痛い。どうやら、頭を打ったようだ。
   それが、僕の意識を取り戻した時に脳裏に浮かんだ、最初の言葉の羅列だった。
   だが、まぶたは開かない。だから双眸に映るのは暗闇ばかりだ。手も足も動かない。
   そうか、人が死ぬのって、こんな感じなんだ。意識だけが残って、暗闇をどこまでも彷徨っ
  ていって……
   僕は、シャトルから落ちたんだ。あれから木星に激突して死んだのだろうか。それとも、手
  足が動かないから、大気中で凍死したんだろうか。
   ……まあ、今となってはどうでもいいことだけどな。もう、過ぎたことだし。
   でも、もし凍死したのなら、この頭の痛みはどうしてあるんだろう?
  (……痛み?)
   脳裏に、今更のようにそんな疑問が浮かび上がった。痛み? 死人に痛みなんてあるの
  だろうか。もしそれなら、怪我で死んだ人は永遠に痛みを感じてしまうのだろうか。僕もこの
  頭の痛みを永遠に感じていくのだろうか。
  (そんなの……いやだ……!)
   僕はもがいた。身体は動かないが、それでも頭中で必至に抵抗した。見えない恐怖に。
  あるのかすら分からないものに。だがそうしないと、僕は気が済まないように思えた。
  (いやだ……死ぬのなんて……)
   不安と焦燥が、脳裏を駆けめぐる。
  「いやだっ!」
   そう叫んで、僕はその場に飛び起きた。
  「……………………え?」
   一瞬、何が起こったのかよく分からなかった。気が付いたら大声を出して上体を起こして
  いるし、目も開いている。もちろん、身体もあった。意識だけが浮遊しているというわけでは
  ないらしい。
   ふとして、頭をさぐってみた。痛みは多少残っているが、それでも身体が動かせない、と
  いうほどでもない。頭に触れた手を見ても、血が付いているというわけでもない。
  「…………?」
   僕はその場に立ち上がった。そしてそれこそ今更のように、周り――つまり、自分の居
  場所――を見回す。
  「ここは……?」
   それは、一言で言い表すと「緑の草原」だった。どこまでも、果てしなく続く草原――
  田植えをされて間もないような、青々しい稲が風になびく、そんな光景。懐旧を余儀なくさ
  れるような、ひどく心が安らぐ大地――
  (大地?)
   ふと僕は足元を見た。大地だ。足を踏み入れている。この2本の足で、身体を支えてい
  る。宇宙ではない。重力の存在しない、不安定な暗闇の空間では、ない。
  「地球……? にしては、何か違和感を感じる……。」
   独白に身体を解放されたかのように、僕は歩を進めようとした。
   ――その時、
  「ねえ、あなた地球から来たの?」
  (え?)
    僕は、声のした方に顔を向けた。
   と同時に、身体がひどくひきつるのを感じる。
  「……大丈夫?」
  「え、ああ。何でもないよ。ちょっと驚いただけ。」
   声の主は、1人の女の子だった。見たところ歳は僕と同じくらいで、身長もそんなに変
  わらない。若干僕の方が高いらしい。透けるような緑のショートヘアがとても似合ってい
  る、かわいい娘だ。
   彼女は僕の返事を聞くと、ほっとしたような表情を見せた。
  「よかった。いきなり空から降ってくるんだもん。草がクッションになったといっても、ああ
  頭から落ちてきちゃ、ね。死んじゃったかと思っちゃった。」
  「降って……きた?」
   僕は怪訝に思った。彼女はさらに続ける。
  「そうよ。ヘヴ……じゃなかった、宇宙空間の狭間から落っこちてきたの。運良く開いて
  たからよかったけど、そうでなかったらあなた、今頃身体が粉々になってたわよ。」
  「宇宙空間……?」
   僕はますます困惑した。そもそも僕はなぜ、こんな所にいるのか。どうやって降って
  たのか……
  (……え?)
   そう考えていると、ある仮説が僕の脳裏をよぎる。
   同時に、これ以上ないくらいに僕の背筋は凍り付いた。が、こんなことがあるわけがな
  い。もしそうであれば、彼女の言うとおり僕の身体は粉々になってもおかしくない――い
  や、そうなっているはずだ。
  「あの、さ。1つ、聞いてもいい?」
  「どうぞ。」
  「宇宙空間から降ってきたって……つまり、僕が宇宙を漂っているときにその狭間って
  のが開いて僕はその中に吸い込まれた。そして空間を転移……かどうかは分からない
  けど、とにかくその中を通ってきて、ここの上空に現れた結果、ここに落ちてきた――
  つまり、こういうこと?」
   僕は半信半疑――といっても、半分以上は信じてないけど――の気持ちでそうまくし
  たてた。それを聞いて女の子は、目をしろくろさせてこちらを凝視している。
   ……だろうなあ。どのくらいの高さか知らないけど、「降ってきた」となればそれなりに
  高い所から落ちてきたはず。それが頭からとなれば、いくら草原の上に落ちたといえど、
  助かるはずがない。それに「転移」なんて空想的な言葉、信じようがないもんなあ。
   いまだ微動だにしない女の子を前に、僕は嘆息混じりにかぶりを降った。我ながら間
  の抜けたことを言ってしまったと謝ろうとしたその時、
  「……すごい、そんな洞察力を持った人って、初めて見たわ。」
  「……は?」
   褒められてしまった。
   え〜と……
  「つまり、僕の言った通りだってこと?」
  「ええ、そうよ。」
   てっきり唖然とするか、驚愕するかと思いきや、女の子は笑顔で応えてくれた。
   対して僕は、なかなか現実を受け入れられない。空間転移なんて、初めて体験したも
  のだから。いや、人間の中で僕が初めてじゃないだろうか。
  (……人間?)
   そういえば、彼女は何者なのか?
   彼女も、空間転移を体験したことがあるのだろうか?
   ……そもそも、ここはどこなのだろうか? 僕はどこに転移してきたのか?
   脳裏に渦巻く疑問の山が、僕の思考能力を低下させる。
   が、それでもなんとか1つの疑問に思考を集中させ、言葉の羅列に変換することがで
  きた。それを必至で口から言い表す。
  「ねえ、ここは一体どこなの?」
   すると彼女は怪訝そうな表情をし――やがてポン、と手を叩いた。
  「えっと、ここは、地球の言い方をするとね……木星っていったかな。」
  「…………は?」
   その一言に今度こそ、僕の思考能力は消滅した。

 



 
 
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