〇アパート前 (夜)

   喪服姿の友子、疲れた様子で歩いてく

   る。

   吉田と細井、アパート入り口付近から

   出てきて友子の前に立つ。

吉田「どうも」

友子「まだ何か?」

吉田「由紀江さんにお話しを伺おうと思って

 来たんですが、誰もいらっしゃらなかった

 もんで」

友子「由紀江、いなかったんですか?」

吉田「ええ」

友子「おかしいな。由紀江はいるはずなんだ

 けど...」

細井「でも誰も出ませんでしたよ」

友子「...部屋に来ますか?」

吉田「お願いします」

   三人、アパートに入っていく。

〇アパート・301号室 (夜) 

   明かりがつく。

   友子に続いて、吉田と細井が居間に上

   がってくる。

   友子、由紀江の自室の前に立ち、ノッ

   クする。

友子「ねぇ、いるの?」

   応答がない。

友子「やっぱりいないわ」

吉田「留守ですか」

   友子、玄関まで行く。

友子「靴もないし、出かけてるみたいです。

 でもこんな時間にどこ行ったんだろう。(

 り言)志村君、来たのかな。由紀江がいない

 んじゃ...」

吉田「由紀江さんというのはどういう人なん

 ですか?」

友子「...変わってるというか、よくわか

 らないんですよ。でも可哀想な子なんです」

吉田「可哀想、といいますと?」

   友子、居間まで戻る。

友子「あの子のお母さんはあの子が小さい頃

 に亡くなってるんですけど、それ以来様子

 がおかしくなったらしいんです」

吉田「すると彼女は施設か何かで?」

友子「いえ、埼玉にあの子のおじさん夫婦が

 いて、そこで育ったんです。詳しい話はあ

 の人達に聞くのがいいんじゃないかな」

吉田「埼玉のどこですか?」

友子「草加です」

細井「案内してもらえますか」

友子「えーっと、友達が来る事になってたん

 だけど。ちょっと電話してきます」

吉田「どうぞ」

   友子、受話器を取り、志村にかけるが

   留守電である。

友子「あれ、おかしいな。どうしたんだろう。

 あ、鳩中です。あの今日はごめんなさい。

 あれからいろいろあって。明日また電話し

 ます」

   友子、受話器を置き、吉田達の前に戻

   る。

友子「案内します」

吉田「そうですか。それじゃあ行きましょう」

   三人とも部屋を出ていく。

〇アパート前 (夜)

   友子達の乗った車と苗場すれ違うが友

   子、苗場ともに気が付かない。

〇アパート・301号室 (夜)

   呼鈴。

   由紀江の部屋のドアノブ、静かに回る。

   二度目の呼鈴に続き、ノックの音。

   由紀江の部屋のドアが開き、由紀江の

   視点、玄関に近づいて覗き窓から外を

   見る。

   苗場、ドアを見つめ、首を傾げる。

   由紀江の視点、玄関から静かに遠ざか

   る。

〇同室前 (夜) 

   苗場、ボーッと立っている。

苗場「おかしいな...電話もでないし...」

   ブツブツと独り言を言いながら去って

   いく。

〇西田邸 (夜)

   

〇同・居間(夜)

   友子、吉田と細井に西田夫妻、テーブ

   ルを囲んで座っている。

吉田「そんな事があったんですか...」

細井「後で確認とってみます」

栄子「でも、まさか人を殺すなんて...」

吉田「いえいえ、まだそうと断定したわけで

 はないんです。ただ、どうもその9年前の

 出来事と今回の事件には何か関連があるよ

 うに思えますね」

栄子「...由紀江があの人を突き落とした

 のは単なる嫉妬が原因ではないんです」

友子「え?」

栄子「由紀江は見たんです。あの先生が自分

 の部屋の前であの人にぶたれるのを」

〇(再現)アパート・女教師の部屋前

   二階建ての安アパート。

   二階の部屋前で言い争う女教師と男教

   師。   

   スキップをしながら来た少女の由紀江、

   アパートから少し離れた所でその光景

   を目にし、立ち止まる。

   女教師、男教師に激しく反論する。

   男教師、女教師の左頬を平手打ちする。

   驚く由紀江。

   女教師、左頬を押さえ、泣き崩れる。

   茫然と立ちつくす由紀江。目に涙。

〇西田邸・居間 (夜)

