バレンタイン大戦S



 それは、いつもの朝のような風景だった。
「よ、狂哉」
 登校途中の京一が肩をたたいてくる。
「めずらしいな、京一。お前が朝から来るなんて」
「…ほっとけ。お前だって遅刻常習犯のくせに」
 と、心暖まる不毛な会話を繰り広げながら、真神の有名人二人は校舎に入った。
後輩からの挨拶を軽く受け流し、靴を履き替えようとしていたときである。
「な、狂哉」
「なんだ?」
「あれ、醍醐じゃねぇの?」
「…そうだな」
 190もある大男を見間違えるはずがない。しかし、彼がいったいどうしたと
いうのだろうか。
「なにやってんだ、醍醐の奴」
 彼は、自分の下駄箱の前で硬直していた。客観的に見れば、かなり異様な図で
あろう。(客観的でなくとも充分どうかと思われるが)
 
 行動選択。醍醐に話しかける。 醍醐に話しかけない。
 →醍醐に話しかける。

「おい、なにやってんだよ、醍醐」
「ん? ああ、京一か」
 かなり無理をして現実に戻ってきたらしい。
「どうしたんだよ、下駄箱開けたまま硬直して…って、ああ」
 割り込むようにして下駄箱の中をのぞいた京一がうなずく。
「…あのな、醍醐。今どきバレンタインにチョコレートもらうくらいで硬直する
奴がどこにいるんだ?」
「ここにいるぞ」
「いいじゃねぇかよ、もらえないよりもらった方が」
 眞崎のつっこみは完璧に無視された。
「ということは、たぶん俺の方も…」
 完全に浮き足だっている。京一はゆっくりと下駄箱を開ける。
「…っしゃぁっ!」
 丁寧にガッツポーズまで決めている。いいかげん、恥ずかしくないのだろうか
と思う眞崎だが、そこでつっこめたのは約一年前の話だ。今ではもう、口にする
気もなくなった。――慣れとは恐ろしいものである。
「ありがとう、美人のおねーさんたち!」
「…別に美人とは限らんだろうが…」
「なにを言うんだ狂哉。俺にチョコレートをくれる目の高いおねーサマ方たちが、
美人でないはずがないだろう!」
「あー、お前の言いたいことはよくわかったよ」
 半ば呆れながら、眞崎は靴を脱いで自分の下駄箱を開ける。
 次に硬直するのは自分だったらしい。
「どうした」
 二人が眞崎の方をのぞきこむ。中に入っていたのは、見事にラッピングされた
チョコレートの数々。
「げ、俺より数多いじゃねぇか…」
 くやしそうにつぶやいたのは京一。醍醐はどう声をかけていいものか、判断に
迷っている。靴を片手に持ったまま、眞崎の手が震えていた。
「どうしたんだ、狂哉」
「――信じられん」
「信じられんって、なにがだよ。チョコレートの数か?」
「なにを考えたらこんなことができるんだ?」
「こんなことって、チョコもらっておいてそれはないだろうが」
 
