音霊使いミュージ・第4話 〜神殿の国、ヴェナス神国の行方〜

その一・建国祭4日前・2

=ルーン王国西方、ヴェナス神国国境付近=

「いた、あいつがフリーストか。」
「連れは確か、ミュリエル大神官だ。」
「そろそろ森林に入るぞ。」
「ああ、そこならいいだろう、行くぞ。」

おそらく王都ミスリルからであろうか、数名の怪しい傭兵らしき人影がミュージとミュリエルを付け回して来ていた。二人は気付かぬ振りをしつつ、いつ向こうから仕掛けてくるのか、機会をうかがっている。どこの何者かの差し金であるかを吐かせるためにも。こういうときは専守防衛、長年のキャリアで培われたセオリーだ。格下の奴ほど仕掛けてくるのが早いと踏んでいる。二人の読みは正解だ。暫く進んで森の中の道に入り、更に奥に進んだとき、その気配は二手に分かれ、ミュージたちに襲い掛かってきた。

「フリースト=ミュージ、ミュリエル=クレードル!貴様らの命、貰い受ける!」

リーダー格の男が大刀を振りかざして突っ込んでくる。相手は8名、手早い攻撃でミュージに笛を使わせない作戦らしい。集中的にミュージに攻撃を仕掛けてくる。しかし、所詮は人間の放つ技、数々のモンスターや妖魔を倒してきたミュージには掠りもしない。ミュリエルに目配せをすると、一団を引き付けるために一定の距離を稼ぎながら、次々と繰り出される剣の切っ先を交わしてゆく。

「笛が使えなければ貴様など怖くはないわ!」
「ほう、でも当たらなければ意味がないね。それに、俺に気を取られてると、後悔するよ。ミスティ!」
「おっけー。派風衝!」

方術の印を結ぶ余裕を与えていた事をすっかり忘れてしまった一団は、ミュリエルの派風衝で飛ばされ、次々とそこいら辺にある大木に背中を打ちつけ、悶絶していた。

「さてと、こいつらも馬鹿だね。後は俺に任せな。」
「そうね。で、どうやって吐かせるつもり?」
「そうだねえ。」

ミュージはおもむろに笛を取り出すと、音精霊サウンと樹精霊リーフェスの合成精霊術を施すために、告白のエチュードと言う曲を吹き始める。
(合成精霊術とは、複数の精霊の持つ特性を融合し、特殊な効果を発現する術の事。癒しの精霊術と波動の精霊術を融合させた場合、また、音の精霊術と樹木の精霊術の融合時には催眠にも似た効果を得られる。:精霊術概論より抜粋。)
これにより襲撃してきた連中には催眠の精霊術が施された。ミュリエルは静かにリーダー格の男に近づき、マントを剥ぎ取る。すると、下には甲冑を着ており、その胸当てには雪の結晶の彫刻が施されていた。これはフリズント帝国のものである。

「答えなさい。あなたはフリズント帝国の手の者ですか?」

ミュリエルの問いかけにこくりとうなずく。続いて問い掛ける。

「答えなさい。あなたの主は誰?」
「クラバツキー公爵様です。」

傭兵の口からは奇才クラバツキーの名が語られた。今回の黒幕はクラバツキーであるとミュージたちは判断した。
すると現在おそらくはシズル城にはクリシュナが到着している事だろう、さらにはヴィッツたちが部隊を展開している頃だ。事は急を要する。そう判断したミュリエルはミュージに合図をする。

「もういいわ。ミュー。」

ミュージは催眠解除と共に前後の記憶を消去する合成精霊術を効かせるための曲、告白の終焉と言う曲調の厳しい曲を吹きながら、その場を離れる。ミュリエルも後に続く。

「もういいのか?しかし意外だな。クラバツキーが裏で手を引いていたとは。」
「早くしないと、クリシュナが危ない。そうだわ、私はちょっとこれから別行動をするわね。」
「ヴィッツを留めに行くのか?」
「ご名算。ミューは急いでシズル城へ行って。後で必ずヴィッツと共に合流するから。」
「分かった。気をつけてな。お前も俺ももう自分だけの体ではないんだからな。」
「ええ。任せて。」

