平和的解決?武力解決?
中宮 崇
マスコミに手綱をつけるには、オンブズマンなどでは手ぬるい!
マスコミによる報道被害が発生するたびに聞かされるのが、「日本にもオンブズマン制度を確立せよ!」との声。何を隠そう、私もつい最近までは同種の考えを持っていました。
「オンブズマン」というのは、「代理人」などという意味のスウェーデン語で、この場合は、報道被害者を救済するための第三者機関とでもお考えになるとよろしいでしょう。
残念ながら、欧米では常識中の常識であるこの制度が、日本には全くと言って良いほど定着していない。つい最近まで国家全体が戒厳令下にあった台湾にさえあるのに。
いくつかの新聞社は、「うちにはオンブズマンの制度がある」なんてあほな事言っていますが、騙されてはいけません。彼らの言うところのオンブズマンとは、単に「会社の給料をもらっている社員によって構成された、社内校正部門」のことなのです。とても「公平な第三者機関」などといえる代物ではない。
日本でも最近は、行政を監視する「市民オンブズマン」という、市民有志によるボランティア組織がかなり活躍しており、マスコミもそれを「まことに結構な事である」ともろ手を挙げて称賛しています。「権力は絶対腐敗する」というあまりにも有名な言葉の通り、権力へのチェック機構としてのオンブズマンは、健全な社会を目指すならばやはり必須のものといえるでしょう。
ところが行政監視オンブズマンには全面賛成のマスコミも、こと「マスコミ監視オンブズマン」の話になると腰が引けてくるのです。他人に要求するような事が、自分たち自身はできない、しようとしないわけですね。いつも強引に「報道の自由の侵害だ!」などという話に持っていって、市民を煙に巻いてしまう。
「マスコミは第四の権力」という考えは、もはや誰も否定できないほどの常識中の常識となっており、中には「いや、第四権力どころか、第一権力だ!」とまで断言する方もいる。そういう巨大な権力機構と化しているマスコミに対して、何のチェック機能も働いていないと言うのは相当危険な事なのではないでしょうか。
きちんとしたチェック機能が存在していれば、松本サリン事件を始めとする様々な人権侵害報道を未然に防げたのではないでしょうか。たとえあらかじめ防げなかったとしても、その後の訂正記事掲載などによる人権救済がスムーズに行っていたであろうという事は想像に難くはありません。
オンブズマンについては以上のようなものなのですが、始めに戻りまして、以前は私もオンブズマン制度の導入に傾倒していた時期があったのですが、最近はかなり考えが変ってきています。どういうことかというと、報道オンブズマンの先進国であるスウェーデンやアメリカなどにおいて、どうも最近、オンブズマンの力不足によると思われる事件がたびたび起きている。難破したフェリーの死亡者名簿が詳しい経歴と顔写真付きで公表されたり、現場からの避難誘導に活躍したはずの警備員が爆弾犯人に仕立てられたりと。これは、オンブズマン制度の限界を示すものではないのかと、最近思うようになってきたのです。
考えてみれば当然ですね。マスコミとオンブズマンとを比べてみた場合、組織力も資金力も全然比較にならない。最初から、対等に渡り合えるはずがない。そもそもオンブズマンは、無報酬の場合が多いですし。結局オンブズマンは、マスコミの手のひらの上で躍らされているだけなのではないか、最近そう思うのです。
では、どうすればよいか?そこで私が今考えているのが、「マスコミ新聞」とでも言うべき機関。つまり、マスコミがやっているような事、例えばプライバシーの暴露やなんかを、マスコミ人を標的にしてやってしまうような「第五権力」を営利団体あるいはボランティア団体として作ってしまおうというもの。営利団体(ボランティア団体)だから、オンブズマンのようにマスコミのコントロールが及ぶことはないので、好きに活動できる。さらにこれ自体が独立した報道機関だから、取材力などの面でもある程度、マスコミ連中と相対する事ができると思うのです。
そうやって普段からマスコミ人や報道機関を見張っておいて集めたネタは、ニュースとして流すも良し、場合によっては報道被害者の人権救済のための取り引き材料としても良し…、いかがでしょう?
ここでポイントとなるのは、「マスコミ新聞」はあくまでも、報道被害の防止と救済が目的であって、「マスコミ人の真の私生活」を報道するものではないというところ。
ペルー人質事件のときにしきりに「平和的解決」というのが叫ばれましたが、オンブズマンというのは一種の「平和的解決」の手段だと思うのです。どちらも、犯罪者と直接取引する切り札となるカードがないですから。で、「マスコミ新聞」は「武力解決」の様なものです。下手に使えば被害も拡大するが、うまい事使えば「平和的解決」よりも多くの果実を獲得できるという意味においても。
オンブズマンによる、穏当ではあるが中途半端な被害救済の道を選ぶか、「マスコミ新聞」による、危険は大きいが徹底的な被害救済を選ぶか、皆さんはどうお考えですか?
なかみや たかし・本誌編集委員