「どうすれば…食べるものを履物と一緒に入れようなんて思うんだ?」
 まだ爆弾が入っていた方が、眞崎には納得できるのである。


 …かくして、女の戦い――バレンタインは始まりを告げた。


 眞崎は機嫌が悪かった。朝いきなりの下駄箱攻勢が、かなり効いたようである。
 ――もっとも、一般女性徒にとってそんなものが関係あろうはずがない。
 真神学園の中でももっとも目立つグループ――この場合、良い意味でも、悪い
意味でも、であるが――その中でさらに異彩を放っているのが眞崎である。
 人当たりのよい京一と違い、攻略は難しいとされているのだが。
 …しかし、今日はバレンタインデー。女がさらに攻撃力を増すという、世にも
恐ろしい日である。
 ――この日を逃していつがある。
 だいたい、このグループ全員が三年生である以上、後は卒業式を待つのみだ。
玉砕覚悟で手渡しにくる後輩が教室まで来たとしても――無理はない。
「あー、皐哉」
「…なんだ」
 廊下で愛想良く後輩からチョコを受け取っている京一を見ながら、醍醐は眞崎
の隣りに座る。
 自分の席で伊達眼鏡をかけながら、読書をしている…つもりらしい。 
「受けとってやったらどうだ。…まあ、あいつほどとは言わんが」
「…とことん、お前って人がいいのな」
「……」
 不機嫌を隠しもしないあたり、かなりきているらしい。眞崎にしてはめずらし
いことである。
「一個受け取ったら十個くると思え。これが鉄則だ」
「別に…害はないわけだし、な…」
「すでに俺のカバンには入りきらなくなっている」
「……」
 下駄箱に入れるくらいなら、机の中に――。そう作戦を練った者も多かった。
 眞崎は教科書の半分は置いて行く。それでもまだスペースに余裕はあった。
 ――はずだった。
 本来なら書物が入るはずのその場所を、やはり見事にラッピングされた物体が
占拠しているのを見つけたとき、眞崎は人知れずため息をついた。
「これ以上、どうするというんだ。だいたい学校から帰ったら帰ったで…」
「まだなにかあるのか?」
「マリィが『明日はチョコレートクッキー作る!』とか言ってたからな。確実に
俺にまわってくるはずだ」
 相変わらずうつむいたまま、眞崎は文庫本に目を通している。
「別にいいじゃないか」
「マリィが来るということはだ、一緒に住んでいる美里が何もしないはずがない。
それに他の連中だって…」
 来ないと言いきれるのは芙蓉くらいのものだろう。義理・本命のどちらにせよ、
自分のところに何かしらの形でまわってくるのは、ほぼ確定といえた。
「あの…」
 眞崎が露骨にイヤな表情をして、顔を上げた。
 とうとう、手渡しで特攻をかけようとする勇者が現れたらしい。
 顔と名前が一致しないところからして、後輩なのだろう。転入して一年にしか
ならない眞崎が知っている顔など、たかがしれているのだが。三つ編みをおさげ
にした、おとなしそうな生徒である。
「これ、受けとってもらえますか…?」
 疑問文であるが、この場合は疑問文の方が強制力が強い。
 しかも外装から察するに、これはおそらく――手作りと見た。
「悪いが、今日は…」
「あれー、狂哉! どうしたの?!」
 言いかけた言葉はあっさりと、元気の良すぎる声によってさえぎられた。
 ――今日は受難だ。頭を抱えたくなる衝動をこらえながら、眞崎は振りかえる。
「桜井…あのな…」
「あれ、夕実子ちゃん?」
「知り合いなのか?」
「うん。うちの副部長と仲いいから。そっかー、狂哉にチョコレート渡しに来た
んだ」
 いわずもがなのことを言われて、彼女は耳まで赤くなっている。
「受け取んないの? 狂哉」
「……」
 小蒔も女だ。いざとなったら「彼女たち」の味方につくことは目に見えている。
「受け取ったげなよ、ね」
「桜井。こっちにはこっちの事情がな…」
「ワガママなんて、狂哉らしくないぞ。ボクの頼みでもダメ?」
「……」
 どうしてこう、女というのは押しが強いのか。
「あの、桜井先輩。いいですから…」
「大丈夫だって。こう見えても狂哉って、女のコには優しいから」
 何が大丈夫なのか問いただしたい。(句読点含む四十文字以内で簡潔に答えよ)
「はい、狂哉」
 強引に小蒔は彼女のチョコレートを受け取り(男子陣には「奪う」ように見えた
のだが、錯覚として扱うことにする)、それをそのまま眞崎の手に押しつけた。
「――桜井…」
「ほらね。まさか、それをそのまま捨てるなんてことするわけないよね」
 繰り返す。疑問文ほど強制力は強い。
「狂哉はおっかなく見えるけど、意外と優しいんだよ。ね」
 …「ね」じゃねぇ、「ね」じゃ。
 そういう男の本音は無視されるのがバレンタインデー。
「仕方ないな、狂哉」
「他人事だと思ってるんじゃないだろうな…」
「お前ほどじゃないからな」
 こういうときにあっさりと戦線離脱する醍醐が、憎くないといえば嘘になる。
 とりあえず、これで大勢決したな、と、それこそ他人事のように、眞崎は内心
苦笑した。


