音霊使いミュージ・最終話 〜ウェディング・ベルは盛大に〜

=建国祭が終わって数日後・エルフの森の工房=

「さて、そろそろ行くか。ミスティ、準備はいいかな?」
「ええ、いいわよ。」

ミュージはミュリエルと荷物を纏めて、母国のファーランド皇国へと出発する準備をしていた。

「ヴァルザス!」

窓の外に上半身を乗り出すと、先の戦いでペット(隷属させたと言うとミュージ君に失礼なので、こうしておく)にした元魔王、聖龍ヴァルザスをミュージは呼ぶ。

「あら、ミュージが呼んでるわね。」
「ええ、お姉さま。」

主に頼まれて、光精霊のファロストスと闇精霊のクロスターの精霊姉妹は森の奥の洞窟にヴァルザスを匿って、世話をしている。食料の補給から、毛並みをそろえたりと、甲斐甲斐しいばかりだ。ミュージが呼ぶときは首をミュージの方向にきゅっと向け、鼻をくんくんと動かす。そして一声、

「キュオーン!」

と鳴くのだ。当然、精霊姉妹はミュージの声に敏感に反応する。体を撫で付けていた手を休め、ひょいとヴァルザスの背中に騎乗する。

「主様が呼んでいるのね。ヴァルザス、行きましょ。」
「キュキュキュオーン!」

ヴァルザスはその翼を大きくはばたかせると、森の上をミュージの小屋に向かってグライダーのように滑空する。先の戦闘から2日間は精神力を消耗したらしく、ミュージは寝たまま、起きてみれば建国祭に引っ張られ、ここ何日かは精霊姉妹に世話を任せっきりで、ろくに相手にされてなかったヴァルザスは溜まったストレスを発散するように、思いっきり鳴いている。飛行スピードも速く、何だか嬉しそうだ。バランスをとるための尻尾をくるくると回している。

<やっと呼んでくれたな。>
<わりい。何かと忙しくってな。>
<お姫様も一緒かい?>
<ああ。ファーランドまでひとっとび、頼むぜ。>
<お、遠出だね。嬉しいじゃないか。>

ミュージはヴァルザスと心で会話をしている。これは主従の関係になったミュージとヴァルザスの決まり事だ。いかなる高い術者でも、どんなに高い位の精霊でもこの会話に介入する事は不可能である。ヴァルザスの心はミュージにしか開かない。そしてどんなに離れていてもミュージはヴァルザスの心の声を聞くことが可能だ。ここ何日かは時折ヴァルザスの不満がミュージに聞こえていたのだった。飛行の途中でヴァルザスはミュージと会話をしていた。

出発の支度を終えたミュージとミュリエルは、工房の脇のフェルールの泉で水を一口飲む。いつも心地よい喉越しだ。今日は更に心地よさが感じられる。ひとつの試練を乗り越え、愛するミュリエルと一緒だからだろうか。

「冷たくて美味しい!」

口の周りをぬらして、満面の笑顔をミュージに見せるミュリエル。いつになくまぶしく見える。思わず抱きしめてしまう。

<おっと、お楽しみは後にしてもらおうかな?主殿。>

そこへヴァルザスが精霊姉妹を乗せて、ふわりと降り立つ。精霊姉妹はすっとタリスマンの中に溶けるように消える。そそくさと二人は離れると、荷物をヴァルザスの肩にぶら下げ、背中に乗る。ミュリエルはミュージの膝の上に座る形になる。

「キュッキュクオーン。」
<準備はいいぜ、主殿。>

首をミュージの方に曲げ、黄金色の瞳が二人を見つめる。飛行準備が出来たようだ。ぱさぱさと翼をはためかせている。

「よし、行け!ヴァルザス!」

ミュージの声に嬉しそうに一鳴きし、地面を蹴り飛び立つ。

<どうだい?山を越えるかい?それとも海を回るかい?>
<ファルトに行くには、こういうルートだろ?>

ミュージは地図のイメージを思い浮かべると、ヴァルザスは真っ直ぐ前を見ている頭を上下に振って答える。

<両方楽しめるって寸法か、主殿は欲張りだな。>
<お前だって、地上最強の精霊使いと、天下一の美女を乗せてるんだ。相当欲張りだぞ。>
<ふん、よく言うぜ。そろそろ飛ばすぜ。>

