○同内・4階廊下
   あいも変わらずラップ音楽がうるさい
   アパート廊下。
   ドアを開け、起きたばかりといった感
   じのタケルがフラッと出てくる。かな
   り機嫌が悪そうである。
   廊下を奥に向かって歩き出そうとした
   タケルを女の声が呼び止める。
女の声「タケル」
   振り向くタケル。
   きれいな金髪に、端正な顔立ちの白人
   女性・クリスティン・バート(20)が笑
   顔でタケルの背後に立っている。
クリスティン「ハイ」
   ヒラヒラと小さく手を振るクリスティ
   ン。
   タケル、慌てて髪の毛の乱れを直し、
   笑顔になる。
タケル「ハイ、クリスティン。今帰り?」
クリスティン「そうよ。ひょっとして今起き
 たの?」
タケル「え?ああ。音がうるさくって」
クリスティン「昼だもん。起きてて当然よ」
タケル「ま、まあね」
クリスティン「でも、まあちょっとうるさす
 ぎかな」
   と言って顔をしかめる。
タケル「どう、レポートの方は?"戦後の日
 米関係"だったっけ、テーマ?」
クリスティン「そうよ。あ、そうそう。ちょ
 っと聞きたい事があったの」
   と言いながらバッグに手を突っ込み何
   やら紙の束を取り出す。
クリスティン「図書館で調べたんだけど、(
 紙の一部分を示し)ここよここ。この文化
 的侵略っていうのがよくわからないの。何
 となくイメージは湧くんだけど」
   クリスティンの示す部分を覗き込むタ
   ケル。
タケル「文化的侵略かぁ。ちょっと解りにく
 いなぁ。たぶん僕が思うにこういう事じゃ
 ないかな」
   真剣な表情でタケルを見つめるクリス
   ティン。
タケル「つまりね。第二次世界大戦後の日本
 はしばらくアメリカに占領されてたんだけ
 ど、その間にアメリカが自国の文化を大量
 に日本に持ち込んだ。当時の日本には娯楽
 とか文化的なものに飢えてたから、みんな
 アメリカ文化に影響を受けた。まぁ、これ
 は日本だけじゃないんだけどね。そういう
 事が第三国で起こったためにその国独自の
 文化が...」
   クリスティンと目が合うタケル。
   かなり近い位置で見つめ合う二人。
   クリスティンが妖しく微笑む。
クリスティン「続けて」
   タケル、我に返って微笑み、続ける。
タケル「えっと、つまり、そのアメリカ文化
 の浸透とそれに伴う日本文化の衰退をアメ
 リカの文化的侵略って言ってるんじゃない
 かな」
クリスティン「なるほどね。ありがとう」
   色っぽく微笑むクリスティン。
タケル「どうってことないよ」
   照れ笑いのタケル。
クリスティン「あなたはどう思う?やっぱり
 アメリカが侵略したんだと思う?」
   言葉に詰まるタケル。
タケル「うーん。どうだろう?言われてみれ
 ばなんか自分の文化を奪われたような、犯
 されたような...」
クリスティン「そう...」
   クリスティン、ちょっと悲しげな表情
   になる。
   その態度に気づくタケル。
タケル「(少し慌てて)ま、つまり日本人の主
 体性がないって事かな」
   ニコッと微笑むクリスティン。
クリスティン「ありがとう。いいレポートが
 書けそう。じゃあね」
   と再びヒラヒラと手を振り、タケルを
   通り越してタケルの部屋の隣の部屋の
   鍵を開けようとして何かを思いだし、
   再びタケルの方を向く。
クリスティン「あ、そうそう。クリスマス・
 イブは何か予定ある?」
タケル「え?いや、別に」
クリスティン「クリスマスの夜、友達の部屋
 でパーティーをやるんだけど、どう?あな
 たも来ない?」
タケル「ああ、いいねぇ。たぶん行けると思
 う」
クリスティン「よかった。じゃ、楽しみにし
 てるから」
   クリスティン、再び手を振り、部屋の
   中へと消える。
   クリスティンを目で追い、おもむろに
   ニヤッと笑うタケル。その肩をポンと
   細い手がたたく。
   慌ててタケルが振り向くと、そこには
   小柄なショートカットの少年っぽい日
   本人の女・菅ヨーコ(21)が立っている。

