竜創騎兵ドラグーンBLADE
第08回 共通リプレイ:
兄貴の世界 兄貴の時代(嘘)
R4 担当マスター:テイク鬨道


 えーと、いつものセリフだな、と思った。
「そそそそそれは当然かもしれない‥‥」
 ステラ役のステラじゃない娘が、ステラらしい口調で、ステラっぽく物真似をして、口に出して呟く。
 ここは、アールョンの街の裏通り、
「ででではなくて、『お約束』通りである〜」
そう、『お約束』通り。薄暗く、細い路地をうねうねと道が一本、用があるんだか、ないんだか(ない!!)、そう多くもない人が行きかう。
「ホホホントに少なくなってしまったのぅ〜」
 うん、寂しくなったなー。そーゆー季節なのかもしれない。
「きききききき季節のせいか!?」
 たぶん。気にすんな! なんとかなるって!

 で、いつものように砂混じりの風が、今月のステラを演じる女性の長い黒髪をなびかせる。
 謎の少年とすれ違ったフリをして、ちょっと後ろ髪引かれるようなフリをして、遠くで誰かの悲鳴が聞こえたフリをして、やおら駆け出すフリをして、走り出すフリをする。背景が動くだけで、本人は足踏みをしているだけなのだが、奥に向かって進んで行ってるように見えた。
「そそそそそそそこで何をしてるでござる!?」
 彼女の名は、
「ななななんと、今月のステラは、ニーザ・ニールセンなのである〜」
 彼女の本当の名前は、ンーザ・ンールセン。ニーザのそっくりさんであるンーザが、ステラ役に初挑戦。ステラマニアにしてフェチなので、ステラになりきるのは、お茶の子サイサイである。
「じじじじじゃが『〜ござる』とか言ってるである〜」
 ンーザは、顔の下半分をマスクで覆い隠し、濃い紫っぽい黒装束を身にまとい、抜き足差し足、背中には細い剣を背負っていた。闇のステラみたいな恰好で、昼間から、うろついている。
「あああれれ? ニーザのヤツ、眼帯をしとらんである〜」
 今まで演技でニーザ役のトレードマークでありチャームポイントとして隻眼のフリをしていただけだから、ステラ役のンーザは今まで隠してきた右の瞳も、ぱっちり。視野も広がって遠近感も、はっきり。
「たたた助けてやったから募金するでござる」
 だけど、ンーザは、人助けに見返りを要求するステラらしからぬ行動を選ぶ。
「謝礼はいらねぇぜ、ベイビー☆」
 が信条の、かっちょいいステラ役の『お約束』っぷりを、いつものように期待している面々は彼女の暴走に困惑する。
「ござるはいいけど、それはあんまりだにょ」
 たまらずリンゴ・タイフゥンのそっくりさんであるリソゴ・タイフゥソが、発言の取り消しを要請する。協議の結果、編集の際、一連のセリフはカットして、時間を巻き戻して、もう一度、助けだすシーンをやってもらうこととした。
「そそそそそれでは、ニーザがウメリアを助けだすシーン、リテイク・バージョンである〜」
 ちゅどーん! どかーん! わーわーわー! もぎゃぷり、もぎゃぷり! もけけけけけー!
「そそそそそそそこで何をしてるでござる!?」
 ンーザは、ウメリア・ロックウォールのそっくりさんであるウナリア・ロッタウォールを危機一髪で救出する。後、ちょっとンーザがアレをしなかったら、ウナリアは死んでいたはずだ。五臓六腑を腐らせて、のたうち回って殺されていたに違いない。危なかったね〜、ウナリア。
「屋台まで取り戻していただき、ありがとうございます。これで、また、『お約束』通りで、いつものように商売ができるってもんです」
 ウナリアは、これからも、『お約束』通りのスープ・パスタ屋として頑張っていこうと思った。美味しいスープ・パスタを作ろうと思うことが、彼女の『皆』への恩返しなのだ。思うだけで、面倒だから実行はしない。ンーザは頷く。
「たたた助けてやったから募金するでござる」
 ンーザは、にっこりと微笑んで、ウナリアに募金箱を向けた。リソゴちゃん、ガビーン!!