友子「そんな事があったんだ...」

吉田「なるほど。母親の横顔の傷と重ねあわ

 せてしまったんですね」

友子「じゃ、香も...」

吉田「どうしたんです?」

友子「由紀江、私の事も母親に似てるって言

 ってたんです。(左頬を押さえ)香が私に

 ケガさせたってどこかで聞いたのかもしれ

 ない」

細井「なんかの拍子にそれを聞いた由紀江さ

 んが逆上して...有り得ますね」

   栄子が泣き出し、西田、辛そうに栄子

   の肩を抱く。

西田「刑事さん。もし本当に由紀江がやった

 んなら早く逮捕してやって下さい」

細井「まだ犯人と決まったわけじゃないんで

 すから。そう気を落とさずに」

吉田「それじゃ我々はこのへんで」

   無言で会釈する西田夫妻。

   友子達、会釈して立ち上がる。

友子「あの、おじさん、おばさん」

   友子を力なく見る西田夫妻。

友子「由紀江にこれ以上罪を犯させないよう、

 私努力します」

栄子「ありがとうございます」

   涙ながらに礼をする栄子。

友子「それじゃ、失礼します」

   友子、吉田達に続いて出ていく。

〇アパート・301号室(深夜)

   居間に明かりがつき、友子がテーブル

   の上にバッグを置く。ため息をつき、

   電話の所まで行き留守電をチェックす

   る。

苗場の声「あー苗場です。えーっと今日そっ

 ちに行ったんですけど誰もいませんでした。

 明日また行きます。ではー」

友子「あっ忘れてた...。ま、いっか。寝

 よ」

   友子、自室に向かう。暗くなる居間。

〇同・友子の自室 (深夜)

   友子、喪服を着たままベッドに倒れ込

   む。

〇居間 (深夜)

   由紀江の自室のドア、ゆっくりと開く。

   由紀江の視点、居間を通り、友子の自

   室へと近づく。ドアは開いている。

〇友子の自室 (深夜)

   由紀江の黒い影、ベッドの上の友子の

   そばに立つ。

   友子の上に手が伸びてきて顔から身体

   にかけてゆっくりと撫でる。

   由紀江、手を引っ込め、友子を見つめ

   る。

友子「ウ、ウーン」

   うなされ、目を覚ます友子。ハッとし

   て起き上がる。

   誰もいない。

   友子、立ち上がり自室を出る。

〇居間 (深夜)

   友子、フラフラと居間を歩き、由紀江

   の自室の前で立ち止まる。

   由紀江の自室のドア、開いている。

   友子、中を覗き込む。

   部屋の中央に友子の絵。

   部屋に足を踏みいれる友子。

〇由紀江の自室 (深夜)

   友子、絵に近づき眺める。

   左頬の鉛筆の跡に触れる。

   部屋を見回す友子。

   ドア脇に血まみれの志村の死体。

   友子、絶叫し、部屋を駆け出る。

〇居間 (深夜)