○同・タケルの部屋・居間
   ヨーコ、机に座り、タケルの卒論に目
   を通している。
ヨーコ「Wow、(日)すごいねこれ。こんな
  に書かなきゃなんないんだ、学部生って」
   タケル、麦茶とおぼしき液体の入った
   コップ二つを手に、キッチンから机に
   歩いてきてヨーコにコップの片方を渡
   す。
ヨーコ「Thanks」
タケル「(日)ヨーコも来年から学部だろ?」
ヨーコ「(日)うん」
タケル「(日)大変だよ。いきなりペーパー十
  枚くらい書かされっぞ」
ヨーコ「(日)うっ、やだなぁ。やっぱESL
  とは違うんだ」
タケル「(日)あそこはだって英語を勉強する
  だけの所だからな。英語で勉強しなきゃな
 んない学部とは違うよ」
ヨーコ「Gee」
   英語で悪態をつくヨーコ。
   その様子をあきれ顔で見るタケル。
ヨーコ「(日)ね、クリスマスパーティー行く
  でしょ?」
   タケル、少しギクリとする。
タケル「(日)えっ、どこの?」
ヨーコ「(日)日本人会のやつ」
タケル「(日)えっと、いつだっけ?」
ヨーコ「(日)クリスマスパーティーなんだか
  らイブに決まってんじゃん」
タケル「(日)ああ、そうか。わかんないなぁ。
 卒論あるし」
ヨーコ「(日)ちょっと、せっかくのパーティ
  ーなんだよ。Essayなんか休み中にだ
 ってできるじゃん」
タケル「(日)いや、そうもいかないと思うん
  だ。そうそう、こうしてる間にもやらない
 と」
   タケル、暗にヨーコの起立を促す。
   ヨーコ、不承不承立ち上がる。
ヨーコ「(日)さっきの子とどっか行こうなん
  て考えてんじゃないの?」
タケル「(日)違うよ。卒論のつらさ、今にヨ
  ーコにもわかるって」
ヨーコ「(日)ごまかそうとしたってだめだよ。
 ちゃんと迎えに来るかんね」
タケル「(日)努力はするよ。じゃ、後で連絡
  すっから。はい、じゃーね!」
   と言いながらヨーコをなかば無理矢理
   部屋から追い出し、ため息をつく。
タケル「(日・独り言)するどいね、女の勘っ て」

○同・クリスティンの部屋・寝室 (夜)
   ベッドに寝ている半裸のクリスティン
   と、がっしりとした体格の髭面の白人
   男、ロブ・シャノン(25)。じゃれ合って いる。
ロブ「(ため息)疲れたよ」
クリスティン「がんばりすぎよ」
   と言い、吹き出すクリスティン。
   ロブもつられて笑う。
ロブ「そっちの話じゃない。近頃の話だよ。
 最近すっかり体力が落ちちまった」
   クリスティン、真剣な顔つきになる。
クリスティン「それってクスリのせいじゃな
 いの?」
ロブ「かもな。そろそろなくなりかけてるし
 な」
クリスティン「そうじゃないでしょ。いいか
 げんやめてよ。そのうち体調だけじゃすま
 なくなるんだから」
   大きくため息をつくロブ、立ち上がり、
   服を着だす。
クリスティン「ねえ」
   上着をはおり、振り向くロブ。
ロブ「わかった、わかった。今度のヤマが終
 わったらな」
クリスティン「今度のヤマって?」
ロブ「ところで、パーティーに誰か呼んでん
 のか?」
クリスティン「なんで?」
ロブ「あいつも呼んだのか?あの日本人の」
クリスティン「呼んだわよ。どうして?」
ロブ「俺のパーティーなんだぞ。わけのわか
 らんやつまで呼んでほしくないな」
クリスティン「もう声かけちゃったもん。今
 更断れないわ」
ロブ「フン、そんなに呼びたいなら呼びゃあ
 いいさ」
   と吐き捨てるように言う。
クリスティン「何よ、その言い方!」
   クリスティン、ベッドから跳ね起きる。
ロブ「またな」
   ロブ、そそくさと部屋を出ていく。
   ヒステリックになり、枕を投げつける
   クリスティン。
   ロブが閉めたドアに枕があたる。


次回につづく


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