ヴァルザスはひとしきり翼を羽ばたかせると、上昇気流を捕まえて更に高度を上げる。すぐに大陸上空の気流帯に乗ったようだ。飛行速度がぐんと増す。眼下には大陸の山並みや平地、流れる大河に水をたたえた湖が見える。実に絶景だ。

「うわー、綺麗。夢みたいね、ミュー。」
「夢じゃないよ。」
「ううん、何日か前にはこの龍と戦っていたんでしょ?」
「ああ。そうだよ。でも今はヴァルザスは俺の友達さ。こうして俺達を乗せている。」
「そう言えば、ミュー。バレル王とメリル王妃の乗ってた、あれも元はヴァルザスみたいだったのかしら。」
「ああ、ウリシスダーシュか?あれはファーランドにしか棲んでいない動物で、親父達が保護してるんだ。絶滅の危機に瀕している大切な動物だよ。特に親父達の乗ってた奴は人懐っこいんだ。野生のものはすごく臆病でね。きっと精霊王のやさしさが伝わって親父達に尽くしてるんだと思うよ。」
「ふうん。じゃ、ヴァルザスはミュージのやさしさに負けたのかしら?ちょっと聞いてみてよ。」

ミュリエルに尋ねられ、ヴァルザスは

「キュッキュキュウキュ・クククオーン。」
<精霊力の強さにだよ。それにきっと、本当の自由って楽しいんだろうなって思っただけさ。>
<ほう、嬉しい事を言ってくれるじゃねえか。>

少し控えめな鳴き声で答える。ミュリエルはミュージに甘えるように体を預けて聞いてくる。

「何て言ってるの?」
「俺様の強さだって。後は本当の自由を知りたかったみたい。」
「そう、ミューの強さかあ。しかし驚いたわよ。精霊を甲冑にしちゃうんだから。」
「ファイナルポゼッションか?」
「そうそう。それそれ。あれじゃ殆ど無敵よね。どこで会得したの?」
「ああ、実はオーギョク建国のちょっと前に考え付いてたんだけど、使いどころが難しくって、初めてあの時、やってみた。結果オーライってとこだったな。今現在では最強の秘儀かも。」

実はかなりのスピードで飛行しているのだが、ヴァルザスの頭と首の後ろの突起部分が風除けになって、背中の部分にはそよ風程度しか吹き込んできていない。実に快適なクルージングなのだ。別にどこにも掴まらなくても平気なぐらいなのだ。
ファーランドへ向かうミュージとミュリエルはヴァルザスも含めて、先の戦いの事などを話しながら、空の旅を楽しんでいた。

その頃、王都コーダーでは、建国祭の次は若き自由人と果敢なる賢者の結婚祝だと、国民たちはお祭りムード一色だ。実に活気があってよいことだと、ヴィッツは町の様子を王宮の塔から眺めては喜んでいた。町では早くも若き自由人の魔王退治のエピソードが戯曲化され、芝居小屋で上演されている。王宮はといえば、今は空けているものの、宮廷楽師・ミュージの部屋として、見学コースに組み込まれ、内外からの観光客のハイライトとなっている。今日もひっきりなしに見学客が観光ガイドに連れられて王宮の見学にやってきている。基本的には王宮内の案内は昇格希望の騎士とか、武官が勤めている。この案内でヴィッツは自分の偉業や、ミュージを始めとした友たちの偉業を配下の者に反芻させ、自然に政治方針を教育する目的を持っていた。”稀代の策士”、クリシュナの提案した制度だ。遠くの方で響くガイドの声が聞こえる。
ふと空を見上げると、上空にヴァルザスが悠然とした姿で飛んでいる。向かう方向はファーランド皇国だ。きっとミュージたちが結婚式の為に向かっているのだろうと思ったとたん、

「結婚式!?いかーん!」

ヴィッツは自分も招待されていたのをすっかり忘れていた。大きな声をあげて、侍従長を呼び出す。侍従長と一緒に妻のパミラも飛び込んでくる。

「あなた、急ぎませんと、ヴォーダー皇太子の結婚式に遅れますよ!」
「そうじゃそうじゃ。招待を受けている全てのものに通達!急ぎ出立の支度をし、献上品も用意し、王宮正面の広場に集合せよ!急げ!」
「あらあら、一番急がなければならないのはあなたですよ。」
「う〜〜、一生の不覚!」

