薄暗い無気味な雰囲気が漂うその建物に、ガルマは祈りを捧げにやって来ていた。
精神を統一するには静かで誰にも邪魔をされないこの場所がガルマのお気に入りだ。
何を祈るのか、漠然と決まっているわけではない。祈ることで精神が落ち着くのだ。
祈る対象は何もない。
魔族の中には魔王崇拝者がかなりいる。が、ガルマは魔王などどうでもいいと思っていた。
そんないるかいないかも分からない不確かな者にすがって何になるのだ。
そういう意味ではガルマは現実的だった。
が、しかし、それは決して表に出せぬ感情であった。誰にも心の底を覗かせてはいけない。それは即、死につながることをガルマは知っていた。
「女が祈りを捧げている姿はなかなかいいもんだ」
静かな場所に男の声が響き渡る。
「尊厳たる雰囲気がある」
男はニヤけた顔をして言った。
「誰に祈ってるのかが問題だがな」
「何しに来た?」
ガルマは鋭い一瞥を男に向けた。
「そんなおっかない顔をするなよ。こっちは気が小さいんだ。小便ちびったらどうする?」
「用がないのならこの場を立ち去れ」
ガルマは男を完全に無視していた。
「相変わらず、そっけないな。ま、それも仕方がないか。お前に気に入られようととっておき
の情報を持ってきたんだが、どうやらお姉様は聞く耳をお持ちではないらしい」
「どうせまた、ろくでもない話なのだろう」
「さあ、それはどうかな。きっと聞いてよかったと思うぞ。感動のあまり、俺様に感謝のキス
をするかもしれん」
「さっさと用件を言え」
男の遠回しの表現にガルマは苛立っていた。
「仕方がないな。じゃ教えてやろう。あのガキは生きていた」
「?」
一瞬何のことなのかガルマにはわからなかったが、男の次の言葉で一気に興味を寄せること
になる。
「一角種族のな」
「それは本当か!」
そんな訳はない。てっきりあの高い崖から落とされて無事なわけがないと思ったが、考えれ
ば死体を確認した訳ではない。
「間違いない。この目で見た」
「本当にあの女なのか?」
ガルマは必要に問いただす。
「一角種族は短命ながら成長が早いが、あの顔は忘れもしないさ。かなりべっぴんになってい
たぞ。現に奴も俺様の顔を覚えていた。ま、俺様のこの端正な顔を忘れる女なんてこの世には
いないがな」
「ふざけるな! で、その女は今どこにいる?」
「行ってどうする?」
ガルマはすくっと立ち上がりざま、男に妖艶な微笑みを送った。
「決まっている。過去の清算をしに行くまでさ」
この女は一角種族とどんな関係があるのだ。 必要に復讐と言っていたが、過去にどんな経
緯があるのか、男は興味を持たずにはいられなかった。
まさか・・・
「その額の傷に関係あるのか」
長い髪に隠され、普段は見ることはないが、ささいな動作や仕種でそれを見て取ることがで
きる。かなり深い傷だ。
「お前には関係ない。余計な詮索はするな」
ガルマは額に隠された傷を意識してか、鋭い視線を男に送った。
「ま、いい。過去に一角種族とどんな経緯があったが知らないが、そう簡単には行かないぞ」
「どういうことだ?」
ガルマは男の含みのある口調に機敏に反応した。
「あの女はひとりじゃないぜ。若いのにもう男を連れこんでいやがった」
部屋を出ようとしたガルマの足が止まる。
「?」
「聞いて驚くな。あのガキの側にはラ・ファイエルがいる」
思い掛けない取り合わせであった。龍種族に一族を滅ぼされた女が、その敵の龍種族と一緒
にいるとは。
しかもあの長老たちの陰謀にはまったラ・ファイエルと。
「なぜ、龍戦士が?」
「そんなこと俺が知るもんか。おかげでとんだ目に会ったぜ」
もう少しであの龍戦士に止めをさせるところを、あのガキの為に邪魔されたことを男は、苦
々しく思っていた。
「龍戦士が邪魔をするようなら、奴も一緒に葬ってやるだけのこと」
簡単に龍戦士を始末出来ると思っているガルマはよほど自信があるらしい。
「龍戦士の始末は俺がする。お前は手を出すな。だが今じゃねえ。いずれ決着を付ける」
「それまであの龍戦士が生きていればな」
ガルマはそう言って、声高らかに笑い部屋を出ていった。
部屋に残った男は不適な笑みをその精悍な顔に滲ませていた。
*
月夜の幽玄な月明かりに照らされ、ラ・ファイエルは佇んでいた。まるで月に何かを祈って
いるかのようにその姿は孤高の戦士を思わせる。
マナは話し掛けるのもはばかれるくらいに、 龍戦士は他を寄せつかせない雰囲気を全身か
ら発散させていた。
何をそんなに悩んでいるの?
