チャイムが鳴って、その日の授業の終わりを告げる。
 それぞれの家路に急ぐ生徒たちの喧騒が続く。
  帰り支度をしていた妙子は、ふと窓の外に眼をやりその動きを止めた。
  また、あの少年だ。
  窓から見える反対側の校舎の屋上に、妙子と同じくらいの学年の少年が見える。
  これといった特徴のある少年ではないが、ここ数日に渡って同じ時間に来て、いつも柵に
よりかかり何か遠くの方を見ている。
  何を見ているのだろう。
  妙子は妙にその少年が気になってしかたがなかった。
  言葉にいいあらわせない不思議な何かをあの少年に感じる。
  それがなんなのか妙子には説明は出来なかった。

  教室にはそれぞれ家路についた生徒がいなくなり、妙子ひとりだけになっていた。
  あなたは、誰?
  時間はゆっくり流れ出していた。


                  *


 漆黒の暗闇の中に一筋の煙が天に向かって立ち昇る。
 あたり一面は紅蓮の炎に包まれ、灼熱の熱波が吹き荒れる。すべてのものをその真っ赤な焔の舌で
嘗めつくすかのように荒れ狂っていた。

  ゆらめく陽炎に混じって異形なものが立ちあがる。
  目は煌煌と輝き、口は大型の肉食獣を思わせるほど大きく裂け、無数に並ぶ牙は次なる獲物を
求めるかのようにさまよっている。
  そして、今、ひとつの村とひとつの種族が滅ぼうとしていた。

  一角種族の村がその異形なものに襲われる前は、争いのない平和な村だった。
  温厚で争い事を好まない一角種族は、どの亜人種達もがその道を選んだように、外界との接触を
絶ってひっそりと種を継続させていた。
  短命で生殖能力に欠陥がある亜人種は、やがて種が継続出来ずに歴史の表舞台から消えて行く
運命だと言われている。

  この世界は人間界、魔界、亜人間界の三つで構成されており、それぞれの界には結界が張られて
おり、互いの界には行き来出来ないようになっていた。
  だが、その昔、何者かの手によってその結界が破られてから、魔族の非情な侵略が続けられ、
力のない人間界を思うがままに蹂躙していた。
  そんな魔族でも決して亜人種の国に侵攻することはなかった。 何故なら亜人種の一部には魔族と
同等の力を持っている種族もあり、迂闊に手を出せば泥沼の戦いになるのは必至であり、戦いが長引けば両種族の滅亡を物語っているからだ。
  よって、お互い牽制しあっているだけで、決して剣を交えることはななかったのだ。

 しかし、今一角種族の村を襲っているのは魔族ではなく、あきらかに同属の亜人種だった。
  人間界と魔族との争いに一歩身を引いて傍観者に徹していた亜人種が魔族側に付くのは考えられないことだった。

 異形な者の容赦のない殺戮が続く中、一人の少女がそのくり広げられる悲惨な光景を、そのつぶらな
目で見ていた。
  目は恐怖に見開き、救いを求めてさまようが、誰も彼女を救えるものはいない。
  戦いを放棄した一角種族にとって同種の亜人種が襲ってくるとは夢にも思わなかったのだろう。 瞬く間に壊滅に近い状態に追いやられてしまった。
  元々一角種族は亜人種の中においても、それほどの戦闘能力を持っているわけではない。戦うより癒し系の魔法を使う種族であるため、戦う術をほとんど持たないのだ。

  震えおののく少女の存在に気がついた異形な者は、その血のしたったた牙をむき、少女に
迫って来る。 少女は両親の名を呼ぶがその声に答える両親はもういない。
  絶望感が少女を押し包む。
  異形な者は無気味な唸り声を立てながら、少女に近づいて行く。

  その時、少女をその残忍な牙で襲おうとした異形なものの前に忽然と人の影が現れた。
  紫色の髪をなびかせ、不敵な笑いをその精悍な顔に滲ませて、異形な者の前に立ちふさがった
その男は、一瞬怯んだ異形な者の隙をついて、少女を抱え、片方の腕を前に伸ばし呪文のようなものを
唱える。
爆!!
  すざましい爆発が異形な者を中心に沸き起こり、閃光が辺り一面を真昼のような明るさにする。
  少し間を置いて大音響の爆発音が轟き渡り、それと同じくして爆風が荒れ狂い、天空高く火の柱が
立ち上る。
  跡の残ったのは大きな穴だけだった。
 辺り一面焼け野原になって生きる者すらの痕跡もない。
  死の静寂だけがその世界を覆っていた。

  その光景を冷ややかな眼で見ている者があった。
  天空高く宙に浮いて、今までの一部始終を傍観していたのだ。
  怒りと疑念の混ざった複雑な表情が、その美貌の顔をさらに冷ややかに見せていた。