照りつけていた太陽も沈み、夜の帳が下りると、やはり涼しくなる。
・・・といっても蒸し暑いのには変わらないんだけど。
でも、今日からしばらくはその暑さともおさらばできる。
それに・・・俺にとっては一大イベントが控えている。それは、・・・。
(ピンポーン)
おっ、噂(?)をすればなんとやら。
「はいは〜い、今開けるよ!」
(ガチャ)
そこにいるのはもちろん彼女、・・・のはずだったんだけど・・・。
「ぐっどいぶにんぐ!まいぶらざあ。」
「た、大志?なんでお前はこう最悪のタイミングで現れるんだよ!」
「ふっ、我輩には時間が貴重なのだ。早朝だの夜更けだのと言っていられないのだよ、まい同志よ。」
「だから、何の用なんだよ!」
「まい同志和樹!今日が何の日だかわかるかね?」
「わかるか!お前の頭の中を俺が理解できる訳ないだろ!」
「同志和樹!それでも同人で世界征服を目指しているつもりか!
我輩はお前をそのように育てた覚えはないぞ!」
「俺だってお前に育てられた覚えなどない!」
「まぁいい。では同志よ、出かけるぞ。」
「はぁ?出かけるだって?どこへ行くつもりなんだ、お前は?」
「特別に教えてやろう。
今日ではなく明日だが、日本の、いや世界のトップスターにして今世紀最大のヒロイン、
我らが桜井あさひちゃんの公開イベントが行われるのだぁ!!」
「あさひちゃんのイベント?しかも明日?それと俺がどう関係あるんだ?」
「大バカ者!あさひちゃんのイベントといえば、本来、国民全てが参加を義務付けられて然るべきもの。
しかも、貴様のようなオタク世界の覇者を目指す者にとっては、
親の死に目に遭えなくとも行かなければならないもの!!
また、あさひちゃんを間近に見るために前日から並ぶ、これは当然の理!!
そのぐらいのこともわからぬか、我が同志よ!!」
「あのなあ、俺は今日は用事が・・・。」
「どぉぉ〜し!我らがあさひちゃんのためには小事などどうでもよいのだ!さぁ、行くぞ!!」
「だぁぁ!これ以上お前に付き合っていられないの!さぁ、帰った帰った!」
「まい魂の双子よ!それでもお前は・・・。」
「いいからいいから。今度ゆっくり聞かせてもらうよ。」
「お、おい!待ちたまえ!」
(バタン!)
全くあのバカには付き合いきれん。そりゃ、あさひちゃんのイベントなら行きたいけど・・・。
今日はさすがにそういう訳には行かないんだよな。
・・・あれ?あのバカのせいですっかり忘れていたけど、約束の時間過ぎているぞ。どうしたんだろ?
おや?外に見える人影はまさか・・・?
(ガチャ)
(バタン!)
(ダダダダダ・・・)
「あ・・・こんばんは・・・です。」
「ゴメン!大志のバカが来るとは思っていなかったから。もしかして、ずっとここで?」
「あ・・・いえ・・・。今・・・来た・・・ばかり・・・ですから・・・。」
彼女はそう言うけれど、実はかなり待ったみたいだぞ、こりゃ。
え?彼女って誰だって?彩だよ、『長谷部 彩』。
俺の恋人にして、大学の後輩でもあり、最良の同人パートナーさ。
・・・にしても、悪いことしちゃったな。彩のことだから、俺と大志のやり取りしているのを見て、
ここで待っていてくれたんだろうな。
「ゴメンね、今荷物持ってくるから。」
「はい・・・。」
俺は猛ダッシュで部屋に戻ってカバンを手に取る。
財布があるかどうかを確かめ、彩のところに戻った。
「おまたせ。さぁ、行こうか。」
「はい・・・。」
俺と彩は、これから北海道旅行へ出かけるところだ。
付き合い始めたのが去年の秋だから、もうすぐ1年が経とうとしている。
でも、その間に一緒に出かけることがほとんどなかった気がする。
二人とも同人誌作成があったし、彩は受験でそれどころじゃなかったからだ。
で、一段落して、またいつものように原稿作成を一緒にやっていたある日のこと。
「なあ、彩。」
「・・・はい?」
「俺たちって、付き合い始めて結構経つけど、まだ一緒に旅行とか行ってないよな。」
「・・・。そう・・・ですね・・・。」
「でさ、俺考えたんだけど・・・北海道にでも・・・行かない?」
「北海道・・・ですか?」
「うん、今すぐには無理だけど、夏こみ終わってしまえば少しは余裕できるからさ。
それに、その時期ここにいるよりずっと涼しいだろうからね。」
「でも・・・私・・・。」
「あ、ゴメン。イヤならいいんだよ。」
「(ふるふるふる)」(懸命に首を振る)
「じゃあ、行こうよ。」
「でも・・・私・・・じゃ・・・足手まといに・・・なるから・・・。」
「彩、いい加減に、その『足手まといだから』『迷惑だから』ってのなしにしない?
