しばらくマナを見ていた龍戦士は、思い出したように 腕に突き刺さった槍を引き抜く。
 乾いた音を発して槍はマナの目の前に転がり落ちる。
 龍戦士は何も言わず、その場を去ろうとする。
 が、腕に異変を感じ、その場に佇む。
「毒!?」
 あの槍に毒が塗られていたのだ。自分の侵した失態に舌打ちすると、龍戦士は遠のいてくる意識を必死に繋ぎ止めようとしていた。
 仕舞いにはその場に立っていられなくなって、片ひざをつく。
 意識が遠のいて来るのを感じる。
 龍戦士の異変に気づいたマナは、恐る恐る立ち上がる。
 龍戦士の目にはそんなマナの姿がいくつもだぶって見えていた。
 大きな音を発して龍戦士はその場に崩れ落ちた。


 遠くなる意識に幻聴が聞こえて来る。
 今となっては懐かしい声だ。それが為、心が痛む。
 その声は今となっては龍戦士に苦痛を与えるだけだ。
「兄者、なぜ我々亜人種は、短命なのだ。なぜ、世継ぎが産まれないのだ?」
 それは幾度となく繰り返された疑問だ。
 そう、何故なのだ。何故我々だけ、種の継続が許されないのだ。
 答えは闇の中にうずもれ、今となっては見つけ出すことも出来ない。
「答えてくれ、兄者!」
 その声は悲痛な叫びとなって龍戦士を目覚めさした。


 意識が徐々に戻ってくる。
 忘れたい記憶が傷以上に龍戦士に苦痛をもたらす。
 どうやら毒の威力はそれほどでもなかったのだろう。
 起き上がろうとするが、まだ自由はきかない。
 ふと腕に目をやると、そこに布きれが巻かれていた。
 誰が?
 誰が手当てをしてくれたのだろうか。
 やっと意識を失う前の記憶がよみがえる。
 前方に目をやると、一人の少女がいた。
 背中を向けて、なにか土を盛っている。
「誤解しないで」
 龍戦士の意識が戻ったのがわかったのだろうか。少女は振り向きもせず言った。
「今、あなたに死なれたら困るから」
 刺のある口調だ。
 この女が自分の傷の手当てをしてくれたのか。
 龍戦士は腕に巻かれた布きれを見た。
「大丈夫、毒は抜いておいたわ」
「なぜ、助けた?」
「聞きたいことがあるの」
「?」
「なぜ、私の村を襲ったの?」
 土を盛ることで必死に感情の高ぶりを押さえていた。
 パンサの墓、苦労を共にした仲間の墓だ。
「なんのことだ?」
「しらばっくれないで!」
 押さえていた感情が一気に爆発した。
「あなたが、私の両親や仲間を殺したのよ!」
 振り向いた少女の目には涙が溢れていた。
 少女の涙に一瞬、龍戦士は戸惑いをみせた。
「あの時、あなたは私の村を襲った。その恐ろしい牙で、父や、母を・・・」
 後は言葉にならない。とどめなく涙が溢れてくる。
「女、何を言っている?」
 龍戦士は少女の言うことを理解出来なかった。
「私たちが一体何をしたって言うの! あなたの為に私たちの種族は私ひとり残して滅んだわ!」
 なぜ少女は怒りを自分に向けている理由が、やっと龍戦士には理解出来た。

 一角種族の生き残りなのか。この女は。
 生き残りがいるとは聞いたことはあったが、まさかここで出会おうとは。
 これも運命なのかも知れない。
 龍戦士は何か得体の知れないものが自分とこの少女を出会わせたに違いないと確信した。
 仇に討たれてこの空しい流浪の旅を終えてもいいのかも知れない。
 この女こそ自分に向けられた運命の刃なのだ。

「一角種族が滅んだのは私のせいだと言うのか」
 マナは敵意をむき出しにして龍戦士を睨みつける。
「なら、そうなのだろう」
 龍戦士は何かを決心したかのように言った。
「どうするつもりだ? 仇を目の前にしているのだぞ。おまけに怪我をして動けない。仇を討つには 絶好のチャンスだ」
 確かにそうだ。仇は今怪我をして動けない。仇を討つには今をおいて他にない。
 マナは護身用の剣を抜いた。
 剣が鈍く光を発した。
 震える手で少女は剣をかまえる。
 龍戦士は抵抗する気配もない。静かに目をつぶっているだけだ。
 静寂が重い。
 ふと、龍戦士の布にまかれた腕がマナの視線に入った。
 私は本当に仇を討てるの?
 その気があれば龍戦士が気絶している時にも出来たはずだ。
 しかし、他の龍種族からこの戦士は己を盾にして自分を助けてくれた。
 何故?
 何かがマナの心に引っかかって、素直に仇を討つことをためらわせていたのだ。
 本当にこの戦士なの?  あの時、村を襲った龍戦士とは何か違うような気がする。どちらかと言えば、先程の龍種族の方がまだあの時の龍戦士っぽい。
 戦士は目をつぶって動こうとはしない。運命に身をゆだねているのか。
 戸惑いが マナの決心を鈍らせていた。
「たとえあの時の龍戦士があなたとしても、私には傷付いた者を殺すことは出来ない・・・」
 向けていた剣を下におろす。
「甘いな。一瞬の迷いで絶好のチャンスを逃すとは。この戦乱の最中、そんな甘い考えは、 即、死に繋がる」
「あなたたちとは違う。甘いと言われても人を殺すよりいいわ」
 歯をくいしばり、マナは静かに言った。
 こんな戦乱の中、そんなことでは到底生き長えることは出来ない。現実はもっと過酷なのだ。
 龍戦士はそう言いかけたが、これ以上は何も言わなかった。
 この女はやはり自分に向けられた刃ではなかったのか。
 落胆と諦めで、龍戦士は静かにその場を立ち上がった。まだ毒は完全に抜けきっていないようだ。足元がふらつく。
 思い出したかのように腕の布きれに目をやる。
「女、傷の手当ての礼を言う 」 
 龍戦士はそう言うと、その場から去ろうとする。
「待って!」
 去ろうとする龍戦士に向かってマナは叫ぶ。
「あの時、なぜ私をかばったの?」
 戦士は足を止め、しばらく間を置いて言った。
「私の心がそう命じたからだ。それに素直に従ったまでだ」
 そう言って龍戦士は静かに去って行く。
 マナは去って行く龍戦士を黙って見送るしかなかった。