「何をそんなに驚いている? 久々の兄弟の再会ではないか」
 龍戦士とガルマの間に割って入ったのまぎれもなく龍戦士の弟のウォロであった。
 運命の神は兄弟の骨肉の争いを強いるのか。
 ラ・ファイエルは運命の神を呪った。
「兄弟?」
 ガルマのその言葉に、マナは龍戦士をあおぎ見る。
「・・・・」
 ラ・ファイエルは何も言わない。
「お前は一緒にいて何も知らぬのか。そいつはその龍戦士の双子の弟だ。そしてお前の種族を滅ぼしたのもそいつだ」
「なぜ、それを言ってくれなかったの? あれは私ではなく弟がやったことだって?」
 マナは何も言わぬラ・ファイエルに向かって言った。
 龍戦士は何も答えない。
「本当のことを言ってくれれば、私、あなたをあんなに恨むこともなかったのに」
「それは違う。私でなかっても、お前はきっと私を恨んでいただろう。それが唯一、生きるための支えにもなったはずだ」
 それは真実なのかも知れない。確かに本当のことを知っても、私は同じ種族の彼を恨んでいただろ
う。でも、今は違う。あの時の私とは違う。

「懐かしい兄弟の再会はここまでだ」
 ガルマがウォロに合図を送る。
 世にも恐ろしい咆哮を上げ、ウォロはラ・ファイエルに襲いかかる。
 なんとかその攻撃を避けたラ・ファイエルは、 弟の龍戦士に向け叫ぶ。
「ウォロ! よく聞け」
 ラ・ファイエルはウォロに話かけた。
「なぜ、魔族に加担しているか知らぬが、我ら龍種族には戦士の誇りがある。お前はそれさえ捨てたのか?」
 龍戦士のその言葉にウォロは何の反応もはしめさなかった。
 おかしい。何かが違う。
 ラ・ファイエルはウォロの様子がおかしいのに気が付いた。
「どうした、ウォロ!」
 ラ・ファイエルの言葉を無視してウォロは、その大きな体に似合わぬスピードでラ・ファイエルに再び攻撃を仕掛けて来た。
「よせ、ウォロ!」
 ラ・ファイエルの静止の言葉も聞かず、ウォロは攻撃は続く。
 よく見るとその顔や体はボロボロになっていた。全身から嫌な臭気を発散している。
 一体何が?
 ウォロの絶えまない攻撃を避け続けながらラ・ファイエルは弟の身に何が起きたのか考えを巡らせていた。

「いくら呼び掛けても無駄だ。もうそやつはお前の弟のウォロでも何でもない。私の命令しか聞かぬ傀儡となったのだ」
「バカな。弟は魔族と手を結ぶ訳がない。まして奴隷など」
「教えてやろう。お前の弟は龍種族の長老の罠にかかり、魔族に売られたのだ。すべてはお前を追放する為の魔族と長老たちの陰謀だ」
 ラ・ファイエルに衝撃は走った。
 弟のウォロは私の犠牲になったのか!
「何故?」
 ラ・ファイエルは信じられない思いでその問いをガルマにぶつけた。
「長老達はお前を煙たがっていた。力が巨大な為、民衆はお前に心頭し帰依するのを恐れた。
 それが権力者である長老達にとって恐怖であり、邪魔なものでもあった」
「バカな、私には国を治める野心などない」
「お前にその気があろうとなかろうとそれは関係ない。長老達にとってお前は自分たちの存在を脅かす邪魔者でしかないのだ」
 そんなことで弟は犠牲になったのか。
 やるせない思いでラ・ファイエルは、弟の攻撃を避け続けていたが、もうこれ以上、避けられないまで追い詰められていた。
 弟の身を気づかってラ・ファイエルは力を出せずにいた。このままではさすがの彼でも危ない。
「お遊びはここまでだ。ウォロよ、とどめをさせ!」
 ウォロの渾身の一撃がラ・ファイエルを襲う。
「許せ、ウォロ」
 ラ・ファイエルはそう言うとウォロの攻撃を避け、反撃に出た。
 大きな衝撃音が轟き、ウォロの体が後方に飛ばされる。
 そこらにある樹木をなぎ倒し、ウォロの体は宙を舞った。
 倒れたウォロは身動き一つしない。
 致命的な一撃ではなかったはずだ。
 なかなか起き上がらないウォロにラ・ファイエルは逆に心配になった。
「何をのんびりしている。お前の力はそれほどのものなのか」
 ガルマの叱責がウォロに飛ぶ。
 ウォロの体が動いた。が、しかしその動きはどこかぎこちなくラ・ファイエルには見えた。 まるで死人が起き上がるように、どこか空虚だ。

