なまけもの退行。
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2005年 3月 3日(木)   子宮防衛軍
 これはフジタメちゃんからのパクリなのですが、そんな日が私に来るとは。まさかという感じ。

 今日は事前検査の結果と手術内容の説明をうけるために病院にいったのでした。いきなり母親運転の車が一通を逆走して2点減点されたりしたけど。

 労災でよかった。労災はいい病院だ。というか、私、子宮残すみたいです。腎臓が悪いから子供はいらないと半ば投げやりに言った私に医者は「医学の進歩っていうのがあって、遅かったり速かったりするけど、いまとっちゃって、数年後に腎臓のよくない人でも出産できる、ていう可能性がないわけだから」と諭してくれました。私はこの先生と婦人科一同を信頼することにしました。

 のーみそのほうでも入院するかもしれません。



2005年 3月 2日(水)   ボケー
 朝起きたらのどがいがいがしていて、こりゃいかんとイソジン出動。ROのほうはROのほうで面白いことが。まあそりゃいいんですけど。

 昨日よほど疲れたらしく、ちょっと横になっただけで4時間眠る。犬が重たい。

 薬の管理が妹に依託されました。なんだかちょっと安心した。

 あとはー……ああ、また明日病院だ。はぁ。



2005年 3月 1日(火)   春の雲
 今日は脳味噌の病院で、車が車検に出されているということで電車の乗り継ぎで病院。

 朝からいも1と口論になり、彼女は急遽会社を休んで同伴。

 久々に自分の足で外界を歩いてみたら、空はもう春の雲でした。母親と妹は寒い寒い言うてましたが私は涼しくてちょうどよかったな。この冬イチバンの冷え込みだったそうですが。

 遺書も無事医者に渡したし、ちょっとずつ身辺整理をしようと思う。前に、傷つけてしまった人にきちんと謝るとかね。

 まだ時間はある。腎臓のあたりが呻くほど鈍く痛む。足を引きずらないと歩けない。でも、母親は「あと10日で入院なんだから我慢しなさい」まあ、手遅れでももうどうでもいいや。

 諦めることというのはとても楽なことだ。どうやって練炭と七輪を購入するかが問題だ。



2005年 2月28日(月)   手違いで採血二回
 病院。腎臓と婦人科のコンボ。入院事前検査。検査検査検査。

 CL値が1.74になっている。前回は1.46、一ヶ月で0.2あがっている計算。単純な算数で半年後には透析。去年、実家に帰るまでは1を下回っていて、安定していた。私は私なりに食生活をコントロールしていた。血液検査も半年に1度くらいで医者も安心していた。

 私が私を考えたとき、精神を病んだままで透析という生活にはたぶん耐えられない。誰かの愛情をあれだけうけてなぜ自分を嫌うの、と妹に泣かれたけれども、私は私を励ますことがもうできない。私がこれだけの痛みを抱えているときに、誰も助けてくれない。愛情だけでは何も生まない。私を助けるということは、愛情の上にさらに重たい荷物という努力が必要だ。

 私が泣いて苦しみを訴えたときに、返事に困ってはぐらかした母は、今日待合室で隣に座ったおばあさんの話をきちんと聞いていた。

 以前私が車を飛び降りたとき、運転していた父はそのまま家に帰った。

 ハングル語を勉強し、韓国ドラマのライブラリになってしまったくらい韓国通になった我が家では、私の病気について、服用している薬について、食餌療法について、理解しようと試みた人は誰もいない。自分でどうにかしようという意欲もわかない。

 私が助けてと叫んでも無理ならば、私は私を助けようとははなから思わないから、もう、諦めた。そういうことだと認知した。

 CL値が3をこえたら、私は消える。透析は週三回、数時間、水を飲むのも自由にならなくなる。私の大好きな温泉もほぼ無理になる。どこに旅行するにも透析先を探してから行くことになる。食べるもの、お酒も論外。そんな状態になったらおそらく発狂する。私のことを大空を駆ける龍だと言った人がいるけど、飛べない龍はただの醜い蛇にもなれないだけ。

 だから自分で自分の命のカウントダウンを始める。

 絶望というものは涙など伴わず、ただしーんとして静かに冷たいものなのだと知った。

 練炭と七輪を買おうと思う。



2005年 2月27日(日)   どうして?
 どうして爆発しちゃうんだろう。お風呂は入ったけどシャンプー2回してリンス忘れた。

 ささいなことで泣く。背中左側腎臓のあたりが呻くほど鈍く痛い。私死ぬのかなとふと思う。なんの恐怖もない。面倒なだけだ。



2005年 2月26日(土)   そうだ、無理なんだ。
 朝起きたら王子が冷たくなっていたらどうしようという思いがまとわりついてはなれない。

 抗鬱剤がなくなって四日目。そろそろいろいろ支障が出てきた。妹に「お願いだからお風呂に入って」と言われるけど、入れない、また包丁持って行きそうだし。

 H2Aロケットの打ち上げの成功、おめでとう。なんだか嬉しかったな。



2005年 2月25日(金)   何してたんだっけ……
 だめだ、全然思い出せない。時間と記憶の温度差が、するするっと流れていく。私の内側を通過するだけ。ツキイチは油断するとすさまじい出血になって憂鬱で、気分は陰惨で、人生とか運命とか、そういうものは私にとって何のためにあるのだろうとか、いろいろ考えた。……ような気がする。

