”週刊少年ジャンプ以外でデビューしたジャンプ連載作家達を調べてみる”


週刊少年ジャンプは、新人賞から新人を育てるのが他の少年誌よりうまいイメージがある。
そんな中、他誌でデビューした作家はどんな人がいるのか調べてみようというのがこのページの趣旨です。
創刊から数年間は、ジャンプでデビュー組の方が少数派なので、主な看板作品の作者がどこでデビューしたかを調べました。

Boichi

2017年14号Dr.STONEで作画担当として本誌初連載。
(2017.09.24 書影追加)
デビューは1993年。
出身地の韓国にて朴武直(パク・ムジク)名義で少女漫画という作品でデビュー。
2006年ヤングキング(少年画報社)10号よりサンケンロックを連載開始。

2008年モーニング(講談社)49号よりラキアを連載開始。(作画担当)

2013年グランドジャンプ14号よりWallman-ウォールマン-を連載開始。

2015年グランドジャンプ23号よりテラフォーマーズ外伝 アシモフを連載開始(作画担当)

2016年週刊ヤングマガジン40号よりORIGIN連載開始


筒井大志

2017年10号僕たちは勉強ができないで本誌初連載。

2008年月刊コミックブレイド(マッグガーデン)11月号よりエスプリトを連載開始。

2011年月刊コミックブレイド7月号よりフカシギフィリアを連載開始。

2011年月刊コミックブレイド10月号よりゲームSTEINS;GATEのスピンオフ作品であるSTEINS;GATE 比翼恋理のスイーツはにーを連載開始。(作画担当)

2013年グランドジャンプ2月号にちよにスタンバイ!が掲載。
2013年グランドジャンプPREMIUM10月号に我が家のトラワレ姫が掲載。
2013年月刊コミック電撃大王(メディアワークス)11月号でミサイルとプランクトンが掲載(作画担当)。2014年8月号より連載化。

2013年good!アフタヌーン(講談社)39号にウサミは今日も旅立たない。が掲載。
2014年ジャンプ改1月号にソラバコ ターミナルが掲載。
2014年月刊コミックアライブ(メディアファクトリー)4月号にCLAIM ALAMODE!-クレーム・アラモード-が掲載。
2014年グランドジャンプPREMIUM5月号よりIDOROLLを連載。

2014年12月1日よりジャンプ+でニセコイスピンオフ作品マジカルパティシエ小咲ちゃん!!を配信開始。


出水ぽすか

2016年35号約束のネバーランドで作画担当として本誌初連載。

2008年コロコロコミック(小学館)でイラストの仕事を始める。
イラストレーターとして、児童向けゲームブック名将の決断シリーズ(学研)の挿絵を担当している。

2010年てれびくん(小学館)で4コマ漫画の連載(漫画家としてのデビュー?)。
小学館のコロコロコミックで連載を持っていた。

集英社の雑誌には2016年ジャンプ+にポピィの願いで作画担当として初掲載。

川田

2014年26号火の丸相撲で本誌初連載。

デビューの年・作品は不明。
デビュー誌はモーニング。
その後モーニングツーに何度か読み切りが掲載される。
2009年第77回手塚賞にラブアンドジャスティスが佳作を受賞。
藤巻忠俊の元でアシスタントを務める。
少年ジャンプNEXT!2013年春号に火の丸相撲の読み切り版が掲載。
ジャンプ本誌には、2013年39号に火の丸相撲の読み切り版で初掲載

高山としのり

2014年12号i・ショウジョで本誌初連載。

代表作はジャンプ+で配信されたi・ショウジョ+

2005年70回手塚賞佳作をギャンブルドットで受賞。
2008年オーム社の理工学書漫画でデビュー(高山ヤマ名義)。

2009年1月赤丸ジャンプに「サザンクロスバトル」「CCG(キャラクターカードゲーム)」で遊ぼう!を掲載(高山憲弼名義)
2010年最強ジャンプ創刊号よりボンゴレGP来る!を連載。

2010年小説すばる(集英社)連載のここはボツコニアンの挿絵を担当。

2011年よりラノベメタルジャックシリーズ(集英社/JUMP j BOOKS)の挿絵を担当。

2011年ジャンプNEXT!冬号にハチメガデスを掲載。
2012年ジャンプNEXT!春号にケータイショウジョを掲載

ミウラタダヒロ

2012年23号恋染紅葉で作画担当として本誌初連載。

代表作はゆらぎ荘の幽奈さん

ジャンプ増刊にはジャンプNEXT2011年春号にふぁみドル!を掲載(作画担当)。
2011年時点で、漫画歴20年の経歴を持つが、ジャンプ以前の作品、掲載誌は不明。
それ以前の経歴で解っていることは、
京都精華大学ストーリーマンガ専門分野卒業
えすとえむと同級生
ということである。
ネット上では、御心惟ではないか、という話がある。
同人誌やアンソロジーの執筆はしてるもよう。