 それから。
 休み時間のたびにやってくる女性徒をかわすのも面倒になった眞崎は、いつも
の面々と、屋上にきた。
「へっへー。今年も結構あるじゃん」
「歌舞伎町の件がなかったら、もっと増えてたかもね」
「なにいうんだ、女のクセにチョコレートもらうような奴に言われたくないね。
…って、お前男だったけ」
「…京一ィ!」
「やるか? 男女」
 なんだかんだいって、小蒔もチョコレートをもらったらしい。女というのは…
わからない生き物だ。 
「お前らな…いいかげんにしろ」
 眞崎はうんざりしながら二人を止める。
「機嫌悪いな…大将」
「悪くもなる」
 美里だけがなにも言ってこない。これも――気になるところなのだが。
「あれから何人の相手したと思ってるんだ。一人受け取ったのがわかって、それ
こそ雨後のタケノコの如くわいてくる。カバンに入りきらないほどもらってどう
しろというんだ?」
 昼もゆっくり教室で食べられない――めずらしく眞崎がぐちった。
 昼休みは他の休み時間より時間が長い――それゆえの好機でもある。つまりは、
それだけ人が来るというわけで。
「仕方ないよ。狂哉って後輩に人気あるみたいだし」
「なに?! この慇懃無礼、冷血野郎が?!」
「お前…『慇懃無礼』の意味知ってるのか…?」
 彼の国語の成績を知る限り、あやしいものである。
「うちの部活でも結構話題だったからね。ほら、狂哉って顔は悪くないし」
「たしかにそうだけどよ…。顔なら俺だって…」
「で、京一にはないものがあるから」
「俺にないものってなんだよ」
 コンビニで買ってきたらしい、フルーツ牛乳を飲みながら、小蒔が言う。
「知性と品性…かな」
「…おい」
「そういうクールっぽいところがいいんだってさ。あと無愛想なトコとか」
「こいつが無愛想?」
 人を指差して京一が怒鳴る。
「戦闘中の狂哉見てたら、絶対にそんなこと言えねぇって。笑ってんだぜ、戦い
ながら。すっげー楽しそうな顔して」
「それは…どうしようもないだろう」
 醍醐が弁護してくれるが、はたしてこれは弁護になっているのだろうか。
「とりあえず、女には人気あるんだって。京一とは違う意味で」
「なんだか納得いかねぇな…」
 いこうがいくまいが知ったことではない。
 普段の眞崎は、一見とっつきにくい人間とみられているらしい。事実、眞崎が
極力人間と関わるのを避けているのだから、仕方ないことではある。
 それゆえに燃える、物好きな方々もいるということを、今日は実感したわけで。
「どこ行くんだ?」
 立ちあがる眞崎に声をかけたのは京一。
「あ、昼飯買いに行くの忘れた」
「狂哉、お前昼買ってこなかったのか?」
「購買があるからいいと思ったんだが、行き損ねた。ついでだから、なにか紙袋
でも買ってくる。…あれじゃ持ち帰れん」
「今日、購買休みだぞ」
「…本当か?」
「臨時で休業だって、一週間前から掲示出てたぞ」
「しまったな…」
「どうするんだ、昼ヌキか?」
「食べるものがあるからな。それですます」
「食べるものって、ひょっとして…」
 眞崎が、妙に悪役チックな笑みを浮かべる。

「入りきれないほどあるんだ。もらったものだし、いつ食べたっていいだろう?」



 
 栄養面では問題がある食事にとりかかったのは、昼休み終了15分前。
「お前な…マジで食うか?」
「俺の勝手だ」
 眞崎の足元には、すでに袋が五つ転がっている。
「甘党じゃないんだがな、俺…」
 そう言いながら、眞崎は六つ目のチョコレートに手を伸ばした。ラッピングを
解いたその手が、ふと止まる。
「どうした」
「…おかしい」
「なにが。毒でも入ってたか?」
「食べる前にわかるわけないだろうが」
 京一の頭を問答無用でこづく。 
 言いながら、市販品らしきショコラの粒を口に放りこんだ。
「傾向が統一されてる。さっきからビター系ばっかりだ」
「そんなの、不思議じゃねぇと思うけどなぁ」
「この世に何種類のチョコレートがあると思ってるんだ。だいたい、六個あけて
六個ともビターというのは確率的に…」
「狂哉は、ビターは嫌いなの?」
「いや、チョコの中では結構いける。甘すぎる方がだめだ」
「だったらいいじゃないのかなぁ…」
「それはそうだが…」
 七個目をあける。
 眞崎の目が止まった。
「あれ、もしかして…」
「ひょっとして、また同じ…?」
 なにやらメッセージつきの板チョコを、乱暴にかじる。ほとんど一息といって
いいほどの速さだった。
「…思い出した」
「は?」
 口元を拭い、手を払う。口の中が甘い。散らかしたチョコレートの残骸を律儀
に拾い、ポケットにまとめる。
「なんでこんな騒動になったのか、読めた気がする」
「騒動って、おい」
 醍醐が聞こうとしたとき、チャイムが鳴った。
「とりあえず…後でシメるか」
 そのつぶやきはチャイムにまぎれて、誰も聞いてはいなかったけれども。


