暴走レポート−4
あいまいな日本の若衆
中宮 崇
「証言者の安全」を隠れみのにする、ジャーナリストどもの怠惰とでっち上げの実態
人質だった一人
辞める事を覚悟した日本外交官
ペルー人の人質
警視庁の鑑識に在籍していた専門家
複数の人質
日本人の人質
警視庁OBの専門家
あるペルー人の人質
ペルーの反政府系新聞の編集幹部
あるメスティーソの知識人男性
人質
日本人人質の一人
自民党の高級幹部
ムニャンテ農業大臣
国家警察関係者(幹部級)
複数の人質
軍関係者
元秘書
有力日本企業の駐在員の一人
外務省幹部の一人
自民党の高級幹部
首相に近い関係者
幹部の一人
外務省本省の幹部
自民党幹部
警察庁の幹部(複数)
警察庁関係者
ある外務省OB
アルゼンチンでメネム政権のジャーナリスト暗殺疑惑を追及している市民の一人
雑貨店を経営する中流層の主婦
企業の駐在員
ノン・キャリア組で在外勤務経験をした元外交官
民間人の人質の一人
別の民間人の人質
かなり長くなったが、上に挙げたのは、雑誌『世界』(岩波書店)7月号記事
「検証 公邸突入と日本外交」
川見勝男
に出てくる「証言者」の数々である。驚くべき事に、川見が取り上げている膨大な量の「証言」の中で、実名が出てくるのは赤で記したムニャンテ農相のみである。しかもムニャンテの証言は、川見自身がインタビューした物ではなく、一般の報道で広く知られている物を持ってきただけにすぎない。それ以外は全て「匿名」なのである。岩波書店も、こんな怠惰でいい加減な「自称ジャーナリスト」の記事をよく載せたものである。
このようないい加減な記事を「検証」などと題する事のできる川見と岩波書店の面の皮の厚さも、相当な物である。
「匿名」を武器にする、怠惰なマスコミ人
オウム事件のときに顕著であったが、オウムの「内情を告発する」と称する匿名の「証言者」が、テレビなどにおいて掃いて捨てるほどあふれていた。彼らを「匿名」にする理由は決まって、「証言者の身の安全を護るため」であった。
ところがその中に、テレビ局がでっち上げた全くニセモノの「証言者」や、実際にはただカネ目当てで「証言者」を騙った者がいたことも明らかになっている。メディアは、「匿名」を武器に、視聴者をたぶらかしていたのだ。
今回のペルー人質事件においても、「匿名証言者」を武器にしてペルーや日本を貶めようとする動きが顕著である。彼らの名前を明かすと、「ペルー政府に狙われる」恐れがあるのだそうだ。そのような事を言っている連中が、人質の名前を顔写真付きで発表するという「テロリスト向け人質カタログ」を用意するに等しい行為には、「顔と名前を公表しても人質がテロリストに狙われる恐れはない」などという寝ぼけた戯言を言っていたという事は、以前本誌でも暴露した通りである。
欧米のメディアでは、日本のメディアでまかり通っているこのようなでっち上げ行為を防止するため、「どうしても証言者名を匿名にしなければならない場合には、それ以外のあらゆる情報源に当たった上、これしか情報源が無いと判断された場合のみにすべき。証言者が匿名を望む場合には、できるだけ実名を出すようにと説得し、さしたる理由も無しに断固として匿名を求める証言者の証言は疑うべし」という、全く持って当然至極の原則が徹底されている。
例えば、日本語でも読む事の出来るニュース雑誌『ニューズ・ウィーク』などの記事を見てみるとよい。日本の怠惰で嘘つきなジャーナリスト連中がいつもやっているような「関係者筋」などというわけの分からないものばかりを情報源にするというプロ失格の行為は、全くと言ってよいほど見られない。必ず、実名証言者を見つけ出すなり他の証拠を探して掲載するなりしている。日本のマスコミ人は、欧米の基準では「ジャーナリスト」とはなり得ない。ただの怠惰で傲慢な嘘つきとみなされるであろう。幸いな事に、日本のマスコミ人はそのほとんどが怠惰で傲慢な嘘つきなので、お互いに批難される事も無くおててつないで仲良しこよしで適当にやっていられるのである。
