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○タイトル・バック

   「水に棲む」

 

○学校・プール

   白い手がプールの水を掬い上げる。

   さらさらとまるで砂のように、水はそ

   の手から流れ落ちていく。

   プールサイドに屈み込んでいた少女・

   桜木美穂(18)、スッと立ち上がる。

   ルーズソックス等は履かず、無染髪の

   髪の毛を後ろで束ねた、今時の女子高

   生にしては地味な格好である。

   後方から、美穂を呼ぶ声がする。

女の声「美穂〜!」

   振り向く美穂。

 

○同・3-2教室

   昼休みで賑わう教室。

   美穂と、彼女の友人・大田栄子(18)

   向かい合い、パンをほおばっている。

栄子「何やってたの、さっき?」

美穂「あ?」

栄子「プールでさ」

美穂「ああ、暑かったからさ。今日、プール 

入れなかったから」

栄子「ふうん」

   そのまま無言でパンを食べつづける美

   穂と栄子。

美穂「もうすぐ一年か」

栄子「...ああ。ね」

美穂「先輩、どこ行っちゃったんだろ」

   ボーっと窓の外を見やる美穂。

 

○回想・プール

   美穂、呆然とした表情でプールサイド

   の手前に立ち、目の前に立つ少女・菊

   池由香(18)を見上げている。

   由香、全裸で美穂を見下ろしている。

   その表情はやすらかである。

美穂「...先輩。どうしちゃったんですか?」

由香「帰るの...

美穂「え?」

   美穂が答えるか答えないかの内に、美

   穂の方を向いたまま後ろのプールへと

   倒れていく由香。

   呆然とそれを見つめる美穂。

   両手を広げた由香は、ゆっくりとプー

   ルに落ちていく。

   美穂の目の前で巨大な水飛沫が上がる。

   美穂、慌ててプールサイドに駆け寄り、

   プールを覗き込む。

   波が静まってゆくプールの水。

   由香の姿はどこにもない。

 

○教室

栄子「不思議だよねぇ。捜索しても見つから

 なかったんでしょ。未だに生きてるのか死

 んでるのかさえわからないなんて」

美穂「水に触るとせつなさを感じるって、ど

 う言う意味なんだろう」

栄子「プールに飛び込む前にあんたに言った

 言葉?」

美穂「ん」

栄子「キレちゃったのかねぇ。受験でさ」

   鼻で笑う二人。

   そして再びパンを食べ始める。

   ふいに教室内を見る栄子。

栄子「あたしもアレにしようかな」

美穂「何?」

栄子「アレ」

   と栄子、美穂達のすぐわきで談笑する

   髪にメッシュを入れたコギャル風の女

   子を目で指し示す。

   つられて見やる美穂。

栄子「結構カッコよくない?メッシュって」

美穂「似合わないんじゃない?」

   美穂、憮然とした表情で答える。

栄子「そっかな?」

美穂「と思う。大体低俗なんだよ。すぐ流行

 ばっか追っかけてさ。もっと高等な存在で

 いたいね、あたしは...

   途中で美穂の表情がこわばり、語尾が

   小さくる。

   ブスっとして聞いていた栄子、美穂の

   変化に気づき、顔を覗き込む。

栄子「どしたの?」

美穂「今の言葉」

栄子「へ?」

美穂「菊池先輩も同じ事言ってたような気が

 する」

栄子「受け売りってわけだ」

美穂「...

   真剣な表情の美穂。

栄子「ま、確かに一理あるけどね」

美穂「だから、帰るんだって...

栄子「帰るって、どこに?」

   顔を見合す二人。

   美穂、頭をふる。

 

○美穂の家・浴室 ()

   ユニットバスにどっぷりとつかる美穂。

   頭を浴槽のふちに乗せ、天井を仰ぎな

   がら大きなため息をつく。

   そしてそのまま目を閉じ、浴槽に沈み

   込む。

   途端に頭の中に電流が走ったような感

   覚に襲われる。

美穂「うっ」

   そのまま、美穂の体は底のない浴槽を

   どこまでも沈んでいく。

   ゆっくりと水面が遠ざかっていく。

   恐怖感が快感へと変化し、安らかな表

   情を浮かべ、沈降に身を委ねる美穂。

   その耳に由香の声が響いてくる。

由香の声「どんどん堕ちていく...取り残され

 て」

美穂「どういう事?」

   静かに目をあける美穂。

   水底を見やると、底のほうにはかすか

   に建造物らしき影が無数にちらついて

   いる。

   視線を横に向けると、そこでは由香が

   微笑んでいる。

   美穂も更なる安らぎに微笑む。

   そこに、突然美穂を呼ぶ声。

美穂の母の声「美穂〜!電話!」

   美穂、湯船からザバッと顔を出す。

   そのまま呆然と、今までの感覚を反芻

   する。

母の声「ちょっと〜、聞こえた〜?」

   我に返る美穂。

美穂「あ、は-い!」

   と言いつつ、勢い良く湯船からあがる。

 