京都の大学を卒業しているらしい。
女性だという話もある。(2017.09.24 訂正)

佐伯俊

2012年52号食戟のソーマで作画担当として本誌初連載。

原作担当の附田祐斗の知人だったことがきっかけでジャンプ編集部と連絡を取り合うようになる。
2011年ジャンプNEXT!にキミと私の恋愛相談を読み切りで初掲載。
以前は、tosh名義で活動していたらしい。
COMIC快楽天(ワニマガジン社)の第22回新人賞を受賞。
2008年デビュー。
2010年に初単行本めんくい!出版。

2011年に2冊目の単行本ハーレムタイム出版。

エロ漫画家として、人気作家であった。

椎橋寛

2008年15号ぬらりひょんの孫で本誌初連載。

デビューは2002年
ビジネスジャンプ15・16号璞〜ARATAMA〜でデビュー。
ジャンプ増刊には赤丸ジャンプ2006年夏号にぬらりひょんの孫を読み切りが初掲載。
本誌には2007年35号にぬらりひょんの孫の読み切りが初掲載。

石岡ショウエイ

2007年32号ベルモンド Le VisiteuRで本誌初連載。

デビューは2001年
月刊少年ジャンプ真夏増刊号の読み切りLEO the GOLDでデビュー。
2002年月刊少年ジャンプ8月号よりLEO the GOLDを連載開始。
ジャンプ増刊には2005年赤丸ジャンプ夏号にトラ!! the goal-d Gravi-rulerの読み切りが初掲載。

福島鉄平

2007年14号サムライうさぎで初連載。

デビューは2000年。
コミックフラッパー(メディアファクトリー)9月号掲載の牛乳時代でデビュー。
コミックフラッパーで6本の読み切りを掲載。
ジャンプ増刊には赤丸ジャンプ2003年夏号にredの読み切りが初掲載。
ジャンプ本誌には2004年34号第1回ジャンプ金未来杯エントリー作品としてプルソウルが掲載。これが初掲載作となる。

暁月あきら

2007年2月号神力契約者M&Yで本誌初連載。

連載前2006年17号に神力契約者M&Yを読み切り掲載。
代表作はめだかボックス。作画担当。

本誌連載前に、赤丸ジャンプ2003年夏号にZ-XLダイの読み切りを掲載している。デビュー作ということになっている。
以前は、空鵺名義で活動していたらしい。
2000年12月にムリを承知で恋人ですという単行本がビブロスより出版されている。

天野明

2004年26号家庭教師ヒットマンREBORN!で本誌初連載

デビューは1998年。
第38回ちばてつや賞ヤング部門優秀新人賞を受賞しデビュー(受賞作は5歳のころ」)。
1998年ヤングマガジン赤青BUTA(講談社)に少年スピンを掲載。
1999年ヤングマガジン(講談社)に熱風野球伝説ぴっちゃんを掲載。
2000年別冊ヤングマガジンでぷちぷちラビィを連載開始、後、ヤングマガジン本誌に移行。

2002年ヤングマガジンでMONKEY BUSINESS掲載。
ジャンプ増刊には赤丸ジャンプ2003年春号にバクハツHAWK!!が初掲載。

蔵人健吾

2003年19号SANTA!で本誌初連載。

デビューは1995年。
SINCE 2030でMJ少年漫画大賞佳作。月刊少年ジャンプORIGINALに掲載されデビュー。
1998年世界平和と僕で第48回赤塚賞準入選。SCRAP HEARTで第55回手塚賞佳作。
世界と平和と僕は赤丸ジャンプ冬号に掲載される。
1999年25号に闇を狩る者の読み切りでジャンプ本誌初掲載。
2002年ガンガンパワード春号にカワモトケイゴ名義で王子タローのグダグダ感がいなめないの読み切りを掲載している。

河下水希

2000年48号りりむキッスで本誌初連載。

代表作はいちご100%。

イラストレーターとして、1992年桃栗みかん名義でデビュー。
小説JUNE1992年12月号(マガジン・マガジン)の表紙を担当。
集英社とは、スーパーファンタジー文庫の挿絵を担当したのが初めての仕事。
漫画家として、1994年オフィスユー10月号にて高校男子-BOYS-の作画担当としてデビュー。