「テイク2も同じにょ。テイク3やるにょー」
 ンーザは、してやったりの顔でほくそ笑んでいる。開き直られてしまうと、押しの弱いリソゴは何も言えない。
「おおお『お約束』めいてきたのである〜。なかったことにして、次のシーンに行くである〜。兄貴を呼ぶのである〜」
 確かに兄貴達が出番待ちになっているからね。時間厳守が『お約束』。プライド高く気難しい兄貴達は怒って帰ってしまうかもしれない。
「そそそそれじゃ、ピペちゃん、ジャムちゃん、『お約束』の呼び掛け、お願いするである〜」
 凸凹コンビ、ピペ・ペピタのそっくりさんであるビベ・ベビタと、ジャム・リブルのそっく
りさんであるヅャム・リブノレは、無言だ。
「‥‥ああああれれ? いつものセリフ、忘れたのである〜? 『お約束』の『‥‥兄貴ィ! アァーニィキィーッ!!』、よろしくである〜」
 でも、ビベとヅァムは無言。冷めた視線で、こっちを睨んでいる。
「そそそそそんなジト目で、わしを見ないでほしいである〜。わしは、いつまでも皆と同じなのである〜」
 えっ、そうなんですか? そのうち、こっちの人になるじゃないの? 
「ううう五月蝿いである〜!」
 まんざらでもない‥‥、とゆーことで(笑)。
「あたいたち、こんな端役ばっかりだよ。たまには、大大ダーイ活躍してみたいんだけど」
「他のこともやらせてくれないかな? あたしたちも、別にやりたいこと、考えてきたし」
 ビベとヅァムは、アドリブでお芝居をハチャメチャにしてしまうことを舞台裏で断っておく。2人は事前に準備万端、ネタを仕込んでいて、丁々発止の新作コントをセリフ合わせ済みだからいいものの、周囲は戸惑うしかないわけで、そーゆーことを厭う先輩や師匠も少なくない。即興のアクシデントよりも計算された笑いこそが本物である、と言う昔堅気の芸人の姿勢だった。わからなくもないので配慮しておこう。
「ほほほほ本番、兄貴を呼ぶシーンである〜」
 下っぱだったビベとヅァムは、豹変した。
「ここを通りたくば、カネを出せ! あたいが集めたカネは、全て、あたいのモンなんだよ」
「稼ぎが悪いからって、自腹で上納金なんか、もう収めないからな。見返りねぇからヤメだ」
 凸凹コンビの反乱である。下克上であった。ありがちと言えば『お約束』なパターンだけど。
「『お約束』通りを支配するのは、ピペと!」
「ジャム! 兄貴達の時代は、今日で終わり」
 しょーがないので、リソゴが1人、雄叫んだ。
「‥‥兄貴ィ! アァーニィキィーッ!!」
『なんじゃーい、わぁれー!』
「ちょ、ちょっと待ってよ。まだ早いよー。これから、あたいたちの大活躍が始まるわけで」
「これから、だんだんと面白くなるんだって。ホモ野郎、帰って! まだ出番じゃないって」
 ビベとヅャムは、1列になって入場してきた兄貴達を押し返そうとする。ほんの少しの時間でも長く舞台の中心に主役として立っていたい。でも、お客さんは拍手喝采で兄貴達の登場を迎えている。凸凹コンビは人気があまりなかった。
『俺らを呼んだか? ああ、呼んだのかっ!?』
『呼んでないって! 呼んでませんったら!!』
 どうでもいい脇役には戻りたくはなかった。岩の役とか、木の役とか、花びらを散らせたり、三日月を釣る竿を支えているような裏方の人にはなりたくなかった。ずばっ!(大根を切って人を斬る音) ざざ〜ぁ、ざ〜ぁ、さぶ〜ん!(小豆を揺すって波の音) 効果音担当も遠慮したい。コメディなんだから、笑いがあって、でもドラマチックに見せ場のある役を演じたい。
「一度でいいから、『1歩でも動くと人質の命が、どうなっても知らねぇぞ!』と言わせて」
「そうだよ。一度でいいから、『冥土の土産に教えてやろう!』と勝利の絶頂を体験させて」
 悪役の美学がたっぷりの魅惑の名ゼリフであり、憧れの決めゼリフである。そんなシチュエーションを一度でいいから、やってみたい。
「月一だけに、まさに月並みなセリフだにょ」
 リソゴは呆れているが、それが『お約束』の世界。枚数も、シメキリも、書き手と演じ手の乏しい才能も、哀しいかな、限られているしね。ケツカッチンなので、サヨナラさせてください。