マナは龍戦士が抱えている問題を知りたいと思った。
が、龍戦士は頑として話さないだろう。
思いを内に秘め、決して重い口を開くことはない。その哀しみはやがて、龍戦士自体押しつ
ぶすことだろう。
マナは何かを言おうと龍戦士に元に行く。
「邪魔?」
マナはそっと腫れ物に触るように龍戦士に声をかけた。
「なぜ、亜人種は短命なのか」
龍戦士は唐突に疑問を口にした。
「なぜ、種の継続が困難なほど数が少ないのか。そう思ったことはないか?」
龍戦士のその問いにマナは、一瞬戸惑いを覚えた。
生まれながらにして、亜人種は短命を運命つけられている。マナはそのことに、一度たりと
も疑問に思ったことはなかった。
生まれ、そして死んで行く。それが他の種族より早いだけだ。だから精一杯生を謳歌する。
悔いの残らないように。そうマナは小さい時から言い聞かされて来た。その考えは空気のよう
に別段意識することなくマナにとってはごくごく自然なことなのだ。
「一説には魔王の呪いがかかっているとの話だ。」
答えに詰まっているマナに、龍戦士はさらに話し続けた。
「亜人種は魔族より力を有する為、数が増えないように呪いをかけその数を制限した」
いつになく龍戦士は饒舌になっていた。
「それが本当なのか、知らないか?」
「私たち一角種族は、生まれながらにして、そういうものだと教えられたわ。他の種族より短
命だけど、死んでもその魂は永遠に生き続け、また新しい生を授かる。夜寝て、朝起きるよう
に、死はそのためのしばしの休息で、目覚めたら新しい一日がまた始まる」
「死んだらすべては失われる。親しい者や愛する者との永遠の別れが訪れる。それが恐いから
みんな死を恐れるのだ」
「それは違うわ。たとえこの肉体が滅んでも、この気持ち、この魂は永遠だわ。愛する者との
別れがあったとしても、また出会うことができる」
「我らには受け入れられない考えだ」
戦士として生まれ、殺戮に明け暮れている龍種族にとって、死はもっと現実的なものだった。
たえず死と隣り合わせの極限に生きている彼には、マナの言葉は甘い感傷にしか思われなかった。
「そのうち分かるわ。死がすべてではないことを」
そのマナの言葉は意味深な言葉になって、後の龍戦士の記憶に永遠に刻まれ、けっして忘れら
れない言葉となった。
マナが何かを言おうとした時、龍戦士はその口を塞いだ。
「静かに!」
何かを感じたのか、龍戦士は耳を澄まし、物音一つ聞き逃さないように全意識を集中していた。
何かが近付いて来る。
今となってはマナにもその雰囲気が感じ取れる。何か邪悪なものが近付いて来る。
龍戦士はマナをかばうように、後ろに下がれと手で合図する。
恐ろしいが、龍戦士が側にいてくれる事実にマナは勇気づけられていた。
絶対の信頼感を龍戦士に寄せていた。
頂きの峰にそってそれはやって来た。
破滅へと導く死の使いだ。