1998年ぶーけで少女漫画を描いていた。

本誌には2000年19号りりむキッスの読み切りを河下水希名義で初掲載。

尾玉なみえ

2000年47号純情パインで初連載。

デビューは1995年。
アフタヌーン四季賞秋におなまだ絵美名義で佳作を受賞してデビュー。
1999年少年エスパーねじめでBJ増刊EXTRAビージャン12月30日号に読み切りが掲載される。(こおろぎあぽじ名義)
ジャンプ本誌には2000年27号に純情パインの読み切りで初掲載。

堀井秀人(現:井上行広)

1996年32号ドルヒラで初連載。

デビューは1990年。
第1回キャプテングランプリ賞をSTANDで受賞、キャプテングランプリVol.1(徳間書店)に掲載されデビュー。(動物屋少年達名義)
1993年塚田マンで第46回手塚賞佳作。

桐山光侍

1993年26号NINKU -忍空-で初連載。

デビューは1989年。
地球の上のいろんなあなた!が週刊ヤングマガジンに掲載されデビュー(桐山浩二名義)
1991年週刊少年サンデー増刊号1月号より戦国甲子園〜九犬士伝説〜を連載。
週刊少年サンデー本誌に33号から移籍。


高橋和希

1991年50号天然色男児BURAYで初連載(高橋一雅名義)。
代表作は遊☆戯☆王。

1981年第8回小学館新人コミック大賞にING!ラブボールで入賞し週刊少年サンデー31号に雅はじめ名義で掲載される。
1986年週刊少年マガジンでアニメ剛Q超児イッキマンのコミカライズを担当(高橋かずお名義)。

1990年週刊少年ジャンプ増刊サマースペシャルに闘輝王の鷹を読み切り掲載(高橋一雅名義)。

真倉翔

1991年41号天外君の華麗なる悩みで初連載。

代表作は地獄先生ぬ〜べ〜(原作担当)。
ジャンプの連載前に、真倉まいな名義で主に松文館の雑誌でエロ漫画を描いていた。
コミックスも数作出ている。
1987年はずみ感度100が初単行本。

江川達也

1988年49号まじかる☆タルるートくんで初連載。

デビューは1984年。
モーニング(講談社)7号からBE FREE!を連載。これがデビュー作である。

デビュー前に、本宮ひろしのアシスタントを4か月務めていた。

一色まこと


1986年23号はなったれBoogieで初連載。
代表作は、ミスターマガジン(講談社)で連載された花田少年史。ヤングマガジンアッパーズとモーニング(共に講談社)で連載されたピアノの森。

デビューは1984年。
第10回ちばてつや賞佳作をカオリで受賞。ヤングマガジンに掲載されてデビュー。
1985年ジャストコミックス(光文社)に読み切りキスしてあげる掲載。
1985年愛してるといってくれで第23回赤塚賞準入選。1986年週刊少年ジャンプ増刊春号に掲載。

えんどコイチ

1985年14号ついでにとんちんかんで初連載。

デビューは1981年。
週刊少年チャンピオンにて遠足の日でデビュー。
1981年週刊少年チャンピオン44号よりアノアノとんがらしを連載開始。

1983年フレッシュジャンプ6月号に死神くんが掲載。のち連載化。

1984年49号・50号についでにとんちんかんの読み切り版掲載。

みやすのんき

1986年3・4号うわさのBOYで初連載。
大学在学中より、ロリコンメーカー、洋森しのぶ、ひろもりしのぶ名義でエロ漫画を描いていた。
劇画ZIPPER(サン出版)漫画ブリッコ(白夜書房)アリスクラブ(大洋図書)などで活躍した。
オトナなんかだいきらい、バナナシスターズなどの単行本が発売されている。
1984年月刊少年ジャンプでやるっきゃ騎士を月刊少年チャンピオンでLOVE LOVE アミィを掲載。


巻来功士

1983年54号機械戦士ギルファーの作画担当として初連載。

代表作はメタルK、ゴッドサイダー。

デビューは1981年。
週刊少年キング(少年画報社)においてジローハリケーンでデビュー、連載(村田光介名義)。
1982年に週刊少年キングが休刊するまで、ローリング17を連載。
本誌初連載前に1983年週刊少年ジャンプ増刊号に読み切りが掲載されている。

森下ひろみ(現:森下裕美)

1982年33号JUNで初連載。
代表作は週刊ヤングジャンプに連載された少年アシベ。

1982年英語教師で第6回ヤングジャンプ青年漫画大賞準入選。
1982年ガロ4月号に掲載された少年がデビュー作になる。

宮下あきら

1979年21号私立極道高校で初連載。

代表作は、激!!極虎一家、魁!!男塾など。

デビュー前は高橋よしひろのアシスタントだった。
1978年少年勝負師ケンが第21回少年マガジン新人漫画賞佳作受賞、少年マガジン増刊号1979/01/25号に掲載されデビュー。
本誌には、1979年17号に私立極道高校の読み切りが掲載された。