「匿名証言者」が語るペルー批判
川見は、「匿名証言者」という、実際に存在するのかどうか分からない、本当は川見自身がでっち上げたと疑われてもやむを得ないような怪しげな存在の口を借りて、ペルーと日本に対してある事ない事批判を行っている。
曰く、「特殊部隊は、MRTAリーダーのセルパの首を切り裂いた」、「突入作戦は、ペルー国民に対する見せしめ」、「梶山静六官房長官は辞任を口にしている」、「大使公邸には元々建設時から盗聴機が埋め込まれていた可能性がある」、「ペルーは文民政権でもなんでもない」、「フジモリは、青木大使をだしに使った」、「日本の大使は、あたかもエンペラーとそのお后のように振る舞う」、「ODAは大使夫妻のポケットにその一部が流れ込んでいる」、「青木大使は、アルコール、麻雀三昧」…、まさに言いたい放題である。そしてこれらの「証言」のどれ一つをとってみても、我々にはその信頼度を評価する事は出来ないのである。何しろ、どこの誰が言った事なのか、そもそも本当にそんな事を言った者が存在するのか、全く分からないのだから。
これは言ってみれば、怪しげな新興宗教と同じである。連中はこう言う。
私は、神や奇跡を見たのです!
我々は問う。
本当に見たの?私は見る事が出来るの?
彼らは言う。
私が見たといっているのです!あなたが見られるかどうか
は、あなたの信じる心次第です!
話にも何もならない。ところが日本のマスコミ人は、こういう怪しげな宗教家たちとまったく同じ穴のむじななのである。テレビ局や新聞社は、早いところ宗教法人としての申請を行うべきだ。まあ、申請したところでどうせ、今だってろくに税金は払ってはいないのだから、あまりメリットはないかもしれないが。
川見の、お偉いさんとの癒着
日本のマスコミ人は、「オフレコ」、つまり「ここだけの話」として明かされた政治家の発言でも、韓国マスコミなどに嬉々として売り渡してしまうほど、人間としても全く節操の無い連中である。
ところが川見はなぜかペルー事件に関しては、政治家の「妄言」を、名前を明かすことなく載せている。普通に考えればこれは、二つの可能性があろう。
川見はその政治家と個人的に特別の関係にある。
川見は、「政治家の発言」を「匿名」を武器にでっち上げた。
その政治家(川見によると「自民党の高級幹部」)はこう言ったのだそうだ。
テロリストとは戦争なのだから(処刑をしても)やむを得ない
のじゃないか
これは、明らかに国際法を無視する暴言である。戦争中だからといって、捕虜を処刑してもよいなどというのは数世紀昔の野蛮な時代の考えである(ただし、本誌でも以前指摘したように、MRTAは捕虜としての資格など無いので、これはあくまでも一般論としてではあるが)。
川見は、このような、政治家による国際法無視発言をなぜ「匿名」にしてかばうのか?かばう必要があるのか?そんな法を法とも思わないような人間をかばう事は問題であると思わないのか?でっち上げでないのなら、実名を明かすべきだ。
また川見は、「外務省幹部」も同様に、かばっているか、でっち上げをしている。その幹部は、同じくMRTAの「処刑疑惑」について、こんな暴言を吐いている。
そんなもの(処刑疑惑)は、とにかく何があろうともなかった
んだ。それを派手に書くのは、どうせ週刊誌ぐらい。大新聞
は書かないだろう。だからなかったのと同じになりますよ。
この発言が本当なら、とんでもない話である。事実確認もしようとせずに外務省の人間が「処刑はなかった」などと言うのは、馬鹿マスコミ人どもが憶測をもとに「処刑はあった」と言うのと同じぐらい、あるいはそれ以上に無責任なことである。
川見は、なぜ彼らの実名を公表しないのか?彼らのような人間をのさばらせたままでよいのか?「でっち上げではない」と言うのなら、実名を挙げて公表するのが人間としても当然の事であろう。
ペルーは、国外で暗殺をする?