 起き上がったウォロの形相が変わっていた。 体も変化している。
 ぼろぼろになった装甲が音を立て、崩れ落ちて行く。
 それを見てラ・ファイエルは叫んだ。
「よせ、ウォロ! それをやるともうお前は二度と元にもどれないぞ!」
 ウォロの体に変化が生じた。
 みるみるうちに体が倍以上に膨れ上がり、手には鋭い掻き爪が伸び、逞しい尾が空を鋭く切る。
 龍への完全変態だった。
 龍種族の血の呪いだ。
 龍への完全変態をした者は知性はどこかへ消え、生存本能と攻撃本能しか生じない。
 龍種族にとってはそれは太古への回帰しかない。もっとも避けなければならないものだった。
 一度変態した者はもう二度と元に戻ることはない。
 その意識は原始の海に漂いやがて消えて行き、自分が誰すらわからなくなる。
 行き着く果ては、完全なる死でしかない。
 無理な変態がため、その変化に体はそう長くは持たないとされている。
 元に戻るどころか、生き長らえることも希有とされている。
 ウォロは最後の手段として、それをやった。
 ラ・ファイエルはどうすることも出来ない感情に揺さぶられていた。
 完全に龍に変態した弟がラ・ファイエルを襲った。
 今は体も力も倍以上になっている。へたに攻撃を浴びると、さすがのラ・ファイエルでもただではすまない。

「さ、ラ・ファイエル、どうする? 可愛い弟の手にかかって死ぬのか、それとも血を別けた弟をその手で葬るのか、私はどちらでもいいぞ。どっちにしろお前たちに待っているのは死でしかないのだからな」
 勝ち誇ったガルマの笑いが木霊する。
 先ほどからことの成りゆきを黙って見ていた男は、何か面白くない表情だ。
 ガルマは何を考えている。龍種族を戦いに巻き込み、このままただですむ訳がない。
 が、男はガルマの出方をただ黙って見ていた。
 ウォロの攻撃が続く。なんとかかわしきっているラ・ファイエルだったが、それもそう長くは続かないだろう。
 決断するときが迫って来ていた。
 と、その時、ウォロの様子が一変した。突然、頭を抱え込み、苦し気にもがき苦しんでいる。 苦悶のうなり声が、その大きな龍の体から絞り出されていた。
 一体何が?
 そこら中にあるあらゆる物をなぎ倒し、ウォロはもがき、苦し気な咆哮をあげる。
 急激な龍への変態がウォロの体に変調を来していたのだ。
「何をしている。さっさとそやつを始末せよ!」
 ガルマの叱責がウォロに容赦なく飛ぶ。
 ウォロは、もがき苦しみながら、ガルマの元へと手を延ばす。
「?」
 ガルマが怪訝に思っているところを、ウォロの強烈な一撃が襲う。
「狂ったか!」
 間一髪、ガルマはウォロの攻撃を避けた。
 ウォロにはもはや敵や味方の区別を理解する理性も残っていなかった。
 残っているのは生存本能と攻撃本能だけだ。
 ウォロのみさかいのない攻撃に、ガルマは、このままウォロを傀儡として使うのを断念せざおえなかった。