小島正春(現:大和正樹)

1977年31号白い狩人の作画担当として初連載。

代表作は、大和正樹名義でプレイコミック(秋田書店)に連載されたあげちゃう!女教師。

1977年大空にたつ(マサ小島名義)で第11回手塚賞佳作。
月刊少年ジャンプでデビュー。

南一平

1976年41号北斗の騎士の作画担当で初連載。
専門学校時代に月刊漫画ガロ(青林堂)にてデビュー。
1975年第10回手塚賞佳作を熱球の果てに…で受賞。1976年5・6号に掲載。

沢本英二郎

1976年26号保安官ジョーの作画担当として初連載。
19歳の時に岐路でプレイコミック(秋田書店)にてデビュー。

加藤唯史

1976年7号サテライトの虹の作画担当で初連載。
代表作は漫画ゴラク(日本文芸社)連載のザ・シェフ(作画担当)

1973年貸本雑誌劇画No.1(東考社)に妖かしの森が掲載されデビュー(加藤正名義)。

諸星大二郎

1974年37号妖怪ハンターで初連載。

1970年COM(虫プロ商事)12月号ジュン子・恐喝でデビュー。
漫画アクション(双葉社)パピヨン(双葉社)などで作品を発表。
1974年第7回手塚賞に生物都市が入選。

柳沢きみお

1973年47号女だらけで初連載。
代表作は翔んだカップル(週刊少年マガジン)月とスッポン(週刊少年チャンピオン)特命係長只野仁(週刊現代・講談社)など

1970年デワタン一座が週刊少年サンデーに掲載されデビュー。
1970年週刊少年ジャンプに読み切りズンバラビンが掲載。
以後別冊少年ジャンプに読み切りを発表。

ビッグ錠

1973年28号包丁人味平の作画担当として初連載。

高校生の時に佃竜二名義で研本社よりバクダン君で貸本漫画家デビュー。
1968年ペンネームをビッグ錠に改める。さよならサクランボが週刊少年キングに掲載。
週刊少年マガジン1971年9号より釘師サブやんが連載(作画担当)。


ちばあきお

1973年27号プレイボールで初連載。

1967年なかよし(講談社)に掲載されたサブとチビでデビュー。
1971年別冊少年ジャンプ2月号に校舎裏のイレブンを掲載。
1971年別冊少年ジャンプ9月号に半ちゃんを掲載。
1972年別冊少年サンデー1月号にみちくさを掲載。
1972年月刊少年ジャンプ2月号よりキャプテンを連載開始。

1973年別冊少年ジャンプ2月号にがんばらなくちゃを掲載。

中島徳博

1971年37号青春最前線で初連載。
代表作は、アストロ球団(作画担当)。

高校時代に貸本漫画東京漫画出版社よりデビュー。
1969年悪友伝が週刊少年ジャンプ本誌に掲載。
1970年悪たれ大将軍を月刊少年ジャンプ9月号より連載。

とりいかずよし

1970年39号トイレット博士で初連載。

1969年別冊少年サンデー4月号にてくちなし居ぬでデビュー。

中沢啓治

1969年16号燃えろ! グズ六で初連載。
代表作は、はだしのゲン。

1962年少年画報(少年画報社)にてスパーク1でデビュー。1年間連載。
その後週刊少年キング(少年画報社)で宇宙ジラフを3カ月間連載。
他に、冒険王(秋田書店)まんが王(秋田書店)少年(光文社)ぼくら(講談社)週刊少年サンデーなどで読み切りを発表。
1966年母の死をきっかけに、黒い雨にうたれてを描く。この作品は1968年に漫画パンチ(芳文社)に掲載された。
このころ、テレビ番組や映画のコミカライズを請け負っていたという。

本宮ひろ志

1968年11号男一匹ガキ大将で初連載。

デビューは1965年。
貸本漫画きみとぼく(日の丸文庫)11号に遠い島影が掲載されてデビュー。
男一匹ガキ大将連載前に、読み切りアラシと鉄と三本指が本誌に掲載されている。

永井豪

1968年11号ハレンチ学園で初連載。

デビューは1967年。
ぼくら(講談社)にて目明しポリ吉でデビュー。
その後、ちびっこ怪獣ヤダモンのコミカライズをぼくら1967年12月号より連載開始。

貝塚ひろし

1968年創刊号より父の魂を連載。

ジャンプ創刊時の看板作家である。
デビューは1957年。
東京寿書房より乞食と殿様で貸本漫画家デビュー。
1958年おもしろブック(集英社)にくりくり投手の連載を開始。


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