音霊使いミュージ・第3話 〜方術の国・ルーン王国の一日〜

=ヴェナス神国・王都シズル=

「陛下〜!神殿騎士のファルゼンとヤーダーがただ今帰還したとの伝令が!」
「そうか!宮殿に到着次第通すがよい。」
「御意。」

国境警備の砦から、早馬が到着したのはミュージとミュリエルがルーン王国に入国した頃であった。更に吉報を聞き、国王アムスタール=ユリシス=ミーシャは小躍りして喜ぶのはそれから半日ほど経過してからのことになる。

その陰で、苦虫を噛んでいたのは宰相、フェルスト伯爵だった。彼はクラバツキーにそそのかされ、この戦争でザメド王国がヴェナス神国を制圧した後にヴェナスの領地そのままをそっくり統治するという約束の下、国王に断固戦うべしと進言した強硬派のトップであった。

<何だと!?奴らはエルフの森で野垂れ死にするのではなかったのか!?しかも”若き自由人”が動くだと!?ふふふ、しかし、例え”若き自由人”とて、所詮は音霊使い。魔王が相手ではとてひとたまりもないであろうて。>

フェルスト伯爵の計算は少しずつ綻び始めていた。彼はやがて”若き自由人”の本当の力を思い知る事になるのである。

それからおよそ2時間後にこの場に登場する人物によって、国王と王妃は更なる喜びを感じ、自国の勝利を確信するのであった。

その一。建国祭5日前・2

=ルーン王国・王都ミスリル付近=

「ここまで来ればこいつは要らないだろう。」

愛用の横笛で風精霊シルフィードをいとも簡単に召喚し、足首に掛けられた精霊術を解いてもらい、地面に足を付けたこの男、本編の主人公、フリースト=ミュージ=ヴォーダーである。同伴の美女も同様に精霊術を解き、地面に足を付ける。彼女の名はミュリエル=ミスティ=クレードル。二人は前回目出度くお互いの気持ちをぶつけあい、恋人同士にステップアップしたラブラブカップルだ。
(精霊術とは、精霊使いなどが召喚した精霊によって具現化した物理的、精神的な効果、現象の事である。効果、現象の強さ、大きさは、発動する媒体{精霊使いなど}の能力の差によるところが大きい。:”大賢者”ラーマ=カーミラ=ヴォーダー著、精霊学概論より引用。今回の精霊術は前話をお読みの読者ならお分かりであろう。ウインドライドがそれにあたる。)

二人はぴったりと寄り添い、王都ミスリルの関所に差し掛かった。にべもなく衛兵に止められる。

「貴様ら、ちょっと待て。」
「はいな。」
「通行証を見せよ。」
「あら、これでどうかしら?」

通行証を要求される。至極当たり前だ。ミュリエルの存在がこれほどありがたいと思った事はない。ミュリエルは着ている赤いマントの裾を翻し、腰にぶら下げているクレードル家の紋章が彫られた高価なミスリル鋼のプレートを見せる。このプレートは方術士が方術を使うのに必須のアイテムで、特にミスリル鋼で出来たものはかなりのレアアイテムといえる。近くの鉱山から産出されるが、精錬が難しく、ミュリエルが持っているプレートの大きさ(横10センチ、縦7センチ、厚さ4ミリ)のプレートを作るのに必要な原石はおよそ10トン近い量が必要とされる。低級の方術士はかなりの不純物を含んだ粗悪品を使用しているが、ミュリエルは純度100%の最高級品、プラチナムミスリルを持っている。クレードル家の財力を見せ付けられる一面だ。

「私はクレードル家の娘、ミュリエルよ。控えなさい。それに、こちらのお方はフリースト=ミュージ様。何人たりともこの方を束縛してはならない。そうでしょ?」
「は、はっ、失礼しました。」

衛兵は平伏すると、ミュリエルはミュージに腕を絡めて、堂々と王都の町並みに入っていく。目抜き通りの正面には大きな王宮の尖がったゴシック風の屋根が見える。

「あの尖がった屋根の隣にある丸い屋根の建物があるでしょ?」
「あ、ああ。でかいな。」
「あれが私の家。尖がった屋根は王宮。これから王宮に行って事情を説明して、私の家に行くの。」
「じゃ、手っ取り早く済ませようぜ。」