ドタバタと天地をひっくり返したような慌てぶりでヴィッツは支度をし、侍従長に指示をする。意外とうっかり者の国王陛下である。

ルーン王国から、ヴェナス神国から、ザメド王国から、大船団が大マシリス海を突っ切り、ファーランド皇国を目指している。目的は一つ、ファーランド皇国皇太子にして大陸最強の音霊使い、若き自由人、フリースト=ミュージ=ヴォーダーと、ルーン王国貴族にして果敢なる賢者、方術協会理事のミュリエル=ミスティ=クレードルの結婚式に臨席するためだ。数千、数万隻の軍船や商船の全てが投入された大船団になっていた。まるでそれは”動く船舶博物館”の様相を呈している。お互い国家の威信を賭けた船団だ。同盟国同士の華麗な装飾を競い合っている。
そこにフリズント帝国の船団も加わる。一瞬緊張が走る。クラバツキーの独断専行といった形で先の一件は収拾を見たが、いかんせん、フリズント帝国には”盤上の貴公子”の異名を取る軍師、ジャミール=フォン=ウラヴァスがいる。いつ自分達が盤上の駒にされるやも知れないと言う不安がいつも付きまとっていた。
当のジャミールは一際目立つ鉄製の船に乗船していた。

<ふっ、やはりクラバツキーごときでは役不足であったようだな。つぎはどう仕掛けるか。しかし面白い駒だな。”若き自由人”。とりあえず今は祝福のエールを送らせてもらおう。>

彼はボードゲームの一つの駒を手で玩びながら、不敵な笑みを浮かべていた。

その日のうちにミュージは故郷の王宮に到着していた。衛兵たちは最初ヴァルザスを見たときに最大級の警戒をしたが、ミュージが見事に乗りこなしているのを見ると、腰を抜かしてしまう始末だ。メランもいち早く到着していた。

「殿下、改めてお祝いを申し上げます。」
「おう、メラン、俺がいない間、よく楽士達を纏めてくれた。礼を申すぞ。」
「もったいないお言葉。メラン、一生忘れません。これはこれは協会長様。良くぞ参られた。」
「メラン、我が妃になる者に”協会長”はないであろう?少しは考えたらどうだ。」
「はっ、失礼致しました。クレードル様。これでよろしいので?」

恐る恐るミュージを見るメラン。ミュージはうんうんと頷いている。ほっとしたメランは先頭に立ち、ミュージとミュリエルを王宮のドーム型の建物の中に招き入れる。

「バレル陛下!メリル王妃、アリシア皇女様、ミュージ殿下がお着きになりました!」

ミュリエルは普段見せない皇太子としての毅然とした態度にドキドキしていた。気が付くとヴァルザスもミュージの後についてきている。

「ヴァルザス、ちょっと外で待っててくれ。」
「キュオ。」

しゅんとして翼を仕舞うヴァルザスにバレルは笑っている。

「まあ良いではないか。主と一緒にいたいのだろう。ミュリエルと一緒だな。」
「お兄様モテモテ。」

アリシアも突っ込みを入れる。

「あのなあ。おとなしくしてろよ、ヴァルザス。」
「キュオ。」

謁見の間の隅っこにわさわさと移動するヴァルザスは、うつ伏せになると、長い首をぐるりと後ろに回すと、「フウ」と落ち着いたようだ。

<主殿が危険になったら俺はいつでも敵を焼き殺すから、安心しろ。>
<ばか、ここにいるのは俺の家族だ。どうやらお前も家族として認められたみたいだ。>
<家族。か。悪くないな。>

舌を出してぺろぺろと身づくろいを始めたようで、すっかりリラックスムードだ。

「かわいい!お兄様、後でお空の散歩、いいでしょ?」
「ああ、はやいぞ。と、いけないいけない。父上、母上、この度は私達の婚姻の儀、取り計らいのほど誠にありがとうございます。こなたに控えしミュリエルともども深く御礼申し上げます。」