『今日のところは、これくらいで勘弁しといたるわー‥‥』
 と言って、無念にもフェードアウトさせられてしまうビベとヅァムだった。兄貴達の登場によって、彼女達の身の丈に合わぬだいそれた野望は失敗に終わったのである。
 『お約束』通りにあって、兄貴は、いつだって、『お約束』通りにさせるものかと阻む存在だった。この道を歩いていった向こうには、お話の本筋であったり、フツーのお芝居で盛り上がってるってゆーのに、人気のないアールョンの『お約束』通りは繰り返すばかりで堂々巡り。いつものシチュエーション、いつものセリフ。
「と言っても、反則技よろしく『お約束』を破るのも、実は『お約束』にょ。人は知らず知らずのうちに『お約束』をしてしまうんだにょ。それが1番、わかりやすいから仕方ないにょ」
 残れば、いつしか『お約束』になってしまう。あらゆるパターンを積み重ねて、面白いシチュエーションや、受けたセリフばかりが、何度も使いまわされ、定番になってゆくのだろう。いいネタは、何度やっても、やっぱり、いいのだ。パターンが同じでも、それ以上のオリジナルはないのだから、マンネリを怖れる必要はない。
 だから、アールョン『お約束』通りは、いつものように「正義の味方が困ってる人を助けるが、悪党の子分は仕返しをするために、兄貴分を呼ぶのだった」ってな具合に展開していくのだった。てゆーか、いい加減、飽きてきたのだが、今更、違うパターンは出来ないのだった。
「〜のだった」で文字数を調整するのだった。
「つつつつ次は、兄貴達の自己紹介である〜。そして、いつものように、いがみあっている兄貴達は跡目争いで仲間割れをするのである〜」
 兄貴は兄貴らしく若い衆を束ねていかないと、裏社会に君臨する親分に認めてもらえない。兄貴も組織的には中間の下っぱなのだが、それは漢として成り上がっていくための通過点である。
「ブレイク、本物の兄貴に名乗りあげるべ!」
「我ら歴代兄貴の悲願、裏通り制覇は、この俺、魔王兄貴がやらずして誰がなしとげるんだ!」
 前回の予告通りに(「おいらは期待を裏切らない漢なんだべ」)サブリミナル・ゴルドレオンのそっくりさんであるサプリミナル・ゴルドレオソは、魔王兄貴ことブレイク・ゴルドレオンのそっくりさんであるブレイタ・ゴルドレオソの左肩に乗っかっていた。ブレイタの肩に生えまくる剛毛が、腰掛けているサプリミナルの柔いお尻をチクチク突き刺して痛い。でも、サプちゃんだって漢のコだ。半笑いで我慢する。
「‥‥全略、何もないぜ、勇者兄貴だーっ!!」
 勇者兄貴ことマグニ・ゴルドレオンのそっくりさんであるアグニ・ゴルドレオソは、バスタードソードのそっくりさんであるバッソの剣先を、魔王兄貴ブレイタとサプリミナルに向ける。
 愛しのサプちゃんを奪われた嫉妬であった。左肩がスースーして、軽くて寒くてたまらない。
「あたしのことは、リズ兄貴とでも、女兄貴とでも好きに呼んでくれてもよくってよ! それから、あたしはツッコミだから、ボケの人がボケたらボケっ放しは許さないから覚悟してね」
 女兄貴エリザベス・ジャームッシュのそっくりさんであるエリザバス・ジャームッシェは、ノータリンな天然ボケ、とどのつまりバカばっかりの兄貴達の中で珍しいツッコミ担当である。でも、誰にも呼ばれていないのに自分から、あだ名を名乗るなんて結構『お約束』なヤツだ。
「お兄ちゃん、レスリングごっこで遊ぼう!」
 いきなり突進してきたのは、マイム・ディアのそっくりさんであるアイム・ディマ。赤い前掛けをしただけの、見ようによっては裸エプロンにも見えなくもない露出度の高い恰好だった。
「お兄ちゃん!? あたしは、お姉ちゃんだー! この世の全ての兄貴が男だと思うなかれ。漢は、漢ってゆーものは乙女の中にもあるんだよ!」
 エリザバスとアイムは、がっぷり四つに組み合おうとするが、小兵のアイムは、前みつを取ろうとする巨体のエリザバスを嫌って、脇をしめ肘を追っつけたり、腰をひねりながら腕(かいな)を切ったり、それでいて巻き返しを狙う。
 激しい攻防だが、アイムは立ち技が苦手だった。なんとか得意の寝技や固め技の形にしたい。