   電話に駆け寄り、受話器を取る友子。

   友子の背後で木製の置物が振り上げら

   れる。

   後ろから頭を殴られる友子。

友子「うっ。いたぁ...」

   そのまま崩れ落ちる。

   由紀江、血だらけの服のまま友子を見

   下ろしている。

〇アパート前 

   T「翌日」

〇アパート・301号室前廊下

   苗場、廊下奥から歩いて来て301号

   室の前で止まり、呼鈴を鳴らすが応答

   なし。

   再度呼鈴を鳴らす苗場。応答なし。

苗場「...おかしいなぁ」

   ノックする。

〇同内・由紀江の自室

   椅子に縛られ、口に透明の粘着テープ

   を貼られている友子。脅えている。

   ノックの音と苗場の声。

苗場の声「友子さん。苗場ですけどー」

友子「ウー、ウー」

   由紀江、血だらけの衣装のまま、うめ

   く友子の前を行ったり来たりする。

由紀江「苗場君だ。私ね、彼の事好きなの。

 デートしたんだよ、日曜日」

   病的な笑みを浮かべ、友子の顔を見る

   由紀江。

   脅えた表情で由紀江を見上げる友子。

由紀江「お母さんに彼の事聞いてもらいたか

 ったんだ。でもお母さんったらこんなケガ

 しちゃって...」 

   友子の左頬の傷痕を撫でる由紀江。

〇同室前

苗場「やっぱ留守か...。ったく」

   苗場、来た方に向かって歩き出す。

   上原、廊下奥から301号室に向かっ

   て歩いてくる。

   苗場、立ち止まり上原を見る。

   上原、苗場を見ながら通り過ぎ、30

   1号室の前に立つ。

苗場「あのー、鳩中さんに用ですか?」

上原「(不思議そうに苗場を見)そうですけ

 ど」

苗場「今、誰もいないみたいですよ」

上原「あ、ホント。...えっと?」

苗場「あ、俺、苗場って言います」

上原「俺、上原。友子の友達なんだけど」

苗場「いないみたいっスよ。友子さん」

上原「おかしいな。今日会う約束してたんだ

 けど」

苗場「俺も昨日電話する約束だったんですけ

 ど留守電で。来ても誰もいないし」

上原「友子の後輩かなんか?」

苗場「ええ、まあ。いろいろと相談があって」

上原「フーン。でもホント、どうしたんだろ。

 心配だな」

苗場「ですねぇ」

上原「ま、とにかく俺また夕方来るわ」

苗場「あ、じゃ俺もそうします」

上原「じゃ6時にここの前で待ち合わせって

 事で」

苗場「わかりました」

上原「とりあえず帰るか」

   二人とも廊下奥に向かって歩いていく。

〇301号室・由紀江の自室 (夕)

   友子の口のテープはがされている。そ

   の口にスプーンに入ったスープを運ぶ

   由紀江の手。友子、いったん躊躇する

   が、口をつける。

   ニヤニヤと友子を見る由紀江。

由紀江「まるで私がお母さんみたい」

   スプーンから口を離し、うつむく友子。

友子「...私、お母さんじゃないのよ」

由紀江「(笑顔が消え)どうしてそんな事言

 うの?私の気持ちがわかんないの!?」

友子「(涙ぐみ)...わかって由紀江」

由紀江「(笑顔に戻り)でもいい。もう少し

 こうして一緒にいれば、その内わかってく

 れる。ね」

友子「...(突然)助けてー!!いやぁ!!」

   由紀江、慌てて友子の口を押さえる。

   もがく友子。

   力任せに押さえる由紀江。

   もがき、顔が真っ赤になる友子。

   由紀江、パッと手を離す。

   友子、肩で息をする。その口に由紀江

   が粘着テープを貼り直す。

由紀江「(笑顔になり)もう、驚かしてェ」

   泣き出す友子。

   由紀江、無表情になり、部屋を出てい

   く。

〇世田谷北署・捜査一課 (夕)

   吉田と細井、デスクを挟んで座ってい

   る。

吉田「これだけ目撃情報と一致する人物は他

 にいないからな」

細井「任意同行ですか」

吉田「今晩10時頃行こう。いなけりゃ手配

 するまでだ」

〇アパート前 (夜)

   アパートの前で立っている上原。

   苗場、上原の後ろからアパートに向か

   って走ってくる。

苗場「すいません。遅くなりました」

上原「おっし。じゃ行くか」

苗場「今度はいるといいんだけど」

上原「ところで友子にどんな相談事があるの?」

苗場「由紀江さんって知ってます?」

上原「(表情が険しくなる)ああ。あいつが

 どうした?」

苗場「え、ああ、ちょっとあの子の事で友子

 さんに相談したい事があって」

上原「知らないのか...。あいつな、友子

 の友達殺したかもしんないんだぜ」

苗場「(笑い)まさか...」

上原「笑い事じゃねえよ!殺されたの、俺の

 彼女だったんだ。(つまる)...俺見た

 んだ。あいつが香の死んでた辺りから逃げ

 てくのをよ」

苗場「...そんな」

   上原、上を見上げハッとする。

上原「誰かいる」

苗場「え!」

   見上げる苗場。

   301号室の窓のカーテンに人影が映

   り、消える。

上原「由紀江だ。カーテン閉める前にちょっ

 とだけ見えたんだ」

苗場「俺、行きます」

上原「俺、警察呼んでくる。引き止めとけよ」

苗場「わかりました」

上原「じゃ、気を付けてな」

   と、上原、苗場が来た方向に向かって

   走っていく。

   苗場、部屋を見上げ、アパートの中に

   入っていく。

〇アパート・由紀江の自室 (夜)

   うなだれている友子の左横に中座し、

   友子の横顔を見つめる由紀江。

由紀江「キレイ...。ずっと見ていたかっ

 たんだ、お母さんの横顔。もうずっと一緒

 だよ」

   呼鈴の音。由紀江、振り返る。

〇同室前 (夜)

   苗場、緊張した面持ちで301号室の

   前に立っている。

   再度呼鈴を鳴らす。

苗場「由紀江さん、いるんだろ。開けてくれ

 よ」

   ノックをする苗場。

   ドアが開く。

   驚く苗場。

〇同内 (夜)