方術の世界では、建物の方角や形状からでも自分の家が栄えるように建築をする事を吉としている。優れた方術士を輩出しているクレードル家はさしずめ、方術建築の手本の形をしている。権力の象徴である尖った屋根の王宮から出されるパワーを受け流すための丸いドーム状の屋根がそれを物語る。そのお陰で王宮の威厳に満ちたパワーが王都全体に広がっていると言う。町の繁栄ぶりを見ればそれはあながち迷信ではないと感じる。

ミュリエルは久し振りに故郷に帰ってきたわけだが、単に帰るのではなく、最愛のミュージをつれて帰ってきた。おそらく今日一日だけになるであろうが、ミュージにこの町を楽しんでもらおうと張り切っていた。そのためには早く王宮での用事を済まさなければならない。ミュリエルはミュージの手を取り、意気揚揚と先を急いだ。

その頃、ミスリル王宮では関所からの伝令を受け、国王の指示の下、歓待の準備にせわしくなっていた。

一方、ミュージとミュリエルの行動開始を受け、ミュージの直弟子であるキースとジュディアの両名は楽士長のメランから預かった書簡を携えてファーランド皇国王都ファルトを訪れていた。二人は書簡の内容を知らされていない。自分達は師匠のミュージが不在のときはメランに従うよう、きつく言いつけられている。

「ちぇっ、楽士長の奴、人使いが荒いなあ。でも、すげえなあ、ここが王都ファルトかあ。コーダーに勝るとも劣らない綺麗な町だ。」

キースはまるでおのぼりさんの様にきょろきょろとあたりを見回している。落ち着きのないキースにジュディアは、キースの耳をつまみ、ぐいと引っ張る。

「まったく、キースは落ち着きがないわね。私達は観光に来たんじゃないのよ。分かってるの?」
「いたたたた・・・よせよジュディア!分かってるさ。楽士長から預かったこれを、バレル国王陛下に届けるんだろ?」
「そうそう。」

キースは懐の書簡を入れたあたりを左手で押さえると、姿勢を正す。

「そろそろ王宮だ。楽士長はこれを付けていれば王宮は自由に出入り出来るって言ってたけど、ほんとかなあ。」
「そうねえ。衛兵も誰もいないし、本当に入れるのかしら?」

王宮の入り口にあたる石造りの大きな門には衛兵の姿はいない。その代わりにうっすらと天空まで届くほどの白い半透明の壁が王宮の壁を取り巻いている。その様子を見た両名は不安になっていた。その半透明の壁は精霊力を利用した防御壁だ。キースとジュディアにメランが渡した葉っぱの形をしたブローチは防御能力に長けた樹精霊の力を分けた物で、この防御壁を通過し、奥の門の扉を開く鍵となるアイテムなのだ。
二人は意を決して、その防御壁に近づく。すると、少しずつ防御壁が薄くなってゆく。かまわず更に奥へ進むと、石造りの門の扉が人一人通るに十分な位に開く。

「おお、入れた。」

キースとジュディアはこの事態に感動していた。精霊の国とまで言われる皇国の事は伊達じゃないと感じた瞬間だ。はたして中に入った二人は、広大な庭の奥に見える丸いドーム状の建物を目にしていた。するとようやく建物から数名の近衛騎士が姿を現し、キースとジュディアを取り囲む。

「貴様、何の用だ。」

詰問された二人は堂々と胸を張って答える。

「私達は隣国、オーギョクより参りました。メラン=ヴァイエル様よりこの書簡を国王陛下に届けよとの命令にて。どうか国王陛下にお目通り願いたい。」
「何?メラン様?よし、わかった。付いて参れ。」