「兄貴と慕ってくれる皆の友情パワーを、ちょこっとだけ、あたしに分けてちょーだい!!」
 そう叫ぶエリザバスは、一瞬のスキを突き、アイムの足を取ると、ひっくり返し、両足を抱きかかえ、ぐるぐると回転した。遠心力で血が頭に紅潮していくアイム。でも、楽しそうだ。
「ぷにぷにぷにぷにぷにぃぃぃぃぃぃぃん!」
「あたしの中に潜むミラクルパワー、皆が信じてくれているから、か弱いあたしにだって、ありったけの力で、こんなことができるのよ!!」
 エリザバスは倒れこむようにして、アイムを投げ飛ばした。投げ飛ばしてから、絶叫した。
「ウオオオオォォォオォォオオォオウッ!!!!」
 投げ飛ばされていったアイムは、
「おおお空のお星さまになったのである〜」

 キラーン☆

『マ、マイムゥゥゥウゥゥウウゥゥ〜ッ!!!!』
 明けの明星が輝くとき、1つの光が宇宙に向かって飛んでいく。それがアイムなんだよ。
「大丈夫。この程度のツッコミぐらいじゃ、死なないわ。死んだとしても、『お約束』だもん。実は生きていた! になるって。よかったね」
 エリザバスは、まぶしそうに空を見上げた。不思議と悲しくはなかった。アイムの笑顔、忘れないよ。永遠に生き続けるがいい、心の中で。
「『お約束』通りで、こんな争いを、いつまで繰り返せばいいんだ。俺が兄貴になろう。仕方ないのだ。全てに決着をつけるためには‥‥」
「ディオスさんが兄貴様になって、他の兄貴どもと戦うってゆうんなら、うちもいっしょや」
 ディオス・レングア・シュトーのそっくりさんであるヂィオス・レングマ・シェトーは、つ
いに兄貴になることを誓い、エテルノ・ラガッツオのそっくりさんであるユテルノ・ラガッシオは、ヂィオスの片腕、伴侶とならんと企む。
「新たな兄貴が現れて、再び『お約束』通りに波乱、破滅、絶望、失笑を巻き起こすんだね」
 仮面の竜騎士セルゲイ・デュバル・ザザーラントのそっくりさんである、お面の蛇使いヤルゲイ・デュベル・ザザーブントは、兄貴対決の審査委員になるべく、決闘の立会人ぶっていた。
「しかし、どのようにして兄貴達の優劣を判定し、勝敗を決せばいいのか、悩みどころだね」
 敗者側が、なかなか納得してくれなさそうで、立会人ヤルゲイが最終的な裁定で苦労することは明らかである。公平なジャッジを心掛けようにも、漢っぷりを比較するにしても、腕っぷしなのか、人望なのか、資金力なのか、はたまた大きさなのか、固さなのか、テクニックなのか。やっぱ漢としての色々な経験? 漢としてチャレンジャーでありたい。たった1度の人生である。ヤらずに後悔するより、ヤッて後悔したい。漢は、宿から宿への旅人。旅の恥はカキ捨て。
「‥‥コ、コ、困ったとーきーは? ド、ド、ド、ド、土鍋マーン参上! 君ハ、誰ナンダ!? 土鍋マンです、こんにちは。コンニチワワ!!」
 リアナ・ユリアナのそっくりさんであるリアメ・ユリアメは、犬の姿なのに土鍋マンらしい。
「解説シヨウ! 土鍋まんトハ、犬鍋デ煮込マレテタセイデ未知ナル鍋ぱわぁーガ、コノ着グルミニ蓄積サレ、メデタク、変シーン! ヤタラト増エ〜ル兄貴ノ内、兄貴ノ中ノ兄貴、真ノ兄貴ヲ決定スルタメニ、呼バレテイナイケド、勝手ニ即参上シタト言ウ訳ナノダ! ちびっ子ノ諸君、ワカッタカナ? 十二分完璧理解!!」
 鼻をつまんで、自ら解説する。白犬の着ぐるみが、今月は煮卵みたいに茶色の犬の着ぐるみに変色したのは、そーゆーわけなのだった。
「ほほぅ。土鍋マンにはアイデアがあると?」
「兄貴鍋で勝負だ! 兄貴鍋って、なーに?」
 リアメ提案の兄貴鍋で、待望の第2回(だっけ?)真の兄貴コンテストが始まらんとする。
「マタモヤ、解説シヨウ! 兄貴鍋トハ、煮エタギッタオ湯ニ肩マデ浸カッテ、誰ガ一番長ク耐エラレルカ、競ウノダ。肌ガ焼ケタダレテナイ兄貴ガ真ノ兄貴ニ選バレル。火傷シチャウヨウナ兄貴ハ、だめ兄貴ネ。ツマリ、あれダ。ワカラナイカナ!? 熱湯こまーしゃるダッテ!!」
 ぐつぐつ、ぐつぐつ。マジで熱湯だね‥‥。
「ここが魔王兄貴ブレイク最大の見せ場だべ」