口上を述べると、バレルとメリルはにこやかにミュージのところまで歩み寄る。

「うむ。親として当然だ。近隣諸国には使いを出して、招待客をたくさん呼んだからな。楽しみにするが良いぞ。ミュリエル殿、ミュージをよろしくな。」
「はい。」

そして、バレルとメリルは代わる代わるミュージとミュリエルを抱きしめる。婚約認証の抱擁だ。下手でメランが目頭を押さえている。

<殿下、何と喜ばしい。>

「さて、アリシア、ミュリエルと一緒に散歩に行こうか!」
「うん!あ、お供も一緒じゃ、だめ?」

伏し目がちにミュージに許しを請うアリシア。

<あと一人だって。平気か?>
<大丈夫だ。心配ない。>

ヴァルザスは尻尾を振りながら答える。

「よし、行こう。」
「やったあ!お兄様大好き!キース!お兄様のお許しがでたわよ!」
「は、は〜い。」

下手のドアの奥からキースが力ない声で出て来る。

「キース!お前!」
「お師匠様〜。すみません。」
「ははは。そうか、お前、アリシアに好かれたか。こいつは傑作だ。」

キースの弱り顔にミュージは笑いを堪えるのに必死だ。するとその後ろからジュディアがキースの後頭部をペシっとたたいて出てくる。

「ちょっとキース!お姫様の前よ、しっかりしなさいよね。」
「おや、ジュディアじゃないか、お前も一緒だったか。」
「あ!お師匠様。ミュリエル様も!と言う事は、」

嫌な汗をかきながらジュディアはミュージとミュリエルを交互に見つめる。

「いやあ、俺、ミュリエルと結婚する事になった。お前らが良ければここにずっといてもいいぞ。いいですよね、父上。」
「ああ。楽士が足りなくて困ってたところだ。幸い、アリシアに気に入られてるようだし。なあ、メリル。」
「ええ、どうぞどうぞ。」
「と言う事だ。良かったな。アリシア。」
「うん!」
「そ、そんな〜。」

へなへなと座り込むジュディアだった。楽士の事は人材豊富なオーギョクでは不安ではない。あとでヴィッツに伝えれば済むことだとミュージは判断していた。

「さあ、お兄様、ミュリエルお姉さま、お散歩お散歩。」

アリシアは二人の手を引いて急かすように庭に出る。

「来い、ヴァルザス。」
「キュオ〜ン」

人数は5人に増えたがヴァルザスは気にしていない。背中に乗ると、ファーランドの空中散歩の始まりだ。
ミュリエルは環境が変わっても、この家族とならうまくやっていけそうだと思っていた。何しろミュージがそばにいてくれる。次は義理の妹のアリシアちゃんか。キースも大変だな。そう思うミュリエルだった。

3日後、諸国の列席者を迎え、盛大な結婚式が執り行われた。ミュリエルの頭には皇太子妃に相応しい煌びやかなティアラが載せられ、純白のドレスが花を添える。当代一の美しさだ。ファーランド皇太子の正装に身を包んだミュージは堅苦しさを忘れたほどだ。

「どうしたの?ミュージ。」
「綺麗だ。」
「あたりまえでしょ?若き自由人のお嫁さんだよ。綺麗じゃないわけないでしょ。うふふ、嬉しい?ミュー。」
「当然。」

ヴァージンロードを二人で進む。特別に取り仕切る神官は友である戦の神マース神殿大神官のクリシュナだ。媒酌人はオーギョク王国国王、ヴィッツ=バルト夫妻である。

厳かな賛美歌が楽士たちによって演奏される。メンバーにはキースとジュディアがいる。諸国の代表たちの中にはヴェナスのマルスード国王、ルーンの国王(影が薄かったけど)、ミュリエルの両親、ヴェナスの騎士、ファルゼンとヤーダー、そしてファーランドのバレルやメリル、アリシアにメラン、エリサも出席している。

