夢は布団の中だけで


                            中宮 崇


北朝鮮の「ソフト・ランディング」など、ただの夢物語に過ぎない!


 さて、北朝鮮です。この国も、全く難しいですね〜。一体、どう扱えば良いのか。

 よく、「ソフト・ランディング」などと言う言葉が使われます。これは、北朝鮮に対して色々援助を行いつつ、緩やかに安定させようという考え方です。

 しかし、あの北朝鮮がですよ、果たしてソフト・ランディングなんてことが可能なのでしょうか?私には到底そんなことが出来るようには思えません。

 大体、「ソフト・ランディング」などと言う言葉を使う人たちは、北朝鮮がソフト・ランディングした姿を頭に思い浮かべることが出来るのでしょうか?金正日はどうなっているのか?徹底的なマインド・コントロールは、どうやって解かれてゆくのか?そういった楽観的な人たちは、こういう質問に全く答えてはくれません。ろくに絵も描けずにそういう夢想的な言を吐くのは、まことに無責任極まりないといわざるを得ません。

 私は、北朝鮮はソフト・ランディングなど不可能だと考えています。なぜなら、ソフト・ランディングのためには、いくつかの条件が必要なのに、北朝鮮がそういった条件を満たす事が出来るとは到底思えないからです。

 必要条件の一つ目としては、北朝鮮の社会主義経済からの脱却が挙げられます。これ無しには、いくら援助をしても無駄です。社会主義、それも個人独裁体制の下で極限までに歪められた社会主義が、北朝鮮経済を破壊した元凶なのですから、これは絶対条件です。

 二つ目として、教育改革が挙げられます。今のような、金王朝無条件賛美の洗脳教育を行っていては、北朝鮮経済再建のために必要な資本主義の担い手を生み出す事は不可能です。

 三つ目として、軍備の縮小が必要でしょう。多数の人員と莫大な国家予算を食いつぶしている北朝鮮軍をそのままにしておいては、いくら援助したところで、民間が潤う事は有得ません。

 四つ目として、国内経済の、外国人への開放が挙げられます。北朝鮮経済の再建のためには、旧式の設備や故障した機械を置き換えるために、膨大な金額の投資が必要です。しかし現在の北朝鮮は、国内でそのために必要な資金をかき集める事は出来ません。そんな事をしたら、全国規模の飢餓が発生する可能性があります。

 そうなると、外国からの投資に期待せざるを得ないわけですが、法律もろくに整備されていない、秘密主義の鎖国国家に、民間企業が、膨大な投資を行うリスクを負うわけがありません。

 以上の条件を見てみた場合、北朝鮮の「ソフト・ランディング」なるものがただの幻想にすぎないという事が明らかになります。

 外国に門戸を開放してしまったら、海外の情報が国民に筒抜けになってしまいます。今まで徹底的な鎖国によって国民を騙してきた国にとって、これは致命的な事です。国民は当然、自分たちが今まで騙されていたという事を知って怒るでしょう。

 現に、旧東ドイツは外国への門戸をほんの少し開いたとたん、国家体制の維持が不可能となり、たちまちベルリンの壁が崩れて西ドイツに吸収合併されてしまいました。東ドイツの指導者だったホーネッカーは、裁判にかけられ投獄の憂き目に遭ったのです。

 この教訓を、保身には敏感な金正日が生かさないはずがありません。北朝鮮の門戸開放など、絶対に有得ないでしょう。

 同様の事は、教育についても言えます。先日あるテレビ番組で、中国との国境から北朝鮮国内の町を撮影するという事をやっていました。ちょうどその時、川で遊んでいる北朝鮮の子供たちがいたのでそれを写していたのですが、彼等はカメラに気付いたとたん、「南のスパイは出て行け!」などと口々に叫びだしたのです。

 これはポルポトによる大虐殺が発生したカンボジアなどでも用いられた手ですが、社会主義国はよく、子どもを洗脳して、親を監視させる監視者兼密告者として仕立て上げるという事をします。子どもだけ洗脳しておけば、親を洗脳する手間が省けると言うわけです。親は常に、子どもによる密告に脅え、反体制的な発言は家庭内でさえ行う事が出来なくなるのです。

 自由主義経済の担い手となれるような、頭の柔軟な人間を作り出すために、洗脳教育を止めたとしましょう。そうした場合、北朝鮮を下支えしていた「草の根スパイ網」が崩壊する事になります。これも、金正日にとっては到底受入難い事です。

 経済再建の邪魔になる、金食い虫となっている軍隊の縮小、これも全く困難です。第一、テロと軍事パレードのお好きな首領様自身、軍の縮小には賛成しないでしょう。たとえ彼が賛成したとしても、その膨大な人員を擁する北朝鮮軍の縮小は、かえって北朝鮮経済を不安定にするばかりではなく、社会情勢自体を危険な状態に陥れかねません。

 考えても見てください。解雇された兵士は、一体どうやって食ってゆけばよいというのですか?ただでさえ仕事がない現在の北朝鮮において、軍人の大量解雇は即、失業者の大量生産につながります。それでももし、兵士の家族に余裕があれば、退役軍人の一人ぐらいしばらく食べさせてあげるということも可能でしょうが、農村さえ飢えているという現在の情勢の下では、そんな余裕のある家庭はまれでしょう。

 そうすると、兵士は単に失業者となるだけではなく、同時に家族との不和を抱え込む事になります。兵士は、


   名誉ある退役軍人に対して、飯さえも出さないとは何事か!


と家族を怨むでしょう。同時に家族は、


   自分たちは毎日一生懸命必死で食い扶持を捻出している
   のに、急に帰ってきて毎日何もせずに食ってばかり。この怠
   け者が!


と、厄介者扱いするでしょう。北朝鮮の社会不安は、最も下の「家族」というレベルから始る事になります。そしてこれはいつか、指導部への不満として爆発する事になるでしょう。

 以上見てきたように、北朝鮮のソフト・ランディングは到底可能とは思えません。ほぼ間違いなく、ハード・ランディングとなるでしょう。つまり、革命が起こるなり、戦争になるなり、そういう破滅的な結末を迎えるだろうという事です。

 最近もよく、「北朝鮮は南進(韓国侵攻)するだろう」と言われますが、私には北朝鮮にそんな力が残されているとは思えません。たとえ戦争になったとしても、簡単に撃退されてしまうでしょう。いくらなんでも、金正日がそこまで無謀な事をするほど馬鹿であるとは思えません。

 そうすると結局、残された可能性は革命かクーデターという事になります。国内で騒乱が発生し、金正日は殺されるなり国外に亡命するなりということになるでしょう。

 もっとも、革命が起こるにしても、そのためにはある程度、外国への門戸開放等が行われるなどして国民が目覚めない限り、条件が整わないでしょうから、一番有得る可能性は、このまま何十年か北朝鮮は変わりなく存続し、金正日が死んだときに、集団指導体制に移行し、民主化が徐々に進んで行くといったところでしょうか。

 いずれにせよ日本は、ハード・ランディングに備えた体制を整えておく必要があります。まあ、現在の日本に出来る事が果たしてどれほどあるかは、おおいに疑問ではありますが。


                              なかみや たかし・本誌編集委員


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