ミュージはミュリエルと次の分かれ道で別れると音精霊サウンを召喚し、自らの体に融合憑依させる。髪の色がたちまちの内に金色に輝きだす。続いて風精霊シルフィードの召喚だ。

「おいらの出番だね。行くよ、エアリアルバースト!」

シルフィードが両掌をミュージの足許の地面にたたきつけると、強力な圧搾空気が炸裂し、ミュージの体を空中に持ち上げる。森の木々の上まで跳ね上がった頃にタイミングを合わせ、次の術が放たれる。

「おまけに、バキュームストーム!」

進むべき方向を定め、シルフィードはミュージの体を吸い込むような風の力を起こす。一気に水平方向に加速を始める。最後の仕上げはサウンの精霊術がトップスピードへとミュージをいざなう。

「サウンドダッシャー!」

音の速さにまでミュージは飛行速度をあげる。サウンが憑依していなければミュージの体は瞬時にして複雑骨折、即死亡の憂き目に遭う術だ。一気にミュージはシズル城を目指す。

一方のミュリエルは瞬間移動ポイントに到着し、羅針棒を取り出すと、ヴィッツの持っている方術装具の反応を確認、方位と距離を割り出す。(羅針棒とは、方術効力が効いている場所や空間、または特定の方術装具の所在を調査する棒状の方術器具である。これは長さが40センチから1メートル50センチまで自在に変えることが出来、調査対象によって決まっている長さに調節して使用する。地脈の井戸など、方術ポイントで使用するのが一番効率がよい。:方術正典より抜粋)
続いて割り出した場所への瞬間移動を開始する。そこはヴィッツが本陣を布いている場所だ。本陣では突如現れたミュリエルに驚いていた。ミュリエルはここでヴィッツに本件の黒幕を知らせ、出来得る限り進軍を留める事を進言していた。

「なるほど、ところでミュージはどうしている?」
「はい、シズル城へと向かいました。」
「そうか。ミュージには苦労をかけるなあ。」
「そうでしょうか?彼のやりたいようにさせて、失敗したことはありまして?」
「ほう、ずいぶんと肩を持つなあ。何かあったのか?」

ヴィッツに突っ込まれて、婚約の事を口に出そうとしたミュリエルだったが、それを思いとどまり、胸の奥に押し込んだ。ミュージの身分の事も含めて、当人が口を開くまで待とうと決めたのだ。自分としてもまだそれを口にする時期ではない事も知っていた。

「そうねえ、あったといえばあったかも・・・ふふ。」

思わせ振りな態度でヴィッツを煙に巻くミュリエルだった。ヴィッツはやれやれと言った表情をした時、潜行させていた偵察隊が戻ってきた。話を聞くと、海岸沿いにはザメド軍の侵攻はなく、移動可能であるとの事。ヴィッツは決断した。一刻も早く友らと合流し、同盟しているヴェナス軍の後方支援に徹し、ミュージの同時支援を行う事を。恐らくミュージは敵の本丸を急襲するに違いないのだ。ここに本隊の殆どを残しておけばザメド軍への牽制にもなり得るはず。そう踏んだヴィッツは各師団長と参謀、近衛団長を集め、ミュリエルを混ぜて軍議を開き、自らの決断を説明、指示を伝えた。

「どうかご無事で。我らはザメド軍と付かず離れず、小競り合いをしております。さすればヴェナスへの示しにもなりましょう。」
「うむ、良くぞ申した。では作戦開始だ。馬を引けい!」

東西に長いヴェナスの地形で、王都までは駿馬を駆っても1日半懸かる。真昼になった頃、ヴィッツ、ミュリエル、そして近衛騎士団一個小隊が騎乗、王都を目指し、先ほどの偵察隊を道案内に仕立てて移動を開始した。

