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ルーマニアのドタバタ劇







ソビエト連邦崩壊時、ソビエトと密接な関係にある国々では新たな動きが次々と現れ、その混乱模
様は毎日のようにニュースでも報道されていた。そんな中、東欧のルーマニア大使館では査証の
発給コントロールが、事実上無形化したという噂が流れた。

ルーマニアの査証は、東欧諸国の中でも厳しい国の一つとして知られ、観光で入国するにも、イン
ビテーション(招待状)や本国照会などの煩雑な手続きが必要だった。
しかし、ソ連崩壊によって、本国の指示命令系統も崩壊し、“査証の投売り”を行っているという。
そんな噂を耳にすると、体が自然と動き出し、とりあえず大使館を訪れて査証の申請をしてみること
 にした。

東京の高級住宅地の一角にあるルーマニア大使館。中は閑散としていて、事務所というよりは邸
宅といった感じ。予想に反して警備員の姿も全く見当たらない。
「長期査証の申請をしたいんですが・・・」
「何の査証が欲しい? とりあえずそこのソファに座って・・・」
入国の理由などを簡単に聞かれると、査証はその場で即時発行された。書類記入もなく、大使館員
がその時の気分で発給しているようだった。査証発給料も大使館員のポケットマネーになるという噂
だったために、いくら請求されるか心配だったものの、予想に反して適正料金の数千円だった。
「とりあえず3ヶ月有効の入国査証を出したから、それ以上滞在する場合は、入国後に移民局に行
って指示を仰ぐように。本国のことは、どうなっているかよく分からないんだよ」

それから約1ヶ月後、ルーマニアの首都ブカレストへ向かった。
ルーマニア貨幣は暴落して、3LDKのマンションが50〜100万円もあれば充分に入手できる環境にな
っていた。そんな事情があってか、観光客の日本人は皆無だったものの、ルーマニア進出の視察に
きている企業関係者や、そんな日本人を相手に商売しようとする、コンサルタントを名乗る日本人の
姿は珍しくなかった。

「今度、レストランをブカレストに作ろうと思って、いろいろ見て廻っているんですよ。混乱劇の今がチ
ャンス。手続きもワイロを払えばOKですし、日本円の価値が何十倍にも活きてきますからね」
そう話すのは、東京で貿易業を営むAさんだった。

そして、それから数年後。東京でAさんと会う機会があった。
「レストランの出店はどうなりましたか?」
「出店はしたものの、とんだ見込み違いでしたよ。ルーマニアの人は外食する習慣があまりないの
がよく分かりました。近く閉める予定です。日本から中古のミシンをたくさん入れて、縫製工場にしよ
うかとも思っているところです」

「失敗した一番の理由は、ルーマニア事情に詳しくなかったので、つい日本人コンサルタントの話を
信じてしまったことですかね。彼らにとっては、私たちのことや進出後のことなんかどうでもよくて、
何でもいいからお金を出させるのが目的なのですから」