「む、無理だって。こーゆーのって『お約束』じゃ、そう熱くないお湯に浸かっているのに、熱湯のフリして、アチー、アチー! チョー熱いッスよ! とか泣き叫ぶから面白いでは?」
 ブレイタは、ブレイクらしくないフツーのことを言って、兄貴鍋への最期の入浴を拒否した。
「バカ野郎! それでも、お前、漢なのか!?」
 勇者兄貴アグニは、ブレイタの情けなさに涙がちょちょぎれる。ちゃんちゃらおかしいぜ。
「だったら、てめぇが挑戦して、1回死ね!」
「勇者と言えば風呂嫌いに決まってるだろ?」
 ちなみに女兄貴エリザバスと、なんちゃって兄貴ヂィオスも地獄の兄貴鍋を慎んで辞退した。
「なーんだ、兄貴と名乗ってても、大したことないね? てめぇら、負け犬だ、負け兄貴だ」
 犬の着ぐるみ土鍋マン・リアメは、意気地なしの兄貴ども嘲笑った。ワンワン吠えている。
「ねぇ、ディオスさん。いつもの『お約束』でお風呂に入ってるフリで、ええんやないの?」
 ユテルノから、ヂィオスにナイスアイデア。しかし、この意見は彼女のパーソナリティーから発せられた生きた言葉ではない。読者には見えない向こう側にあるボードに用意された文章「いいいいいつもの『お約束』でお風呂に入ってるフリをするのである〜」を読んで、舞台の上にいる1人が選ばれ、セリフにさせられただけのこと。潤滑にストーリーを進展させるための珍しくない、よくある処理の1ケースだった。
「うっわー、アッツー!! だが、俺は兄貴なんだ!! ノリと勢いがあればこれしきのこと!!」
 ヂィオスは、兄貴鍋に浸かっているフリを演じている。他の兄貴達も負けていられない。常識を越えた空想と妄想が入り交じった大決戦が繰り広げられる。想像力、イメージの世界だ。
「ウオオオオオオォーッ!! 真の魔王兄貴たる俺が我慢大会で負けるわけにはいかねぇー!!」
「ぬるいじゃん! この程度で熱湯とは片腹痛い。湯冷めしてしまうじゃねぇかバーロー!」
「あ〜、生き返った〜。極楽、極楽だよね〜」
 ブレイタ、アグニ、エリザバスを含む4人の兄貴達は、混浴よろしく、いっしょの兄貴鍋でぐつぐつ煮込まれているフリをした。1つ鍋の中、序盤から険しい顔をしたり、やせ我慢で涼しい顔をしたり、長期戦を予感させる試合模様。迫真の演技に、こいつら、ホントに熱湯風呂に入っているのではないか? と錯覚させた。
「すごいべ! さすが、無敵の兄貴だべ! 皆も応援してるべ! メッチャすごいんだべ!」
 テンション低いときは無理矢理テンション上げなきゃいけないし、面白くないけど爆笑して面白い雰囲気を作ったりすることは、一応、ステージの脇で参加中の役者として大事な姿勢だ。ある意味、通行料名目でカネは払っているとは言え(正しくは通行料ではない。カネを支払っていても、『お約束』の内容いかんでは、残念
ながら通行できないこともあるのだ)、ただのお客さんじゃないんだから、不本意かもしれないが、多少、脚色気味すぎるけど、これも面白くするためだと思って、皆も協力してください。
「有効! いや、これは一本! 明らかに一本。皆が一本だよ! 皆が優勝だ、おめでとう!」
 兄貴達の捨て身のイマジネーションの渦の中で、ヤルゲイは、まさに熱湯での熱闘を称えた。もう充分だ。これ以上、このパターンを引いても笑いは起こらない。後はダレるだけである。
「盛り上がってるみたいだけど、そーゆー口だけの演技で、ごまかすなよ! 付き合いいいけど、そーゆー低いレベルで張り合うなよ!」
 兄貴達の白熱の舌戦を聞いて怒るヒューイット・ピッカート・コンバークのそっくりさんであるヒェーイット・ビッカート・コンベーク。
「リアルファイトしようよ! 『お約束』に縛られて、『お約束』の枠の中で何ができるか、なんて考えるのは、よそうよ。狭い常識で限定して行動を自らセコくして、どうするんだよ? あたし達は、もっと自由を主張するべきだ。遊ばれているだけじゃ、弄ばれているだけで、そんなの、『皆』の思うがままじゃないか?」