「キュオ〜〜〜ン!」
<俺もいるぞ〜〜〜!。>(ヴァルザス){はいはい。}

そして席の後方から、遅れて来た老人がいた。

「ふぉふぉふぉ。こんな目出度い席にワシを呼ばぬとは、不心得者じゃな。」
「ち、父上!」
「お爺ちゃん!」
「ミュージや、綺麗な嫁さんじゃのう。」

それは隠遁生活を送っていると言う、ラーマ=カーミラ=ヴォーダー、またの名を”大賢人”だった。一斉に一同の視線が集まる。

「まさかあの魔王を従えるとはおもわなんだ。それに、嫁さんを貰うとはのう、成長したのう。ミュージや。」
「ありがとう、お爺ちゃん。」
「おっと、大事な式の最中じゃったな。ちょっと、そこの御仁、ここは空席ですかな?」
「どうぞ。」

瞼の張りがなくなり、細くなった目の奥にギラリと光る鋭い眼差しで、最後列で陣取る不敵な男、フリズントのジャミールの隣に座り込むラーマ。

「これはこれは大賢人様。光栄にございます。」
「ふん、心にもないことを。」
「それにあの高名な皇太子殿下の婚姻の儀に列席できるとは。誇りに思いますよ。」
「ふん。どうせ品定めに来たのじゃろうて。あ奴はの、お前のボードの枠を超えるぞ。”稀代の策士”以上の策士じゃ。迂闊にボードに乗せようとすれば、痛い目にあうかも知れんぞ。覚悟しておくんじゃな。」
「ご忠告、肝に銘じて置きますよ。」

厳かに式は進行していき、最後に誓いのキスがある。ミュージはミュリエルのヴェールをめくると、そっと抱き寄せ、その唇に自らの唇を重ねる。一堂から感嘆の声が上がる。

「これにて神の名のもとに両名を夫婦として認証せり。末永き縁を。」

クリシュナは静かに聖典を閉じる。式の終了だ。すると、ラーマがすすっと聖壇の前に進み出て、ミュリエルの前に立つ。そして懐から赤いタリスマンを取り出すと、ミュリエルに手渡す。

「これは?」
「ふぉふぉふぉふぉ。後でそこの旦那様に見てもらえ。こいつは綺麗な孫嫁にこそ相応しいものじゃよ。じゃ。」

それはラーマからの形見と言える品物だった。
ラーマは自分の死期を悟り、ミュージの結婚式までは死ぬわけには行かないと思い、自分の精霊力を温存、瞬間移動往復分の精霊力を残していた。やがて最大の敵となり得る人物と接触して、釘も刺して置こうとも考えていた。渡すものも渡した。釘も刺した。安心したラーマは自らの墓所と決めた場所に瞬間移動をし、静かに息を引き取った。ミュージはラーマの心の中を察し切れなかった。ミュリエルに渡されたものの中を覗くまでは。

式が終わり、披露の宴が終わってから、王室の自室にミュリエルと腰を落ち着けるミュージ。

「終わった〜。ふー、疲れた〜。」

皇太子の正装を脱ぎ捨て、ラフな格好に着替える二人。緊張していたせいか、体のあちこちが痛い。諸国の代表とのお祝い外交も無難にこなし、ぐったりしていた。ミュリエルはラーマから渡された赤いタリスマンをじっと眺めている。バルコニーではヴァルザスが早くも寝息を立てている。

「ねえ、ミュー。なんだろ?これ。」
「ん?その石か。タリスマンだよ。俺のこれと同じ石だな。って、え?」

慌ててミュリエルからタリスマンを取ると、幼い日に見たあの模様がタリスマンの中で動いている。

「カオスシード。カオスシードなんだろ?僕だよ、ミュージだよ。」

タリスマンに話し掛けるミュージの前に、混沌霊カオスシードが現れた。思っていたより若い、ミュリエルと瓜二つだ。二人はびっくりしていた。

「お久し振り、ミューちゃん。びっくりした?私はね、精霊使いの伴侶と同じ姿形で実体化するの。」
「それで、以前は、子供の頃は・・・」
「そう、ミューちゃんが見てたのは、あなたのお婆ちゃんの姿よ。」
「そうだったのか。」
「ちなみに、わたしはね、ミューちゃんの奥さんの分身みたいなものなの。そうねえ、もしも、ミュリエルちゃんがお仕事でミューちゃんと一緒に行けないとか、そういうときに呼んでくれると、便利よね。うふ。」

