二枚舌症候群(その1)


                            中宮 崇


連中は、脳みそも良心も持ち合わせてはいないのか?


 最近、武器の生産と輸出入に関するマスコミの関心が高い。特に、ダイアナ妃も積極的に関与していた、対人地雷の生産禁止運動については、推進団体がノーベル平和賞を受賞してからというもの、禁止条約の調印に消極的であった日本政府さえも動かした。

 対人地雷とは、その名の通り、人間を攻撃目標とする地雷である。映画や何かの影響で、地雷といえば、真ん丸いお皿型の対戦車地雷の方が有名であるが、その残虐さと世界における使用量は、対人地雷の方が、遥かに上回る。

 対人地雷は、銃などとはかなり性質を異にする兵器である。まず、奇妙に聞こえるかも知れないが、人を殺すことを目的としていない。では何を目的としているかというと、敵の戦争遂行用資源を最大限奪うこと、もっと言うと、死なない程度に敵に怪我をさせることを目的としているのである。

 「戦争や軍隊の目的は、人を殺すことである!」などと犯罪的な勘違いをしている、単細胞な市民団体や進歩的文化人には理解できないことであろうが、敵は殺してしまうよりも、重傷を負わせた方が得なのだ。何しろ敵は、傷ついた味方を治療するために病院のベットを用意しなければならなくなるし、医薬品や義手義足も必要だ。看護人も付けてやらなくてはならない。医薬品の代りに作ることができたであろう武器弾薬や、看護人の代りに手に入ったであろう兵士を、一人の負傷者のためにあきらめざるを得なくなるのだ。負傷させずに殺してしまったら、せいぜい死体袋が一つ必要となるだけである。ずっと安上がりだ。

 ところで、朝日新聞や市民団体、進歩的文化人等は、地雷を含めた様々な武器が世界に満ち溢れている現状の責任の大半を、武器輸出国に押し付けている。買う方の責任は、ほとんど問おうとはしない。兵士が地雷を撒いて、いたいけな少女の足を吹き飛ばそうが、ノープロブレム。「あなたが悪いのではありませんよ。そんな危ないものを作って売っている、極悪非道な先進国が悪いのですよ」というわけだ。

 ところが、そういうたわけた考えを持っている連中の多くは、別の問題になるととたんに、「売る方は悪くはない。買う方が悪いのだ!」という大変身を遂げる。常人には全く理解し難い不誠実さである。

 例えば援助交際。最近は売春ならぬ、買春なる言葉を作ってまで、買う方のオヤジの責任を追及する風潮が強くなってきている。「売る方の女子高生は、全くの被害者、全ては社会のせい、買うオヤジが悪い」というわけだ。特に筑紫哲也の雑誌『週刊金曜日』の誌面は、その手の妄説一色である。

 麻薬問題についても同じことが言える。北朝鮮による麻薬密輸問題や、ペルー人質事件の際の、犯行グループMRTAの麻薬産業関与問題のおりに良く言われたのが、「先進国の人間が買うから、売る人間がいるのだ」という主張。さすがに狡猾な朝日新聞には、その手の主張は表立っては見られなかった(いつものように、投書欄で代弁させていた)が、『週刊金曜日』を活躍の場とする連中などは、そうした自虐的プロパガンダに余念がなかった。「MRTAが人質を取ったのも、麻薬取り引きに手を染めたのも、それどころかスイス銀行に巨億の金を溜め込んでいるのも、全て日本が悪いのだ」というのだから、ただただ呆れるしかない。北朝鮮の麻薬密輸にいたっては、日本人拉致と並んで国家的犯罪事業であるにもかかわらず、触れようとさえしない。たとえ触れたとしても、「買う方が悪い」、「国民が飢えているのだから、やむを得ない」等という、朝鮮総連顔負けのふざけたコメントを付け加えることを決して忘れない。北朝鮮から金をもらっているわけでもないのに(あの国に、下らん連中に金を渡して飼っておくだけの余裕があるはずはないのだから)、ご苦労なことである。

 考えて見れば、連中のこのような破廉恥な二枚舌は、別に今に始ったことではない。むしろ、連中に必ず付き物の特徴とさえ言える。思い浮かべてみるとよい。

 都合の良いときは「憲法を護れ、法を護れ!」等と言っているくせに、他のところでは「法や行政がおかしい!」などとわめくのは、いつものことである。連中の分裂症的なびょーきには、我々常人はついては行けない。


                               つづく…


                               なかみや たかし・本紙編集委員


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