その中の隊長格と思われる騎士がメランの名を聞き、書簡に押された花押を見るや否や二人を連れ、国王謁見の間に連れて行った。

「うひゃ〜、すげえ〜。豪華〜〜。」
「これ、静かに。ここで待たれよ。」

そして二人を玉座から少し離れた進言の座所と言われる特別な絨毯の上に膝まづかせると、壇上の奥の部屋に消えた。それから間もなく、大きな鐘の音と共に、先ほどの近衛騎士が下手の緞帳の後ろに現れる。

「国王陛下のお成りである。控えよ。」

二人はその声に片膝立ちの状態で、利き手を床に付け、頭を垂れるオーギョク流の敬礼をして待つ。すると、国王のバレルを先頭に、王妃メリル、続いて王女アリシアが登場し、壇上の玉座に着く。バレルの隣には一つ席が空いているようだ。バレルは一つ咳払いをすると口を開く。

「さて、隣国よりの長旅、大儀である。して、そなた、名を何と申す。」
「到着早々の拝謁、恐縮に存じます。私はオーギョク王国宮廷楽士であり、”若き自由人”フリースト=ミュージ様の一番弟子、キース=ザインにございます。」
「同じく宮廷楽士にして二番弟子、ジュディア=マクレーンにございます。バレル国王陛下の尊顔を拝し、恐悦至極にございます。」

師匠の名を出したとき、壇上の人物の表情に変化があったのをジュディアは見逃さなかった。きっと師匠は壇上の人物とかなりの近い存在なのだろう。そう思うジュディアだった。

「うむ、早速本題に入ろうではないか。何でも貴殿らは書簡を持参しているようだな。」
「はい。オーギョク王国宮廷楽士長、メラン=ヴァイエルより陛下に届けよと命じられ、ここに持参して参りました。」

神妙な面持ちで懐の書簡を取り出し、キースは捧げ持った。近衛騎士がキースに歩み寄り、その書簡を手にし、バレルに手渡す。バレルはその書簡の花押を確認する。そして表の署名を見る。筆跡もあわせ、確かにメランの物であると確認する。隣国の国王に手紙をこうも簡単に読んで貰えるとは、メランはどういう立場の者なのだろう、想像もつかないキースだった。

バレル国王は書簡の封を開け、中の書面に見入っている。現在の情勢の全てが事細かに書き記され、ミュージがヴェナス神国を救う旅に出かけた事を伝えていた。

「あの子がまた旅に出たのですね?」
「そのようだ。」
「兄上様はご健勝ですの?メランは何とお書きで?」
「元気に旅に出たようだ。安心しろ、アリシア。」
「まあ。」

安心してアリシアは背もたれに体を預ける。頃合いを見計らって、ジュディアがバレルに質問をする。

「あの、国王陛下、一つお伺いしたい議が。」
「申してみよ。」
「楽士長さまとはどういったご関係で?」
「何だ、メランの奴、何も申してないのか?ははは・・・教えてやろう。メランは我がファーランド皇国第3師団長だ。メランは音曲の才が高くてのう、楽士にはもってこいじゃ。そうであろう?」
「楽士長は大変厳しく私達に音楽を教えてくださいます。」
「そうか、厳しいか。あ奴らしい。」

バレルは機嫌良く笑い、ジュディアの質問に答える。メランの正体を知った二人は驚きを隠し得ないが、次の疑問がわいてきた。気持ちの昂揚を抑えながら今度はキースが質問をする。

「バレル陛下、その、貴国の第3師団長が何故オーギョクの宮廷楽士長を?」
「お前達が”若き自由人”の直弟子ならば教えておこう。メランはお前達の師匠の目付け役。いいか、お前達が師匠としているのはな、わしの倅なのだよ。」
「ええ〜〜〜っ!」
「どうだ。驚いたであろう。お前達の師匠の名はフリースト=ミュージ=ヴォーダー。我がファーランド皇国の皇太子だ。」
「ときにそこな二人、私はうらやましく思います。」

