「一角種族は年を取るのが早いと聞いたことがあるが、なかなかのいい女に成長したな」
どこかで見覚えのある男だ。
「惜しいことをした。これほどいい女になるなら、あの時崖の下に放り投げるんじゃなかったぜ」
思い出した! 龍戦士に村を襲われた時助けてくれた男だ。だが、その後の記憶はない。
「あの崖下から落ちて、命が助かるなんて、よほどの強運の持ち主なのだろう」
「あ、あなたは?」
「誰でもない。ただの通りすがりだ」
男はにやけた顔をして言った。
「なぜ、ここに?」
「さてな、いい女の匂いがぷんぷんしたからかな」
表情はかなり砕けて見えるが、その目の奥にはなにかした邪悪なものを隠し持っている。
「さて、一緒に来てもらおうか。おっかないお姉さまがお待ちなもんでな」
男の表情がみるみる険しくなって行く。
命の恩人ではあるが、相手は魔族だ。何をするかわからない。
マナは護身用の剣を抜いた。
緊張感が一気に漂う。
「おいおい、まかりなりにも一度は命を助けた恩人に向けてそれはないだろう」
そう言うか言わないうちに、男は一気に木の枝から飛び下りて来た。
マナの持っている剣がいつのまにか手から離れ男の手に移っていた。
「お前には剣は使いこなせないさ。怪我をするのがおちだ」
マナは急いでその場から逃げようとしたが、逃れる度に忽然と男が現れて行く手を拒む。
「逃げても無駄だ。大人しくついてくるんだな」
「嫌!」
男に腕をつかまれ、マナは必死の抵抗を試みるが、マナのか細い力では到底男の力の前では無力であった。
「手荒なマネをしたくがないが、それも仕方がないか」
「誰か助けて!」
男はマナのみぞおち当たりに、軽く拳を当てた。
マナは力なく男の腕の中に崩れ落ちた。
「乱暴は嫌いだ」
男はマナを背中に背負い、その場を去ろうとする。
その時、鋭い音を立て、何かが男を目指して飛んできた。
男は間一髪空中に身を浮かせ、それを避けた。
鋭い破壊音を立て、そばにあった木の幹を木っ端微塵にして、それは飛んできた方向に戻っ
て行く。
破壊された木が大きな音を立て、崩れ落ちて行く。
倒れた木の向こう側に、龍戦士ラ・ファイエルが立っていた。手には大きな斧を持ってい
る。 先程飛んで来たものだ 。
「ラ・ファイエル?」
男は一瞬戸惑いを見せた。
なぜこいつがこんなところに。
疑問が男の脳裏を横切る。
ラ・ファイエルは無表情のまま、手に持っている斧を大きく振りかざし、男めがけ素早い動
きで突進して行く。
矢継ぎ早に斧がくり出され、男はそれを避けるのに精一杯だった。
こんな大きな体をしていて、どこからこんなスピードが繰り出されるのか、男は驚愕の念を
禁じ得なかった。
マナを肩にかついだままでは不利だと悟った男は、地面にマナの体を放り出した。
地面に落とされたショックでマナに意識が戻って来た。朦朧とする意識に、龍戦士と男の戦
いが目に飛び込んで来た。
彼が助けに来てくれた! 仇だと思って、かなり冷たく当たった自分を彼は助けに来てくれた!