 本当に傷つけたり、本当に死んだりするのが、怖いから、仲良くケンカしな? みたいな虚構の擬似的な対立をお膳立てしようとする。あるいは、本当に傷つけても、本当に殺してもいいような『お約束』で固められた、しかし本当は存在しない、対立する敵の存在を受け入れる。本当に殴りあって、ナイフで腹部をめった刺しに突きあって、生暖かい血を流して、初めて本当にわかることもあるのに、心がナイーブで弱すぎるから、本当の行動は臆病になる一面、安全な裏側では容赦しないし、手加減できない。誰も好きになれないけど、嫌いにもなれない。無関心だから、誰もが選ばれることを望むのに、選べない。誰に対しても興味がないから、誰に対しても相手にもされない。優しくしてほしいのに、優しくなれない。誉めてもらいたいのに、誉めることができない。欲しいものはいっぱいあるのに、何もギブできない薄っぺらい関係。
「あたし達は1人1人違うんだから、やりたいようにやってみようよ。あたし達は沢山の1人1人であって『皆』と同じじゃないんだよ!」
 本当の自分の正体はわからないけれど、前向きに。薄暗い路地裏でたむろって宴会しているだけで、いつまで経っても前へ進まないけれど、それは前に進もうとしないからであり、せめて心はいつも前向きでありたい。哀しいことも、イヤなことも世界には満ちているけど、それと同じくらい、喜ばしいことも、ステキなことも、気付かないかもしれないけど、皆には笑顔が、自分以外の皆には微笑む顔があふれている。皆が楽しそうにしているのに、ヒェーイットはつまらなかった。ノケモノにされているみたいで。
「てゆーか、アールョンのアニキと言えば、あたしのことじゃないか? 唯一、アニキと愛称になってるくらい、皆から、そう呼ばれてるし、皆も、そう呼んでるって! な、ヴァリー」
「なんや、ヒューイット。‥‥どないしたんや、ヒューイット。また、おかしゅうなったんか、ヒューイット。しっかりせな、ヒューイット」
 ヴァリー・フォムウェスト・フラットのそっくりさんであるヴァソー・フォムウェヌト・ワ
ラット27才は、21才と6つも年下のヒェーイットのことをアニキだとは思っていなかった。
「そ、そうだよね。アニキなんて愛称、使いにくいもんね。わかってたよ、そんなの最初から。あたしは、ただりヒューイットだよね。ホンモノのヒューイットなんだよね。だって、ヒューイットって呼ばれてるから、名前はヒューイット。愛称もヒューイットにしときゃよかった」
 ヒェーイットは、ヒューイットの真似をしている内に、本当の自分がヒューイットであると勘違いしている。間違いやすいほど、よく似ているが、フェイクであり、ダミーである存在に過ぎないのに、設定にある役柄のオリジナルを真似ているうちに、結果、同一視してしまった。
(あたしは、ヒューイットになりたい‥‥。そして、ヒューイットになりつつあるんだ‥‥。まさか、あたしがニセモノのヒェーイットってバレたら、皆に笑われてしまう‥‥。いや、ニセモノは抹殺だ‥‥。皆は、ホンモノなんだもん‥‥。絶対、あたしは殺されてしまう‥‥)
 ヒェーイットではダメだ。ヒェーイットは、ヒューイットではない。イコールじゃない。演
じるのではない。なりきる。被りきってしまう。ヒューイットとして、同一の存在を定義する。ちょっと違っていても、解釈の差だとか、愛敬だとか言って、ごまかす。それが『お約束』だ。『皆』の多くは考えたこともなく、最初からイコールのように思っている。アレから12年、現状において、どう考えても、どこで、どう間違ってしまったのか、絶対におかしいことなのに。さまざまな矛盾に目をつむらせ、思考停止させる一方的に都合のいい『お約束』だった。
「イカイカで、またイカれてるやろ? 俺もイカイカでイカれてたけど、今月の俺は、先月の俺とは、かなり、ちゃうで。しかも、先月までの俺とは、全然ちゃうねん。あれれ? 俺ってば目覚めたじゃん? 覚醒しちゃったのかな? なんーて、標準語になっちゃったりしちゃったりするくらいさー、目から鱗がこぼれでるレベルの別人やねんって。猛烈びっくりしたでー」
 ヴァソーも、充分、イカイカでイカれてる。
「ヴァリーみたいにホンモノの人はいいよ。あたし、ニセモノだもん。ずっと隠してきたけど、実は‥‥、ホントは‥‥、あたし、ヒューイット・ピッカート・コンバークじゃないんだ!」
