋肉がとろけそうな笑顔をしながら、美里は言う。
「いや、俺は…」
 知っている。だが今行き先を言えば、皐哉は確実に滅殺される。
 ――紗夜ちゃんと会うなんていったら…。

 多分、自分も巻き添えだ。

「本当に知らないの?」
 恋する女は鋭い。そしてしつこい。
「ああ、じゃあ俺も部活があるから…」
 そうきびすを返した途端、黒い天使が空を染めた。

「珍しいのね、部活に出るなんて」
 主天使の黒…。

「あ、ああ、たまには顔出さないとな。ほら、一応俺部長だし…」
 美里の指に、鷹眼石の指輪が光っている。まずい。射程外まで逃げられるか。
「あんまり珍しいことしてるから、なんだか…」
「なんだか?」
「なんだか、隠しごとしてるみたい」
 笑ってる。笑ってるよ会長。つーか俺何かした? 
 俺がしたことっていったら、京都で女風呂覗いたくらいじゃないか。

 女にしてみれば充分な理由だが、それはこの際関係ないだろう、きっと。

 ごめんなさい、お母さん。僕は不幸な子供でした。(←字が違うぞ京一)
 心の中でグッバイ、別れを告げて、京一は現世の情景を目に焼き付けた。

 
 ああ、赤い天使がお空にいるよ。

####          ####

「ダメじゃないの、京一くん。廊下を汚したりしたら…」
 放課後なのに誰も3年廊下前にいないのも、きっと菩薩パワーのなせるわざなのだ。
 『原因は貴様だ』というつっこみも菩薩パワーの前では塵に等しい。
「そうそう。肝心なことを聞き忘れてたわ。皐哉を知らない?」
「う…」
「困ったわ。『う』だけじゃわからないわね」
 それでも木刀(中身は一応木刀。但し阿修羅)を手放さなかったのは剣聖の意地か。
 
 しかし、どうみてもこれでは「屍」である。

「私はどうしても皐哉に会わなければいけないの。わかる?」
 自分の本心を言えばどうなるかぐらいのノーミソは、なんとか京一にもあった。
 ノーミソというより野生の生存本能というべきか。
「菩薩の宿星を持つ哀しき女。それが私。黄龍の器たる皐哉とは、いわば宿命に
結び付けられた仲なの。そう、運命の女(ひと)とでも言うのかしら…。
洋風に言えば、『ファム=ファタール』ね。すなわち彼と私は、何よりも
断ちがたい絆に支えられた、天より与えられた至上の恋に落ちる宿命を持った二人。
貴方たちとは違うの。わかる? 当然わかるわね。ここまで説明したんだものね」
 『ファム=ファタール』?
 それが一体何語なのか、当然京一は知らない。
 それ以前に、そこからどうして皐哉と会わねばならないのかという理由が、
さっぱりわからないあたり、さすがヒロインである。
「わからないの? ダメじゃない、京一くん。ちゃんと勉強してないと」

 笑ってます。『うふふ』な恋する乙女モード炸裂です。

 そして聖戦。さようなら世界。

「そういえば、今回は補習大丈夫?」
 
 それより先に命がやばい。
 
 聖母の微笑みが京一を襲う。ていうかすでに戦闘不能だし。  

「………あら、どうしたの。手が震えてるけど」
 それは死後硬直…というわけではないらしい。とりあえずは、まだ。

「…あいつ(ガハッ)なら、たぶん(ゴホッ)新宿で、劉と(ゲハッ)会ってる…」

 京一の吐血でさらに廊下が汚れたが、汚れなき真神の聖母と称えられる、
麗しき生徒会長は、喜びに頬を赤らめたまま、見向きもしない。

「よかった。新宿ならまだ間に合うかもしれないわね」
 真っ赤な髪の京一。真っ赤に染まった廊下。
 間に合わないのは蓬莱寺京一。止められないのは菩薩眼。
 舞い上がった声が京一の頭上から降臨した。

「ごめんなさい、手間を取らせて。それじゃあ」

 華麗なステップで彼女は去っていった。冷たい廊下に残された、哀れな
男子学生のことなど、当然の如く頭から消えているようだ。


 ――すまん、狂哉…。
 俺、お前を売っちまったよ。やっぱり人間自分の命の方が大事だもんな。
 でも俺、タイミングミスったみたいだな…。
 本当のことは言わなかったけど、きっとあいつなら最悪のタイミングで、
最悪な状況のときに現れてくれるぜ。
 それが『菩薩眼』だからよ…。

  ああ…なんか…冷たいな、廊下って…。


 京一の脳裏に去来したもの。
 それは忌まわしき声。
 その声を最後に、京一の意識は霧散した。


『うふふ』

 


 

なんでこうすんなり書けるかな。いつもの数倍の速度だし。
京一、すまん。次は劉。なんていうか、身内の本命ばかり犠牲者に…。
でも一番会ったらマズイのは如月と天野でしょう。はぁ。
実はしばらく続きます。続けるなと言われても多分。

こんなもの書いてますが、俺別に葵嫌いじゃないです。
特に葵様は(笑)

 

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