クニュンバクリブワンジ

 それではここらでそろそろ初級チェワ語講座など。 「チェワ語なんて勉強してどうするんだ!」とおっしゃる方、ごもっともです。 チェワ語はマラウイ中南部(一応全土で通じることになっていますが、南部のヤオ語エリアはともかくとして、北部のツンブカ語エリアの田舎では苦しいようです)と、あとザンビアとモザンビークのごく一部でしか通じません。 たとえペラペラになっても誰にも自慢できないし、ましてや履歴書には書けません。 しかし、一応チェワ語はバンツー語族に属する一言語ですから、覚えておけばスワヒリ語などを覚えるときに参考になります。 このあいだ「地球の歩き方」に載っているスワヒリ語講座を読みましたが、結構似ているようです。 でも普通はスワヒリ語から勉強しますね。

 それはさておき、日常会話です。 まずは昼間の挨拶。

My colleagues in Malawi National Exam. BoardMuli bwanji?
Ndili bwino, kaya inu?
Ndili bwino.
Zikomo kwambili.
Zikomo, zikomo.

(訳)
ごきげんいかがですか。
良いです、あなたは。
良いです。
どうもありがとう。
どうもどうも。

 英語の"How are you?"とやたらよく似た挨拶のパターンなのはきっと英語文化の影響なのだと思います。 さて、各文の内容です。

1. Muli bwanji?

 バンツー語系は単語の切れ目の考え方が独特で、普通なら別の単語と認識するものを一つにくっつけて、それぞれの部分を接頭辞・挿入辞・接尾辞と呼びます。 日本語と英語の中間的な概念ですかね。 この文の場合は、英語風に区切ると、Mu li bwanji? というのが適切です。 Mu は「あなた」、li がbe動詞、bwanji が「どうですか?(疑問詞)」です。

2. Ndili bwino, kaya inu?

 上と同じ方法で区切ると、Ndi li bwino, kaya inu? となります。 Ndi は「わたし」で、bwino は「よい(well)」です。 動詞は主語によって変化したりしません。 kaya inu はそのままand you と同じです(でもkaya はA and B という表現の時の接続詞にはなりません。 then と同じくらいですかね。 それからお気づきかと思いますが、「あなた」をMu と言うのは主語として使うときだけ(主格表現)で、inu が独立して使うときの言葉です。)。 あ、言い忘れましたが、発音は基本的にローマ字読みです。 アルファベット表記するアフリカの言語は大抵そうだと思いますが、文字を獲得したのがごく最近なので、発音上の例外がまだ発生しないようです。 それで、ここのところを「かや・いーぬ」と発音すると、どうしても犬のことを思い出して最初は笑ってしまいました。 このことを親しくしているカバンベさん(彼についてはまた今度書きましょう)のうちで話すと子供達に大変受けました。 「犬はどうですか」だものね。 彼はそういう意味なので私が言いにくいのではないかと気を遣ってくれて、「kaya inu が言いにくかったらkaya iwo という言い方もあるよ。」とわざわざ教えてくれました。 iwo は三人称なのですが、敬意を表すときには二人称にも使うようです。

3. Zikomo kwambili. - Zikomo, zikomo.

 Zikomo が「ありがとう」で、kwambili が「とても・たくさん」です。 この言葉はチェワ語では一番よく使います。 あとの方のZikomo, zikomo を「どうもどうも」と訳していますが、Zikomo はマラウイでは万能の言葉なのです。 挨拶の最後は絶対にZikomo です。 あと、人混みの間を通り抜けるときもZikomo, zikomo と言いながらかき分けていきます。 二人きりで部屋にいて、話すことがなくなったときは、ときどき顔を見合わせてZikomo, zikomo と言っていればとりあえず間が持ちます。 日本語の「どうも」よりも便利な言葉なのではないでしょうか。 ちなみにマラウイでは協力隊員が機関誌を作っているのですが、その雑誌名も"Zikomo" です。

 ま、これだけ覚えて困ったときにはZikomo, zikomo と笑顔で言っていればとりあえずマラウイでは生きていけます。 次は朝の挨拶です。

Madzuka bwanji?
Ndadzuka bwino, kaya inu?