   由紀江、玄関に立っている。苗場、由

   紀江を茫然と見つめている。

苗場「由紀江さん...その血は...?」

由紀江「(笑顔)苗場君。会いたかった...。

 さ、上がって」

   苗場、茫然としながら靴を脱ぎ、上が

   る。

由紀江「この間はごめんね。私、気が動転し

 ちゃって」

苗場「いや、あの...友子さんは?」

由気江「(うつむく)...」

   由気江のシャツの血を見つめる苗場。

苗場「(つぶやき)まさか...」

由気江「友子さんはちょっと外に出てるんだ。

 その内帰ってくると思う。さ、座って」

   居間の椅子を薦める由紀江。

   苗場、茫然と従い、座る。

由紀江「ご飯食べた?今日、私が作ったんだ

 よ。食べる?」

苗場「あ、ああ...」

由紀江「じゃ、温めるからちょっと待ってて」

   由紀江、キッチンに行く。

   由紀江の自室からうめき声が聞こえて

   くる。

   驚き、由紀江の自室の方を見る苗場。

由紀江「あぁ、あれ。お隣さんなんだ。たま

 に聞こえてくるの。気味悪くて」

苗場「(由紀江の自室の方を見)...」

   鍋に入ったスープをガス台で温める由

   紀江。

   苗場、サッと由紀江の方を向く。

苗場「由紀江さん。いったい何をやったんだ

 よ。その血は誰のなんだ!」

   由紀江、苗場に背を向けたまま黙って

   いる。

苗場「友子さんの友達を殺しちゃったの?」

   由紀江の自室からドアに何かぶつかる

   音がする。

   苗場、驚き、立ち上がって由紀江の自

   室の前まで行き、ドアを開ける。

   ドアの前に椅子に縛り付けられた友子

   がいる。

苗場「友子さん!ぐぁ!!」

   苗場、背後から頭をワインの瓶で殴ら

   れ倒れる。その背後に無表情の由紀江

   が立っている。

由紀江「もう誰にも邪魔させないんだから。

 誰にも」

   唖然とした表情で倒れた苗場を見下ろ

   す友子。

   苗場の頭から血が流れだす。

   脅え、由紀江を見上げる友子。

   由紀江、苗場を見下ろしている。

由紀江「みんなで邪魔して...。邪魔さえ

 しなければ私だってこんな事しなかった!

 (友子を見)...お母さん、一緒に死の

 う。ね、お願い。一緒に来てくれるよね」

   首を横に振る友子。

由紀江「(涙を流し)お母さん...」

   パトカーのサイレンが聞こえてくる。

   由紀江、サイレンに気付き、窓の方を

   見、友子を見る。

   由紀江を見つめる友子。

   由紀江、かぶりを振り、外に飛び出し

   ていく。

   泣き出す友子。

苗場「イテ、イテェよ...」

   苗場、目が覚め、起き上がろうとする

   が起き上がれない。

   ノックの音に続いて吉田の声。

吉田の声「鳩中さん、鳩中さーん。ん?開い

 てるぞ」

   ドアが開き、吉田と細井、上原が飛び

   込んでくる。

吉田「(苗場を見)細井、救急車!」

細井「はい!」

上原「大丈夫か、友子」

   と、上原、友子に駆け寄り、粘着テー

   プをはがし縄を解く。

友子「お願い、あの子を保護してあげて。出

 てっちゃったの!」

吉田「(苗場を寝かせ頭にハンカチをあてが

 い)服装なんかはわかりますか?」

友子「白いシャツに紺のロングスカート。シ

 ャツは血まみれです」

吉田「細井、署に連絡してここら一帯を捜索

 させろ!」

細井「わかりました!」

   細井、部屋を駆けでていく。

上原「大丈夫かよ、苗場」

苗場「...なんか頭がボーッとして...