 放課後。誰がなんと言おうと放課後。
 学生の開放感を最大限にまで煽ってくれる素晴らしい時間である。
 正規の担任のいないホームルームが終わり、生徒が散らばりだすころ。
 いつもの面々がいつものように顔をそろえていた。その中で一人、小蒔だけが
姿が見えない。
「すげぇな…記録樹立かも」
「昼に食べてこの数だからな」
 京一と醍醐の二人して、眞崎の前でうなずきあっている。
「お前ら、好きなだけ持っていっていいぞ」
「それは…贈ってくれた人に悪いだろう」
「そうだぞ、狂哉。おねーさんたちの真心というやつをだな…」
「真心でチョコレート死ぬほど食わされたくない」
 一瞬のタメがあった。
「…狂哉」
「なんだ、京一」
「なんでお前はそう、女に対する扱いが悪いんだ!」
「いいかげんうんざりするぞ、これだけあると」
「皐哉の言うこともわからんでもないと思うが…」
 醍醐がすかさずフォローをいれてくれる。
「お待たせ、狂哉。これで入る?」
 教室に入ってきたのは小蒔だった。手にはロゴが一つ入っているだけの、シン
プルな紙袋。
「どこ行ってたんだよ、小蒔」
「ん、狂哉の分の袋買いに、コンビニ行ってたんだ」
「狂哉の分って…」
「うん。ボクの分はもうあるから」
 女はたくましい。
 はい、と紙袋を手渡し、小蒔は自分の袋をかかげてみせた。
 チョコレートやら何やらの包みを無造作に投げ入れる。
「結構もらったよな、お前も…」
「3年だったのが大きいな、たぶん」
 なかには、どうみてもチョコとは思えない物体があったりもする。おそらく…
酒だ。何を考えているのだろう。
「そうそう。忘れる前に渡さないとね」
「…なにを」
 言ってから、愚問だと思った。目の前には、赤い包装紙に包まれた包み。
「狂哉の分。言っとくけど、買ってきたわけじゃないから」
「どーも」
 これを受け取らなければ、九龍烈火が来そうだな、と、京一は心の中で考えて
いたのだが。同じことを眞崎も思っていたということまでは知らない。
 他の女性徒から受け取って、小蒔から受け取らないというのは――鬼だろう。
「今年はずっとお世話になったしね」
「手作りか?」
「一応。あ、あやしいものは入ってないよ」
「裏密じゃあるまいし…」
 今日何度目かわからない苦笑いで、眞崎が答える。チョコレートの攻勢はまだ
まだ続く。
「はい、こっちが京一の分で、こっちが醍醐クンの分だから」
「へぇー。男女からもらっちまった」
「いらないなら、返すように」
「へいへい、ありがたく頂きます」
 あっさりと受け取った京一とは対照的に、醍醐は、自分に渡された物体を見な
がら、またも硬直している。
 (わかりやすい奴…)
 京一と眞崎は互いに目を見合わせた。
「どうしたの?」
「あ、いや、いろいろと…すまんな、桜井」
「いいんだよ、今日はバレンタインだから」
 ふと眞崎が視線を動かすと、美里と目があった。
「どうかしたのか、美里」
「それだけもらったのだったら、私のなんてもらっても、仕方ないかなって…」
「今更、一個二個増えても変わらないぞ」
 実は何気にとんでもないことを言った眞崎だが、周囲は気づいていないようだ。
「そうそう。学園の聖女のチョコレートを返品するような罰あたりはいねぇって」
 京一が合いの手をいれる。このあたりの調子のよさが、人から好かれる理由な
のだろう。
「それなら…」
 さすがだ、と感嘆したのが眞崎。スゲェ、と驚いたのが京一。言葉もなく絶句
したのが醍醐。
 渡された包みは、いかにも手作りといったラッピングをほどこした、最高級の
一品だった。かなり金も手間もかかっていそうである。大きさから推察するに、
ケーキの類だろうか。驚くほど完璧な――本命クラスの逸品である。
「ありがとう」
 抵抗もせず受け取り、眞崎はそれを袋の一番上に置いた。
「下にしたらつぶれそうだな」
「しっかりした箱だけど…中はケーキだから…」
「ボクと一緒につくったんだよね、葵」
「マリィも手伝ってくれたの。マリィの分も受け取ってあげてね」
「了解」
 この日ばかりは、男に抵抗の権利はないようだ。京一も醍醐も、美里の手作り
チョコを受け取って恐縮している。
 (が、眞崎のそれとはかなりランクが違うということを注記しておく)
「そういえば、裏密は姿見かけないな」
「ああ、そういえば…」
「ミサちゃんなら、『今日は聖バレンタインの祝祭日〜。私は彼を祝うから〜』
とか言って、先に帰っちゃったよ」
