当たり一面恐ろしいくらいの静寂が支配している。
 先ほどの阿鼻叫喚の叫びや、炎が造り出す嵐の音などは、遠い世界のどこかで 起きていたかのようにここは別世界の静寂が漂っている。

  先ほどの修羅場からそう遠くない森。
  一人の男が抱えた少女を乱暴に草むらに放り投げる。
  少女はそんな乱暴な扱いをされたことなど知ることもなく、深い眠りに入っている。
  気絶しているのだ。 あんな恐ろしい眼にあったのだ。正気を失わないだけマシなのかも知れない。
「これから先、お前ひとりで生きな」
  男は少女に向かって囁くように言う。
「このまま野足れ死ぬのか、生き延びるかはお前の運と生きる意志次第だ」
  男はそう言って、その場から立ち去ろうとする。

  その時、何かが動いた。男はその尖った耳をそちらにむけ、次に起きることを予測することに
全神経を傾ける。
  森の間隙を縫って、高思念波が襲って来た! 気付かなければもろにその思念波にまきこまれて、
木っ端みじんになっていただろう。 当たりに結界をはっていたため、かろうじてその当たりは被害から
逃れた。
「ガルマか」
 男はその思念波が来た方向に叫んだ。
何故、邪魔をした
 声は森全体に響き渡り、声の主の居場所を隠している。
「邪魔したのではない。お前の為にしたことだ」
「どういうことだ」
 男の返事が意外だったのだろう。声の主は一瞬戸惑いを見せた。
 この男は人の為には決して動かない。 動く時は自分の為だけなのだ。少女を助けたのも何か意味が
ある。 そう思っている声の主にとっては 男が言った言葉はそれほど意外なものだったのだ。

「いいか、よく聞け。龍戦士の国から刺客が送り込まれた。お前が操っているあいつの国からな。
奴を使ったが為、亜人種と魔族とのバランスが崩れた。これからは亜人種も我らが敵となるだろう」
そんなことは私には関係はない。大人しくその子供を渡せ
「一角種族はこのまま放っておいても、いずれ滅ぶ運命だ。わざわざ我々が手を出すまでもない。
何故、それが分からない」
「我が手でやらねば意味がない」
「亜人種をこの戦いに巻き込めば、我ら魔族の勝算はないぞ。」
「亜人種など、恐れる程のものではない。我らには魔王がいる」
「魔王伝説か・・・・ 我が魔族に古から伝わるそんな意味のない伝説をお前は本気で信じているのか」
「魔族の者なら誰ひとりして信じて疑う者などいない」
「嘘つけ。魔王の復活を阻止する輩もいるって話しだぜ。今さら訳のわからん魔王とか言うのが
のこのこ 出て来て困る奴は一杯いるさ」
「お前はどうなのか?」
「そんな訳のわからん者より、俺様の方が力があるのは明白だ。比べるにも値しないさ。
なんなら、お前が信じているその魔王ってやつを俺様が滅ぼしてやってもいいんだぜ」
 そう言って男はニヤリと笑ってみせた。
「戯けたことをいう者の相手をする暇はない。大人しくその子供を渡せ」
「このガキを見て、ガルマ、何か思い出さないか」
 男は声の調子を落として、姿を見せぬ声の主に向かって静かに言う。
「・・・・・」
  男が何を言わんとしているのか、声の主にはわかっていた。
「このガキは昔のお前だ。戦乱の中、泣き叫びながら助けを求めていたお前の姿だ。
もう一度あの 悲劇を自ら起こすのか」
「一角種族は誰一人として生かしてはおけん」
「個人的な恨みでこの世界のバランスを崩すのか。それほどまでにして遂げようとする理由はなんだ」 「お前には関係ない。」
  声の主はかたくなな態度をかえようとしない。
  男はため息を尽き、このままではどちらも引っ込みがつかないことに苛立っていた。
「仕方がない。このままでは引っ込みがつかんらしいな」
  そう男は言うと、気絶している少女を掴み、無造作に崖下へと放り投げた。
  少女は崖下へ吸い込まれるかのように落ちて行く。
何をする!
男がとった行動は予想外だったらしく、声の主は驚きの声をあげる。
「見ての通りだ。これで一角種族は滅んだ。お前の願いどおりにな。
ま、自分で始末出来なかったのは残念だったろうがな」
 男はニヤリと笑ってみせた。女の反応を面白がっているようだ。
「なら何故、子供を助けた」
「お前の真意を知るために使ったまでだ。一角種族が滅ぼうと俺には痛くも痒くもない。
それよりガルマ、気をつけるんだな。龍戦士たちは何より名誉を重んじる種族だ。自らの命よりも名誉が大切な種族だ。今回の件でそうとう名誉が傷ついている。やってくる刺客は最強の戦士だぞ」
「・・・・」
「せいぜい気をつけるんだな。」
 男は笑いながらそう言って、兀然と闇の中に消えた。

  静かになった森に、声の主が姿を現した。
  妖艶な美貌の持ち主だ。魔族きっての美貌の持ち主だがその心は氷のように冷たい。
「復讐...か」
  女は独り言のように呟いた。
  先ほどの強気な態度とは打って変わって、今は不安と焦りの感情がその美貌の顔を覆っていた。
「いざとなったら、空しいものだな」
  そう言う女は崖下を見下ろしてした。
「お前もそう思うだろ?」
  女が視線を向けたところに傷付いた異形な者がいた。
  その分厚い装甲を破って内臓が飛び出ている。
  今回の戦闘でかなりの痛手を被ったらしい。が、ほとんどが 腐りかかって腐臭を放っている。
 腐りかけた内臓は今回の戦闘でそうなったのではないことは明白だ。 眼窩から飛び出ている眼は
鈍く光り、そこからは精気が感じられない。 異形な者はとうの昔に命の炎を消されていた。
 生きる亡骸となって、一角種族の村を襲っていたのだ。

  ル・シェール・ガルマ。 人の魂を抜き、思うがままに操る妖術の持ち主。
  そのため、死霊の女王として魔族でも恐れられている存在だ。
  そんなガルマを、その腐りかかった眼で異形な者は見ていた。