音霊使いミュージ・第5話 〜勢揃い、剣の国の4人衆〜

その一・建国祭3日前

「おはようございます。朝食をお持ちしました。」
「あ、おはよう。あれ?君はたしか・・・」

ミュージは目を覚ますと、コーダーで見たことのある顔の女性が朝食を乗せたトレイを持ってテーブルにセットしていた。彼女の名はエリサ=フロレス。マース神殿の神官だ。神官である証の黄色い法衣を肩に羽織り、テーブルの上を飾っている。

「確か、君はエリサ君だよね。どうしてここに?」
「はい。楽師さまのお世話をするようにと、大神官様に言いつけられまして、急ぎ参りました。」
「そうか。クリシュナも民の為に戦っているんだものな。まさに大神官に相応しいな。」
「ええ。尊敬に値するお方です。私の憧れです。」
「そうか。クリシュナも君のような神官に慕われて喜んでいると思うよ。」

エリサは内心ドキドキで、心臓が口から飛び出しそうなのだ。本当の憧れであるところの、ミュージの朝食の支度をしているのだ。ましてや会話をしている。信仰の対象である戦いの事もさりげなく会話に盛り込むミュージにメロメロだ。
そんなことは気にも留めず、ミュージはシャツを羽織ると、テーブルについて朝食をとり始める。絞りたての羊の乳が喉を通る。さらにジャーニス麦のパンが香ばしい。地元で取れた野菜の数々で出来たサラダも体中に自然の滋養を染み渡らせる。実に充実した朝食だ。

「うん、うまい!」

しっかりと腹の中に料理を詰め込んだミュージは衝立に掛けてある衣服を着け、エリサに礼を言う。ほぼ正装のミュージは実に凛々しい。思わずエリサは見とれてしまう。

「ん?どうした?何かついてるか?」

きょろきょろと着衣のあちこちを見て回るミュージにエリサは慌てて謝る。

「いいえ、済みません。とても素敵だったから、つい見とれてしまいました。」
「そうか?俺もまだまだ捨てたものじゃないな。ははは。」
「自信をお持ちください。楽師さまは誰が見ても素敵です。」

エリサがそう言うのを尻目に、ミュージはふと窓の外を見る。海岸線に沿って、人馬の一隊がこっちへと走ってくる。先頭の騎士がオーギョク王国の王家の紋章を刺繍した旗を掲げている。後方には一際輝く甲冑を着けた者と、美女が一人。そう、剣王ヴィッツと、我が愛するミュリエルだ。朝の王都の静けさの中、ヴィッツが大きな声で叫ぶ。

「剣王ヴィッツ=ヴァルト、帰国の助太刀に参上!開門願いたい!」

その声を聞いたミュージは城のテラスに出た。

「おーい!ヴィッツ!ミスティ!」
「おお!その声はミュージ!待たせたな。」

ミュージも叫ぶ。城の門がすぐに開けられ、ヴィッツたちが入城する。

「こうしちゃいられない。」

ミュージはすぐに天守にある謁見の間に向かう。控えの間に通されたヴィッツとミュリエルに再会する。

「いやあ、早かったじゃないか。」
「おうとも。お前の活躍が早く見たくてな。催促の馬で来た。」
「そうか。でもな、今回はみんなの力も借りたいんだ。」
「ほう、嬉しい事を。で、余は何をすればよい?」
「俺と魔王の戦いの後見役を、ヴェナス国王と共に務めていただきたい。」
「ふむ。ならばお前の精霊術が間近で目に出来るのだな?よかろう。」

ヴィッツは何より、ミュージの精霊術が、久し振りに目の前で見られることに満足していた。どのような考えで提案してきたのかは後で考える事にし、とにかくこのの提案を了承していた。次にミュージはミュリエルに依頼をする。