 ヒェーイットは、小声で、ヴァソーだけに聞こえるように囁いた。PCのヒューイットならともかく、自分は謎のヒェーイットなのだ。
「そやけど、偽りの自分であっても、もっと大切にせぇへんと。偽りの自分も本当の自分の一部なんやから。ちゃう、本当の自分の全部や」
 ヴァソーと、ヴァリーは、よく似ている。見た目が、そっくりだ。でも、ちょっとだけ違う。ヒェーイットと、ヒューイットもそうだ。皆、同じ悩みを持っている。本当の自分が何者なのか? 悩んでいるのは、自分1人だけじゃない。ありふれているから、それは『お約束』なのだ。
「干し葡萄をレーズンと呼んで、何が変わる? 裏通りを『お約束』通りと呼んで、何が変わるやろ? 本質は全く同じ。言い換えただけや」
 干し葡萄とレーズンは違う食べ物なのだろうか? 裏通りと『お約束』通りは違う場所なんだろうか? ヒェーイットは、ヒューイットなのだ。ヒェーイットの一部と、ヒューイットの一部は全く同じだ。たった1文字違いである。だから、ヒェーイットの全部と、ヒューイットの全部は、限りなく等しいイコールで結ばれる。逆もまた真。ヒューイットは、ヒェーイットだ。ヴァリーは、ヴァソーだし、皆もそんな感じで。ここにいる限り、そっくりさんだけど、本物のそっくりさんなのだ。それが『お約束』である。
「じじじ実は全く目立たないけど、ここにいるのに、理由あって表に出られない人達である〜。久しぶりなので懐かしい方もいるのである〜」
 蠢く黒い影、カリス・マカリスのそっくりさんであるカリヌ・マカリヌ、ミント・クアンタムのそっくりさんであるシント・タアンクム、ガイヴィス・カーディンのそっくりさんであるガイヴィヌ・カーディソ、シュガムニ・ロップツールのそっくりさんであるミュガムニ・ロップシール、アイル・セスティーナのそっくりさんであるマイル・ヤスティーナ、ユウイチ・スレイブメイカのそっくりさんであるユウイテ・スレイプメイカ、シャイア・カニバルのそっくりさんであるシャイマ・カニベル、そしてハモン・ダーのそっくりさんであるヘモン・ター。
「アレが『お約束』に反し、『お約束』に逆らい、『お約束』をないがしろにしたモノ‥‥」
 ごごごごごごごごごごごごごごごごごごぉ
 ろくろくろくろくろくろくろくろくくくぅ
 あああぁぁぁぁ〜るるるるるるるるぅ〜〜
 なななぁぁぁぁ〜いいいいいいいいぃ〜〜
 ぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちちちぃ
 がいがいがいがいがいがいがいがいいいぃ
 あひぃる! まがぁも! がちょおーん!
「セリフにならないケモノの咆哮。畜生になってしまい『お約束』を失ったノケモノの末路」
 『お約束』がないために、ハジけちゃって、ブチキレちゃって、暴れまくってらっしゃる。同じPCとして、ああはなりたくないものだ。
『おろろーん! おろろろろろろろろーん!』
 PCなのに『お約束』が届かなかったため、人格を崩壊させるほど泣き喚いている。今月はNPC(ノン・プロミス・キャラクター)だ。
「混乱? 錯乱? あたしも、一歩間違えれば、あんな風になっていたのかもしれない。むしろ、そうなることを望まれているのかもしれない」
 ヒェーイットは、うすら寒いものを背中に感じている。幽霊みたいな人が張りついていた。
「あのー、すみません‥‥。今月、僕、いるんですが‥‥。『お約束』あるんですが‥‥」
 か細い声に振り向くと、ヘモンは情けない顔で申し出ていた。蠢く影の中にもヘモンがいる。
「そんなバカな、ハモン・ダーが2人いる!?」
 てっきり、もう‥‥。いや、それ以上は言うまい‥‥。待ってました! とゆーことにしておこう。社交辞令であっても、予断は失礼だ。
「騙されていけません! そいつは、ニセモノです。ニセ・ハモンなのです。‥‥確かに、僕レベルになると、いつかはニセモノが出てくると思いましたが。しかし、僕の名を騙り、僕の評判を落としめようとするなんて許せません」
「そっちがニセモノなんじゃないかなぁ‥‥」
