音霊使いミュージ・第6話 〜精霊王と後継者〜

「ミュージ、お前にプレゼントをあげよう。」
「わーい、お爺ちゃん、なになに?」
「今日はお前の3歳の誕生日だ。だからな、お爺ちゃんの宝物をあげよう。ほら。」

ミュージは皺の増えた顔を更にくしゃくしゃにした祖父の膝の上にちょこんと座っていた。祖父の名はラーマ=カーミラ=ヴォーダー。”大賢者”の通り名を持つ精霊使いだ。ファーランド皇国の王宮の日差しが降り注ぐ庭にいる。ラーマは孫のミュージがお気に入りで、家督を長男のバレルに譲ってからは、孫のミュージと一緒にいていろいろな精霊たちの話や、音曲の楽しさと美しさ、更には楽器とその作り方の話を聞かせるのが毎日の楽しみになっていた。
今日はミュージの3歳の誕生日、ラーマは懐から緑色に輝いている四角い石を取り出し、プレゼントとしてミュージに手渡していた。

「いいかい?ミュージ。これに向かって、一日一回、何でもいいからお願いをしてごらん。一生懸命この石にお願いするのじゃ、きっとミュージのお願いがかなうからね。でも、絶対なくしちゃだめじゃよ。そうじゃ、これにつければ大丈夫じゃな。」

そう言うと、ラーマはその石をミュージのチョーカーにはめ込んだ。暫くミュージはその石を日にかざしたり、覗き込んだりしていた。すると、中になにやら動く影があるのに気が付いた。

「ふーん。分かった、おじいちゃんとの約束だね。そうだ、この石にお願いすれば、お爺ちゃんがお話してくれた精霊達とおともだちになれるかな?それに、この石、中の模様がぐるぐる動いて、面白いや。お爺ちゃんありがとう。僕、気に入ったよ。」

ミュージは思ったとおりのことを素直にラーマに話して嬉しがった。そう、既にミュージは精霊使いとしての高い能力に目覚めていたのだ。石の中に動いていた影は精霊そのもので、ミュージは3歳にしてその姿が見えていたのだ。大賢者ラーマはこのとき、孫のミュージが将来とんでもない精霊使いになるであろうことを予感し、生涯この石を受け継ぐものはミュージ以外にないと判断した。ちょっと試すだけと思ったラーマだったが、これで自分が本当に隠居が出来るとも思った。

その日、王宮では盛大にミュージの誕生パーティが開かれ、ミュージはラーマからもらった緑色の石を自慢げに見せて回った。

「お父様、お母様、お爺ちゃんに貰ったの。綺麗な石でしょ?中に動く模様が見える不思議な石だよ。」
「あら、まあ、綺麗な石ね。」

メリルはにこやかにその石を見つめるが、夫のバレルと共にその石は父、ラーマの命とも言えるタリスマンである事を知っていた。しかも今、息子のミュージはそのタリスマンの中に動く模様が見えていると言う。当時既に精霊王として名を馳せていたバレルはより一層ミュージを大切に育てようと決心していた。将来自分を超えるほどの力を持った精霊使いになり、後継者はミュージ以外にないことを確信したからである。

それ以来、幼いミュージは毎日決まった時刻にラーマからもらった石に、「精霊さん精霊さん、おともだちになりたいです。」と話し掛けるようになり、半年もしないうちにその石がぼおっと光るようになっていた。この時、驚いたミュージは、やはりバレルとメリルにその現象を話し、実際にやってのけている。

バレルやメリル、守り役の貴族からの王族としての振る舞いや学問、剣術などの教育と平行して、祖父のラーマは自分の精霊使いとしての技、音曲家としての知識や演奏技術、楽器職人としての製造技術の全てをミュージに教育した。ミュージにとっては厳しいとは思えたが、大好きな両親や祖父の話はとても楽しく、ミュージは嫌な顔一つせずに異常なほどの吸収力でそれらを身に付けていった。
ミュージが6歳のとき、妹のアリシアが生まれる事になるのだが、生まれる一週間前にミュージはまた、驚愕的なことを言って、周囲を驚かせてもいた。それは、生まれる日と、その子供の性別についてだった。

「お母様お母様、聞いて聞いて、今日ね、この石とお話してたらね、一週間経ったら、僕に妹が生まれてくるんだって。きっと可愛いだろうなあ。」

始めは子供の戯言と呆れ顔だったが、果たして一週間後、にわかに産気づいたメリルは無事に女の子を出産した。バレルとメリルを始めとして、重臣達はミュージの底知れぬ精霊力に感服していた。

その頃、ミュージはタリスマンの中にいる精霊と完全に会話が出来るようになっていた。名前も聞いた。混沌霊カオスシード。声からするとお婆さんの感じだ。ひしゃげた低い声だが、力強さを感じる声に聞こえていた。

生まれた妹は”アリシア”と名付けられ、ミュージ同様、大切に育てられた。ミュージは教育の合間を縫って、アリシアとよく遊び、挙句の果てにはミュージと一緒に教育を受けるまでになっていた。アリシアはミュージを兄以上に好きになっていたのだ。