「ミュリエル、こうして走っていると、昔を思い出すなあ。」
「そうね。」

手綱を握る手に力が入り、かつて夢に向かって冒険をしていた頃の若い血がたぎってくる。ヴィッツにすれば久し振りにコーダーを離れ、少しはしゃいでいるのかもしれない。ミュリエルはヴィッツの瞳にまだ少年の頃の輝きが残っている事に気付いていた。<しかしミュージほどの刺激にはまだまだ足りないわ。>と値踏みする余裕があった。

=ザメド王国、王都ガレル近郊の谷あいの洞窟=

「ここなら平気だろう。戦士2号、行くぞ。」
「ええ、あなた。じゃなかった、戦士1号。」

ファーランド皇国国王、バレルと王妃メリルは変装した姿のまま、王都ガレルの近郊に現れた。ガレルの城にあるある物を奪い取るためだ。魔王ヴァルザス攻略になくてはならないものである。

「精霊の加護を我らに。」

誓文を唱えると、二人の気配は完全に周囲に同化する。一気に二人は城に侵入する。近郊と言えども、城のほぼ背後で、警備が比較的手薄になっていたのが幸いした。

暫く二人が城の中を探索しているが、どうやら城の主は不在らしい。シズル城攻略に出陣しているようだ。駐在の兵達に注意を払いながら奥へと進む。
そして最上階に辿り付いた両名は、目的のものを発見したが、それはクラバツキーの胸に抱かれていて、当人は高いびきをかいて寝ている。

「これじゃあの石は取れないな。」
「そうね。1号、ここは息子がどう処理するか見ると言うのは?」
「うむ、任せるとしようか。こいつには置き土産をおいてゆこう。」

両名はひとしきり誓文を唱えると、クラバツキーに前線に出て公の場に自らを晒すよう、誘導催眠をかけ、効果発揮のキーアイテムであるカードを枕元に置き、城を後にした。目を覚ませば視線に触れる事は間違いない。クラバツキー自身がヴァルザスの近くにいればこの石も近くにあり、攻略がしやすくなると考えていた。まったく持って親馬鹿である。当のミュージはまったく別の道を考えていたのであった。

=ヴェナス神国・王都シズル・シズル城天守=

「おーい!東から何か飛んでくるぞ!」

物見の兵が監視塔から叫ぶ。真っ直ぐこの城に向かって飛行するミュージを視認したのだ。クリシュナを始め、幾人かの配下の者達は天守閣の櫓からその方向を見る。

「みなさん、ミュージ様がやってきました!」
「おお!」

クリシュナの声に一同に安堵とも言える歓声が湧き上がる。ミュージは減速に失敗し、天守閣に頭から突っ込んでいた。

「いたたたた・・・失敗したあ。みんながいるから避けなくちゃとは思ったんだけど。・・・よお。クリシュナ、ずいぶん攻め込まれてるじゃないか。ここに来る前にあちらこちら見回ってきた。そうそう、ザメドの王様が出陣してたな。きっとあそこを攻めれば大勝利だな。」

ぶつけた頭をさすり、打ちつけた腰に手を当てながらミュージはクリシュナに状況を説明していた。クリシュナは国王である自分の父親の面前である事を知らしめるようにコホンと咳払いをする。

「あ、これは失礼しました。ただ今貴国とザメド王国の平和の為にやってきました単なる音霊使いにございます。私の力でお救いできるのならば喜んで協力いたしましょう。では早速ですが、今までで私が掴んでいる情報をお伝えいたします。」

ミュージは畏まると、国王に現在の状況を報告、裏で手を引いているものの名を名指しした。

「何だと!?フリズントのクラバツキーだと!おのれ、何の恨みがあって我が国に弓を引く!」

その名を告げた時に重鎮の中に一瞬表情を変えた者がいたことをミュージは見逃さなかった。国王は玉座の肘掛をぎりぎりと握り締め、怒りを堪えていた。また、その重鎮の懐には光る”伝令の水晶”があったのだ。動かぬ証拠と判断したミュージはさりげなくその重鎮の近くに移動する。フェルスト伯爵のそばだ。
そして慇懃無礼にフェルストに話し掛ける。