アリシアは少し寂しそうな、羨望の眼差しでキースたちを見つめている。特にキースをじっと見て呟く。

「兄上様に音曲を教わっていらっしゃるのでしょう?」
「は、はあ、月に数えるほどしかありませんが。」
「わたくしなんか、一回もございませんのよ。そうだわ、お父様、今宵はこの二人をこの宮殿に御泊めして、音曲を聞きとうございます。いかがかしら。」
「まあ、それは良い考えですわ。」
「うむ、わかった。キース、ジュディア、誠に大儀であった。部屋を用意させるゆえ、今宵は当王宮にて休むがよい。後ほど侍女をよこすゆえ、隣の控え室で寛ぐが良いぞ。」
「お父様、でしたら私がご案内しますわ。いいでしょ?」
「好きにしなさい。」

アリシアはキースに興味津々、王宮の案内をバレルに買って出た。アリシアは華美な装飾品はつけていないものの、自然とその内面から湧き出る清楚な立ち振る舞いで、充分な美しさと気品を持ち合わせている。腰まである長い金髪をティアラで押さえ、楚々とした足取りで壇下に下りると、キースの手をさっと取り、にっこりとする。

「ご案内しますわ。いらして下さい。」
「は、はあ。」

薄絹の手袋を挟んではいるが、キースの手には暖かくてしなやかなアリシアの手の感触が伝わってくる。

「それでは陛下、失礼致します。」
「うむ、ゆるりと。」

ジュディアはバレルとメリルに一礼すると、キースとアリシアの後を追って拝謁の間を後にする。残されたバレルとメリルは互いに視線を合わせ、にっこりすると、

「これは出掛けないといけませんね。」
「そうですね。」

と、嬉しそうに自室に引き上げていった。

控え室に案内される間も、控え室に入ってからも、アリシアは頬を桜色に染めてはキースの近くにいて、しきりにキースにミュージの事を尋ねて話を聞く。キースはと言えば機嫌悪そうなジュディアの鋭い視線をグサグサと体中に感じ、背中に嫌な汗をかいていた。しかし楽しそうにしているアリシアの可憐さにも心が動く。すっかりキースはアリシアに気に入られたようだ。むしろ一目惚れされたと言ってもよいくらいだ。テーブルを挟んで向かい側にいるジュディアはすっかりご機嫌斜めだ。

<キースの奴、デレデレしちゃって、幾らなんでも相手はお師匠様の妹、姫君よ。身分を考えなさいよね。まったくだらしないなあ。って、私、何考えてんだろ?そうだわ、わたしはお師匠様と結ばれるって決めてるのよ、そうすればキースがお姫様とくっついたってどうってことないわ。キースが私を”姉上様”って呼ぶのよ。うふふ。でも・・・>

目の前で仲良さそうに談笑しているキースとアリシアの姿にミュージと自分の姿を重ねるジュディアだったが、実物のミュージに敵う筈もなく、視線を窓の外の庭でリズミカルに水を噴き上げている噴水に移す。
その今の気持ちが”嫉妬”であることにも気が付かないまま・・・

その頃、バレルとメリルは離れの一室で、ヴェナス神国への旅支度を終え、鏡の精霊を召喚し自らの写し身を仕立てては、脱出口から外へと抜け出していた。

「ミュージの活躍を見に行くぞ。メリル。」
「ええ、あなた。」

覆面を着け、目深に帽子を被り、マントを纏り、腰には精霊力を宿したレイピアを下げたその姿は”怪傑ゾロ(古っ!)”のようだった。抜け道の外には小さな厩舎があり、大陸では希少種とも言える名馬、”ウリシスダーシュ”が育てられている。この馬は足首に翼を持ち、その駆ける速度によっては空を飛ぶ事が出来る。風精霊の使いの異名を持つ馬である。
二人はタンデムで騎乗すると、ヴェナス神国に向かった。

その日の王宮での宴では、出席している国王と王妃が揃って写し身である事を部下の精霊使いが看破し、いつものパニックにキースとジュディアが巻き込まれたことが皇室日記に書記官が書き記していた。また、キースとジュディア、特にキースはアリシアに気に入られ、両親が戻るまでの間、逗留する羽目になり、ジュディアの苛立ちが昂じた事は彼女だけの秘密らしい。

