偶像・火

 


 落日――落ちていく日。紅に染まる現の世。
 陥落――落ちていく誇り。傷つけられた矜持は叫ぶ。
 落命す、同胞の姿とその屍。落ちてしたたる紅い血だまり。
 覚醒し、そして哭した。
 傷つき斃れた同志の中で、紅蓮の炎を思い描き、哭いた。
 裏切られた己と、死した友のため、そしてその卑劣を憎んだ。
 どれだけ哭いても、涙をぬぐう両腕はない。それが憎悪を生んだ。

 いつかこの炎は広がるだろう。いや、広げねばならぬ。
 自らの憎悪と世の矛盾をしらしめる狼煙として。
 そして――この現世を焼き尽くす劫火として。


 自分と同じ怨恨をもつ者たちとはいえ、火邑と村人たちではどうもそりがあわ
なかった。異形の外見が人を警戒させてしまうのだろう。当人も自覚している。
子供に好かれるような柄でもない。
 なにより火邑自身が、村人の暮らしとなじまなかった。
 どんな恨みもつ者たちであろうと、生きていく以上、そこには日々の暮らしと
いうものがある。そういったかりそめの平穏が、火邑には耐えがたかったのだ。
 それが悪いというのではない。ただ己に向かぬというだけで。
 もともとそういうたちなのだろう。安穏とした日々よりも戦乱を好む性なのだ。
 火邑が、村の外に出たがる理由がそれである。
 一歩村の外に出れば、混沌とした戦乱の気が満ちている。この《気》が火邑に
は心地よい。外気とあまりに対照的な鬼哭村の平穏は、火邑の気をそぐのである。
 無論、自分を救ってくれた長には感謝している。
 標的を定めてくれたということについてはもちろんのこと、生きる糧という、
目に見えぬものをも与えてくれた。
 そのためとあらば、多少そぐわぬ気も我慢しようというものだ。

 村に戻り、義手の調整を終えた火邑は、双羅山を徘徊していた。
 夕暮れの、他そ彼時の世界が好きだ。――世界のすべてが燃えているようで。
 そして紅蓮の世界の後に、静かな闇が訪れる。なんとも素晴らしいではないか。
 戦うことしか知らず、戦うことしか考えられぬなら、他のことを考えねばよい。
戦うことを――それだけを課して生きる。それこそが火邑の復讐であり、あの場
からただ一人生きのびた者ができる、唯一のつぐないであるような気がした。
 自分は他人を率いていけるような器ではない。戦いのことしか頭にない男には、
誰もついてきはしないだろう。
 だから自分は「駒」なのだ。誰よりも激しく、誰よりも熱く燃える戦場の駒。
 駒がすべきことはただ一つ。――主の命のもと、戦うこと。これだけだ。実に
単純でよい。
 裏切られた理想と、傷ついた誇り、失った夢の代わりに、「彼」はもう一度、
戦う場を与えてくれた。
 ならば自分は、この身命を賭して戦いぬいて主にむくいよう。それが駒のある
べき姿であり、存在する意義というものだ。
 そして「彼」は、きっと誰も裏切らない。
 自らの率いる者の忠誠と痛みを背負い、前へと進んでいくだろう。自分はその
さきがけ。「彼」が進む道を炎で清める者だ。
 戦って戦って戦い抜いて、その先に「彼」の理想とする、新しい時代があるの
なら、戦う甲斐もあるというものだ。

 日がゆっくりと落ちていく。世界が暗くなりはじめる。
 火邑は迷わない。駒には迷っている暇などないのだ。
 新たな任務を受けるため、火邑は村へと向かう。

 ――紅蓮の髪の男に会うために。




 


むう。意外と難しかった炎邑。
彼のバックボーンと現在のキャラがなかなか一致してくれなかったのが原因かと。
話としては気に入ってるんですが…。
短いのは作者の葛藤のためと思ってください。…好きなのにな…。

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