「ときに、あなたが天下の名相、フェルスト伯爵でございますか。お目にかかれて光栄です。」
「こちらこそ”若き自由人”殿にお会いできるとは、長生きはしておくものですな。ははは。」

しわの増えた顔をひき付かせながら、フェルストは懐の水晶を握り締める。

「ぜひ私にもその才をお分けいただきたい。きっとその光る水晶が偉大なる知恵を授けてくれるのでしょうね?実にうらやましい。おや?伯爵、これは珍しい、このように普段から輝きを持つ水晶は私、初めて目にします。さぞや霊験、いや、神のお力が宿っておられるのでしょうね?」

そう言って、ミュージはフェルストの腕を掴み、伝令の水晶を一同に見せびらかした。

「そ、それは伝令の水晶!フェルスト伯、もしや!」

国王を始め、重鎮達、更にクリシュナは驚きと共に愕然としていた。

「たぶんこの先はザメド王国にいると思われるクラバツキーと、魔王に取り憑かれた国王のところでしょう。そうですね?伯爵。それから、やい!クラバツキー!聞いてたらよく聞いて置け!貴様、俺の友、クリシュナを困らせようとしてもそうは問屋がおろさねえ。このミュージ様の精霊力、舐めるなよ!それから、おまけだ!魔王ヴァルザス!このミュージ様が成敗してくれるから、首を洗って待ってろよ!わ〜っはっは!」

伝令の水晶を目にした重鎮達は、自分達が展開する部隊の先々に現れるザメド軍の動きに疑問すら感じていたが、このミュージの行動で全てが氷解した。フェルスト伯爵が軍議の全てを伝令の水晶で相手に伝えていたのだ。もはやフェルストに逃れる術はなく、がくりと膝を付き、号泣しながら自分の罪状を自白した。

「連れて行け!追って神の裁きを与える。」

国王は顔も見たくないといった表情で、その裏に信頼していたものの裏切りを悔やむ感情を押し殺しながら憲兵に命令を下した。しかし、ちょっとした行動や、表情の変化でこの陰謀を暴きだしたミュージに深い感謝をせずにはいられなかった。どちらかと言えば後者の方が国王の心に深く刻まれているだろう。

「さすがはミュージ殿。我らも獅子身中の虫がおるとは気がつかなんだわ!」
「ミュージ、これで少しは楽に戦えそうね。ありがとう。」

国王とクリシュナに感謝され、ミュージは困り顔だ。<今のをミスティに見せたかったな>心の中で呟くと、ミュージは気を取り直して参集している面々に話す。

「これで皆さんお分かりかと思いますが、ザメド王国はこのヴェナス神国に敵意がない事が分かりました。出来れば私は両国を戦わせたくはありません。今、こちらに向かっていると思われる我がオーギョクとて同じ考えだと思います。本来は友好的に付き合わなくては大陸全土の平和はありません。ここで一つ私は皆さんにお詫びをしなければと思います。」
「なぜだ?」
「それは先代の音霊使いの非礼です。魔王ヴァルザスは先代の音霊使いによって魔封石と言う石の中に封印されましたが、どうやらその後処理が悪く、いとも簡単にクラバツキーの手によって発掘されてしまったからです。そのせいで、両国に多大なご迷惑をおかけしてしまいました。つきましては国王陛下以下のここに参集している面々にお願いを致します。残るはクラバツキーと、魔王の討伐についてですが、全てこの私に一任いただきたい。」