「…正しいバレンタインデーだな…」
「そういえば、アン子の姿も…」
「アン子ちゃんは、最後の追い込みだって。新聞部の」
「――帰ったのか?」
「うん。HR終わってすぐに…って、狂哉?」
 やられた、という顔をして、眞崎が舌打ちする。
「どうした」
「…逃げられた」
「は?」
 大量のチョコレート入りの袋を手に、眞崎が立ちあがる。
「俺にやたらとチョコレートが来たのは、アン子のせいだ」
「アン子が? なにやったんだよ」
「おおかた、俺の好みやらなにやら新聞に書きたてたんだろ。でなかったら、こ
れだけ一気にビター系ばっかり集まるとは思えん。それに…」
「それに?」
「俺のチョコレートの好みなんて、お前らでも知らんだろうが」
「…野郎の好みなんてどうでもいいって」
「前に機材の買い出しとか言って手伝わされたときに、そんなことを話した気が
する。――迂闊だったな」
「でもよ、真神新聞は出てないだろ」
「号外でもなんとでもなるだろ。定期的に出してるわけじゃなし」
「すっごーい…狂哉、それ全部当たり…」
 小蒔が小さく手を叩いている。あまり…嬉しくない。
「やっぱり、そうか」  
「うん。女のコ向けに、バレンタイン特集組んだ号外が出たんだよ。その前に、
校内でチョコレート渡したい人の投票やって、その人の傾向と対策って」
「小蒔。で、一位は俺なんだろ」
「ばーか。結果は見ればわかるだろ。君は二位」
「皐哉が、一位だったわけか…」
「そして俺の人権は無視される、と…」
「バカヤロー。もらえるだけありがたいと思え!」
 そういう京一だってかなりの量をもらったはずなのだが。この、先天的お気楽
享楽主義者の前では、そんなことは関係ないらしい。
「俺にも、もらう相手を選ぶ権利があると思わんか?」
「この日に限っては、ない!」
 力いっぱい断言する京一がなんか憎らしい。
「相手を選ぼうなんて、この贅沢者め…」
「それなら…皐哉は誰からもらいたかったんだ」
「あ、それボクも聞きたいな」
 何も言わないが、美里も興味があるのは間違い無いはずだ。ややあってから、
眞崎はとんでもない爆弾発言をした。
「――マリア先生」
「って、おい、狂哉!」
「いけると思ったんだがな…いきなり転勤だろ? 仕方ないけどな」
「狂哉って…年上好みなの?」
「いや、特にそういうわけでもない」
「先生からそういうものをもらうのはどうかと…」
「別にいいだろ。テストの点加算してくれっていうわけじゃなし」
「お前…とんでもなくハイレベルなとこ狙ってたんだな…」
「突然だったものね、先生のことは…」
 クリスマスを一緒にすごしたということは、真神の仲間にも秘密にしてある。
クリスマスが通ったなら、確実にバレンタインはクリアできる…はずなのだが。
「仕方ないさ。とりあえず、俺は帰る」
「アン子はどうするんだ?」
「次に会ったらシメる」
「ちょっと、狂哉。女のコに暴力は…」
「いくらなんでも、敵でもない女に手は上げんぞ。俺でも」
 ――敵ならいいのかよ、という京一のつぶやきに、音速鉄拳をたたきこんで。
「それならさ、ラーメン食いに行こうぜ、ラーメン」
「京一…君って本当にそればっか…」
「いいだろ、な、狂哉」
「悪い。俺五時から約束ある」
「え? 仕方ないな…一緒に行こうぜ、醍醐」
「五時からって、誰と?」
「藤咲と高見沢」
「バレンタイン、だな…」
「それ以外はないだろうな…」
 男性陣が顔を見合わせる。
「あと何時間あったかな、2月14日…」
 思わず時計を見なおしたが、あと8時間近く残っているというのがわかって、  			 
さらに憂鬱な気分になっただけだった。



 白虎も剣聖も無敵の黄龍も、この日ばかりはどうしようもなかった。
 校門を出た眞崎が天を仰ぐ。

「後で天野のところにでも行くか…」
 ――なにげにこの男、こりていないようである。





 


 

バレンタイン第一弾。八方美人モードの主人公・眞崎皐哉でした。
どうしてこんなにもてるのかと思いますが、まあ黄龍ってことで(笑)。
なんでこんなに長くなったのか、本人にもわかりません。
とりあえず、楽しんでいただけたら幸いです。はい。
これからのアン子との攻防は、次回の『アン子の野望』で語られる…かもしれません。
…ガンダムファンだからといって、このタイトルセンスはどうかと思います。我ながら。

 

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