俺と彩の仲じゃないか。」
「ごめん・・・なさい。私・・・。」
「じゃあ決まりだね。切符とか宿は俺が手配するよ。」
「そんな・・・迷惑に・・・。」
「あ・や。それはなし、って言っただろ?」
「あ・・・ごめん・・・なさい・・・。」
いつものやり取りにはなってしまったけど、とりあえず行くことは決まった。
それからはヒマを見ていろいろと打ち合わせをした。
彩のことだから、俺が行きたい場所でいいとか、
自分から希望を言わないからついつい話が長くなってしまうことが多かった。
でも、そのときの彩、いつも以上に嬉しそうにしているのがわかった。
・・・で、今日がその出発当日という訳。大志のバカのせいで旅立ちが不吉になってしまったけど、
彩と一緒にでかけるんだから、それも吹き飛んでしまうに違いない。
俺たちは上野発の夜行列車・・・じゃなくて新宿発の夜行列車に乗り込んだ。
本当は飛行機で一気に行こうと思ったんだけど、彩がそこまで俺にさせられない、
と言って聞かなかったので、結果こうなった。ま、旅らしくていいかもね。
「えーと、3号車4Aは・・・と。あ、ここだ。」
「・・・・・・。」
「さ、荷物貸して。棚に上げるから。」
「・・・はい。でも・・・私が・・・自分で・・・。」
「いいから貸して。よっ・・・って、何じゃこりゃ!?」
彩のカバンを持った俺は、そのあまりの重さによろめいてしまった。
「あ、彩?一体何を入れてきたんだ?」
「あ、着替え・・・とか、石鹸・・・とか、お昼・・・とか・・・。」
「おいおい、まさか、いつもの調子で何でもかんでも詰めてきたんじゃ・・・。」
「・・・いろいろ・・・あった・・・方が・・・便利だと・・・思って・・・。」
にしても俺が持っても重いぐらいなのに、彩はこれを家からずっと・・・?先が思いやられるなぁ。
ともあれ列車は出発した。
「楽しみだね、彩。北海道初めてだったよね?」
「・・・はい。私も・・・楽しみ・・・です。それに・・・。」
「・・・それに?」
「あなたと・・・一緒・・・ですから。」
くぅぅ、かわいいなぁ。彩の魅力だよな、これって。
それから、俺はガイドブックをしばらく眺めていた。ふと気がつくと、
「スーッ、スーッ、スーッ・・・。」
もう彩は寝てしまったらしい。あんな重い荷物担いだんだから、そりゃ疲れるわな。
・・・それにしても、彩の寝顔って・・・何度見てもかわいいよなぁ。
この寝顔をいつも見られる俺って・・・やっぱ果報者だよな。
俺はしばらく、彩の寝顔を眺めていた。幸せそうな、無垢な寝顔を。
列車はその間にも、ひたすら北を目指して進む。夜の帳の中を・・・。 |