 痛いです...」

   救急車のサイレンの音が聞こえてくる。

友子「刑事さん、由紀江の部屋に鈴木先生の

 死体が...」

吉田「彼女がやったのか!」

友子「たぶん」

上原「なんて女だ...」

友子「もうわけがわかんなくなってるのよ。

 なんか私可哀想で...」

上原「何言ってんだよ!香を殺したんだぜ。

 おまけにおまえまでこんな目にあわせてよ」

吉田「やめないか。今はこの子も興奮してん

 だ」

   救急隊員が入ってくる。

吉田「あ、こっちです」

   救急隊員、苗場に駆け寄り、担架に乗

   せようとする。

   細井、飛び込んでくる。

細井「吉田さん!血だらけの女性が商店街に

 向かって歩いてるそうです!」

吉田「よし、今行く!」

友子「私も行きます」

吉田「いや、君は...」

友子「お願い。私が説得します。上原君、苗

 場君をお願い」

   と、友子、立ち上がり玄関まで行く。

上原「お、おい!」

   友子と吉田、出ていく。

上原「ったく...」

〇商店街 (夜)

   通行人や商店主達、唖然として由紀江

   を見ている。

   由紀江、血だらけのままフラフラと商

   店街を歩く。

   茫然と由紀江を見つめる子供を連れて

   離れていく母親。その光景を見つめる

   由紀江。

   行く手に警官が数人現れる。

   由紀江、脅え、踵を返す。

   自分が来た方向にもパトカーと警官達

   がいる。その中に友子と吉田&細井の

   姿。

   立ち止まり、友子を見つめる由紀江。

   友子、一歩前に出る。

友子「由紀江」

由紀江「...」

友子「こっちへおいで。もうどこにも行かな

 いから」

   と、更に一歩前に出る。

吉田「(友子の肩に手を置き)後は我々に任

 せて下さい」

友子「(吉田を無視し)ね。私の所においで」

由紀江「...お母さん!」

   由紀江、泣きながら友子に駆け寄り抱

   きつく。

由紀江「死んでなんかないよね。よかった。

 やっぱ嘘だったんだ。お母さん、生きてた

 んだ」

友子「さ、私と一緒に行こうね」

   友子、由紀江を抱きかかえ、商店街を

   出口まで歩く。吉田、細井と警官達、

   その周りをついて歩く。

   出口の所でパトカーに乗ろうとする友

   子と由紀江。

由紀江「私、警察に行くの?」

友子「うん。ちゃんと聞かれた事に答えれば

 すぐに帰れるの。私待っててあげるから。

 ね、一緒に行こう」

由紀江「(悲しげに友子を見つめ)...う

 ん」

   友子と由紀江、パトカーに乗り込む。

   続いて助手席に細井、後部座席−由紀

   江の隣に吉田が乗り込む。

   パトカー、サイレンを鳴らし走り出す。

〇世田谷北署 (夜)

   世田谷北署の表札。入り口には警官が

   杖を持って立っている。

〇同内・廊下 (夜)

   友子と由紀江、連れだって歩き、取調

   室のだいぶ手前で止まる。二人のそば

   には吉田と細井。

友子「それじゃ、私はここで待ってるから」

由紀江「え...?」

   吉田が由紀江の肩を掴む。

吉田「行こうか」

   由紀江、吉田を見、友子を見る。

友子「大丈夫。恐くなんかないよ。私、一緒

 には入れないけどここで待っててあげるか

 ら。ね」

   悲しげに友子を見る由紀江。

   笑顔を浮かべ由紀江を見つめる友子。

由紀江「(笑顔になり)ありがとう。いいよ、

 待ってなくて。私、一人で大丈夫だから」

友子「(少し唖然として)由紀江...」

   由紀江、微笑みから悲しい表情に戻り、

   自ら進んで取調室に入っていく。

吉田「それじゃ、後は任せて下さい」

   と吉田、細井を伴い取調室に入る。

    友子、悲しげに見送る。

   取調室のドアが閉まる。

   友子、トボトボと、来た道を引き返し

   ていく。

〇同署前 (夜)

   友子、うつむいたまま出てくる。

   署の前にタクシーが止まり、中から西

   田夫妻が出てくる。

友子「...」

   西田夫妻、友子を見、深々と頭を下げ

   る。

西田「あなたが説得してくれたんですね」

友子「...はい」

西田「ありがとう。本当にありがとう」

   西田、再度頭を下げる。

友子「私...」

   泣き出す友子。

栄子「私達がもっとしっかりしてれば、あな

 たにこんな辛い思いはさせずにすんだのに

 ...。本当にごめんなさい」 

   と、栄子も泣き出す。

西田「さ、行くよ」

   西田、栄子の肩を抱き、友子に会釈を

   して署内に入っていく。

   友子、頭を下げ、二人を見送る。

   頭を上げて署を見つめる友子。踵を返

   し、歩き去る。

〇精神病院前

   T「半年後」

   緑豊かな田園地帯に建つ、白く奇麗な

   病院。

友子(N)「その後」

〇院内・受付

   友子、病院のエントランスから入って

   きて受付の前で止まり、受付嬢と話す。

   会釈をして受付を離れ、歩き始める。

友子(N)「由紀江は精神鑑定の結果不起訴

 となり」

   