「この死に損ないめ! もう一度その魂を紅蓮の炎で焼かれるがよい!」
 ガルマの攻撃がウォロを襲った。
 衝撃波がぼろぼろになったウォロの体を焼きつくす。
 絶叫がウォロの口から迸る。
 もだえ苦しみながらその場に倒れ付す。
 さらなるガルマの攻撃がウォロを襲った。
 聞くのも恐ろしい悲鳴が続く。このまま攻撃を浴び続ければウォロの命はないだろう。
 ラ・ファイエルは手に持っている斧を、ガルマ目掛け放り投げた。
 邪魔されたガルマは、怒りをあらわに、ラ・ファイエルを睨みつける。
「可愛い弟を助けたいか。だが、もう手後れだ。お前の弟はとっくの昔に死んでいる。ここにいるのはその抜け殻だ」
 ウォロが死んだ!
 そんなバカな。
 ラ・ファイエルは、ガルマの言うことが信じられなかった。
「弟はそう簡単に死んだりはしない!」
「お前の弟は立派と言おうか、愚かと言おうか。魔族の手に落ちるくらいならと、自ら命を絶ってしまいおった」
 衝撃がラ・ファイエルを襲う。
 弟は最後まで戦士の誇りを守ったのか。

 ガルマの攻撃から逃れたウォロは、悲し気な咆哮を上げながらラ・ファイエルを襲った。
 迫り来る弟の悲痛な声を聞いて、ラ・ファイエルは決心した。
「許せ、ウォロ」
 勢い良く突進して来たウォロとラ・ファイエルの体が交差する。
 一瞬、ラ・ファイエルはウォロの声を聞いたように感じた。

 ありがとう。兄者。

 ラ・ファイエルの渾身の一撃を浴びて、ウォロの体が崩れ落ちる。
 その体は本来そこにあるべき場所へと帰って行く。
 みるみるうちに崩れ落ち、大地へと戻って行った。
 たとえすでに死んでいたとはいえ、自分の手で弟を手にかけたラ・ファイエルは、やりきれない感情をガルマにぶつけた。
「ガルマ、許さん!」
「さすがに、龍種族一の戦士なだけのことはある。同じ兄弟ならいい勝負をすると思ったが、考えが甘かったようだ」
 ガルマはそう言うと、怒りに目がくらんでいる龍戦士の隙を尽き、マナを襲った!
「きゃあ!」
 マナの悲鳴が龍戦士を正気に戻した。
 しまった。弟はおとりだったのか!
 ガルマはマナを捕まえ、その喉元に鋭利な刃物を突き付けていた。
 怒りに我を忘れ、マナの存在を失念していた失態に龍戦士は自分の愚かさを呪った。
「さあ、どうする? さすがのお前でも手も足も出まい」
 ラ・ファイエルは身動きできないでいる。
 へたに動くとマナの命が危ない。
「この娘の命が惜しいのなら、私の軍門に下るがよい」
 なるほど、龍種族の長老や魔族の幹部すら恐れるのも仕方がないか。
 ガルマは龍戦士ラ・ファイエルの強さを目の当たりにしてその圧倒的な力に納得した。
 これなら私の野望に使えるかも。
 先ほどまで、一角種族を滅ぼすのに躍起になっていたガルマであったが、龍戦士のとほうもない力の前に気が変わった。
 どうしてもこの龍戦士を我がものに。
 一角種族の女はまたいづれ始末すればいいことだ。