「ミスティはクリシュナと一緒にザメドの国王の体から魔王を払ってくれないか?表に出てきたら、後は俺に任せて。」
「ええ、いいわ。任せて。」

憑き物を払うのは大神官と方術士の二人の協力があれば簡単である。4人打ち揃っての久し振りの戦闘になる。恐らくはザメドの兵達も魔王の魔力で操られているであろう、そう思ったミュージはくれぐれも一般の兵士達には手傷を負わせないようにヴィッツに頼み込んだ。ただし、魔物の類が出てきたならば存分に剣を振るってもそれは自由とした。ヴィッツは愛剣”クルスゼイヴァー”の柄をぐっと握り締めて決意を固めている、剣を振るう機会をもミュージは考えていたのだ。つくづく楽しくなりそうな戦闘になると、ヴィッツはワクワクしていた。(”クルスゼイヴァー”とは、伝説の聖剣の一振りで、魔を打ち払う力が宿っている。剣の魂には聖人クルスの魂が憑依しているとも言われている。現在、オーギョク国王、ヴィッツ=バルト陛下所有。:エフェクレール=クリシュナ=ミーシャ著、神聖魔法事典巻の4、神聖武器総論より引用。)

一通り自分の作戦を伝えると、ミュージは謁見の間の扉を開き、ヴィッツを先頭にして入ってゆく。壇上の玉座にはヴェナス神国国王マルスードと王妃ラヴィナ、そして皇太子ジャークスと皇女クリシュナが並んで座っている。
ヴィッツは先ずは社交辞令とも言える口上を述べた後、先ほどミュージに聞かされた作戦を伝えた。マルスードは頷くと、クリシュナを共につれてゆくように言った。自分としてもミュージの精霊術を目にしたい、お互いの利害は見事に一致した。すぐさまヴェナス軍もほぼ全軍と言った人員を編成、総攻撃と言った陣営でこの一戦に臨もうと意気込む。獅子身中の虫を排斥した今、恐れるものは何もないようだ。

その日の昼過ぎ、昼食をとった全軍は、ヴェナス=オーギョク同盟軍として魔王の待つ山麓に進軍を開始した。方術士を加えた神聖魔法軍ともいえる同盟軍はやはりザメド軍の兵士は魔王によって操られているものと看破し、魔払いの誓文で次々と兵士達を解放し、現れた妖魔たちをヴィッツを始めとしたオーギョクの騎士たちが切り払ってゆく。その日の夕刻には同盟軍は魔王の本陣近くに到達していた。

その頃、思わぬ攻撃にヴァルザスは怒り心頭に達していた。そこに例の魔封石を抱えたクラバツキーも到着、ドラスティックに変化した戦況にうろたえていた。

「ええい!なにをしている!あんな奴ら、蹴散らしてしまえ!」

必死に檄を飛ばすヴァルザスとクラバツキーだったが、間近に見えた同盟軍の中に最も忌み嫌う存在がいるのを互いに確認していた。ヴァルザスはミュージを、クラバツキーはクリシュナを、である。

「あれは・・・精霊使い。我が宿敵。」
「稀代の策士・・・うぬ〜〜〜っ。」

苦虫を噛みながらも、ヴァルザスが取り付いたザメド国王ダガルド2世は剣を抜き、本陣の前に歩み出た。後ろにクラバツキーが控えている。ミュージ、ヴィッツ、ミュリエル、クリシュナはこの時を待っていた。

「やあやあ!我はフリースト=ミュージ、友の国、ヴェナス神国を救うため、貴公、ダガルド2世に決闘を申し込むものなり!後見人にヴェナス神国マルスート国王陛下、並びに我がオーギョク王国、ヴィッツ=バルト国王陛下を推挙申す!」

ミュージは護身用に持っているレイピアを掲げ、その切っ先をダガルド2世に向けて口上を述べていた。

「何と!決闘と来たか。ミュージめ。これならば他の兵士への負担を抑えた上に我らの対面も保てると言うもの。やってくれるわ。」
「なるほど、思った以上に若き自由人殿は頭が切れるようですな。敵にしたら恐ろしいですな、ヴィッツ陛下。」
「わかった!ミュージの申し入れ、しかと承った!これより我らは手出し無用!助太刀するものあらば、この剣王、ヴィッツ=バルトがその場で切り捨てる!」
「同じく、その申し入れ、しかと承った。ヴェナス国王としてこれよりザメド国王、ダガルド2世と音霊使いフリースト=ミュージの決闘を後見するものなり!」

