アメリカ大陸周辺の海賊

  • 私掠船=プライベーティア
    16〜17世紀にヨーロッパ人がアメリカ大陸に到達し、植民地獲得競争が激しさをますと、戦争状態にある国々では、交戦相手国の船や港を攻撃し、物品を略奪してよいという公式の許可が、政府から個人にあたえられることもあった。厳密にいえば、これは私的目的の海賊とはことなるが、とくにヨーロッパ近代初期の植民地獲得競争の中で、政府の密命をおびて活躍した私掠船はプライベーティアとよばれ、ヨーロッパ諸国の闘争を通じて猛威をふるった。
    しかし、1588年におきたスペイン無敵艦隊のイングランド来襲に対しては、私掠船で経験をつんだホーキンズやドレークがイングランド艦隊の指揮をとって無敵艦隊を撃破、のちに世界を制するイギリス海軍の第1歩をしるしたのであった。
  • バッカニーア
    各国の軍備も整備されて、私掠船の利用価値はうすれていったころのカリブ海では、バッカニーア(肉を燻製にする人)が、スペインなどからの入植者をふるえあがらせた。バッカニーアは、もともとはスペイン領の先住民の職業であったが、入植者から迫害された彼らは、最初は強盗や牛泥棒をはたらくにすぎなかったが、カリブ海の島々で海賊となった。
    こうした海賊の活動は19世紀までつづくが、ヨーロッパ各国海軍の装備や組織が強大になり、常駐海軍による公海パトロールがはじまると、徐々に掃討されていった。なお、海賊を象徴するかのような、髑髏(どくろ)をあしらった海賊旗ジョリー・ロジャーは、18世紀初頭に短期間使用されていたにすぎなかったらしい。
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