当たりは暗く、光りが差すことはほとんどないのだろう。
 幽かに瞬くのは手の形をした燭台に据えられた蝋燭だけだ。
 怪しい光が、あちこち無気味な影を落としている。
 その薄暗い居間に通され、ガルマは落ち着きがなくなっていた。
 冷たい空気がまるで肌にからみついてなかなか離れようとしない。人を不愉快にする雰囲気がそこかしこから感じられた。
 自分は場違いなところにいる、ガルマはそう思った。
 だが、この世界に身を投じてからというもの、明るいところが極端に嫌いになったことを自らは知る由もない。
 それだけ、この世界に染まっていることに自覚することすらなかったのだ。

「で、まだ見つからぬと言うのか?」
 その声は当たりの冷たい空気が充満する空間にまけじと劣らぬ冷気を帯びて、ガルマを心の底から凍えさす力を持っていた。
「はっ、全力を尽くして探索に邁進しておりますが、結果はまだほど遠いところかと」
 感情を交えず、ガルマは事実だけを淡々と語った。
 声の主は祭壇の奥の仕切りに隠れてその素顔を見ることは出来ない。側近中の側近すら、まともにその素顔を見た者はいないという話だ。誰なのか、その素性は一切表に漏れることなく、ただ、その力は魔族の中でも数本の指に入る程、絶対的な権力を持っていた。

「力を増した人間どもをこのままにしておいては、我が魔族とて安泰ではない。それが為にも早く探さなければならんのだ」
 古代魔法が発掘されてからというのも日増しに巨大な力を貯えて行く人間界に、魔族とて言い知れぬ不安を抱いていた。
「数千年の長きに渡ってその存在は知られているが、未だかつてその存在を確認したものは誰一人としておらぬ。が、確かにそれは存在する」
「魔王はすでにこの世にいないのではと言う者もおりますが」
 ガルマは常日頃から疑念に思っていることを口にした。
「魔族の中でも、魔王の復活を喜ばぬ輩がいることは知っておる。が、その者たちとて、魔王の存在を確認すればその考えも変わるだろう」
 魔族とて、決してその結束は一枚岩ではない。裏切り、謀略、殺戮が魔族の中でも蔓延している。誰が誰の命で動いていいるのか、そして誰が敵か味方なのか、その者たちとて分からない。それが為、魔王の存在にそのすべてを託すしかないのだ。バラバラな指揮系統を一本化するだけでもそれは途方もない力を発揮する。
「人間界が力をつけだした今だからこそ、早く魔王を復活させねばならんのだ」
「御意」
 ガルマは静かにうなずくしかなかった。
「ところでガルマ、あの者はどうしておる」
「あの者とは?」
「隠さなくともよい。そなたが、復讐の道具として使った龍種族だ」
 ガルマは、一瞬身を凍らせた。この男はどこまで知っているのだろう。あの龍種族を使ったことなど、ごく限られた者しか知らないはずだ。
「何もとがめている訳ではない。そなたはいい具合で奴を使ってくれた。すべては私の思惑通りにことが運んでいる」
「思惑通り?」
 ガルマはその声の調子でその真意を知ることに必死になっていた。
「龍種族の長老どもは恐れておる。ラ・ファイエルを」

 ラ・ファイエル。龍種族最強最大の戦士。その力は途方もない破壊力を秘め、亜人種の中で唯一、魔族と同等に戦える戦闘能力を有する戦士。

「巨大な力がうえ、民衆は彼に憧れ、尊敬の念すら持っている。長老どもは、日増しに民衆の支持を集めているそんなラ・ファイエルが疎ましく、自分達の存在を危うくるのではないかと日々恐れ戦いている。今回の件はそんな臆病な長老達にとって格好の口実となった。ラ・ファイエル追放のな」
「追放?」
  あの龍戦士が何故追放されるのか、ガルマには理解できなかった。
「そなたにあの者を復讐の道具としてただ与えたわけではない。長老どもは我が魔族との密約として、
ラ・ファイエルの弟を我が魔族に差し出した。そなたが操っているあいつをな。
 最強の力があるからとて、その心は分厚い装甲で守られている訳ではない。ラ・ファイエルにとって、力が巨大なほど、その心は脆く崩れやすい。唯一の身内の処刑は奴には荷が重すぎた。奴にとって、それが最大の弱点となった。 長老どももそれを知っていて奴に討伐の命を下したのだろう。すべては計算済みだ」

 すべては魔族と龍種族との密約によってしくまれた罠だったのだ。
 自分は謀略の道具として動いていた事実にガルマは、いいしれぬ衝撃を受けていた。
 長老の命に背いたラ・ファイエルは、裏切り者の烙印を押され、刺客に追われ、行くところもなく、帰るところもない。ただ目的なく彷徨い歩く流浪の民としてどこかで朽ち果てる運命でしかない。

「我が魔族とて、ラ・ファイエルがこのまま流浪の旅を続けてもらう方がなにかと都合がよい。龍種族を滅ぼすには奴が邪魔だからな。自分の身が可愛いが為、最強の戦士を追放した長老どもは、この先、奴を無くした意味の大きさを思い知ることとなるだろう」

 無気味な含み笑いが当たり一面に轟き渡る。一気に室内の冷気が下がったようにガルマは感じた。   すべてはなるがままになっていたのだ。自分が幼少の頃の出来事もあるいはその歯車の一つだったのかも知れないとガルマは思った。そう思う自分をガルマは恐れ、その考えを思考の隅に追いやった。でないとあまりにもの自分の人生が誰かに操られていることへの不安と憤りが込み上げてガルマを苦しめるだけだった。