MOTH LIGHT



                              ROCK BAR  MOTH LIGHT

                               杉並区高円寺北3-16-14
                               03-5373-1977

                                BAR MOTH LIGHT 1992/10-2012/9/30
                               長い間どうもありがとうございました。
                               2012年9月30日をもちましてモスライトは
                               閉店いたしました。


                               私も愛用しています。
                               宇○エンジン K氏 N氏





私のイチ推し〜ロック・バー “MOTH LIGHT”
              by 髭山大吉(飲み屋&ロック評論家)
(B級グルメ探究記風に・・・・・・。ロケーション、風景描写、料金等は
真実ですが登場人物はその限りではありません。一部実在のミュージ
シャンに風貌、性格、担当楽器、経済状態等が酷似していてもそれ
はたぶん偶然です)


 中央線高円寺。狭い道の両側に風俗店が軒を連ねる商店街をしば
し歩き、沖縄居酒屋“抱瓶”、ライヴハウス“ショウボート”の一
角を通り過ぎてすぐ、右へ折れる路地沿いにその店はある。二軒の
焼鳥屋に挟まれた白いドア。小さな窓は裏から目張りされ、ケヴィ
ン・エアーズのレコード・ジャケット
がディスプレイしてある。白
壁には“Rock Bar MOTHLIGHT”の文字。モズライトではない。
“蛾の灯”と名乗るこの店を誘蛾灯よろしく訪れるどんな輩がいる
のだろう。私のようにくたびれた中年男にとって、昨今のクラブ/
ダンス・フロア的な喧騒はもはや苦痛でしかない。一抹の不安を抱
きながらドアを開けると、意外にも店内の音量はさほどではなく、
やはり外観よりはずっとさっぱりした小空間が開けていた。数人座
れるだけのカウンターには誰もおらず、L字に折れたカウンター奥
の小さなスペースに男が二人窮屈そうに収まっていた。いちばん手
前の席に座り、顔を上げると黒眼鏡をかけた主人と目が合う。長髪
で、垂らした前髪をおかっぱに切り揃えている。もう二十年も前だ
ろうか。彼と同じような髪型の痩身の男が掻き鳴らすギターの爆音
に身を浸していたことを思い出した。そのバンドは当時すでに伝説
的な存在で、香の匂いを嗅ぎながら何時間も開演を待つことは未熟
な私たちにとって通過儀礼のような意味を持っていた。
 一瞬の懐旧に囚われていた私に主人が注文の声をかけてくれる。
これまた、虚無的な外見とは裏腹に人の良さそうな声だ。この店の
お薦めという“シナモン焼酎”(600円)なるものを頼む。ロック
でもいいが、時節柄、お湯割りにしてみた。かすかにセピア色に染
まった液体はなるほど、シナモンの香りがし、口腔から胃壁へ暖か
く流れ落ちる。すっかり落ち着いた私に、店の奥に陣取る二人組の
会話が聞こえてきた。今までかかっていたのはニック・ドレイクの
ファースト
だったが、1974年に薬物の過剰摂取で死んだこの男の陰
鬱な歌に代わり、スピーカーからはフリーの「オール・ライト・ナ
ウ」
が流れている。ずいぶん直球の選曲だな、と思ったが、奥の二
人にもそれは同様だったようだ。ベーシストらしい痩せた男が言っ
「やっぱ“大将”のスタミナ漬けとアンディ・フレイザーのベー
スはサイコーだね」
連れは対称的な巨漢で、二人の会話はまるで幼
馴染みのように弾んでいる。巨漢の方が「マスター、おでん」と声
をかけた。ロック・バーにおでんとはまた奇態な、と思ったが、う
まそうな匂いにつられ私もそれに追従する。ネタが5品で600円、
これまた安い。澄んだスープはあっさりと薄味で、関東風とも関西
風ともつかない独特の味わいだ。オプションで鳥の手羽先(一本
150円)も注文、鍋に入れる前に一度炙り、脂を落としてから煮込
んだ肉はポロポロと骨から剥がれ落ち、とろけるように旨い。さら
に身体が暖まり、上気した私はシナモン焼酎のお代わりを幾度とな
く重ねるうち、いぎたなく寝込んでしまった。
 どのくらい経っただろう。彼方で音楽が鳴っていた。重く、単調
に繰り返されるベース・リフ。金属音のフィードバック。脳裏で陽
炎のように蠢いている影。ストロボが点滅し、巨大なギター・アン
プのキャビネットに当たって光は玉虫色に割れ、閉じた瞼の裏で乱
反射する。「何が・・・おまえの・・・飢えを・・・」呪文のような歌ととも
に吐き気がとぐろを巻いて胃から込み上げてきた。ふいに耳のそば
で男の怒声がする。「ヘイ! メェー!!! ギッミー・ジュニー・
サンダース !!!
」われに返り、頭を持ち上げると店の様子は一変
していた。奥に座っていた二人組の内、巨漢の方の姿はすでになく、
痩せた方が傍らのベース・ギターのケースにもたれて眠っている。
私のすぐ隣にはさっき大声を出した男がすっかりイッてしまった目
をギラつかせ、なお「ジョオニィィィ・サンダァァァス !!!
などとわめいている。ギタリストナノダロウ、後ろの壁には年季の
入ったギター・ケースが立て掛けてあった。ケースに貼られたジョ
ージ秋山の“銭ゲバ”のシール
が怖い顔で私を睨んでいる。その横
にはつばの広いフェルト帽を目深に被り、髭に眼鏡に長髪という世
にも鬱淘しい身なりの男が“レコード・コレクターズ”のジャーマ
ン・ロック特集号
を片手に「モンスター・ムーヴィーのオリジナる
ぅぅぅ
」とか呻いていた。年格好は私と同じくらいかもしれない。
カウンターの中にはいつの間にか、主人とともに、十代にも三十代
にも見える年齢不詳の美女が入っており、洗い物をしていた。
 夢の中で聞こえていた音楽は現実に店内に鳴り響き、ずっと大音
量で、20年前に体験したのと同じフィードバックの連鎖を続けてい
た。よろよろと立上がり、勘定を済ませ、外に出ようとすると、入
れ替わりに新たな男が入ってくるところだった。少し薄くなった長
い髪を肩の下まで垂らし、ゴツい四角い顔に時代遅れな大きめのサ
ングラスをかけている。が、いかつく気難しそうなのは外見だけ
だった。すっかり酔っ払って上機嫌らしく「ニャニャニャニャ〜ニ
ャ〜」と猫の擬声のスキャットでスラップ・ハッピーの「カサブラ
ンカ・ムーン」を歌っていた
。主人が男に釘を刺すような口調で言
った「ツケはもうだめだよ」私がドアを閉めかけた時、中ではジョ
ニー・サンダース男とサングラス男が小競り合いを始めたようだっ
たが、始終は定かでない。腕時計に目をやると、4時少し前だった。
さっきかかっていた曲名を思い出そうとしたが、酩酊した頭に浮か
んできたのは・・・「夜、暗殺者の夜」「夜の収穫者たち」「夜より深
く」
果たしてどれだったか。駅への道を辿る。始発が動くまで、ま
だしばらくは待たなければなるまい。(2001年2月4日)



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