この大陸では国王2名の後見があれば、個人的な決闘が認められ、他の者は手出し無用となる。口約束でもそれは認められる。いわば宣言した者勝ちということになる。ミュージはこの掟に従い、ダガルド2世のおびき寄せに成功したのだ。ミュージはミュリエルとクリシュナに目配せをすると、ダガルド2世の前に進み出た。

「これで俺は国王二人の後見を得た。さあ、引っ込みはつかないぜ。ダガルド2世。」
「ふふふ、身の程知らずが。我が剣の錆にしてくれるわ。音霊使いの伝説に終止符を討ってやる。」

ミュージの立っている場所は今までの先頭の最中に、ミュリエルとクリシュナが協力して仕掛けた自縛の結界の真ん中である。”魔”を持つ者が入ったときに初めて発動するようになっている。ゆっくりとヴァルザスが憑依したダガルドが近づいてくる。なかなかミュージの間合いには入ってこない。

「臆したか!ダガルド!そこでは剣は届くまいて。」

ミュージは挑発した。更に挑発は続く。

「俺は剣の腕ははるかに劣るぞ、安心してくるがいい。」

その一言が効いた。ダガルドは剣を振り上げ、ミュージ目掛けて突っ込んでくる。ミュージは第一段階の作戦成功を確信した。見事に自縛の結界の中心に入ったダガルドの動きが止まったのだ。同時に周囲にいる神聖魔法の戦士達とクリシュナの神聖魔法、そしてミュリエルの方術が一斉にダガルドに降り注ぐ。憑き物払いの誓文が力強く響き渡いたのだ。

「ぬ、ぬおーーーーっ!」

結界の効果もあいまって、ダガルドは苦しみもがく。その様子を見たクラバツキーは慌てて魔封石を持ったまま、ダガルドに駆け寄ろうとする。そこに黒装束の二人がウリシスダーシュより舞い降りてくる。

「待ちなさい。クラバツキー伯爵!」
「な、何だ貴様ら!」
「ははは!悪を求めて西東、悪を懲らしめ南北。我ら”謎の隠密戦士1号!”」
「そして”愛の隠密戦士2号!”ここに、」
「「推参!」」(二人分の言葉と思ってください)

その声はミュージをずっこけさせるに充分であった。<親父にお袋!変なところで乱入するなあ。>バレルとメリルである事はミュージにしか分からないが、その黒装束の二人は、クラバツキーから魔封石を取り上げると、ミュージに渡した。

「若き自由人よ、これでダガルド公は救われるであろう、存分に戦うがいい、さらばだ!わーーーっはっはっはー!」
「ちょっと待て!謎の隠密戦士1号!最後まで見ていかんかい!」
「ほう、若き自由人のショーにご招待とあらば仕方がない。お言葉に甘えるとしよう、なあ、2号よ。」
「そうね。1号がそういうなら。」

一時はその場を去ろうとしたバレルとメリルはミュージに引き止められて、少し離れたヴィッツたちの脇に移動し、ミュージの活躍を眺める事にした。

「さてと、次にいきますか。ミスティ、クリシュナ、大丈夫か?」
「ええ、まだまだいけるわ。妖しの魔女はこんなものじゃないわよ。」
「私だって。大神官クリシュナは戦の神マースの名のもとに。」

二人の余裕を確認すると、いよいよミュージは愛用の笛を取り出す。最初に演奏するは”誘いの音色”だ。これによって音精霊サウンを召喚、自分の体に憑依させるのだ。演奏に呼応するように首のタリスマンが輝きだし、音精霊サウンが実体化する。

「これからが見ものですよ、マルスード陛下。」
「うむ。楽しみだ。」

二人の国王は期待にワクワクしている。

<サウン、ポゼッションだ。>
<畏まりました。>

突如演奏を留めたミュージは合言葉を叫ぶ。

「ポゼッション!」

それと気を一つにし、サウンはミュージの体に憑依する。すると、ミュージの銀髪が金髪に変化する。憑依が完了した証拠だ。こうすることによって、ミュージは笛を使わなくとも精霊達を召喚、使役する事が可能となるのだ。笛はパワーを増幅するだけの道具となる。