川見は、「ペルー政府には国外で活動できる暗殺部隊がある」とでも考えているようだ。はっきり書いてはいないが、彼の「匿名証言」の使い方を見てみると必然的にそうなる。
以前も指摘した事であるが、ペルー人の人質についてなら、「匿名」にする理由は十分にある。確かに、ペルー政府に逆らう発言は身の危険を伴う可能性があるからだ。
しかし、日本人や諸外国の人間の証言まで「匿名」で扱う必要がどこにあるのか?ペルー政府がいくらペルー国内とはいえ日本人に危害を加えるとは到底思えないが、これからもペルーで働く事になる在ペルー企業の人間ならば、まだ「匿名」にする理由もない事はない。
川見よ、日本に帰ってきて、もうペルーに行かない人間まで「匿名」にしているのはどういう事か?
例えば、「辞める事を覚悟した日本外交官」には、こんなことを言わせている。
(突入作戦にかかった)38分間の大半は、拷問と処刑のた
めだった
また、「アルゼンチンでメネム政権のジャーナリスト暗殺疑惑を追及している市民の一人」にはこんなことを言わせている。
(今回の事件を機に)ペルーから新型の軍事独裁政権が輸
入されてくるのではないか
この二つを匿名にしたからには川見は、「ペルー政府は、日本とアルゼンチンとで破壊活動を行える能力を持っている」と考えている事になる。そうでなければ、日本やアルゼンチンにいる(と川見が言っている)「証言者」に身の危険が及ぶはずがないのだから。
ところが川見の誇大妄想はこれだけにとどまらない。何と、日本政府も自国民を弾圧する可能性が大きいと考えているようなのだ。彼は「外務省OB」に、こう言わせている。
ペルーが文民政権でも何でもなく、軍と軍の情報部が完全
支配する国である一つの証左です。
また、「警視庁の鑑識に在籍していた専門家(現在は退職)」にMRTAメンバーの死体の映像を見せた結果、「のどが切り裂かれている」などのことが分かったのだそうだ
この二名に関して、匿名にする理由が一体どこにあるのか?未だ在職しているのならまだ、「政府から圧力を受ける可能性がある」と強弁することも出来ようが、二人とも既に退職しているのである。
これらの例を見た限りでは、少なくとも、「川見は怠惰で無責任であり、プロのジャーナリストとしては失格である」ということだけは確実に言える。そしてそれ以上に、「川見は、でっち上げ証言をもとに、いい加減な事実無根のルポを仕上げた」可能性さえ濃厚なのだ。
また、記事によると川見は、MRTAメンバーの死体が映ったビデオを持って一時帰国している。その後、またペルーに渡って、リマの大学の助教授にインタビューをしているようだ。本当に事件解決後にもペルーに行ったのかどうか、せめてパスポートでも見せて欲しいものだ。そうすれば、彼の言う事の1%は信じてあげよう。見せる事が出来ないのならただの嘘つきだ。
川見はそれ以外にも、「テロリストは優しくて人間的であった」という類の、本誌でも以前その欺まん性を暴いた馬鹿な記述を行っている。しかし、そんなものは彼の明白な怠惰と、でっち上げの疑惑とを考えれば、もはや枝葉末節にすぎない。
川見を始めとする日本のマスコミ人がこれほどいい加減な「ルポ」を堂々と発表する理由は何か。彼は記事の冒頭でこう言っている
大事件というのは、後日談こそ面白い。
なるほど、やっぱり「真実の追究」や「市民へ情報を伝える」などというのは二の次であったわけだ。自分が楽しむためなら、でっち上げ証言をもとに「ルポ」と嘘を付いて単なる「フィクション」を垂れ流しても倫理的に何ら問題はないというわけだ。
ノーベル賞作家大江健三郎は、「あいまいな日本の私」などという非常にあいまいな演説を世界に向けて行ったが、日本には、脳みその成長しきっていない「マスコミ人」という若衆があいまいな記事を日夜垂れ流すという、まさに「あいまいな日本の若衆」という現実が存在する。
こんな悪夢のような現実は、是非ともフィクションであって欲しいと切に願う。
なかみや たかし・本誌編集委員