よれよれのスーツ姿の男が一人、薄暗いバーの片隅で照明を避けるようにして酒を呷っている。床には煙草の吸い殻だらけ。 客は男の他にいない。男は独り言を呟いている。 低いその声は誰にも届かない。 バーテンは男を避けるように、片隅でグラスの手入れをしている。男は相当酔っている。
照明、男に当たる。男は語りを始める。
「ファシズムだ、ファシズムが必要だ。ファシズムを国民が認めなければいけないんだ。強い者だけが生き残ればいい、この国は腐っている、弱いやつらが権利を主張するから外国に負けるんだ、弱いやつらはみんな死ね、病人や年寄り、働けないやつはみんな死ねばいい、働けるやつだけが国の力を押し上げる、あいつはそれを解っている、だから今回みたいなことをするんだ、だけどそれを表に出しちゃいけない、洗脳だ、洗脳が必要だったんだ、能なしの豚どもを駆逐して従順な羊を飼い慣らすんだ、それをあいつはやったんだ、俺にはわかるんだ。 国が弱い者を守ってどうする、海外の資本やら圧力に負けるだけじゃないか、対外の力が必要なんだ、力のあるやつしか勝てない、だから力のあるやつには力を与え、余計なところには金も余裕も振りまくな、そんな暇はないはずだ、この国は追いつめられている、民衆の機嫌をとって何が変わるんだ、借金が増えるだけじゃないか」
男、また酒を飲む。 しばらく黙る。 ゆっくりとまた呟き出す。
「……ファシズムなんだ。俺は待っているんだ。もしかしたら俺にしかあいつの考えていることはわかってないのかもしれない、あいつは弱者なんかどうでもいいと思っている、俺もそうだ、ただ俺には力がない、あいつには力がある、そこのところをはき違えちゃいけない。俺には何もない、だからあいつが座して死ねと言えば死ぬだろう、俺はそれで構わない。構わない奴らは腐ってるんだ、現実に生きてないんだ、目を啓け、耳を澄ませ、情報を惜しむな、そうしないやつらは全員羊になるだろう、羊は羊としか生きられない、羊であることを甘んじるならばそれでかまわないがいつでも死ぬ命令が下されることを知らず愚直であるしかない、賢い羊は自分の死に時を知る、賢い羊は……」
目をこする。バーテンが小さい音でグラスを鳴らす。
「……賢い羊は、金と権力を手に入れるために、羊でなくなろうとするだろう。そういうやつだけが必要だ、過剰になりすぎた羊は間引け、死ぬべき羊を生かしておくな、そうしないと全滅だ。みんな本当はわかっているんだろう、今回本当はみんなわかっているんだ、もしわかっていないとしたら自分が羊でないと思いこんでいる羊がほぼ全てだったということだ、俺はそうであってもいい、俺は羊だ、ただの羊だ、生きているだけで負債を増やす羊の一匹だ、統率者が必要だ、断固として羊を間引くファシストが必要だ、俺はそれをずっと待っている、待っている……」
男の言葉は囁きに近くなり、もう聞こえない。 いつしか男はカウンターに突っ伏し、眠りこんだようになる。 黒い影がそこに寄り添う。
影はそっと男に向かって語りかける。
「虚構と幻影のファシズムだ、おまえはそれを知っている。見届けることができるのか?」
|