キースとジュディアが役目をこなしている頃、ミュージとミュリエルもルーン王国でのやる事を済ませていた。もう一つの異名”果敢なる賢者”ミュリエルの独壇場、本領発揮と言ったところだ。領地境界線の整備を切り札に、居並ぶ王国の豪族を向こうに回し、饒舌な演説と自信に裏打ちされた巧みな交渉術で国王の了解を得る事に成功していた。それもミュリエルがこの日の評定の時刻、その時間に登場するときにうまく話を進められることが出来る吉方位、交渉相手に対して優位に立てる方術アイテムを予め割り出し、全て方術理論に基づいた行動を取っていたためだ。ルーン王国では方術理論が国家運営、指針の決定の根幹であり、信仰、研究の対象だ。大陸屈指の方術士の策に抜かりはないのだ。ミュージの演奏が参集していた諸侯の気分を和らげたのも交渉成功の要因に付け加えておく。
なお、この評定の様子はミュリエルが持参している方術装具、”伝令の水晶”によって王都コーダーにいるヴィッツ国王に生中継されていた。交渉成立と共に、ヴィッツが下智を下し、ザメド王国へと進軍を開始した。

「やったな。ミスティ。」
「ええ。ミューの演奏のお陰よ。今日は私の家で休みましょ。」
「お邪魔させてもらいますか。ご両親にも挨拶したいし。」
「えっ!?」

ミュージはこの日、ミュリエルの家での歓迎会の後、彼女の両親にミュリエルを交えてこう伝えていた。

「あなた方の大切なお嬢さんを私不肖、フリースト=ミュージ=ヴォーダーの伴侶に迎えとうございます。何卒承知願いたい。」と。この時ミュリエルはオーギョクの政治に参画しなかった本当の理由に気が付いた。それは彼女の両親も同様であった。

「そのお名前は!もしやあなた様は、ファーランド皇国の・・・」
「はい、父はバレル=フォレストです。」
「地は争えませんな。精霊王のご子息であらせられましたか。」
「そんな、とんでもない、まだまだわたしなど父の足許にも及びません。」

謙遜しながらミュージはミュリエルの父、ユリウスと談笑していた。
このクレードル家は創業当時、隊商を主に営んでおり、大陸全土に渡ってキャラバンをしていた。ユリウスは当時大陸南方のキャラバン隊の隊長を務めていて、ファーランド皇国を通過するときや、商売をするときにバレルに懇意にされたらしい。その恩に報いる事が出来ずにいた彼は悶々とした日々を送っていたようで、ようやくその機会を得たと思った。今や方術協会の立派な理事にまで就くほどの実力者に成長した愛娘を嫁として迎えたいと、皇太子本人が話している。快く嫁がせる事で彼の思いは晴れるであろう。二つ返事でミュージの申し立てを了承していた。ユリウスの妻、カレンはユリウスの隣で目頭にハンカチを当てているありさまだ。自分の娘がファーランド皇国皇太子妃となるのだ。最高の嫁ぎ先であるに違いない。

「母さん、泣かないでよ。」
「だって、ミュリエル、あなた皇太子妃になるのよ。お作法とか大丈夫かしら、心配で。」

呆れた顔でミュリエルはカレンの肩を抱いている。ミュージはカレンに声をかける。

「大丈夫ですよ。ミュリエルは僕より作法に厳しいですから。それに、しっかりしているからこそ、いろいろな役職を見事にこなしているのです。いざとなったら僕が付いています。ご安心ください。」
「そうですか?つたない娘ですが、よろしくお願いします。」

親にしてみれば子供はいつまでも心配の対象だ。心配半分、嬉しさ半分、カレンはミュージに頭を下げた。

「さて、夜も更けた。ミュージ君、いや、失礼、殿下、拙宅で今宵はお休みください。私達は失礼します。ミュリエルの部屋にベッドを設えておきますゆえ。」

ユリウスとカレンは揃って居間を後にし、それから遅れてミュージはミュリエルの部屋に通された。いろいろなアンティークやかわいらしい装飾で飾られた女の子らしい部屋だ。机の上には家族の絵が飾られている。