 篠田節子「死神」を読了。凄い本だった。久々に、清々しい気持ちになった。私はこういう本が大好きだ。



2005年 2月22日(火)   MRI検査
 朝から調子が悪い。お風呂に入れない。入る気持ちはあって、ずっと洗面台に準備してたのについにだめ。

 予定通りできない。父親に存在を否定されたような気がして死のうと思う。包丁を持って風呂場に向かったところで母親に止められる。

 人間として最低の姿で病院に行って、MRI検査したらヘッドフォンで首をしめられてしまいぐぇ。ちょっとおかしかた。



2005年 2月21日(月)   月経症候群
 頭ががんがんするほど痛い。やたらに眠い。食欲が壊れている。フガー。
 止血剤のせいか、出血はそれほどでもない。油断はできないけど。

 いも2が帰ってきてうちは寝る場所がないと判明。気の毒な母はソファで犬をのっけて寝ていました。



2005年 2月20日(日)   人生最後
 人生でこれが最後だ、と自覚することはそう多くないとは思うけれど、人生で最後の月経が来ました。

 この腹の痛みも、気分の上下も、カラダの変調全てが最後だ。

 なぜか少し複雑な気持ちになる。3/11には私の子宮はなくなる。それだけのことなんだけどな。



2005年 2月19日(土)   きのうから
 突如人生四度目のぎっくり腰に。
 人間四回目ともなると瞬間的に受け身がとれるようになるのだと知った。


 MRI検査までに治さねばならんのでおとなしく退屈。つまんね。



2005年 2月17日(木)   もうだめだ
 もうだめかもしれない。
 爆発してばっかり。
 塵になる。

 泣いてばかりいる。



2005年 2月16日(水)   思っていたよりも
 諦めていたはずなのに、精神状態が不安定。子宮なんていらないと思っていたのに、妙なアップダウンで周囲に迷惑をかけています。

 どうしてなんだろう。もう、ずいぶん前に諦めていたはずなのに。



2005年 2月14日(月)   もう、耐えられなかった
 土曜日にこの世から消えようと思った時に、私を「帰ろう
」という気持ちにしてくれたのは一通の手紙でした。

 私を4年看てくれている渡辺先生。前回の診察の時に体調が思わしくなく、そのときの気持ちをはき出すようにして書いた手紙の返事が、思いがけず数日前に届いていました。

 入浴剤とハーブせっけんが同封されていました。

 お酒を大量に飲み、夕刻の多摩川の河川敷で、睡眠薬を飲んで、このまま眠ろうと思いながらその手紙を持ち歩いていたことを思い出し、ゆっくり読みました。何度も読みました。

 涙が出て、涙が出て、涙が出て、
 帰ろうと思いました。

 体調はまだよくありません。きちんと眠れません。お酒もやめられません。
 消えようと思う気持ちも消えませんが、私はまた消えそこないました。

 これは弱さなのか。それとも?



2005年 2月 9日(水)   もしもあなたが
 17歳の時に慢性IgA腎症を発症しこの病は悪化するだけで治癒はせず、いずれ透析になると。
 子供を産むのは少々危険を伴いますと宣告され。
 20台、やりがいのある仕事に夢中になっていたときに突然精神病に罹患し障害者となり。
 離婚をして。
 自殺念慮を繰り返して。
 住居環境で外出もままならず。
 巨大子宮筋腫が発見され、この年齢なら本来子宮を残す方向なのだけど、再発のおそれや腎臓への慎重なケアが必要だから子宮を全摘出した方が危険が少ないと言われたら。

 どうやって生きていると思いますか。

 後ろ向きに死に向かうことだけが、私に残された最後の自由な気もします。



2005年 2月 8日(火)   歩けなくなった
 薬を沢山飲んだ。手当たり次第に飲んだ。何錠飲んだかもわからない。何を飲んだかも覚えていない。

 ふと顔をあげたらPCの前でつっぷしてて、マイシーフがフェイヨン5Fで死んでいました。朝6時半でした。

 いけない、自分の部屋で寝ようと思ったら歩けませんでした。なんでそのまま床で寝ました。



2005年 2月 7日(月)   職業:病人
 病院。検査。診察。検査。入院。障害者。もうやだ。
 人のことで何もできない自分もやだ。どうしたらいいのかも全然わからないし。

 飲んでいる薬はお菓子箱にいっぱいになりました。



2005年 2月 4日(金)   
 無気力。無感動。無意識。何もできません。やらなきゃいけないことは全部やりたくない。