沖縄の暮らしと社会、エピソード
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沖縄の暮らし


○収入の家賃割合
東京など大都市ではファミリータイプの賃貸住宅は約10万円。標準的なサラリーマンの手取り収
入25万円に対する家賃割合は40%。沖縄の一般的な手取り収入は12万円。ファミリータイプの
家賃は安く約4〜5万円。家賃は東京の半分なものの、収入も半分。結果的に家賃の締める割合
は東京と同じ40%ほどになります。

○沖縄の物価
沖縄の物価はほぼ東京と同じで、全国平均よりも高いのが特徴。流通コストがかかる沖縄では
物価が安いと感じることはありません。食料品はとくに割高感を感じてしまう状況。


○全国1位の出生率と離婚率

沖縄の出生率は2位を大きく引き離して全国1位。また離婚率も全国1位。

○家事分担割合
民間企業による2011年度調査では、夫が家事を分担する割合が全国で最も高いのが沖縄県
の22%。さらに沖縄県は夫の料理参加度もトップの51.5%。収入の低い沖縄県では共働きが
あたりまえのため家事の参加率が高いのもうなづけます。


○那覇市の生活保護受給者数は全国平均の2倍以上
2010年7月の那覇市・生活保護受給者数は1万人を突破。全国平均が68人に1人の割合とな
っているのに対して那覇市は30人に1人の割合となっています。

○貯金
誰に聞いても「沖縄の人は貯金をしない」という声が多く、大げさにいうと「手元にあるお金は全
部使ってしまう」というのが沖縄人気質とか。

○まだまだ足りない保育園

保育園が比較的多くあるのが沖縄の特徴。しかし働くお母さんが多い沖縄では保育園の数は
まだまだ不足していて、保育園待機率は東京などの大都市に次ぐ全国3位となっています。

○軍用地主の生活
軍用地は、個人の土地を米軍基地・自衛隊用地として国が強制収用して借地料を払っているケ
ースが大部分。沖縄県全体で年間約900億円、一人当たり平均年約230万円が支払われてい
ます。このため働かずに借地料だけで生活している軍用地主の人も多く、県民の自立を阻んで
いる要因のひとつともいわれています。

○長寿の村
沖縄男性の平均寿命は2000年にはトップから脱落。以降、35歳〜64歳の死亡率はワースト1を
競うほどに悪化。沖縄男性は健康維持への意識が極めて低いともいわれています。一般的な
長寿イメージの現実は沖縄女性だけのもの。沖縄で長寿の村として有名なのは本島北部にある
大宣味村。

○旧正月・旧盆の風習
中国文化の影響が強い沖縄では、旧盆や旧正月の風習が残っています。旧正月には先祖を
奉る仏壇のある家に親類縁者が集まったり、クワッチー(重箱料理)や「沖縄オードブル」を食べ
てお祝いします。また旧盆や旧正月には休業するお店もあるものの、時代とともに伝統的な風
習も減少気味。

○意外と多い自殺者
2011年度の沖縄県の自殺者は約400人で高止まり状態。他県と違うのは30代の働き盛りの
世代が多く、仕事が見つからなかったり、仕事上のストレスといった「うつ病傾向」が原因とな
っているケースが目立つこと・・・。

○かりゆしウェア
近年、ハワイのアロハシャツを模して作られたローカルウェア。沖縄県工業連合会の登録商標
となっているため、沖縄県内で縫製され、沖縄PRをイメージするデザインのものだけが「かりゆ
しウェア」として認定。他の類似シャツに比べて価格は割高で、県の産業振興策のひとつともな
っています。ちなみに「かりゆし」とは沖縄方言でおめでたい、自然との調和を意味しています。
沖縄県工業連合会
沖縄県衣類縫製品工業組合



沖縄社会


○本土と内地
国土交通省では沖縄本島を本土、以外の沖縄地域を離島と定義。但し沖縄の人は沖縄から見
た他府県をまとめて本土、または内地と呼ぶ場合も多く、本土と内地の呼び方は一定化してい
ないのが現状です。ちなみに沖縄言葉で本土出身者は「ナイチャー」、沖縄出身者は「ウチナー
ンチュ」と呼んでいます。


○ナイチャーとウチナンチュ

沖縄移住した多くの人が嫌な思いとして挙げるのが「ナイチャー」と呼ばれること。地元民の「ウ
チナンチュ」に対して「ナイチャー」とは「よそ者」を意味するのがその理由。といっても沖縄県内
の市町村から移ってきた人のことを「ウチナンチュ」は「タシマンチュ」と呼んでいます。

