3年前、スコットランドに住む姉夫婦を訪ねる目的もあり、結婚前の妻とイギリス旅行をすることになった。彼女が以前、リバプールで“マジカルミステリーツアー”に参加した事があるという話を聞いた私は、「えっ!そんなんあんの?」とマジで驚いたのである。
あの映画に出てくる黄色地に派手なペイントをしたバスに乗って、“ビートルズ”ゆかりの地をあちこち巡ってゆくというツアーらしい。彼女はしきりに変なツアーだと言っていたが、私はすでに自分の世界に入り込み勝手な想像を膨らませていたのである。
何故なら長年ビートルズ信者をやっている私にとって、リバプールはまさに聖地!
その聖地を巡礼せずして“ビートルズ”は語れないだろう。
しかもそんな素晴らしい体験をすればジョンやポールのように高度なインスピレーションを受けて、きっといい曲がバンバン書けるようになるに違い無い!
などと勝手なことを考え始めた私の頭にはすでにリンゴの軽快なドラムとともに
♪ズンタンズンタン Hello~Hello ~とBGMが鳴り響き、いやがうえにも
“マジカルミステリーツアー”な気分が盛り上がっていったのであった。
そして数カ月後、そんな希望を胸に我々はロンドンから列車に乗り一路リバプールを
目指していた。途中列車の中でベタベタの関西人と思われる4人組の女の子達が、
隣の座席で“カラムーチョ”を食べて(おまえらそんなもんわざわざ日本から持って来たんか!)修学旅行のバスの中の様にエラく盛り上がっていた。
おかげでホンマにここはイギリスなんか?!とか疑いたくなるような、おおよそ聖地巡礼の道のりとは掛け離れたムードがすでに漂い始めていたのであった。
しかも期待のそのツアーとは・・・・・
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リバプールに到着した我々は、早速“マジカルミステリーツアー”の参加を申し込んだ。
出発場所で待つ事数分、ついにあの派手なバスがやってきたYeah!! っ!あれっ!?
なんか思ってたのとちょっと違う! たしかにあの派手なペイントはしてあるし??
バスが一回り小さいのかな??思ってたよりしょぼかったのである。
まぁええかと乗り込んで待つ事数十分いよいよ出発!
ミュージックスタート! っ!あれっ!?
発車の時必ずにかかると思ってたメインテーマだが、なんか思ってたのとちょっと違う!
音が死ぬ程悪いのである。 あんた何十年それ使てんねん、とゆうくらいへろへろになったカセットテープから聴こえる音はまさに教習所のビデオ以下!!
しかも陽気に北ナマリEnglishで喋りまくるガイドのおっさんのマイクの声の方がでかくBGMがあまり聴こえない。あかん!ビートルズワールドに入りこまれへん!!
なーんか今一つ盛り上がらないまま、クソ陽気なバスはあれよあれよとメンバーのゆかりの地や生家などを巡り、おっさんがその都度それに見合ったBGMをかけようとするが、
その曲を探すのにいちいちキュルキュルとか音をさせながら頭だしをしてる。
おまけにようやく探してスタートさせた曲の頭が切れたりする。あんた何年この仕事してんねん!!いや こんな事を毎日仕事にしてんねんやったらちゃんと編集しとけよ!!
さすがに“ペニーレーン”では僕なりに感慨にしたり、ここがあの名曲の世界なんだと気分よく音の悪いBGMにあわせてノッてたのにおっさんが途中でブチッ!・・・・・・
最後まで聴かせんかー!せめてフェードアウトできんかー!!
おっさんのお気に入りは“Free as a bird”と“Real Love”らしく、なんか知らんがこの2曲ばっかりかけてた。どっちも最近の曲やしあんまりリバプールに関係ないやん!!
毎日聴いてるからおっさん、きっと昔の曲はあきてんねんやろーな。
クソ陽気でズサンなおっさんに支配されたリバプールのハトバスは行く・・・・
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SHIGEZOのB級体験 第一回 『巡礼』後編
ビートルズのフェバレットソングは何か?と聞かれれば、僕は迷わず“StrawberryFieldsForever”と答える。中期の代表曲でもあるこの曲のStrawberry
Fieldとゆうのは、ジョンが育ったメンローブ・アヴェニューの近所にある救世軍の孤児院の名前だそうである。
ジョンが子供の頃におばさんに連れられて度々訪れ、楽しい時間を過ごしたらしい。
そう、この場所こそあの名曲のイメージになった超神聖なる場所なのだ。
そして僕はついにStrawberry Fieldにやってきたのである。わーい!