やがて、ミュージ12歳のとき、王族として通過しなければならない儀式が待っていた。”皇位継承権認証の儀式”がそれである。本来は精霊王から渡された楽器を使って儀式に臨む事になっていたが、この時ミュージは大賢者ラーマから教育を受けた楽器製造技術を駆使し、自作の横笛を使用、見事に音精霊サウンを召喚する事に成功、晴れてファーランド皇国皇太子の称号を得たのである。大賢者ラーマの教育は実を結んだ。儀式に参列していた祖父、大賢者ラーマは皇太子の称号を得たミュージに”マイスター”の証、大賢者のバックルをもミュージに渡した。何と言っても精霊召喚を可能とする楽器を製作した功績を称えての事だった。(マイスターとは、精霊召喚を可能とする楽器を製作できる技術を有したものの事を言う。精霊使いの中でも精霊と同調できる者がそれに当たる。現存するマイスターは、精霊王バレル=フォレスト=ヴォーダー、皇太子フリースト=ミュージ=ヴォーダー、皇女アリシア=ツァイベル=ヴォーダー、ハッシース皇国国王、カシス=カムジン=ファウスト、そして不肖、ラーマ=カーミラ=ヴォーダーのみである。:精霊術概論より引用。)
しかし、ミュージには大好きな祖父と、タリスマンの中のカオスシードとの別れが待っていた。

「ミュージ、よくやったな。これからもっと修行して、よい友を作れ。お前の父さんや、母さんがかつて歩いた道を歩むが良いぞ。それから、カオスシードはわしと共に行かねばならない。お前が行く道で、再び会う事があるじゃろう。その時、カオスシードはきっとお前を主と認めるであろう。先ずはおまえ自身で世界を知る事だ。よいな。」
「うん。わかった。頑張るよ。お爺ちゃん。」

涙を堪えながら、ミュージはラーマを見送っていた。祖父からの最後の教育と思い、ミュージは精霊使いとしての修行をする旅に出た。皇太子になって1年後、ミュージ13歳の事であった。父のバレルは若き日の自分を見るようで胸が熱くなっていた。

この年を境に、バレルとメリルの隠密戦士が誕生した事を付け加えておく。

ミュージは”フリースト=ミュージ”を名乗り、ラストネームの”ヴォーダー”を伏せて旅を続けた。旅の友は父から貰った1冊の本と、皇太子の称号を得るきっかけになった自作の横笛だ。本はバレルの冒険記で、ミュージが辿る道しるべになっている。祖父の昔話が思い出される本だ。寂しくなったとき、故郷を思い出したいときの慰みになった。

そしてミュージは精霊を一つ、仲間にする度、母国に戻って報告する。これが旅を続ける最低条件だ。堅実にこれを守りながらミュージは旅を続ける。唯一つミュージの修行の旅で父バレルと異なったのは、精霊たちの属性を考え、相克する属性での対処をしていった事だった。

修行の旅のことは、敢えてここでは詳しくは述べる事を避けたいと思います(読者の要望があれば検討します)が、この旅の途中で、若き日のヴィッツやミュリエル、クリシュナと出会い、精霊たちを仲間に加える旅をメインに、様々な冒険を繰り広げていくのである。やがて、元素精霊である音精霊、風精霊、水精霊、火精霊、樹精霊、地精霊、雷精霊、氷精霊、最高精霊の光精霊、闇精霊、根本精霊の創造霊と破壊霊までも仲間にしたミュージは、ヴィッツの故郷、オーギョク王国の建国に尽力する事になる。両親でも成し得なかった根本精霊の2大精霊を仲間にする事で、大陸全土にミュージの名は大いに広まり、オーギョク王国建国の功績に対して人々は賛辞し、”若き自由人”という通り名が付けられたのだった。

ミュージはまだ、父を超えたとは現在でもまだ思ってはいない。精霊王を超えるには、第一段階が全ての精霊と友達になり、自由に試練に立ち向かう事。第2段階が両親が大陸各地に封印したと言う魔封石を親とは違う方法で何らかの対応をする事だ。最終段階が・・・・(これは今ではまだ内緒。知りたい人は掲示板に要望をいっぱい書こう!)と、考えている事はいっぱいあるのだ。今は大切な友達のため、愛する人のため、自由を愛する全ての人の為に次々と目の前に立ちはだかる数々の試練を乗り越えていくしかない。現段階は第一段階と第二段階の間のあたりだろう、やっと魔封石にめぐり合ったのだ。信頼できる友と愛する人、そして仲間の精霊たちの力を信じて最初の魔封石の処理に当たっている。
実に充実した状況だ。そう考えるミュージだった。

魔王ヴァルザスを相手に、今、その友達が自分を、友を信じ、剣で攻めたり、方術を放ったり、神聖魔法で戦っている。自分は昔の頃に思いを馳せながら、今を精一杯自由に生きている。精霊たちは存分に力を発揮している。勝利と平和を信じながら。
そう感じずにはいられないミュージだった。

「ようし!精霊達、全開で行くよ!」

ミュージはヴィッツ達の攻撃で弱り始めているヴァルザスに対して、精霊術の全てを以って、この戦いに終止符を打つことを決心し、改めて横笛を構え、”勝利への賛歌”という勇ましい曲を演奏し始めた。

(作者あとがき)
今回はミュージ君の子供の頃のお話で殆ど費やされてしまいました。この作品を完成させるにはミュージ君の育った環境を書かなくてはいけないと思ったからです。派手な精霊術や、剣技、方術や神聖魔法のいろいろを期待した読者の方々、すみません。次回は本当に魔王ヴァルザスとの決着がつきます。
てなわけで、次回、”音霊使いミュージ”第7話、〜大決着、魔王も恋も俺のもの!〜をお楽しみに。