(訳)
お目覚めいかがですか。
良いです、あなたは。

1. Madzuka bwanji?

 そろそろ読み飽きてきた頃だと思いますが、そこはなんとか。 これに例の単語分けを行うとなぜかMu a dzuka bwanji になります。 a は直前の動作を表す時制(immidiate past)の挿入辞、dzuka は「目覚める」という一般動詞です。 Mu + a でMa になるわけですね。

2. Ndadzuka bwino, kaya inu?

 さっきと同じで、Ndi + a でNda になります。 最初の例はbe動詞だったので例外的だったのですが、この文がチェワ語の最も基本的な構成です。 つまり「主語・時制挿入辞・動詞(・副詞)」の文型ですね。 詳しくは述べませんが時制には現在(現在進行形に近い)・過去・未来・直前の過去(現在完了と概念は似ている)・直近の未来(immidiate future)・現在の習慣(habitual 、こちらの方が本来の現在形に近い)・過去の習慣があります。

 さて、ここまでは前置きです。 はっきり言って。 ここでの主題は挨拶そのものです。 マラウイの人は挨拶が大好きです。 ほとんど一日中挨拶をしていると言っても過言ではないでしょう。 機関銃で無差別に撃ちまくるように挨拶をします。 しかも、同じところに固まっている数人の人に挨拶をするとき、日本なら一回の挨拶ですませますが、マラウイの場合は絶対にそういうことはありません。 たとえ相手が10人でも、全員に対して先ほどの例のような挨拶を繰り返します。 さすがに時間がかかるので、親しい人にはMuli bwanji? がMuli bwa? になってしまうんですけどね。 職場の同じ部署の同僚ならともかく、職場全体で人とすれ違うときにもほぼ必ず挨拶をします。 極端な話、町中で全然知らない人とすれ違うときでも、目が合ってしまったらたいがい挨拶するのです。 外人と見ると英語で挨拶してくれる人もいるのですが、それでも内容はチェワ語の直訳なので、Hello だけで済むことはあまりなく、Hello, how are you? - I'm fine thank you, and you? なんて会話をしなくてはならないです。 あ、自転車で職場に行くときに近所の家の前を通ると、子供が手を振って「ハロー、ハロー」と言います。 このときは「ハロー」と答えるだけですね。 でも子供達はそのあとあたかも基本文例にでもあるかのように「ギブミーマネー」と言います。 ああ、マラウイの将来が嘆かわしい。 でもまあ、挨拶はマラウイの人にとっては娯楽というか、生活そのものというか、重要なものなのですね。 確かにこれをやっていると「マラウイの人はフレンドリーだな」と思います。

 そんでもって、この挨拶には上級編があります。 月曜日に会ったりすると「週末はいかがでしたか(正確なチェワ語は忘れてしまいました)」と聞かれます。 旅行から帰ってくると「旅行はどうでしたか」になります。 このチェワ語は覚えています。

Munayenda bwanji?

 Mu のあとのna は過去を表す挿入辞、yenda は「歩く・旅行する」です。

 そして最後に、私にはまだよくわからない挨拶があります。 それが主題の「クニュンバクリブワンジ」です。

 Kunyumba kuli bwanji?

 Kunyumba は「家」です。 チェワ語では具体的な名詞は直接の主語になれないので、そのあとにその名詞を受ける主格接頭辞を置いてそれを主語とします。 この場合はku がそれにあたります。 名詞には8つのクラス(フランス語などの「性」にあたるものですね)があるので、これがku になるかya になるかa になるかなどなどの問題があるのです。 これがバンツー語系独特の「接頭辞の呼応」という現象らしいのですが、私には名詞のクラス分けは全くわかりません。

 ですからとにかく直訳すると「家はどうですか」ということになるわけです。 でも、どうしてこういうことを聞くのでしょう。 私が少しチェワ語がわかってきたな、と周りの人が感じた頃から最初の会話例のあとにこの質問をされるようになりました。 とりあえずはKuli bwino. (いいです)と答えているのですが、何が良かったらいい、で、何が悪かったら悪い、なのかのニュアンスがいまいちピンときません。 少しわかってきたのは、家で水が止まっていたり、長い間停電したりしたときは悪い、になるのだということです。 だから「お宅の方はお変わりありませんか」ということなのですね、きっと。 こういう感覚がわかることが「異文化理解」なのかなあ、と思っています。

(1995/8/19)