僕らツアーの一行はぞろぞろとバスを降り、有名な鉄製の赤い門を目指した。
僕らが行くまで辺りには人の気配がなく、建物(実は1960年に建て替えられて今は孤児院ではない)は門からはかなり遠くにあり、森に囲まれてひっそりと存在している。
てっぺんがピラミッド型の不思議な形の門柱には今もしっかりと“Strawberry
Fieldr”とペイントされた文字が残っている。すっかりミーハー気分の僕は、もう少し近てみることにした。が、しかしそのペイントされた文字を近くで見ると、なんとそのペイント文字の上に、たくさんの落書きがされているではないか!いろんな文字や名前がカラーマジックやらなんやらで書かれている中に、日本人の名前(日本語で)まで見つけてしまた!! おまえらアホか〜!!神聖な門柱になんつー事すんねん!!
名曲の背景もすっかり俗物により荒らされていて、なーんか嫌な気分になってしまった。
きっと世界中のあちこちでこうゆう国際的な恥じを一部の日本人はまき散らしてるのであろう。その後“Penny
Lane”のプレートにも同じ様な落書きを見た時には、もうかなりうんざりしていた。その後もバスはいろいろな場所を巡り、無名時代のBeatlesが出演していたとゆうキャバンクラブ(防空壕を改造して作られたまさしく洞穴)を最後にツア−は終わった。かつて熱狂と興奮を世界中に発信し、輝いていた町は、時間とともにその熱量を失い、元のひっそりとした漁業町に戻ってしまったようでもあった。
『過去の町・・・』それが僕のリバプールの印象だった。
結局ここで、期待したようなクリエイティブなインスピレーションを受ける事は無かった。
数日後、パリに訪問中のダイアナ妃が自動車事故で急死した。
葬儀の日にたまたま近くにいた僕達は、ウエストミンスターの教会の外で、地元の人達に混ざって、スピーカーごしに葬儀の様子をうかがう事が出来た。葬儀の終盤で、エルトンジョンが“キャンドル
イン ザ ウインドウ”を歌いだした、その瞬間だれかが飛ばした赤い風船が、教会の建物をバックにゆっくりと大空に舞い上がってゆく。僕は全身鳥肌状態で、その何とも物悲しくも美しい風景に魅入っていた。まさにリアルタイムの感動だった。
このエッセイを書き終えた翌朝、新聞のニュースでStrawberry Fieldの赤い鉄製の門が何者かによって盗まれたとゆう記事を見つけた。何とゆう奇遇だろう。
でも、結局門は次の日にスクラップ場で発見されたらしい・・・何がしたかってん!!
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SHIGEZOのB級体験 第2回 『腰痛』
私は腰が弱い。重いものを持ったり、長時間座りっぱなしの状態が続くと、とたんに腰の調子がおかしくなる。先日も突然のギックリ腰で身動きができず、義母に勧められて近所の外科クリニックに行ったのである。
レントゲンを撮ったりといろいろと調べられ、そこのドクターに『とりあえず今日は痛み止めに注射打っとこか?それとも電気治療にしとくか?』と聞かれ、少しでも早く痛みから解放されたい私は迷わず『注射!』と答えたのである。
『じゃあこっち来て』と別室に連れていかれ、そこのベットの上で前屈みにお尻を突き出すとゆう何とも恥ずかしいポーズをさせられたのである。しかもいつのまにか助手の看護婦さんまでいるではないか!。注射の準備をしているドクターが『かなり痛いで、我慢しーや』と言った。・・・・えっ!?話が違う!!(別に初めから誰も痛くないとは言っていない)うわっ!やられた!!と悔い入る私の心拍数はすでに急上昇を始めていた。
痛い〜!!!お尻の上のあたりから何とも鈍い痛みが伝わってきた。それがだんだんと激痛へと変化してゆく。『ひえ〜〜〜!!』
あくる日より私はこのクリニックにリハビリに通いはじめ、しばらくは平和な日が続いた。しかし、忙しさに無理が続いたある朝、私は再びギックリ腰になってしまった。
ドクターに呼ばれた私は『今日は電気治療にして下さい』と言ってやろうと心に誓い、診察室に入っていった。またいろいろと調べた後に、ドクターが一言『ほんだら注射打とか』・・・・・・・・・・・・『ひえ〜〜〜!!』私は別室に連れていかれた。
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| つづく |