プロローグ

 そこは当たり一面異様な雰囲気をたたえて、来る者を拒む邪悪な敵意で
 満たされていた。
 誰も近寄りもせず、人々の記憶にも残らない場所。
 その場所を一人の華奢な少女が歩いていた。
 少女と言うよりまだ幼さが残る幼女と言ってもいいくらい、その表情は
 まだあどけない。

 「誰だ?」
 静寂を破ってどこからともなく声がする。
 その声はまるで、歳老いた老人の声にも、歳若い子供の声のようにも
 聞こえる。
 「私の眠りを邪魔する者は何者」
 敵意をむき出しにして、進入者を威嚇する。
 幼い少女はそんな威嚇に声にも驚くことなく、そのつぶらな瞳でその
 声の主を探そうとしている。当たりは暗く、なにひとつ見えない。

 「私をここに呼んだのはあなたなの?」
 少女は姿の見えぬ声の主に問いかける。
 「私は誰も呼ばない・・・」
 「だって誰かが私を呼ぶ声がしたもの」
 少女は頬を膨らました。
 「誰かに呼ばれてこんな場所まで来たと言うのか」
 「うん、助けを呼ぶ声がしたもの」
 「助けを?」
 いぶかしげにその少女を見る。こんな華奢な子供に誰が救えると
 いうのか。
 「そんな小さなおまえが誰を助けると言うのだ?」
 「悲しい人・・・淋しくて孤独な人」
 「なら、この私を助けてくれ」
 「あなたは誰?」
 「誰でもない。名前も過去も忘れられた者だ」
 「なぜここにいるの?」
 「わからない・・・」

 目が暗闇に慣れたのだろうか。今まで何も見えなかった当たりの景色が
 徐々に見えてくる。
 その薄暗い空間の中で何かがかすかにまたたいている。
 どうやら声の主はそこにいるらしい。
 少女がそこに近づくと、声の主の姿がおぼろげに見えて来た。
 見た目には幼い男の子だった。ただ、普通の男の子と違うのは、その
 身体中に不釣り合いにまとわりついているものが、この少年の異常さを
 物語っている。
 小さい身体に不釣り合いなかなり大きな鎖が男の子をしばりつけている。
 その数も無数にあり、やっと少年の顔が見えるくらいだ。
 ただの鎖でないことは一目でわかる。霊的な鎖なのだ。
 少年は頭を垂れ、目はつむったままだ。そのまま見れば、やすらかに
 寝入っているように見える。

 「かわいそう・・・何をやってそんな目にあっているの?」
 「私は何もしていない。生まれながらしてここにいる」
 少女はそっと少年に手を差し伸べるが、何かが邪魔して届かない。
 「もし、おまえに人を助ける力があるのなら、私をここから開放して
 くれないか」
 「助けたらどうなるの?」
 「感謝する」
 「いや、誉められても嬉しくないもの」
 「何が望みだ」
 「うーん」
 少女はその愛くるしい頭をかしげ、何かを考えていた。
 「私の家来になれ」
 「おまえの家来にか、この私がか?」
 「可愛がってあげるから」

 当たりに大音響の笑いが響き渡る。
 屈強な岩盤がひび割れ、そのまま少女の頭に降り注ぐ。
 しかし、その破片は少女の頭をかすめることもなく、器用に少女を
 避けて落ちていた。

 「この私を、こんな小娘がどうやって家来にする?」
 「あんただって小さいじゃないか」
 「世の中見掛けで判断したら後悔するケースはいくらでもある・・・」
 大きな岩盤がが木っ端微塵に砕け散っているのを見て少年は言った。
 「どうやらそれはおまえにも言えそうだな」
 「約束だよ」
 「よかろう、私を家来に出来ると思っているのなら」
 「約束したぞ」

 そう言いおわらないうちに、少女はその大きな瞳を閉じて、何事かつぶやいた。
 それと同時にあたりの暗闇は消え、まばゆい光に包まれた。
 少年をしばっていた霊的な鎖は跡形も残さず、そのまばゆい光に吸収され、
 少年は自由になった。
 そして、この世に災いの扉が開かれた。

 それから数千年の時が経ち、この物語はここから始まる。