○同・玄関付近廊下 ()

   バスタオルに身を包んだ美穂、玄関の

   脇に置かれた電話の受話器をとる。

美穂「もしもし?」

男の声「あ、もしもし」

美穂「はい?」

男の声「あぁ、竹下ですけど」

美穂「え、ああ。どうしたの?珍しいね」

竹下の声「あ、そうかな。いやさ、この前借

 りた日本史のノート返そうと思って」

美穂「あ、そうだよ。早く返してくんなきゃ」

竹下の声「うん。だから明日返すよ」

美穂「あ、そう」

竹下の声「じゃ、明日の放課後さ、図書室で

 待ってるから」

美穂「図書室?」

竹下の声「うん。じゃ、そういう事で」

美穂「あ、そう。はい」

   不可解といった表情で、受話器を置く

   美穂。

美穂「教室まで持ってきてくれればいいのに。

 大体なんでわざわざ電話掛けてきたんだ

 ろ?」

   不思議そうな面持ちのまま、頭を軽く

   振りながら浴室へと戻っていく。

 

○学校・プール

   女子の水泳の授業が行われている。

   三年生という事もあり、内容はほとん

   ど生徒の自由であるため、みな球技を

   やるなどしてワイワイと楽しんでいる。

   プールサイドでは、スクール水着姿の

   美穂と栄子が並んで座っている。

美穂「なんかそれから頭が重くって」

栄子「疲れてんじゃない?お風呂って結構体

 にとってハードみたいだし。そうそう、あ

 たしのおじいちゃん、お風呂で倒れたんだ

 よ、脳卒中で」

美穂「あたしが脳卒中になんかなるわけない

 でしょ。まだ若いんだから」

栄子「そうそう、いい薬もらったんだ。美穂 

 も試してみなよ」

美穂「いい薬って?」

栄子「あとで見せたげるよ。それより泳ご。

 プールにでも入れば気分も良くなるかも

 よ?」

美穂「そだね」

   ニコッと笑い、立ちあがる美穂。

   美穂と栄子、プールサイドからそのま

   まザバッと水の中に入る。

   栄子、皆がビーチバレーで遊んでいる

   方に立ち泳ぎで向かう。

   一人取り残された美穂、その場で仰向

   けのままプカリと水面に浮き、目を閉

   じる。

   目をあけると、目の前には青空が広が

   り、栄子らがたてる周りの音が遠ざか

   っていく。

   そして再び脳を電流が走る。

美穂「あっ」

   美穂の目の前が水で満たされ始め、美

   穂の体は沈み始める。

   美穂は目を閉じ、水に身を委ねる。

   両手を少し広げ、ゆっくりとプールの

   底に沈んでいく。

   美穂の耳に、今まで聞いたことのない

   言葉や人間のものとも獣のものとも知

   れない悲鳴が入り混じって聞こえてく

   る。

   美穂から少し離れたところで球技に勤

   しんでいた栄子、美穂がいないことに

   気づく。

栄子「あれ?美穂?」

   栄子、立ち泳ぎで美穂がいたプールサ

   イド付近に近づく。

   その足元に美穂が沈んでいる。

栄子「美穂!」

   慌てて水中に潜る栄子。

 

○同・保健室

   ベッドに寝かされている美穂。

   そのそばでは栄子が心配そうに見下ろ

   している。

   目を開ける美穂。

栄子「美穂、大丈夫?」

美穂「ああ、栄子」

栄子「ちょっと、どうしちゃったの一体?」

美穂「うん...なんか急に気が遠くなっちゃっ

 て」

   と言いながらゆっくりと起き上がる。

栄子「まったく心配させないでよ、もう」

   あきれたように言う栄子。

美穂「ごめん。でももう大丈夫だよ。頭はま 

 だちょっと重いけどさ」

栄子「そうだ。いいもんあげるよ」

   と言って制服のポケットから白い粉の

   入った小さな袋を取り出し、美穂に手

   渡す。

   怪訝そうにそれを見つめる美穂。

美穂「何これ?」

   栄子、美穂の耳元に口を寄せる。

栄子「ちょっと大きい声じゃ言えないんだけ

 ど、いわゆるドラッグってやつ」

美穂「えっ!」

   驚き、目を見開いて栄子を見つめる美

   穂。

栄子「陽子から貰ったんだけど、結構効くら

 しいよ。ダイエットにもいいらしいからあ

 たしもちょっと試してみようかなって」

美穂「栄子」

栄子「ん?」

美穂「あんた、何考えてんの?」

栄子「何が?」

美穂「これ、覚醒剤じゃない。こんなもん使

 っていいわけないでしょ」

栄子「大丈夫だよ。みんなやってるけどバレ

 てないもん」

美穂「そ--問題じゃない!」

   真剣に怒り始める美穂。

   栄子、その迫力にたじろぐ。

栄子「何だよ。そんなに怒んなくたっていい

 じゃん」

美穂「栄子!」

栄子「いいよ、もう。じゃ、返して」

   栄子、美穂の手から袋を奪い取ると、

   ムッとしたように踵をかえし、保健室

   から出て行く。

   興奮さめやらぬ表情で、栄子が出てい

   った方向を見つめる美穂。

   その耳に由香の声が木霊する。

由香の声「どんどん堕ちていく...取り残され

 て」

   ハッとする美穂。

美穂「あたしを取り残して...

