邪悪な雰囲気を漂わせて、それはやって来た。
 妖艶な美貌の持ち主だが、その心は復讐心で一杯に満たされていた。

「私の側から離れるな」
 龍戦士はマナにそう言うと、ただならぬ雰囲気に身構えた 。
 龍戦士の後ろ姿がマナには頼もしく思える。
 もう風の音や物音などに怯える必要はない。私には彼がいる。最強の戦士でありながら、それでいて無骨だが優しい面も持ち合わせている。そんな龍戦士にマナは好意と言うよりもっと深い感情を寄せていた。

「何者だ!」
 龍戦士はやってくる無気味な雰囲気を漂わせる女に向かって声をかけた。
「我が名は、ル・シェール・ガルマ」
 ガルマは表情一つ変えず、龍戦士の問いに答える。
「何しに来た?」
「その女を渡してもらおう」
 マナは龍戦士の後ろに身を隠しているが、その震えが龍戦士にも伝わって来る。
「何ゆえ」
「貴様には関係ないことだ」
「訳がわからぬ以上、その申し出には応じられん」
「その訳を俺様が言ってやろう」

 忽然、男が現れた。今のいままでどこにいたのか、その雰囲気を龍戦士は感じとれなかった。
「その女の正体は一角種族の生き残りさ」
 それはマナにとって衝撃の事実であった。
 うそ、そんなはずはないわ!
 思わぬ事実にマナの心がかな切り声を発している。
「そうだろう、ガルマ」
 男はガルマに視線をかえた。
「なぜ、それを?」
 男に正体を暴かれた事実に、ガルマは腑に落ちないでいた。
「お前のその額の傷だ。おおかた一角種族を特徴付けている角を折った痕だろう」
 ガルマは反射的に額に手をやる。
「お前が一角種族を滅ぼすのに躍起になっているのは、お前が語ろうとしないその生い立ちに関係があるのだろう」
「そうさ、お前の言う通り私には一角種族の血が流れている」
 ガルマは忌々し気にその事実を認めた。
 その事実にマナは納得がいかなかった。
 私が捜していたのは、たった一人の生き残りはこの人なの?


「なぜ、なぜ同じ種族なのに。同じ仲間なのに」
 マナは同じ一角種族の女に向かって言った。

「仲間などではない!」
 ガルマの表情が一変した。
「仲間なら、仲間と思っていたなら、何故、私と母を追放した!」
 マナには初耳だった。そんなことがあっただなんて。
「それは何かの間違いよ。一角種族がそんなことする訳はないわ!」
「お前が何を知っているというのだ。私の母は魔族に犯され、私を身ごもった。それに気付いた村人達は魔族と姦通した母や、その子である私を決して許しはしなかった。村に災いをもたらす不浄な者として母と私は村を追い出され、厳戒の荒野をさまよった。 種族から追い出された者がどうなるのか。お前は知っているのか!」
 ガルマの怒りが頂点に達した。
「それはみじめなものさ。どの種族も魔族との関わりがある我ら母子を石持て追い立て、行く先々で中傷と迫害に会った。そんな我らが行く着く果ては食べ物さえろくにない人外魔境。この世の修羅場さ。凍てついた荒野の大地は容赦なく我ら母子を苛み続けた」


 マナにとってその話は信じられないことだった。
 平穏で大人しい一角種族にとって、仲間とは家族でもあり、その結束の堅さで、他から身を守っていたのだ。それは弱い者同士身を寄せあっている姿でもある。そうしないと力を持たない一角種族は生きながえることは出来ないと知っていた。
 
だから仲間を何より大切にする。親を亡くした子供は村人全員で育て、その逆に子供を亡くした親には限り無い優しさで接する。それほど仲間は大切なのだ。
 そんな一角種族がそんなことをするはずはない。
 マナはそう信じて疑おうとはしなかった。


「か弱い母にとって厳戒の荒野は無情にも母から体力と生きる希望すら奪ってしまった。力尽きた母は、私に言った。『お前は力を付け、いつかかならず、この母の無念を晴らしてくれ』と。
 やがて母は生き絶え、私は生きる為に、復讐をする為に、泣きながら母の肉を食らったのだ!」
 ガルマの目に光るものがあった。
「お前にわかるか! この世の地獄が!」
 マナは信じられない思いでその話を聞いていた。あまりにも悲惨なその話はマナに少なからずの衝撃を与え、出る言葉すらなかった。


