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ビデオデッキ普及の功罪
最近、アニメが面白くない。アニメの話をするとたいていこの話題になる。
その主たる原因は当然面白い作品がないからなのだけれど(好きな作品がある人、ごめんね。でも、響谷の実感なのだ)、原因はそれだけじゃないんじゃないかと、ふと思った。
その他の原因として考えられるひとつが、ビデオデッキにあるんじゃないのか、というのが今回の話。
昔、20年くらい前まで、アニメを見逃すと泣きたくなるほど悔しかった。見逃した回は永遠に見られないというのは、当時の常識だった。「再放送」というものがなかったわけじゃない。だけどそれは、テレビ局の気まぐれによって起こる「幸運」であって、そのようなものに頼るほどの楽天家ではなかった。第一、たいていのアニメは、再放送などされずに、過去のかなたへと消えて行った。だから、見るときは食い入るように見た。幸運にも再放送されたものだって、2度とあるかわからないのだから、やはり食い入るように見た。
ビデオは平均よりは早く家に来たが、永遠に保存することは不可能に近かった。60分のテープ(VHS)が3000円、120分では5000円以上(桁の間違いではない)したので、テープは繰り返し使うものだった。正月にお年玉で購入したテープを、当然3倍速で(標準モードなどというものが必要だとは思われなかった)何度も重ね録りして使った。録画とは、留守録のためにのみ存在した。
気がつくと、テープは一本500円を切っていた。めでたく浪人が決まったわたしは、見たいアニメを見ない変わりにすべて録画することにした。以来、わたしにとって録画とは、保存のためにする行為になった。
そして、レンタルビデオ店というものが、あちらこちらにできるようになった。1本数万円のビデオソフトが、数百円で借りれるようになった。
そして現在、HGテープでさえ300円を切り、ビデオソフトが数千円で買えるようになった。アニメ映画も、TVシリーズも、当然のようにパッケージビデオとして売られるようになった。
「とりあえず録っとこ」
「ま、いいか。どうせビデオ出るし」
気がつくと、そう言っているわたしがいた。
昔話が長くなってしまった。(やーね、年寄りは話が長くて)
しかし、いつから「アニメを見る」ことがこんなに軽くなってしまったのだろう。デジタル式の腕時計を秒まできっちり合わせて、息を切らせながら時報と同時にテレビをつけた、あの真剣さは、どこへ行ってしまったのだろう。
昔のわたしには執着心があった。それをなくしたのは、「(努力さえすれば)見ようと思えばいつでも見れる」という環境のせいではないだろうか。そして、それをもたらしたのは「ビデオデッキの普及」なのである。
・・・きゅう。
な、なんてカタイ文章なんだ。大学のレポートじゃあるまいし。
あ、響谷は「ビデオなんかなくなっちゃえ」などと思っているわけじゃないですよ。「昔はよかった」なんてのは、都合のよいとこしか見てないから言えることだってことぐらい、いちおー理解してるつもりだし。
ただ、いつもいつも「最近のアニメはつまらん」などと言って全面的に製作者側のせいにしているのもなんだなー、とか思ったので、こちら側の心境の変化、というものを考えてみただけです。アニメがつまんないのなんて、99%作っているやつのせいに決まってるじゃないですか(笑・・・っていていいのだろーか、この事態)
まったく、キャラ萌えに頼らない、ハラハラ・ドキドキ・わくわく・ぞくぞくするアニメ(おはなし)を、ちゃんと作ってよね☆
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