マナは信じられない思いに熱くなっていた。
「よせ! 今はお前と争うつもりはない!」
男の制止の声を無視して、ラ・ファイエルの動きは一向に止まる気配がない。何かに取り憑
かれたように矢継ぎ早に斧を繰り出す。
男は龍戦士の攻撃を避けるのに精一杯だった。
反撃に出る隙を伺っているが、そのスピードに翻弄され、その余裕さえもなくなった来てい
た。
「これ以上、俺を怒らすな!」
ついに男に余裕がなくなり、反撃に移ろうとしていた。
このままではどっちかが倒れるまでこの戦いは終わることがないだろう。
止めさせせなければ、なんとしてでも止めさせなければ。
マナは必死になって叫んだ。
「もう止めて!」
マナの必死の叫びも、戦いに熱くなっている二人には届かない。それよりか一層戦いは激しくなって行く。
当たりの空気がピリピリと刺激的な音をたて、男の周りに集まって来る。
男は龍戦士の攻撃を避けながら、反撃のチャンスを伺っていた。
「調子に乗るなよ!」
男の反撃が始まった。
きな臭い空気が放電を始め、男の体全体を包んだ。
「爆!」
男は呪文のようなものを唱えて、両手を突き出した。
体全体を包んでいた高エネルギーが男の腕から放出され、龍戦士目掛けて飛んで行く。
当たり一面感光が走り、大音響となって、その場にあるものを木っ端未微塵に吹き飛ばし
た。
砂塵がもうもうと立ち上る。
いくら屈強な龍戦士であろうと、あの攻撃をまともに食らって無事なわけがない。それほど
男の攻撃はすさまじい破壊力を秘めていた。
マナは、仇であるはずの龍戦士の無事を願っていた。彼は一度ならず二度まで自分を助けよ
うとしてくれた。どういう理由でなのかわからないが、その真実にマナの心を大きく揺り動い
ていた。
お願い、無事でいて。
マナの必死の願いが届いたのか、もうもうと立ち上る煙りの中に人陰がうっすらと浮かんで
いた。
勝利を確信していた男の顔に、信じられない驚愕の表情が浮かぶ。
「まさか」
まさか自分のあの渾身の一撃を浴びて無事なやつがいる訳がない。それは確固とした自信であり、真実でもあった。
もうもうとした砂塵の中から鋭い咆哮をあげながら、龍戦士は男めがけ突進して行く。
「ばかな!
俺様の雷激波をまともにくらって無事な奴がいるとは!」
動揺しきった男に、龍戦士の渾身の一撃が振りおろされる。
鋭い音を立て男の体は真っ二つに分断され、血飛沫が当たりに飛び散る。
が、それは幻。
とっさに男がとった幻術であった。
斧を降りおろした龍戦士の背後に、男が現れる。顔に不適な笑いが浮かんでいた。
「死ね!」
先程よりもより一層破壊力を秘めた一撃が龍戦士を襲う。
さすがに屈強な龍戦士であろうと、こんな至近距離からの攻撃にまともに耐えられるわけが
ない。
大きな体がまるで石ころのように飛ばされて何本もの木をなぎ倒し、崖に叩き付けられる。
さすがに龍戦士は身動きが出来ない。相当なダメージを負ったのだろう。
止めの一撃を与えるべく、男は両手を天高くあげ、なにやら呪文を唱える。
当たり一面きな臭い刺激臭が立ち上る。
空気中になるあるとあらゆるエネルギーを集め、男は最後の一撃をと、龍戦士に狙いを定め
る。
エネルギーが最高潮に達した時、
「ダメ!」
マナが男に駆けよった。
攻撃に集中していた男の虚を尽き、マナは男に体当たりをする。
「なに!」
想わぬ邪魔に男の攻撃の鉾先が狂い、その高エネルギーは制御できない力となって男とマナ
を襲った!
「きゃっ!」
行く先を無くした高エネルギーはマナを弾き飛ばし、術をかけた男をも飲み込んだ。
男の立っていた足場が崩れ、男は奈落の底へと落ちて行く。
やっとのことで立ち上がった龍戦士は、急いでマナのところに駆け寄る。
倒れているマナを抱き起こした龍戦士の手に、真っ赤な鮮血が流れ落ちた。
「だ、大丈夫。傷はすぐ治るわ」
苦痛を押し殺し、力なくマナは呟く。
「そんなふうには見えないぞ」
「一角種族は、これくらいの傷はすぐ治せるわ。それだけの力がそなわってるの」
それは確信なのか、龍戦士に心配させないがためのマナの嘘なのか、龍戦士には判断できなかった。
「傷が治るまで、少しの間眠らせて」
マナはそう言うと眠りに落ちた。
龍戦士はマナの言うことを信じるしかなかった。今、自分にできることはなにもないのだから。