ミュージはその場で土下座をして国王に願いを伝えた。国王はしばし考えたが、先ほどのフェルストの一件もあり、願いを承知する事にした。重鎮の中には一人きりでは危険であろうと、異議を唱えるものもいたが、国王は一喝してそれを突っぱねた。初めて会った”若き自由人”とはこれほどの度量を持つものかと国王は驚きさえ感じていた。そしてふと思った。”若き自由人”とは”全ての民が自由に過ごせる世の中を作る者、そしてその自由を守る者”これこそが”若き自由人”なのだと。自由を束縛するものには大いなる制裁を与えると言う事で、敵にしたら恐ろしい男なのだとも痛感していた。

その日、ミュージは城中に部屋を用意され、休息を取る事にした。一風呂浴びて、テラスの長いすに寝そべって涼んでみる。明日は恐らく決戦になるであろう、そんな緊張感は感じられない。夜空には星が瞬き、夜の虫がころころと鳴いている。自然と笛を手に取り、軽く演奏してみる。すると精霊達がミュージの周りに集まり、踊り始める。

「よう、大将、明日は俺様が魔王なんかやっつけてやるぜ、」

火精霊のイーフリーがミュージに自慢の筋肉を見せ付けるようにポーズを取っては誇らしげに胸を張る。

「ああ、頼りにしてるぜ、イーフリー。きっとみんなの力を使うかもしれないな。奴の足をとめるのにはナーガの水で足許をぬかるみに変えて、モンモが軽い地震を起こして液状化させて沈めて、アイシンクがそのぬかるみを凍結させて完全に固定、シルフィードが風を制御して奴の飛行を阻止、イーフリーとヴォルタで火炎、電撃攻撃、サウンが幻惑攻撃を仕掛けた上にファロストスとクロスターが封印の祈りを加える。」

ミュージは精霊達に作戦の概要を話す。しかし表情はぱっとしない。その表情を見たファロストスとクロスターは提案をする。

「ならば隷属させなさい。あなたの僕にするのです。」
「魔王を隷属!?そんな事が出来るのか?」

それは今まで打ち倒して封印する事しか考えてなかったミュージにとって衝撃的であった。

「私達は昔、あなたの遠いご先祖様と共に龍の一族と戦いました。その時に龍の一族の長を務めていたのはヴァルザスでした。そのヴァルザスを倒す際に剥ぎ取った鱗がタリスマンの台座となっています。」
「なんと、そうだったのか。」
「一度その鱗を魔王の体に一箇所だけ空いている鱗の場所、いわゆる喉笛の逆鱗と呼ばれるところにはめ込み、再度剥ぎ取るのです。その血を浴びた鱗を最初に持つものに隷属するはずです。」

光精霊ファロストスと闇精霊クロスターは別の攻略法をミュージに伝えた。

「そうか!その手だ!いやあ、ありがとう。」
「ふっ、主が困ったときにはいつでも手を貸す。それが私達精霊の役目です。知恵も授けましょう。」
「感謝するよ。これで安心して眠れそうだ。」

本当に穏やかな表情になったミュージを認めると、精霊達はまた踊りだす。すると、タリスマンが光り、暇をもてあました創造霊クリストと破壊霊ブレクターが顔を出す。

「これこれ、お前達、あまりはしゃぐでないぞ。」
「主殿はお疲れだ。そこそこにして戻るのじゃぞ。」
「わかってますって。」
「ちぇっ。相変わらず堅いなあ。おっと、お客さんだ。」

精霊達をいさめるクリストとブレクターにしかめっ面の精霊達だったが、ミュージの部屋に訪問者が来たようだ。慌ててタリスマンに戻ってゆく。
トントン、とドアをノックする音が聞こえる。

