彼女の笑顔

 

「げ・・・、マ、マジか?」 

普段は滅多に見る機会の無い大学の学生掲示板。
俺がそれを見に来たのはもちろん理由があってのこと。 
・・・そう、今日は卒業生発表の日。 

正式にプロデビューを果たして以来、漫画家家業に忙殺され、
同人誌製作に携わるようになって以来、 
もともと疎かになりがちだった学業にますます手が回らなくなってしまった。 

・・・その結果が今日の掲示内容だ。 
そう、俺は・・・。 


「あ、お兄・・・じゃなくって、和樹さん☆」 
「わわっ!・・・な、なんだ、千紗か。驚かすなよ。」 

声をかけてきたのは、恋人の千紗。大学の後輩でもある。 

「驚かすつもりなんてなかったですぅ。
 ただ、和樹さんが見えたから声をかけただけですよ。」 
「そ、そう?」 
「・・・どうかしたですか?お顔の色が真っ青ですよ?」 
「あ、いや、その・・・。」 

まさか言えないよな、この娘には。ショックだろうしなぁ・・・。 

「ははは、な、なんでもないんだよ、うん。」 
「和樹さん・・・。」 

そう言ってジッと俺を見つめる千紗。 

「千紗にはわかるです。和樹さん、千紗に何か隠し事しているですね?」 
「か、隠し事だなんて、そんなことしないって!」 
「ウソです!・・・それとも、千紗には言えないことなんですか?」 

あ、いかん。このパターンは・・・、泣き虫だってことすっかり忘れていた。 

「わわっ、そ、そうじゃないんだよ。・・・実はさ、俺・・・。」 
「はいです?」 

そう言って、千紗は真剣な表情で俺の次の言葉を待つ。 
うう、そう見つめられると言いにくいんだけど・・・。 

「・・・俺、卒業できなかった・・・。」 
「そ、卒業できなかったですかぁ?そ、そんなのないです!」 
「ち、千紗・・・。」 
「だって、だって、和樹さん、あんなに、あんなに頑張ってマンガ描いていたですよ?
 あんなに、あんなに・・・。」 

そう言って千紗は泣きべそをかいてしまった。
あ〜あ、だから言いたくなかったのに・・・。 

「い、いや。それは言い訳にならないよ。結局は俺の努力不足さ。」 
「で、でも、ち、千紗ぁ・・・。」 
「確かに残念だし、ショックだよ。だけど、俺は漫画家としての自分も、
学生としての自分も捨てられない。だから、もう一度やり直すよ。」 

そこまで言った時、千紗は泣き止んで、
そして何かを思い付いたようにパッと顔を輝かせた。 

「そうですよ!学生さんをもう一度やればいいですよ。
そうすれば、千紗、和樹さんともう一年長く一緒にお勉強できるです☆」
「そうだね・・・ってそういう問題じゃないって。」 
「大丈夫です。千紗、和樹さんにマンガもお勉強も頑張って欲しいです。
 だから、お勉強なら千紗も お手伝いするです。」 
「て、手伝い?だ、だって、俺はもう一年とは言え4年生だよ?
 千紗は まだ3年生じゃないか。」 

その言葉にも、さらりと応える千紗。 

「千紗、千紗の単位もうほとんど取っちゃったですよ。だから、時間あるですから。
 それに、専門の講義ですから、千紗が大学でお勉強したことでわかるですよ。」 
「で、でも、それじゃ千紗が・・・。」 
「いいですよ、千紗、和樹さんのためなら何でもするです。
 締め切りがある時は代りに講義に出て、ノート取るですよ。」 

さ、さすがは高校主席卒。 
でも・・・これでいいのか?
千紗に、返すことのできない恩を抱え込むことになるんだぞ? 

「さ、帰って一緒にお勉強するですよ、和樹さん。」 

満面の千紗スマイルでそう言う千紗。 
そうか、そうだよな。千紗は、打算で物を言ったりしない。
心から、思ったことを俺に言っているだけなんだよな・・・。 

「わかった。じゃ、よろしくね、千紗先生。」 
「はいです。和樹さん☆」 

この笑顔を絶やさないためにも、頑張らなくちゃ。 
俺はそう思いながら、千紗と腕を組みながら家路についた。

 

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