 

○同・図書室

   人も疎らな放課後の図書室。

   大きなテーブルに見るからに真面目そ

   うな男子生徒・竹下健二(18)がポツン

   と一人座っている。

   その前にスッと美穂が現れ、座る。

   その表情はいつになく暗い。

竹下「あ、ああ遅かったね」

美穂「...

竹下「...どうかした?」

美穂「ノート」

竹下「あ、ああ。はい、これ」

   竹下、鞄からノートを一冊取り出し、

   美穂に差し出す。

   美穂、無言でそれを受け取り、席を立

   ちあがる。

竹下「あ、あの、ありがとう。役に立ったよ、

 それ」

   美穂、ぎこちない笑みを浮かべ、帰り  

   かけ、再び竹下を振り返る。

美穂「ねぇ、竹下さ」

   驚いて立ちあがる竹下。

竹下「え?」

美穂「...薬ってやったことある?」

竹下「はぁ?」

美穂「ドラッグのことだよ」

竹下「え、いや、ないけど。見たこともない

 よ」

美穂「そう...。じゃね」

   かすかに微笑み、美穂は図書室を出て

   行く。

 

○美穂の家全景 ()

○同・リビングルーム ()

   テレビ画面にはニュースが映し出され

   ている。

   テロップには「大蔵省幹部逮捕」の字。

   すぐに画面が少年殺人事件の報道、そ

   して他国の紛争へと変わっていく。

 

○同・洗面所 ()

   洗面台の前に、パジャマ姿の美穂が立

   ち、顔を洗っている。

   そして顔を上げた途端、頭を電流が走

   る。

   目の前の鏡には、由香が映っている。

美穂「あ...

由香「取り残されるのはあっち。私達じゃな

 い」

   呆然と鏡を見つめる美穂。

   シンクには水が溢れている。

由香「水はすべての源。そして私達の行きつ

 く先でもある」

美穂「あたしには何がなんだか...

由香「すべてが始まるの」

   何かにはじかれたように倒れる美穂。

 

○学校・プール ()

   美穂、制服姿でプールサイドに立って

   いる。

   その後方から竹下が駆けて来る。

竹下「桜木!」

   美穂の横に立つ竹下。

   その竹下を横目で見る美穂。

竹下「どうしたんだよ?こんな時間に、しか

 もこんなとこでさ」

美穂「帰るんだ、あたし」

竹下「へ?」

美穂「そしてすべてが始まる」

竹下「何の話?それ」

美穂「ねぇ、知ってるでしょ?文明って成熟

 した途端滅びてるの」

竹下「う、うん。世界史ちょうどやってたか

 らね。そういや必ずと言っていいほど自然

 災害で滅んでるな」

美穂「自然には意思があるんだよ。そして水

 は生命の源なの」

竹下「な、何を言ってるんだか...

美穂「水に帰るんだよ、あたし。そしていつ

 かまたここに戻ってくる」

竹下「何を言ってんだよ」

   美穂、プールに背を向ける。

美穂「じゃね」

   美穂、竹下に微笑みかけ、そのまま後

   ろに倒れていく。

   成す術もなく、ただ呆然と成り行きを

   見守る竹下。

   美穂の体はゆっくりと水面に没し、そ

   して底のないプールを沈んでいく。

竹下「さくらぎー!」

   プールサイドに這いつくばり、美穂が

   消えたプールを覗き込む。

   その竹下がだんだんと遠くなり、そし

   て全裸となった美穂はまるで水と同化

   するように消えていく。

 

○東京上空

   土砂降りの雨が東京を包む。

   湾岸の方から巨大な波が近づき、そし

   てすべてが呑み込まれる。

 

○ニューヨーク

   逃げ惑う人々に、洪水が容赦なく襲い

   かかる。

 

○サハラ砂漠

   広大な砂漠の大地を、それを凌駕する

   巨大な洪水が覆い尽くす。

 

○地球

   地球上のほとんどの陸地が姿を消して

   いく。

 

○残った大陸・海沿い

   何物かが海から這い上がり、這って内

   陸へとあがっていく。

   それに続くように次々と何かが陸に上

   がっていく。

   その遥か向こうには、廃墟と化した高

   層ビル郡がそびえたっていた...

 

THE END


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