「やがて私は、魔族にもぐりこみ、あらゆる手段を使ってここまで伸し上がって来た。ただひとつ、母や私を追放した一角種族に復讐するこいとを夢見て」
「彼女には関係ないことだ」
 龍戦士が話に割って入った。
「一角種族である以上、その罪は同罪だ。一角種族はだれひとり生かしておくことはできぬ」
 ガルマは容赦しない。復讐に捕われたその心はかたくなになっていた。
「一角種族を滅ぼすことが復讐なら、お前はどうなのだ?」
 ガルマは龍戦士が何を言わんとしているのか理解できなかった。
「お前とて一角種族ではないのか。たとえその血が半分でもそれに変わりはない。一角種族を滅ぼした後、一角種族であるお前はどうする?」
「それは・・・」
 ガルマのその論理は自己矛盾を抱えている。 同じ一角種族である以上、自分の存在さえ許されなくなる。それは自己否定の他でもない。それはガルマ自体気付いていないことだった。
 思わぬ反撃を食らって、ガルマは返す言葉をもたなかった。
「自己さえ否定するそんな復讐にどんな意味がある。そう思わぬか」
 龍戦士はガルマの矛盾点を追求する。
「今の私は一角種族などではない。れっきとした魔族だ。一角種族の私は、この角を折った時、 永遠に葬り去った」
 ガルマは額に手をやる。
 その時の強烈な苦痛が蘇る。へたをすれば命を落とす可能性すらあった。だが、魔族の中に入り込むには一角種族の証である角を折る必要があった。そして、母や自分を見捨てた一角種族への復讐を誓うための儀式でもあった。復讐を果たすまでその苦痛は絶対忘れてはならないのだ。

「どうしても復讐を果たすのか」
 ガルマのかたくなな心は変わりはしない。
 龍戦士は説得は無理だと判断した。
「たとえこの身が滅ぼうとも一角種族は生かしておけん!」
「なら、私が相手をする」
「龍種族の戦士であるお前が何故、その女のかたを持つ?」
「約束したのだ。守ってやると。戦士は約束は守る」
「それが命取りになってもか」
「それはどうかな」
 二人の間にいい知れぬ緊張感が渦巻いていた。
 マナは恐怖と龍戦士への信頼感とが複雑に入り交じった感情に支配されていた。
 彼は私の為に、戦おうとしている。相手は魔族。しかもあの男もいる。
 一瞬、龍戦士の身が心配になる。

「なら、死ね」
 ガルマは素早い動きで龍戦士に攻撃を仕掛けた。
 鋭い衝撃波が龍戦士を襲う。
 龍戦士は素早くマナをその大きな体で守り、その衝撃波に耐えた。
 目がくらむほどの衝撃波が襲って来て、マナの恐怖心は頂点に達した。
 大丈夫、彼がいる。彼が守ってくれる。
 マナは呪文のようにそう何度も唱えた。
 龍戦士は素早く反撃を試みる。手に持っていた大きな斧をガルマ目指し放り投げた。
 ガルマはそれを巧妙にかわし、第二波を送って来る。
 またしても龍戦士にまともにそれは当たった。大きな体が衝撃波でぐらつく。
 マナを守っている以上、そんなに大きな動きは出来ない。

「どうした? その女にかまかけていて、手も足も出ないのか」
 龍戦士は黙っている。
 魔族のあの男も黙ってことの成りゆきを見ている。戦いに参加する意志がないようだ。
「なら、一緒に死ぬがよい!」
 とその時、ガルマの背後から大きな音を立て、何かが飛んできた。
 先ほど避けた龍戦士が放った斧だった。
 まるで龍戦士の意志が宿ったかのように、それは複雑な動きをしてガルマを襲った。
 虚をつかれたガルマはそれを避けるのに精いっぱいだった。とっさに避けたため、大きくバランスを崩した。
 その隙を龍戦士は見逃さなかった。

 戻ってくる斧を掴み、大きな咆哮を上げ、ガルマ目掛け放つ。
 斧がガルマを捕らえようとした時、何か大きなものがガルマと龍戦士の間に現れ、その斧を叩き落とした。
「?」
 一体何が起きたのか龍戦士にも理解が出来なかった。
 その大きな物体は静かに立ち上がり、龍戦士をにらみ付ける。
「!」
 龍戦士ラ・ファイエルはそれを見て、運命の神を呪った。
「あれは・・?」
 マナは突然現れたその者を見て、驚愕の声を上げる。
 間違いない!  自分の村を襲った龍戦士だ。両親を殺し、仲間も殺したあの龍戦士!