小さい時の記憶が蘇る。幸せだった頃の夢?
 それは違う、夢の主人公は自分ではない。
 見たこともない異種族の服を着て、髪型も見たことのない形で編まれている。
 これは私?  
 隣に誰かいる。物静かな少年。でも、意識はここにない。
 少年に話し掛けても、その言葉は空しく少年を素通りして行く。
 少年の意識はどこか遠くに封印されていた。
 誰?
 あなたは誰?
 が、自分は知っている。心の奥底にそれは気づけと声高らかに訴えかけていた。

 意識が戻って来る。
 草木で編まれた簡易ベットで身を起こしたマナは、朦朧とした意識で夢と現実の間を浮遊していた。
 自分が誰なのかもわからない。
 夢の出来事と現実が交差し、夢から脱げ出せなくなっていた。
 隣に誰かいる。とても懐かしく、それでいて切ない感情が湧いてくる。いかつい体をしているが、その心は少年のピュアな心のままだ。
 姿形は変わったけどそれだけは昔と変わらない。
 が、意識が徐々に戻ると同時に夢の出来事が深い霧の彼方に遠ざかり、やがては覆い隠されてしまった。

 隣に龍戦士がいる。
 マナが目覚めるまで、ずっと身じろぎもせず、 静かにマナが目覚めるのを待っていた。
「ずっと側にいてくれたの?」
 やっと意識が戻って来たマナは龍戦士を見てそう言った。
 龍戦士は何も言わず黙ってその場に佇んでいる。
「私はマナ。マナ・ラーヤ。あなたの名前は?」
「ラ・ファイエル」
 龍戦士はぶっきらぼうに、自分の名前を言った。
「いい名前だわ」
 何故、自分はこの少女に関わっているのだろう。仇と思われ憎まれている少女に、ここまで関わる必然性などどこにもないはずなのに。
 龍戦士はそう想ったが、彼女の人生を狂わせた責任は自分にはないとは否定できないことを知っていた。
「傷は?」
「言ったでしょ。すぐに治るって」
 確かに一角種族は戦闘能力を有しない分、癒し系の魔法を使うのは知っていたが、これほどまでに絶大な力を持っていたとは。
 あれだけ重症だと思った傷は、見るから小さくなり、今となっては傷の在り処を探すのが困難なほどだ。
 前に自分が負傷した時、思ったより軽症だったのは、案外彼女のこの力に頼るところが大きかったかも知れない。
 仇だと思っている相手に、彼女はその力を使って自分を助けたのか。
 龍戦士は複雑な気分になった。
「助けてくれてありがとう」
 マナの感謝の言葉に龍戦士は何も答えることは出来なかった。
 なぜ、一度ならず二度まで彼女を助けたのだろう。
 そんな自分の行動を一番、不思議がっていたのは龍戦士自身だった。
 同情からなのか。それとも罪の意識からなのか。龍戦士には判断できなかった。

 彼女の村を襲ったのは明らかに血を分けた弟のウォロであった。
 なかなか子供が出来ない亜人種の中で唯一双児の兄弟として生まれ、共に育って来た掛け替えのない弟。
 それが魔族の手に落ちた。
 血を分けた者同士の骨肉の戦いを避けたラ・ファイエルであったが、問題はそんなところにはなかった。
 運命はこんな形でラ・ファイエルの前に現れた。
 弟の犠牲となった少女が自分の前に現れたことで、それはやがて弟との決着をつけざるを得ないことをラ・ファイエルに強く強要していた。

「あの男は魔族だったわ。村が滅んだ時、私を助けてくれたの」
 龍戦士は黙って話を聞いていた。
「でも、助けられた後のことは覚えてないの」
 その小さな頭を垂れ、マナは記憶の糸をひも解こうとしていた。
「何故、あの男は私を何処かへ連れていこうとしたのかしら?」
 魔族にとって亜人種の更にその弱小の種族の一角種族など対した価値など見出せないだろ
う。
 それとも他に何か目的があるのか。
 龍戦士とて男の行動は理解できないでいた。