「ミュー、入っていいかしら?」
「クリシュナか、どうぞ。」

クリシュナが冷やしたアゼルティーを持って部屋に入ってくる。(アゼルティーとは、ヴェナス神国特産のお茶で、アゼルと言う樹木の新芽に当たるところを摘み取り、3ヶ月間発酵させた物を煎じて淹れる。熱湯にて淹れたものは初期症状の風邪に効果があり、冷水にて淹れたものはリラクゼーション効果がある。煎じた後の葉は、消臭、芳香剤として利用可能。:メリル=ツァイベル=ヴォーダー著、大陸食材大典巻の3、飲用食材編より出典。)
お茶の香ばしい香りが部屋に広がる。クリシュナはティーポットをテーブルの上に置き、氷を入れたグラスに注ぎいれると、ミュージにそれを手渡しする。

「ありがとう、いい香りだ。」
「さっきはありがとう。私一人じゃ城内の混乱を鎮める事なんて出来なかったわ。」
「おやおや、”稀代の策士”も弱気だね。」
「まあっ、言ったわね。」
「ははは。早速頂くよ。」
「どうぞ。」

ミュージは笑いながらグラスの中の香りを楽しむ。カランと崩れる氷の音が涼しさを演出する。続いて一口含んでみる。ほろ苦さの陰のほんのりとした甘味がミュージの味覚を刺激してゆく。

「うまいっ!クリシュナも飲みなよ。」

喉漉しがひんやりとしてすっきりする。クリシュナに薦めるが、早くも一口飲んでいた。

「ホントに美味しい。」

心の支えがどっと降りたのだろう、心の底からお茶の美味しさを楽しんでいるようだ。

「ところで、ミュー、ミュリエルのことなんだけど・・・」
「ああ、別に怒ってなんかないよ。彼女は俺のことになると見境ないから。それに、クリシュナには真っ先に言わなくちゃって思ってたんだけど。」
「何かしら。」

クリシュナはここに来る前のミュリエルの様子が心配で、ミュージにそれとなく悪く思わないよう、取り次ごうとしていた。しかし、次の瞬間にミュージの口からは意外と言うべき言葉だった。

「俺、あいつと結婚する事にした。」
「えっ?ほんとなの?」
「ああ、ここに来る前にミスリルにいたの、知ってる?」
「ええ、ミュリエルがヴィッツの使いで行ってたのは知ってる。あなたと合流してね。」
「そん時、ミスティの両親に申し込んだ。」

それはクリシュナの予想を越えた言葉だった。ミュリエルが喜んでいる顔が目に浮かぶ。それだけでクリシュナは幸せな気分だ。さっきまでは自分のふがいなさを紛らわすべく、ミュージに抱かれようとしていた自分がいたことはどこか闇の彼方へ吹き飛ばしていた。もしかしたら自分もミュージのことが好きだったのかもしれない。流石は若き自由人、やることは誰も予想がつかない。自分もミュージの電撃的な奇襲にあったら簡単に陥落するであろう、そうも思うクリシュナだった。

「やったじゃない。ミュージが結婚かあ。」
「でもまだ内緒だよ。」
「わかってるわ。では、せん越ながら、結婚おめでとう、乾杯!ミュー。」

カチンとグラスを合わせ、二人だけの祝杯があげられた。そんな決戦前夜だった。

(作者あとがき)
う〜〜ん、怒涛の新章ラッシュ、みんなちゃんと読んでいるかな?
さてさて、まずはクリシュナ大神官の母国に巣食う獅子身中の虫を退治したミュージ君。
次はせまりくる魔王が相手だ。精霊達のアドバイスで攻略はバッチリだ。自信満々のミュージ君は見事攻略できるのか!?
次回はオーギョク建国の4大英雄揃い踏みの豪華フルコースおなかいっぱいでお送りする予定です。剣王ヴィッツの剣が唸り、果敢なる賢者ミュリエルの方術が炸裂し、稀代の策士クリシュナの神聖魔法が火を噴き、我らが若き自由人、ミュージ君の精霊術が魔王を蹴散らす(予定)。(技の名前や表現を考えるのは大変そうだけど・・・期待に添えるよう、頑張るぞ!)
てなわけで、次回、”音霊使いミュージ”第5話、〜勢揃い、剣の国の4人衆〜、お楽しみに!