世界のウチナンチュ大会
世界のウチナンチュが4年に1度沖縄に集うイベント。
戦前から戦後にかけて海外に移住した沖縄県出身者やその子孫などが交流を深めるのが目的。
5回目となる2011年の開催には25の国と地域から、これまでで最多の5200人が参加。
日本有数の移民県となっている沖縄では、北米・南米をはじめ世界各国に約40万人の沖縄県人
が生活しています。

○コネ社会
沖縄社会はヨコのつながりをとても大切にし、「誰々からの紹介」というスタイルが大きな幅を利
かせるコネ社会。就職なども「コネ」で乗り切る人がとても多く、「一人でも知人を作れば後は何
とかなるさ」というのが沖縄流・・・。

○海に無関心な沖縄の人
沖縄はいつでも海に親しめることから、地元の人はシーズンでもあまり海水浴に行かないらしい。
若い女性の中には水着を持っていない人もいるほど。また本島の人は海のきれいな離島にもあ
まり行きたがらないとか。いろいろ聞いてみると「なんでお金を出してまでわざわざ田舎に行かな
いといけないの」というのが本音らしい。一方、沖縄の人々の海への無関心さが、開発による珊
瑚礁破壊などを安易に許してしまっているという人も多い・・・。

○仲が悪い?、沖縄と奄美地域
よく耳にするのが沖縄と鹿児島・奄美地域との仲の悪さ。奄美地域は鹿児島県という認識が強い
ものの、もともと奄美大島は琉球王国の領土。事の経緯はいろいろ複雑なものがあるようで、こ
のことが、「沖縄と奄美は仲が悪い」といわれる根拠のひとつとなっているらしい。

○昔の沖縄の記憶
■昭和50年の那覇は・・・

日本に返還されてからしばらく経った約35年ほど前の沖縄。16歳の時に始めて訪れた際、那覇
空港到着と同時に「白タク」に囲まれ、現在の辻エリアの旅館街に強制連行されたものの、宿泊
料金が安いためにそのまま宿泊。宿には周辺の歓楽街で働く女性の長期宿泊者が多数・・・。
また当時の国際通りはまだ露天が建ち並び、バスが行き交うと砂埃が立ち上るという状況で、
真っ黒に日焼けした人々で賑わう様子はまさしく異国そのもの。舗装されていない街並を散策す
ると「かげろう」が立ち上り、クーラーがキンキンのカフェで本格的なチーズバーガーと特大のアイ
スティで暑さをしのいだ。「タクシー運転手おすすめのステーキランチ」は500円、肉質はガムの
ような噛みづらさ。ちなみに沖縄そばは当時の方が格段に美味しかったような・・・。
■昭和60年の宮古島は・・・
約25年ほど前の宮古島。空港は小屋のように簡素で、幹線道路も未舗装。そんな宮古島のロ
ーカル新聞への就職話が持ち上がり面接のため宮古島へ。給与が安いのは納得済だったもの
の、当時の宮古島にアパートはほとんどなく、空き部屋があっても家賃はバカ高く、どう考えて
も安月給では生活が成り立たない環境。またホテル内のバーで新聞社の評判を聞くと、社長は
島のボス的存在でホテルやレストランなども経営する事業家。といったことで、南の島暮らしは
おあずけに・・・。

○那覇のレトロな光景
東京化が進む那覇ではレトロな光景も少なくなってきました。 モノレール・安里駅前にある栄町
市場は戦後の復興当時のままの姿を保つ場所。



移住関連エピソード


○役場の転入拒否事情

2005年、あるテレビ局の報道の人から問い合わせがあった。
「沖縄の役場で、移住を拒否しているという噂があるが聞いたことはないか?」というものだった。
住民票を移さず、ゲストハウスに泊まりながら働く「幽霊住民」と呼ばれるプチ移住者が増加し、
住民税を徴収できないことから快く思っていない自治体が多いのは聞いていた。しかし住民票
をきちんと移動する移住者を拒否するとはどういうことだろう。いろいろ調べてみると、宿泊して
いるゲストハウスを住所地として住民登録する人への転入拒否だった。
その後、2007年頃からは役場側も対応を変え、ゲストハウスを住所地とする場合、ゲストハウ
ス経営者の保証印があれば転入手続きが認められることになった。また役場によっては収入
のない人の転入には消極的で、転入手続き時に収入についての質問などをすることもあるとい
う。いずれにしても、転入手続き拒否は憲法に関わる大きな問題。日本人であれば、どこの街
や村に住もうと、役場がそれを拒むことなどけっして許されない。ましてや税金を徴収できない
ことで移住を拒否するなどあってはならないこと。「誰のための役人か」という本質を忘れてしま
った「日本の歪み」は、沖縄も例外ではないということだろうか・・・。

