メソポタミア文明
- メソポタミア地域
チグリス川とユーフラテス川にはさまれたメソポタミアの地域でも、農耕や牧畜が始まった。
- 都市形成と王
紀元前3000年頃になると、神を祭る王が権力をもつようになり、大きな神殿や、城壁に囲まれた都市を中心とする都市がつくられた。
- ハムラビ王
紀元前2000年頃に都市国家を統一してバビロニア王国が成立し、紀元前18世紀ごろにはハムラビ王がメソポタミア地方を統一した。ハムラビ王はハムラビ法典をつくり人々や奴隷を支配した。
- 暦と文字の成立
- 太陰暦(たいいんれき)
太陰暦は月の満ち欠けをもとにしたつくられた暦で、1年12ヶ月、1週間を7日とすることや、時間や角度を60進法で計る方法も考え出された。
- くさび形文字
この地域では、青銅器がつくられ、くさび形文字も使われていた。
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メソポタミア
メソポタミアとは、「二つの川の間の地方」という意味である。
くさび形文字
古代西アジアで、くさび形を組み合わせて粘土板に刻んだ文字で、ハムラビ法典で使われている。約3000年間使用され、アラム文字の普及で衰退。
中国文明の甲骨文字
中国北部の黄河流域に早くから漢民族が定住しており、農耕・牧畜を行っていた大村落が都市国家となっていった。都市国家が統一して殷が起こったが、ここでは重要なことを亀の甲(こう)や牛の骨を火であぶる占いで決めた。占いに使われた亀の甲や牛の骨に刻まれた文字を甲骨文字という。 |