カオスシードはベッドに腰掛けるミュリエルの隣にまったく同じポーズで腰掛ける。

「私が感じた事はミュリエルちゃんに伝わるわ。逆はないけれど。例えば、こう。」

カオスシードは自分の胸を優しくもんでみる。すると、ミュリエルは胸を押さえて、感じているようだ。

「いやん。」
「ね。殿方には素敵な精霊ね。わたしって。」
「あのなあ、で、戦いについては?」
「やっぱりミューちゃんはそっちが興味あるのね。私の得意なのは”複写と合成”、司る意思は”欲望”。ミュリエルちゃんの方術は全部同じのが使えるわね。威力倍増でしょ?ミューちゃんが考えればミューちゃんの技もオッケーよ。ミューちゃんの技ってすごいんでしょ?何せ私って、根本精霊だし。精霊の使う技は全部使えるの。分かる?流石にこないだのファイナルポゼッションって大胆よね。あたしはミューちゃんのどこにくっつこうかな?考えといてね。じゃ。」

ひとしきり話すと、カオスシードはタリスマンに戻っていった。

「何だか余計に疲れた。お爺ちゃんはまったく。」
「でもさ、ミューのこれからの戦闘の助けになる事は間違いないわね。」
「かもな。さて、明日もなにやら忙しくなりそうだ。寝よう。」
「ええ。」

二人はベッドにもぐりこむ。日中の疲れなどはどこへやら、やっぱり初夜は楽しまなくてはと思った二人はキスを楽しんでいると、音精霊サウンがいきなりタリスマンから飛び出すと同時に、ヴァルザスが遠吠えをして、窓ガラスを前足でチャリチャリと引っ掻く。

「おっと、お楽しみでしたか。早速ですが、シャンバールとの国境にある隔たりの山脈に魔封石が見つかりました。」
「なに!」
<主殿、俺も感じる。変な奴に掘り返される前に処理をしないと。>

ヴァルザスの思念がミュージに伝わる。

「と、言うわけだ。行くか?ミュリエル。」
「当然でしょ!せっかくの初夜を邪魔された恨み、百万倍にして返してあげるわ!」
「お〜こわ。」

いつもの旅の服に着替えた二人は、ヴァルザスに乗って月明かりの中、国境に向かって飛び立つ。夜空にヴァルザスの雄叫びを響かせながら。
それはミュージの心の叫びを代弁しているように聞こえたと言う。
またある人は、二人への本当のウェディング・ベルにも聞こえたとも伝えられた。

”若き自由人”
彼の歩みは何人たりとも止めることは許されない。
今日もまた、彼は走る。
自由を愛するものの為に、
”若き自由人”を愛するものの為に。
いつか父を超える日を夢見て、
大陸に真の自由を掴むその日まで。
信じる友たち、愛するものと共に、
彼は伝説を描き続ける・・・

                                                      音霊使いミュージ・完

(作者あとがき)
ふ〜、やっと書き終わりました〜〜!
皆さん。如何だったでしょうか?
思ったより長編となってしまいました。
自分としては本当はもっと各キャラを立たせたいところだったんですが、いかんせん力不足で・・・(詫び詫び)
某魔法戦士○○○とかのノリで、各キャラとの絡みが見たいとかのご要望があれば、掲示板とか、メールを私宛
送っていただければ幸いです。
(実はまだまだ明かされていない設定とかもあったりもします。リクエストをいっぱい書こう!)

そして、重大発表!今回の”音霊使いミュージ”は、一応、”青春編”の最終回と言う位置付けでして、
本来は”誕生編””少年編””青春編””皇太子編””即位編”という5部作と言う構想なのです。今回は一部、
”誕生編”と”少年編”、そして”青春編の一部”を盛り込んだ形となりました。
簡単に内容をば紹介しますと・・・・
”誕生編”・・・ミュージが生まれる前のバレルとメリルの出会い、冒険〜ミュージ誕生までの物語。
”少年編”・・・ミュージが生まれ、継承権認証の儀式までの物語。
”青春編”・・・ミュージが継承権を得て、友らとの出会い〜結婚までの物語。
”皇太子編”・・・皇太子としてのミュージ〜ファーランド国王即位までの物語。
”即位編”・・・国王になったミュージの物語。

とまあ、そんな感じです。(ひょっとしたら、すごい長編になるかも。)

それではみなさん、またおあい・・・おっと、他の作品でお会いしましょう。
それでわ。