○与論島(奄美)で出会った、東京からの女性移住者
与論島のバス停でバスを待っていると、「なかなか来ないでしょ、良かったら乗りませんか?」
という声にびっくり。車に誘ってくれた30代の女性は、東京から犬といっしょに与論島に移住し
て約1年。車の中では人なつっこい犬がしっぽを振って飛びかかってきた。
「島では、頼めばみんな車に乗せてくれるわよ。それが一番のこの島の良さかもね」
という言葉に島のやさしさを実感。与論島の車はみんなノロノロ運転。40キロ以上で走る車は
目にしない。信号も簡易点滅信号機がほんのわずかにあるだけだ。
一方、与論島の一番の生活課題は台風対策。
「東京の人間だから、与論島移住時に海辺に家を建てたけど、台風で屋根は飛ぶし大変。役
所の人が来て、台風の時はコンクリート造りの近所の家に避難するように言われたわ。海辺
は強風を防ぐものがないから直撃。海辺に住むにはそれなりの対策が何よりも必要と、住ん
でから分かったの」

○沖縄で出会った適地探しの旅人
沖縄北部で埼玉に住む50代前半の夫婦と港で出会った。
ワンボックスカーで寝泊り、西日本の海沿いの町を廻りながらフェリーでやってきた沖縄には
既に滞在1ケ月、リタイア後の田舎暮らしをするために適地探しをしている。実際に自分達の
目で見て、しばらく滞在してみて、その結果どこに住むかを決めるらしいが、毎日の食卓を自
分で釣った魚で飾る生活を求めている。
「やはり沖縄が一番だね。文化的にも内地と全然違うし、毎日が新鮮というか、海外旅行でア
ジアの国に来ているような不思議な感じ。海の青さには感動したけれど、長く滞在していると
それが当たり前になってきて、贅沢だよね。場所によっては閉鎖的なところもあったけど、内
地での人付き合いも大変だし、それを考えると苦にはならないよ」
ただひとつ気にいらないことは、沖縄の魚が水っぽいこと。魚好き夫婦にとってはとても大事
な問題。そういえば、沖縄では刺身は酢味噌とあえて食べるのが沖縄流の食べ方だ。


○西表島のエコ紛争
今から30年ほど前の西表島は未開のジャングル。ほぼ無人島の「東洋のガラパゴス」とよば
れる島だった。いつしか手つかずの自然を求めて移住する人が増え始め、今では多くの人が
生活を営んでいる。また時代とともに島は観光産業が重要な位置を占めるようになり、エコツ
ーリズムを実践する島としても知られるようになった。しかし、宮古島などでリゾート開発を行う
ユニマットが大型ホテルを建設。環境に悪影響を与えているとして、地元住民らが撤退を求め
て裁判が行われている。自然のままの環境を保つには人間が住まないことが一番なのだが、
そうはいってられないのも現実。少なくとも行政側、企業側も<リゾート=大型ホテル=経済
振興>という単純な図式と発想からそろそろ脱却しないといけない時期なのかも・・・。

○移住とコミュニケーション
沖縄移住ブームによって、小さな島では島民よりも移住してきた新住民の方が多いという現
象が起こっていたり、賃貸アパートの入居者の全てが移住住民という場合もあるという。
そんな中、移住者との間で問題化しているのが地元住民とのコミュニケーション。特にインタ
ーネットを通じて収入源を確保しようとする移住者の場合は、地元住民との関わりに関心が
ない人も多いらしい。
「沖縄に限らず、いかに地元生活に溶け込むかが移住の重要なポイントだということは分かり
ます。都会では同じアパートの人と顔を合わすことすら嫌がる人も多くいるわけですし、少なく
とも溶け込むための労力は必要ですね。ただ、それを気にしすぎて移住に二の足を踏む人も
いますから、とりあえずはその土地が好きだという愛着を持つことが鍵。それなくして地元との
コミュニケーションが成り立つわけはありませんし・・・」
こう話すA君は30歳を機に沖縄に仮移住中。那覇の安宿に宿泊しながらのバイト生活。沖縄
のことに詳しくなったら、お気に入りの島をみつけて本格移住する計画だ。