あたしらしく・・・

 

「バカ野郎!」 
異様な熱気に包まれたその場が一瞬静まり返った。 
・・・それほどの怒声だったのだ。 
視線が一斉に声の発生源の方に向けられた。 

「それが・・・それが、コス大好きな玲子ちゃんのやりたいことだったのか?」 
「な、何怒っているの?ホ、ホラ、もう注目の的なんだよ、あたし。」 
「本当にそれで・・・よかったの?・・・それでいいのなら俺はもう何も言わないよ。・・・それじゃ。」 
「か、和樹クン?ちょ、ちょっと!」 

その言葉に振り返ることもなく落胆した様子でその場を立ち去る和樹。 
・・・秋だからだろうか、一陣の風がその場を通り抜けた。 
何事もなかったかのように、再び、喧噪が辺りを包み始めた。 

「和樹クン・・・。」 
「ねえねえ、あんな奴の事はどうでもいいだろ?それより、ポーズ取ってよ?」 
「あともう何枚かいいかな?」 

彼女の戸惑いなどお構いなしに、カメコ達は再び撮影に熱中し始めた。 

「え?え?あ、あの・・・。ゴメンッ、あたし、行かないと。」 
「ちょ、ちょっと、お姉ちゃん?」 
「まだ写してないぞ、こっちは!」 
「お〜い・・・。」 

とにかく彼の後を追わなければ・・・。彼女の頭の中には、ただそれだけがあった。 
カメコ達の不満そうな声など耳には入っていないようだ。 
階段を下り、個人スペースのある会場をひたすら目指す。 


「んと、和樹クンのスペースは・・・。どこだったっけかなぁ?」 

毎回大勢の人間で混み合う『こみパ』ではあるが、さすがに春・夏・冬の3回を除けば、 
午後になればかなり落ち着く。 
外周サークルである和樹のスペースとなれば、この時間になれば新刊はとっくの昔に売り 
切れが当たり前なので、なおさらである。 
それだけに、さほど迷うことなく見つかった。 

・・・が、そこに和樹の姿はない。 
いるのは、売り子らしい女の子だけであった。 
彼女は、しばし迷った挙げ句、思い切って声をかけた。 

「あ、あの。和樹クンは・・・?」 

その声に、後かたづけを始めていた女の子が振り向く。 
髪型は変則ポニーテールで、スタイルと容姿がいいな、という印象を受けた。 

「和樹?さっき戻ってくるなり、『今日はもう帰る』って言って先に帰っちゃたけど? 
 ・・・何か御用だったの?」 
「あ、うん、ちょっと・・・ね。」 
「そう?何ならあたしが伝えておくけど・・・。」 
「い、いいの。別に大したことじゃ・・・。」 
「同志に何か用かね?」 
「え?キャアッ!」 

突然背後から声をかけられ、玲子は思わず飛び上がった。 
振り返ると、独特の丸眼鏡をかけ、緑色のスーツを着た男が立っていた。 

「大志!あんたねぇ、むやみに人を驚かすもんじゃないの!」 
「で、同志和樹に何用かね?」 
「ちょっと、人の話聞きなさいよ!」 

女の子が捲し立てるのを聞こえない様子で、大志は玲子をジッと見つめた。 

「い、いいの・・・。ホント、ちょっとしたことだから・・・。」 
「・・・フム。訳ありのようだな。こちらに来るといい。」 
「・・・え?」 
「ここでは言いにくかろう?場所を変えて聞くとしよう。」 
「ちょっと、大志!後かたづけどうすんのよ?」 
「後は任せたぞ、まいしすたあ。」 
「これ全部あたし一人にさせる気?そうはいかないわよ、手伝いなさい!」 
「ふはははは、さらばだ、同志瑞希よ!」 