 ヘモンは、もう1人のヘモンを指差す。2人が並んでも見分けがつかない。鏡があるかのようにいっしょだ。ウリ2つ、ヘチマなら4つ。
「‥‥双子? 生き別れになったお兄さん!?」
「確かに、よくある『お約束』ですけど‥‥」
 そんな話、そんな設定はなかったはずで。
「それじゃ、オチは、三つ子とゆーことで?」
「四つ子でも、五つ子でも、それ以上でもありませーん! 紛らわしいニセモノ許すまじ!」
「違います‥‥。僕がホンモノなんです‥‥」
 元気なヘモンと、元気じゃないヘモン。生霊とか、エクトプラズムとか、ドッペルゲンガーとか、オカルトのお寒いオチではないようだ。
「もしかして、お前、ハモン・ダーじゃなくて、ニセモノのヘモン・ターなんじゃ? 黒いし」
「失敬な!! ホンモノの神殿司法官ハモン・ダーです。黒いからニセモノのわけあるかって」
「そうです‥‥。僕は神殿司法官ハモン・ダーです‥‥。そうじゃないわけありません‥‥」
 気をつけよう。こんなヤツが、偽者だ! 寝不足で目の下にクマがある。夏でも黄色いマフラーをしてる。三七分けが七三分けになっている。本物と性格が逆。顔にトーンが貼ってある。
「別に、どっちでもいいよ。技の1号、力の2号とゆーことで、ハモン・ダー2号、頑張れ」
「ホンモノである僕の方が2号ですか‥‥?」
 2号も本物だってば!(代役上がりだけど)ちなみに腕の模様のラインが、二本線だと1号で、一本線が2号なのは有名だが、手袋の色でも区別できる。銀色が1号で、赤色は2号。黄色だったら、偽者だ。後、中身(正体)が違う。
「やっぱり、こんなことになるなんて、僕が悪いんですね‥‥。皆、みんな、僕のせいで、こんなことに巻き込んでしまって、ごめん‥‥」
 ヘモン2号は涙を流して、皆に謝罪している。
「何、謝ってるんだよ! これが何であるかを言うことは誰にもできない。関係あるかもしれないが、関係ない。そうやって僕達はバラバラになっても生きていく。例え『お約束』を失っても、僕達がいなくなるわけないと信じよう」
 ヘモン1号は、落ち込むヘモン2号の肩に手をまわす。1つには戻れない。融合はありえないのだ。分裂したままで、1人は消滅する。アールョンにヘモン・ターは1人でいいのだから。
「いなくならねぇよ! 俺達は消えねぇんだ! 『お約束』じゃなくて、お前が何をしたいかだろ? 自分自身にもっと誇りを持とうぜ! いいコのフリをしてる場合じゃないって! 不良がカッコイイんだ! 最後はキレれば、それでいいんだ! てめぇらの血は赤色かーっ!?」
 残り行数を考えて、今月も、もう終わりだろうと思って、ブレイタは暴れることにした。皆が大暴れして大混乱オチは『お約束』だった。
「このバカちんがーっ!! あの夕日に誓った、漢の誓いを忘れたのかーっ!?」(嘘)。
 アグニは、バッソの平べったい方で叩こうとする。
「おいらなんかのために争わないでだべー!!」
 サプリミナルは感動のあまり泣いて、2人の兄貴のタイマンを制止することなく裏で煽った。
「真剣白羽取りーッ!! ‥‥ウギャーッ!!!!」
 ブレイタの血は、どす黒かったが赤色だった。




第09回へつづく


●マスター通信

「『約束』は『お約束』であり、メイルゲームの約束事として『プレイング』を意味するようになると最初から考えていた!! わけがない」
 例えば、マンガのキャラが「マンガじゃねぇんだから!」みたいなセリフを叫ぶのは、お約束である。
 だから、RPGのキャラは、RPGであることを否定しようとする。過去、劇中劇を扱ったシナリオはムチャクチャあったが、こんなシチュエーションでの二重ないし擬似ロールプレイは、そうなかったと思う。思いつきのアイデアなんて、大方、どっかの誰かがやってるから油断はできんが。それを知ってるか知らないか、と言うと最近の状況は知らんからなー。
 だから、勝手に突き進んでいける部分もあるわけで、細かいことは気にしないでください。この話に面白いオチを期待してはいけません。
 さて、ラスト2回。色々やりたいこともあると思うけど、R4の場合、次回の引きはDMアンケートが全てである(ホンマかいな?)。