「じっちゃんが死んでずっと一人でいたの」
 マナは旅に出た経緯を語りだした。
「 じっちゃんは人間だったけど、優しくしてくれた。でも、友だちはいなかった。亜人種の私を誰も相手にしてくれなかった。化け物と言われて石持て追われた。唯一パンサだけが友だちだった」
 込み上げて来る感情をマナは必死に押さえている。
 龍戦士は黙って聞いていた。
「じっちゃんが死んだ時、一角種族に生き残りがいると聞いたわ。いずれ滅ぶ運命だったかも知れないけど、望みがあるなら探そうと思って旅に出たの」
「生き残り?」
 自分が人聞きで聞いた生き残りは彼女ではないのか。他にまだいるというのか?  
 龍戦士は辻褄が会わない話に何か引っ掛かるものを感じた。
「その生き残りはどこにいる?」
「わからない」
 当てのない旅か。それは自分も一緒だと龍戦士は思った。
 いや、まだ彼女の方が探すべき相手がいるだけまだいいのかも知れない。自分は当てのない旅を続け、行くところもなければ帰るところもない。命が尽きるまで旅を続けるしかないの
だ。
 そんな自分に龍戦士は自嘲の笑みを浮かべた。
「ラ・ファイエル。何故、同じ仲間に追われているの?」
 少女は疑問に思っていることを口にした。
 この少女に本当のことを言ってもどうなるものでもない。このまま自分が仇だと想わせておけばいい。それですべてうまく行くなら。
「そなたには関係ないことだ」
 己への干渉を凛として拒む龍戦士のその言葉に、マナは一抹の孤独感を覚えた。
 錯角なのか。幾度なく自分の危機を救ってくれた龍戦士にマナには少なからずの信頼感が芽生えていた。
 自分の両親の仇だと思うことで、やり場のない怒りをぶつけてみたものの、その怒りを向けるべき対象が、自分の思っている対象でなかったとわかった時、その感情は治まるべき場所を無くし、中途半端にマナの心をゆさぶるだけだった。
 彼は少なくとも自分の両親の仇。
 その仇に、信頼感を抱くなんて、自分はどうかしている。
 冷たくされて当たり前なのだ。
 何を自分は期待していたのだろう。
 思わぬしっぺ返しを浴びて、マナにはそれ以上言うべき言葉がなかった。
「そう、私に関係ないことよね」
 少女の寂しい顔を見て、龍戦士は何か言おうとしたが、適当な言葉が思い浮かばない。
 気まずい沈黙がしばし流れた。
「傷も大分治りかけた。私は行く」
 気まずい沈黙をやぶって龍戦士はそう言うと、旅の続きをすべく立ち上がった。
「何処に行くの?」
 マナはすかさず聞き返す。
 冷たい返事が返ってくるかも知れないが、聞かずにはいられなかった。
「当てはない。勝手きままに旅を続けるまでだ」
 言うべき言葉を得たのか、龍戦士は何ごとも無く答えた。
「ねえ、考えたんだけど、あなたも私も当てのない旅をしているわ。一人で旅を続けるより、一緒に旅をしてお互いに助け合えることもあるわ。あなたはその力で私を守って、私はあなたが怪我をした時傷の手当てができる。ねえ、これっていい考えじゃない?」
 思いがけない提案に龍戦士は返す言葉を持たなかった。
 長い一人での旅が続いていた為か、孤独に慣れていたが、その心は絶えず空虚感に苛まれていた。
「それにあなたには私に対して責任があるわ。 私の両親を殺した責任と、私を二度に渡って助けた責任よ。今助けなければあの時見殺しにしたのと同じこと」
「それは脅迫なのか」
 龍戦士の眼光が鋭く光る。
「そうじゃないわ。お願いしてるの」
「人に願いごとする態度には見えないが」
「でないとあなたは聞いてくれないかも知れない」
 マナの必死の願いに、龍戦士は戸惑いを見せた。
 このまま一人で旅を続けるのか、彼女の援護者になって一緒に旅を続けるのか。
 当てがある旅ではない。それでいて急ぐ旅でもない。
 しかも彼女は弟の手によって両親を殺され、今なお辛い旅を続けようとしている。
 すべては自分の責任でもある。血を別けた双児の兄弟の罪の償いは一体誰が購うのか。
 しばらく沈黙が続く。
 マナの訴えかける目が、龍戦士の心を揺り動かしていた。
「仇と一緒でもいいのか。いつその寝首を掻くかも知れないのだぞ」
「だったら私を二度も助けたりしないわ」
 その言葉に何の迷いもなかった。
 痛いところを突く少女だ。自分でもわからない感情をうまく利用している。
 龍戦士はまんまと少女の奸計にはまったのを感じていた。
「いいだろう。それでそなたの気が済むのなら」
 マナの顔に歓喜の表情が広がる。
「ありがとう! 私なんでもするわ。傷の手当て以外にも、あなたの身の回りの世話だってなんでもする!」
 彼がこの提案をすんなり受け入れてくれるとは思っていなかった分、喜びは倍以上だ。力強い援護者を得て、マナは体全体を使って喜びを表現していた。
「いいか、その変わり私の邪魔をするな。私に必要以上干渉するな。それが条件だ。それが嫌なら捨て行くぞ」
 龍戦士は浮かれるマナに釘を差すのを忘れなかった。
「約束する。だからあなたも私を守って!」

 契約が交わされた。
 その契約が数千年の長きに渡って大きな意味を持つものだと、この時のふたりには想像すら出来なかった。
 ふたつの運命はこうして交わった。

 空にはふたりの行く末を暗示するかのように、重い暗雲がたれ込めていた。