〇同・医局前

   一人の若い医師(35)が医局から出

   てきて友子と挨拶を交わす。友子、医

   師と話す。

   友子と医師、歩き始める。

友子(N)「多摩にある精神病院に移管され

 た」

   

〇同・一階廊下

   友子と医師、廊下を歩いている。

医師「大分良くなってはきましたよ。ま、も

 ちろん完治には至ってませんけど」

友子「じゃ、特にお母さんに執着したり他の

 患者さんとトラブル起こしたりといった事

 はないんですか」

医師「全くありません。私はむしろあの患者

 さんがあんな事件を起こしたなんて信じら

 れないくらいですよ」

友子「そうですか...。良くなったんだ」

   嬉しそうな友子。

医師「しかしですね。まだ完全にあなたや事

 件の事などを忘れたわけじゃないですから

 今日は直接会うというのは御遠慮願います」

友子「ええ」

医師「あなたの顔を見ればまた母親の事を思

 い出すかもしれませんし、凶暴性がなくな

 ったとは現段階では言い切れませんからね」

   窓から庭が見えてくる。

医師「(立ち止まり)この庭にいるはずです。

 あ、ほらあの絵を描いてるのがそうですよ。

 ここだったら向こうからは見えませんので

 ここから見るだけにして下さい」

友子「(窓の外を見ながら)はい」

〇同・庭園

   患者達があちこちでひなたぼっこして

   いる。

   由紀江、木陰で寝間着姿のまま写生を

   している。

〇同・一階廊下

   懐かしそうに由紀江を見つめる友子。

友子「何を描いてるんですか?」

医師「たぶん風景画でしょう。ここに来てか

 らあの患者さんが描いたものは全部風景画

 ですから」

友子「じゃ、顔の絵なんかはもう...」

医師「ええ、あなたも含めて顔の絵は全く描

 いてませんよ」

友子「そうですか」

   と、うなずき、再び由紀江の方に目を

   やる。少し寂しそうな表情。

〇庭園

   由紀江の後ろから数人の患者が絵を覗

   き込み、感心する。

   彼等を振り向き、微笑んで再び絵に没

   頭する由紀江。

〇病院外

   苗場、エントランス前に立っている。

   友子、病院から出てくる。

友子「お待たせ」

   二人、歩き出す。

苗場「どうでした?彼女」

友子「元気そうだった。直接は会えなかった

 けど」

苗場「そうか。よかった...」

友子「ねぇ。苗場君、由紀江の事どう思って

 たの?」

苗場「どうって、そりゃあ...」

友子「好きだったの?」

苗場「...うん」

友子「そうか。それじゃ、あの子わずかの間

 だったけど恋も出来たんだ」

苗場「(うつむき)...」

   暫し無言で歩く二人。

苗場「まぁ、俺は頭殴られちゃいましたけど

 ね」

友子「(笑い)大丈夫?ケガの方は」

苗場「しばらくコブがとれなかったんだけど

 もう大丈夫。頭の骨は頑丈だから、俺」

友子「そう...」

   友子、うつむく。

   再び沈黙のまま歩く二人。

苗場「..可哀想な子だったな」

友子「...親って子供にとってかけがえの

 ないものなのね」

苗場「自分の母親の死を認めるまでに十年も

 かかったんだ。何か一つ狂ったら誰だって

 ああなる可能性があるんだ」

友子「私、絶対に死なない。子供を残してな

 んか死ねない。私が子供にしてあげられる

 事ってそれくらいだもん」

苗場「そうですね...」

   友子と苗場の前方にバン。

友子「あ、お父さんだ」

苗場「迎えに来てもらったんですか」

友子「そう。こういう時便利よね、親って」

苗場「親はかけがえのないものじゃなかった

 んですか?」

友子「あら、そうやってあげあしとるの。フ

 ーン。電車で帰りたいんだ、苗場君。じゃ

 あね」

   と、走り出す。

苗場「え、あ、ちょっとそんな。乗せてくだ

 さいよぉ」

   苗場、慌てて追いかける。

   二人、バンの所に辿りつく。友子は先

   に乗り込み、苗場は友子の父に挨拶を

   してから乗る。

   バン、走り去っていく。

 

あとがき


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