風のごとき速さで玲子を連れてその場から消え去る大志。 
・・・その素早さには武田騎馬軍団も真っ青であろう。 


「ここならよかろう。」 

これだけ人いきれのする会場内なのに、どういう訳か人気のない場所だった。 

「さ、話すがよい。」 
「ど、どうして・・・?」 
「・・・実はな、先ほど同志和樹の様子があまりにおかしかったのだ。
 我輩の野望の礎となる同志が精神的に参ってしまっては困るのでな。
 原因があれば取り除いてやらねばならぬのだ。」 

「?よ、よくわかんないけど、和樹クンが変だったってのは・・・
 あたしのせいかも知れないかと思って・・・。」 
「どういう事かな?」 
「あたし、このコスで会場にいたんだけど、和樹クン、あたしを見るなり『バカ野郎!』 
 って・・・。何かあたし、和樹クンを怒らせることしちゃったんじゃないかって・・・。」 
「・・・・・・。」 
「で、でも、カメコのみんなは喜んでくれたし、大成功だったのよ?
 ・・・けど、なんで和樹クンだけ・・・。」 
「なるほどな。そういう事か。」 
「え?ど、どういう事なの?」 
「お前のそのコス、そしてその格好を選んだ考え方の問題だな。」 
「あたしの・・・考え方?」 
「そうだ。それで同志和樹は怒って・・・そして落胆したのであろう。
 確かに同志であれば そのように捉えるであろうな。」 
「ねえ、どこがいけなかったの?教えてよ!」 
「それがわからぬようでは、コスなど止めてしまった方がいいぞ。
 その方が、同志和樹もすっきりするであろうしな。」 
「そ、そんな・・・。」 
「もう用は済んだな。では、我輩も失礼させて貰おう。」 

突然のことに混乱する玲子をその場に残して、大志は立ち去った。 
・・・しばらく、その場で呆然とする彼女であった。 


自分の家に戻っても、先ほどの和樹の言葉、そして大志の言葉が耳に残ったままだった。 

『それが・・・それが、コス大好きな玲子ちゃんのやりたいことだったのか?』 
『お前のそのコス、そしてその格好を選んだ考え方の問題だな。』 

「あたしのやりたいこと・・・。考え方・・・。か・・・。」 

何をする気力もなく、倒れ込んだベッドの上で、その言葉を反芻する彼女。 
そのまま時間だけが経過して行く・・・。 


気がついたときは外は明るくなっていた。 
そのまま眠ってしまったらしい。 
時計を見ると、8時を過ぎている。 

「そろそろ、バイト・・・行かなきゃ・・・。」 

重たい気分を振り払うように、シャワーを浴び、服を着替えた。 
不思議なもので、それだけでも気分転換になるものだ。 
もともと明るく前向きな性格の彼女だからこそ、かも知れないが・・・。 

「・・・うん。悩んでいても仕方ないよね。今度、和樹クンに聞いてみよう。
  あたしが何か悪いことしちゃったのなら、謝ればいいし。」 

元通り、とまではいかなくても、それなりに気分が楽になった彼女。 
どうにか、バイトにはいつも通り顔を出すことが出来た。 


「ふう、少し落ち着いたかな?」 

店内清掃や機器のチェックなど、バイトとはいえ仕事は結構忙しい。 
お昼を過ぎると、後は夕方に学生が集まるまではちょっと暇が出来る。 
少し、休憩しようとした彼女に、声がかけられる。 

「あの・・・、玲子ちゃん?」 
「え・・・?」 

そこには・・・。そう、和樹がいた。 

「ちょっと話したいんだけど・・・いい?」 
「え?う、うん。仕事今日は夕方で終わりだから・・・少し待って貰えるかな?」 
「じ、じゃあゲームでもして待っているよ。」 

「どうやって話そう。何から話そう・・・。」 
「朝来るときはふっきれたつもりだったのに、このモヤモヤ・・・なんだろう?」 
「あたし・・・どうしちゃったのかな?」 

一人自問自答する彼女。 
それでも、出した結論は・・・やはり彼女らしかった。 

「でも、迷ってもいられない。うん、あたしらしく、行くしかないねっ!」

 

作者に感想メールを送る

BACK