『週金』を撃つ!−6
卑劣なる狙撃
中宮 崇
他人の批判をしたいのなら、自分の言葉を持ってしろ!
今回は、『週刊金曜日』5/23号における、ニュースキャスター筑紫哲也氏のコラム「自我作古」について。彼はそこで、「居留民よ、あなたはただの卵の「白身」だ」という題名で、ペルー人質事件でバッシングの渦中の青木大使をくさしている。それだけでも許し難いのであるが、本誌の公開質問状で指摘した嘘をまた繰り返すという、全く持って確信犯的大嘘つきとしか言いようがない行為を依然として繰り返している。
さて筑紫氏、女性週刊誌などが中心となっている青木バッシングを批判しつつ、あまつさえ
その後のバッシングにも、私たちは同調しなかった
などと自慢しているが、ただのバッシングならともかく、本誌でも暴いてきたように「嘘をついてまでテロリストの肩を持つ」という人間として最低な事をやっていたのであるから、私に言わせればまったく片腹痛い。
コラムの話に戻るが、筑紫は、いかにも公正中立顔をしつつ、陰険にちくちくと青木大使を貶めている。
例えば
やはり性差だけで説明するのはやめたほうがよさそうだ
などと後で逃げ道を作りつつ、「青木大使は女性から嫌われていたという証言がある」とか、「マッチョ」などと書き立て、「俺はそんな意見には荷担しないが、こんな風に言っている人もいるよ」という卑怯な態度で間接的に、青木批判をしているのだ。
また、青木大使の態度についても「豪放」という見方と「傲慢」と言う見方があると一応両論併記の形をとりつつ、結局青木の人格に疑いを持たざるをえないような印象を読者に与える書き方をしている。
筑紫はこのコラムで、いったい何を主張したかったのであろうか?私にはさっぱりわからない。わかる方がいたら是非とも教えていただきたい。
青木大使への賞賛の声とバッシングとを両論併記して、いったい何をするつもりだったのか?「青木大使はえらかった」と言いたいのならそう言えばよいし、「青木大使はろくでもなかった」と思っているのならそう書けばよいのだ。
ところがぐだぐだとわけの分からない「両論併記」でやっていることは結局、青木への誹謗中傷を他人の口を借りてやるという、全く恥ずべき責任逃れ的行為なのである。
筑紫はこのような批判がある事を予想していたのであろう。わざわざ、
断定的な人物評価については私は臆病なのだが
などと逃げ口上を用意していた。
人物評価について断定的な事を言うのが苦手な割には、本誌でも批判したようにテロリストよりの怪情報についてはろくな根拠も示さずに断定的な言い方をしていたが。
コラムの3分の2までを用いて卑劣な青木バッシングを行った筑紫であるが、残りの部分は前の部分と違って何とか筑紫の主張が理解できそうである。
その部分で筑紫は、青木大使が国会で言った言葉
私も人質のひとりだったのですから
という発言にけちをつけている。
どうやら筑紫の言い分は、「大使という要職に在る者は、命を懸けて民間人を護るべきだ」というものであるらしい。映画『戦場にかける橋』で、日本軍捕虜収容所長に対して待遇改善交渉を申し入れる捕虜のイギリス軍将校の例を挙げて比較しているのだが、さてさて、筑紫おじさんには日本軍捕虜収容所と今回の事件の舞台となった大使公邸との違いも理解できないらしい。
国際法による保護がまがりなりにもあった日本軍捕虜収容所と、国際法による形式的な保護さえも受けられなかった今回の人質たちの立場とを混同すること自体、ニュースキャスターというものの低能さを暴露するものである。だいたい、日本軍人と誘拐犯とを全く同一視するということ自体、まあ何を考えているのやらというところである。
そもそも一体、青木大使に対してテロリストと何を交渉しろといいたいのであろう?食事の改善?MRTAは食事など提供していなかった。三度の飯を差し入れていたのは赤十字国際委員会である。人質の解放?武力を持ったペルー政府にさえ出来なかった事を、丸腰の大使に押し付けるのか?
つまり筑紫は、ろくに考えも無しに空虚かつ無責任な戯れ言をほざいているに過ぎない。しかも、青木大使が命を懸けて交渉しなかったのは日本官僚に根差す「官尊民卑」の考えによるなどとまで言っているのであるから、こじつけここに極まれりである。
そして最後に、何度指摘されても改めようとしない筑紫の傲慢さ、学習能力の欠如を表しているのが以下の部分、
彼は「捕虜の一人」とは思っていない。
ここでの「彼」というのは青木大使ではなく、『戦場にかける橋』にでてくるイギリス人将校のことである。しかし文脈上、青木大使の立場も「人質」ではなく「捕虜」であったなどという間違った印象を与えかねないものになっている。今までの筑紫の発言を考えれば、わざとそのような誤解を与える書き方をしたと考えるのが自然であろう。
テロリストに肩入れし、艱難辛苦を乗り越えてきた人質を陰からバッシングし、筑紫はいったい何を目指しているのであろうか?私のような凡人には到底理解できない。
なかみや たかし・本誌編集委員