「さあ、武器を捨て私の足下にひざまつくがよい」
 ラ・ファイエルは手も足も出ないでいた。
 今無理してガルマを襲っても恐らくマナの命はない。たとえ言うことを聞いても、約束を守る保証もない。
 たかが小娘一人に何を自分は躊躇っている。
 ラ・ファイルは我がものにならない自分の心のもどかしさにいらだちを覚えた。
「さあ、どうする?」
 マナの喉元に突き付けている刃に力がこもる。
 その時、マナが叫んだ。
「駄目、ラ・ファイエル!  あなたは戦士よ。 戦士なら戦って!」
「お前は黙っていろ!」
 鋭利な刃がマナの喉元に食い込む。
 赤い血が首をつたって流れる。
「私のことは考えないで! 私、もう使命をはたしたから」
 種の継続の本能だけで、旅を続けていたマナは、その可能性がなくなったことに、何かしらの開放感を感じていた。
 私の役目は終わった。
 もう生きる目的は何もない。逆に解放されて自由になった気分だ。
「だから、私のことは気にしないで」
「何を言う、マナ!」
 ラ・ファイエルは動揺を隠せない。
「初めて私の名前を呼んでくれたわね」
 マナに対して頑な態度を取っていた龍戦士の思わぬ言葉にマナの胸は熱くなった。
「ありがとう。あなたと一緒に旅をしたことを私は決して忘れない」
 マナは刃を突き付けているガルマの手を取り、それに力を込めた。
「さよなら」
「!」
 真っ赤な鮮血が飛び散る。それはまるで赤い花が花びらを咲かせたかのように、鮮やかにラ・ファイエルの目に映った。
「マナ!」
 マナの体は静かにガルマの拘束から離れ崩れ落ちて行く。
「しまった!」
 まさか自ら命を絶つとは予想だにしなかったガルマは思わず舌打ちした。
「マナッ!」
  ラ・ファイエルの絶叫が迸る。それは狂おしい叫びとなり、龍戦士の本来の力を解放した。
 彼を最強の戦士とたらしめている真の力の解放だ。
 すざまじい衝撃波がガルマを襲った。
 龍戦士の体から高エネルギーが放出され、天高く登って行く。それはまるで天を翔る龍そのものの姿となってガルマを襲った。
 その場にあるあらゆるものが龍の顎に吸い込まれて行く。
 やがてそれは紅蓮の炎の龍となり、ガルマの体にまとわりつく。すざまじい炎に翻弄され、ガルマの体は高熱に悲鳴を上げた。
「これが龍戦士の力か」
 朦朧となる意識にガルマはそう思った。
「この力が我がものになれば」

 ガルマの意識が遠のいて行く。
 その時、男がその炎の本流からガルマの体を救い出した。
 何とか被害を免れた場所に降り立った男は、両腕にガルマをかかえ、龍戦士の次なる攻撃に備えた。
 が、龍戦士の動きは止まっていた。
 哀しみに力を出し尽くしたのか、その場に佇み身動き一つしない。
 男はそのままガルマを抱え、その場を去った。
 龍戦士との決着は今ではない。いづれまたどこかで出会うことがあるだろう。その時こそ、雌雄を決する時だ。


 身動きしない龍戦士の体を夕陽が朱に染めていた。
 目から涙が流れ、それは夕陽に染まり真っ赤に見える。まるで血の涙を流しているようだ。

 ラ・ファイエル、哀しまないで。
 私、言ったでしょ。魂は永遠だって。

 心の中でマナの声がする。

 それが本当なら、本当に信じることが私にできるなら。

 無くしたものの大きさをラ・ファイエルは、初めて知った。それほどマナの存在は彼の中ではかけがえのない大きな存在に成長していた。
 それは本人は意識することはなかったが、心の奥底で脈々と息づいていたのだ。
 龍戦士はその腕にマナの体を抱き起こした。 マナはやすらかに眠っているようだ。

 マナ、お前は何故生まれて来たのだ。
 決して幸せな一生ではなかったはずだ。
 なのにお前はこの私の心を解き放ってくれた。
 かたくなに堅くなった私の心に、清々しい涼風を送り込んでくれた。

 だが。
 だが・・・

 最後は言葉にならなかった。
 龍戦士はマナをかかえながら静かにその場をさった。


 それから幾月か時は流れ、魔族の男がマナが命を散らしたその場所に来ていた。
 その視線の彼方に化石となった龍戦士がいた。
 側に墓石が見える。
 愛する者を守れなかった自責の念にかられた龍戦士は、自らその魂を封印し、種族が滅んだ今尚、化石となって愛する者の墓を守り続けて いた。

「やがてお前とまた出会うことがあるだろう。 勝負はその時まで待っていてやる」
 男はそう言ってその場を去った。

 男の名前はガッシュ。
 これから数千年の時の彼方で、もう一度龍戦士と出会うことを予感していたのだろうか。
 だが、その再会は想像すら出来ない別な世界での再会になるとは、さすがにガッシュでも思い描くことすら出来なかった。