授業が終わった。まだ陽は高い。今日はお昼で終わりだ。
廊下に入ってくる風が気持ち良い。地中海性気候特有のからっとした空気。鼻をくすぐる潮の香り。高台にあるこの学校から見える景色は最高だ。眼下に緑が眩しく、その先には俺達の住む町がある。強い日差しを照り返して輝く白い壁。煉瓦色の屋根が緑と白、その向こうの海の青に映える。スペインだったかポルトガルだったか・・・とにかくその辺の植民地時代の名残がこの南米の町には残っている。
放課後なので生徒はほとんど残っていない。俺も帰ろうとエレベーターホールに向かった。この学校は近代的な高層建築で10階以上もあるため、階段の他にエレベーターも設けてある。授業が終わってすぐは混むので時間をずらすため校舎に残っていたのだ。それが全ての始まりだったのかもしれない。
後ろの方から悲鳴が聞こえてきた。廊下の奥から、そして全速力で走ってくる足音が近づいてきた。
何事だ?
振り向く前に肩を強く掴まれた。走ってきたのは俺の親友だった。恐怖に顔を引きつらせている。冷や汗と鼻水が混じって口に流れ込んでいた。多分俺はいぶかしげな顔をしていたと思う。こういっちゃナンだが彼は臭かったからだ。汗の臭いだけではない。なにか嗅ぎ覚えのあるようなないような独特の臭い。
だが彼はそんな俺の顔でも安心したようだ。ガクリと倒れ込んできたので慌てて彼の体を抱き留めた。服がぐっしょり濡れているのがわかる。俺が問う前に彼は言った。
「逃げろ・・・!」
息を切らしながら囁くように彼は言ったが、その中にはいつにない強い真剣さ、というか危機感を感じた。
「どうしたんだ!?一体何が・・・」
「先生が・・・いや、アレはもう・・・ダメだ。逃げろ・・・」
彼は気を失ったようだ。完全に体重を俺に預けている。とにかく仰向けに寝かせようと背中に回した手を動かそうとするとぬめりを帯びた液体で手が滑った。と同時に汗だけではない臭いの正体がわかった。血だ。
錆のような異臭。同時に自分の手が赤く染まっているのも目に飛び込んできた。
「俺の事は、いいから・・・彼女を連れて、逃げろ!体育館にいるから・・・。あいつは彼女を・・・」
「彼女」というのは隣の家に住んでいる幼なじみの事である。俺とこいつと彼女は家がご近所なので昔からよく一緒に遊んでいた。それを先生が捕まえようとしている?何のために?いやその前に、先生にも何か異変が起きている?一体何が起こったんだ!?
疑問符でいっぱいになっていた頭を現実に引き戻したのは咆哮にも似た笑い声だった。廊下の端から聞こえてきた。彼が走ってきた方からだ。声のした方を見ると、廊下の一番奥、陽のささない日陰で何か大きなものがこっちに向かって来ていた。人のような姿はしている。しかし手足は蜘蛛のように長く、だらりと伸びている。体も「人間」と呼ぶにはサイズ的にデカすぎる。一歩、また一歩と近づいてくる。日の当たるところまで出てきた時、それが先生である、いや、かつて「先生」であったモノであることがはっきりとわかった。
ワイシャツは肩から破れ、太い両腕がむき出しになっている。ズボンも脇から破れ、ただ「ぶら下がっている」ような状態だ。首からはゆるめられたネクタイが歩みに合わせて揺れている。そのネクタイの色と、ひしゃげてレンズが割れたメガネのフレームだけがかつてそれが先生であったことを物語っていた。俺は一瞬頭の中が真っ白になった。
こんな、ゲームやアニメの中でしかいないような怪物が現実に目の前にいて、そいつが俺の親友を殺し、幼なじみの彼女をも襲おうとしているなんて・・・。彼女?
そうだ!助けに行かなきゃ!!・・・体育館へ!俺はとっさに立ち上がり窓の外に目をやった。体育館はこの校舎を一旦出て、渡り廊下を通った先にある。ここからはエレベーターを使う以外方法はない。
親友をそこに残したまま俺はエレベーターホールへと走った。ボタンを押す。ホールは壁の全面に大きな窓があり、エレベーターもガラス張りでできている。見晴らしの良いこの場所は怪物の位置も見やすいが、逆に言えば向こうも俺を見つけやすいという事だ。エレベーターはまだ来ない。怪物はじわじわと迫って来る。
焦りが汗となって襲ってくる。目はエレベーターよりもむしろホール入り口のガラス扉に釘付けになり、いつの間にかエレベーターから少し離れた窓に背をぴったりとつけて立っていた。微かな機械音が聞こえた。エレベーターが来る!
ガラスの扉の向こうで箱が上がってきた。
助かった!
エレベーターの方へ駆け出したその刹那、俺の右脇腹に激痛が走った。痛い、というよりむしろ熱い。真っ赤に焼けた火掻き棒が体を突き抜けたような激痛が走る。5カ所だ。硝煙のにおいの中、倒れながら自分の脇腹が思った通り血で染まっているのが見えた。薄れゆく意識の中で最後に見えたのは、ホールの入り口に立つかつて「先生」であったモノの姿とその左手に握られていた銃から上る煙だった・・・。
と、まぁ、ここで目が覚めた訳ですが、目が覚めて自分の部屋のベッドの上にいるのがわかっていても、実際に脇腹をさすって痛みがないのを確認、更にさすった手のひらを実際に見て出血していない事を再確認するまでは夢だとは思いませんでした。思い返すと全然現実味がない夢だったんですけどね。 実はこの夢にはちょっとだけ続きがあります。本当にちょっとだけなので省いちゃいます(今度は町中で襲われて彼女と一緒に逃げ回る、というだけ)が、上記の町の描写はこっちの方の夢から持ってきています。 廊下で私に捨てられた(苦笑)友人ですが、人相風体を端的に言えば『真・女神転生if』のチャーリー君でした。彼なら死んでも「ガーディアン」ついてるから平気よね?(笑) |
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