「今日はいろいろあったね。」
「いろいろあり過ぎ。やっぱりミューって、私の想像以上の人ね。」
「そうか?俺は自分のしたいようにしているだけだぜ。俺はミュリエルと結婚したい、そう思っただけさ。」
「その言葉、先に私に言うのが作法ってモノでしょ?でもうれしい。」

そう言うと、ミュリエルはミュージに抱きつく。こんなに早く、幸せな時間が来るとは予想もしていなかった。しかもミュージに関する不文律の本当の意味、正式にはファーランド皇国皇太子と言う身分がそうさせていた事。特に驚いたのはその事だった。こんなに刺激的な男は他にはいない。まさにミュリエルは理想の男を愛し、その男の腕の中に抱かれている事を実感していた。

その二 建国祭4日前・1

ミュージとミュリエルはヴェナス神国へと出発した頃、ザメド王国の王都ガレルにクラバツキーの放った密偵が到着し、状況を報告していた。

「クラバツキー様、ヴェナスの神殿騎士が我らの手を振り切り、オーギョクへ接触したようです。」
「何だと?打ち洩らしたか?して、その後は?」

その次の瞬間、密偵の口にした言葉にクラバツキーは表情を二転する事になる。

「神殿騎士らは王都コーダーにて”稀代の策士”と接触、救援を依頼した模様。」

ここまでは計算通りとほくそえんだ。

「その場に居合わせた、いや神殿騎士を手引きしたのは”若き自由人”とのことです。」
「な!なに!?”若き自由人”だと!?その男が知るところとなったのか?」
「十中八九。」

クラバツキーとしては一番絡んで欲しくないキャストがゲームボードに乗ってしまった。しかも”妖しの魔女”を同伴しているとのこと。”稀代の策士”一人ならまだしも、その二人が絡むとなると自らの駒は少ない。特に”若き自由人”ミュージの奇策は予測が出来ない。このクラバツキーもまた、魔王ヴァルザスの力を過信して楽観視している状態だ。それに、ザメド、ヴェナス、どちらが倒れようとも自らの国益に不利はない。弱体化したほうを自国軍で総攻撃して領地を奪取すればよい。そう考えていた。もとは私怨を晴らすために勝手にけしかけた戦争、得はすれども損はない。そうも考えるクラバツキーだった。

同じ頃、クリシュナは数回の瞬間移動をこなし、ヴェナス神国王都、シズルのシズル城に到着していた。その到着場所は戦々恐々としている城の天守、玉座の脇であった。突如現れたクリシュナの姿に驚く者と、感動して平伏する者とが入り混じる。

「お久し振りです、皆さん。」
「皇女様!」
「第一報はファルゼンとヤーダーから聞くところになっているでしょう、もうすぐ”若き自由人”が皆さんのお手伝いにいらっしゃいます。”果敢なる賢者”も一緒です。」
「おお〜!」
「私は故郷の国が一方的に攻撃を受けているのは偲びなく思います。そこで更なる助力として、我が国王、ヴィッツ=バルト陛下にも応援を要請しました。おそらく今ごろは大マシリス海を北上している頃でしょう。ルーン王国の西端の港に上陸、ヴェナス東方よりザメド陣営の背後を突く予定です。」
「流石はクリシュナ様。剣王がお味方とあれば心強い。我らも何としても持ちこたえるぞ!」
「おう!戦の神、マースの加護あれ!」

少し沈みかけた重鎮達の士気も一気に揚がった。

ヴィッツは早や上陸を果たし、部隊をすばやく展開していた。このままだとザメド王国との全面対決の様相を呈している。それはミュージが一番心配している最悪のシナリオだった。

(作者あとがき)
日本各地で入梅の宣言が聞かれ始めました。そんな中で第3話をお届けします。
遂にミュージはミュリエルとの婚約を取り付けました。(母国の両親へはまだのようですが)幸せいっぱいのミュージとミュリエルの二人をよそに、オーギョクは助太刀の御印の下、ザメド王国との全面戦争に突入してしまうのでしょうか?ラブラブパワーはクラバツキーの野望を阻止し、全面戦争を防ぐことが出来るのか?
次回、”音霊使いミュージ”第4話 〜神殿の国、ヴェナス神国の行方〜 をお楽しみに。