「大地の精霊よ!我が前に出でてその力を示せ!モンモ!」

すると、再びタリスマンが輝きだす。今度は茶色だ。地精霊モンモが現れ、とことことミュージの周りを歩き出す。

「何がしたい?ミュージ。」
「この石をぶっ壊せ!」

ミュージは手にした魔封石を足元に置くと、モンモに破壊を命じた。これには一同はびっくりした。モンモは命じられたままに魔封石を超振動波で粉々に破壊する。

「「「「「な!なにをする!」」」」」(たくさんの人の声と思ってください。)

その瞬間、クラバツキーも含めた周囲の者達は唖然としていた。魔王を封ずる唯一のアイテムを破壊してしまったのだから。当のミュージは涼しい顔をしている。
するとどうだろう、ダガルド王の体から、魔王ヴァルザスが遊離を起こし、その醜いドラゴンの姿を一同の前に現したのだ。

「よっしゃ!離れた!ミスティ、ダガルド王を安全な場所へ!クリシュナ、回復の呪文を!」
「おっけー。」
「分かったわ。」

クラバツキーは目の前の光景にわなわなとその場に腰を落としてしまっていた。ミュリエルは加速の方術でダガルドを救出、すかさずクリシュナが回復の呪文でダガルドを回復させる。精神の消耗が激しかったのだろう、完全に回復するのは、3日後となったらしい。

「さて、ここまでくれば、本領発揮だ。決闘は果たされた。魔王に取り憑かれたダガルド2世は正気に非ず!よって決闘は無効となる!後見の方々、それでよろしいか?」
「うむ!ようやった!この決闘は無効と為すべし!」
「掟により、無効と為すべし!」

ヴィッツとマルスードは揃って決闘の無効を宣言した。こうなると、残るは魔王のみ。

「友らよ、今こそ力をあわせて魔王を!」
「おうよ!」
「ただし、マルスード陛下、陛下は私に魔王退治を依頼されました。そこで、そこの隠密戦士と共にこれからの事をしっかりと見届けていただきたい。」
「何と!我も手を貸そうぞ!」

ミュージの心遣いであったが、マルスードは剣に手を掛け、戦おうとしていた。それを諌めたのは隠密戦士であった。

「まあまあ、あの子の言うとおりにしようじゃありませんか。マルスード陛下。」

覆面に手を掛け、軽くめくってマルスードに素顔を見せる隠密戦士1号2号。その顔を見て腰を抜かしたマルスードだった。

「バレル陛下、メリル王妃・・・。」
「我らも所詮人の親。って所ですよ。親ばかですかね。」

人の親。その一言にマルスードはとんでもない人間に手助けを頼んだ事を知った。先ほど交わされた会話で親であることはきっとその人間はわかっていることだろう、にも拘らず平然と約束を果たそうと自分の意思で自由に奮闘する。まさに若き自由人。改めて感銘を受け、人間こうあるべきだと学んだマルスードだった。

その目の前では、醜悪で凶暴なドラゴンの姿をした魔王ヴァルザスと、ミュージ、ヴィッツ、ミュリエル、そしてクリシュナが戦闘態勢に入っていた。

「みんな!サポート頼むぜ!」
「おう!」
「はい!」
「おっけー。」

ミュージが笛を構え、水精霊ナーガを召喚し始める。父親を超えるための試練が今、幕をあけた。

(作者あとがき)
始まりました最終決戦、魔封石を破壊したミュージ君、見事ダガルド2世を救出成功。魔王を頼みの綱にしていた黒幕のクラバツキーは立場が怪しくなってきました。そして、魔封石がなくなったことで、魔王ヴァルザスは本来の力を出してくるでしょう。果たしてミュージ君の思いは成就するのでしょうか?
次回、”音霊使いミュージ”第6話、〜精霊王と後継者〜 を剋目して待て。