第3章・敗因は何か

      新進団体――帝国“バイツァ・レグルス”にとって、全くの未知なる存在――
      よって、その戦力もまた、未知なるものである。その相手に宣戦布告され、当然彼等は
     必死になって戦力分析するだの、戦闘の事前用意するだのするはずだった。
      が――
     「というわけで、とうとう明日になっちゃったね。」
     「何が『というわけ』なんだ?」
      山代は、隣でのほほんと言う白石に、半眼の視線を向けた。
      あれから結局、笹原の宣戦布告をあまり気にしなかったのか、中布利は特に何も指令
     を下さなかった。それに対し、戦闘員はともかく、情報主任の仁科は笹原に言われたこと
     を気にしているらしく、勉強に身を入れずに今後の作戦を自分一人だけで考えているらし
     い。情報処理班の汐月は、単独で“スーパー・ノヴァ”に探りをいれていたのだが、予備校
     全体に知られている帝国と違い、存在自体が全く知られていない“スーパー・ノヴァ”から、
     たった一つの情報を仕入れるのですら、骨の折れる仕事だった。
      実際、二日かけて彼女が手に入れた情報はその一つだけである。その情報を、汐月は
     昨日のうちに帝国全体に知らせた(つまり、今日は情報ゼロだった)のだが、昨日、何だ
     かんだ言って結局予備校をサボってしまった山代は、その情報を未だに知らない。
     「……で、情報処理班は何て言ってんだ?」
     「うん。前・司令長官の言っていた“ドン”って人が分かっただけだって。確か、十三組の…
     …森口由香って人。理系の人らしいよ。」
     「女か? そいつが、あのデータ・クリスタルを使った“理想郷”を造った奴か……うちの“小
     宇宙”を模造したとはいえ、なかなか頭のキレる奴なんだろうな……こりゃ、結構厄介かも
     しれんぞ。」
     「え? 山代、何で模造したってのが分かるの?」
      それを聞いて、山代は呆れ返った――というより、むしろ目を丸くした。度を超して呆れて
     しまったのだ。白石は、特に何もないというような表情でこちらを見ている。ひょっとして、こ
     いつが一番平和じゃないのか、と山代は思った。
     「あのな、もしあの“理想郷”ってのを創れる奴がいたら、とっくに参戦しているだろうよ。帝
     国の存在は、予備校全体に広まってんだからな……まあ、大部分には偽名で通してはい
     るけどな。だが、それが今になってやってきた。そうすると、前・司令長官が“小宇宙”が修
     理に困っている時に偶然その女がやってきて、それを修理――あるいは、模造してやるか
     ら、私の下で働けと言った。こう洞察するのが自然だろうが。」
      しかし、その自然な洞察に白石は、ただただ山代に感心の視線を送るだけだった。
      山代はもう諦めたのか、ため息を一つつくときびすを返した。階段を降りようとして、振り向
     かず、その場でもう一つ言ってくる。
     「……もう一つ、厄介な要素がある。まあ、厄介というか、ツイてない、と言った方がいいか
     もしれんが。」
     「何だよ、その要素って。」
     「その女が十三組だってことだ。うちの空母と同じクラスでも、何の情報も得られんだろ。や
     っこさん、年がら年中寝てばっかりなんだからよ。」
      山代は、一階の自分のクラスへと、階段を降りていった。
      四時間目開始のチャイムが鳴り、それと同時に白石は、さすがに彼も絶望のため息をつ
     いて、七番教室へと姿を消した。

      四時間目が終わって、白石は急いで階段を降りた。五階から二階まで、まあ普通に歩い
     ていっても一分半くらいの距離である。段抜かしで降りていった彼は、それこそ一分もかか
     らずオペレーション・ルームへと辿り着いた。その勢いで元気よく入っていく。
     「こんちは……って、まあ誰もいないんじゃ挨拶しても意味ないな――」
      そこまで言って、彼は言葉を飲み込んだ。
      津波や山代といった戦闘員はともかく、教壇には既に中布利が着き、仁科や汐月といっ
     た顔ぶれがそこにはあった。見ると、まだ来ていないのは作戦主任参謀の安野と、皇帝・
     軍務尚書の三人だけである。白石は慌てて腕時計を見た。一時二分。昼休みに入ってまだ
     二分しかたってない。なのに、もうほとんどのメンバーが来ている――
     「遅かったな、お前。」
      と言ったのは、白石から見て一番手前に座っている津波である。一番言われたくない相
     手に言われ、白石はムッとして、
     「遅かったって、僕は授業が終わって速攻でここまで来たんだよ、なのに遅いって……」
     「俺達ゃ、授業を抜けてきたんだ。決戦を前日に、お前みたいにのんびりできないからな。」
      応えたのは、津波の後ろの古谷だった。その後ろは空席になっており、津波の右隣(つま
     り、白石から見て奥の方)には山代がいて、その後ろに中村、広瀬が座っている。つまり、
     戦闘員が艦隊順に着いていた。
     「……なんか、昨日のんびりしていた割には、今日はえらく気合い入ってるな〜。」
     「何を言っている!」
      白石の独白に、古谷は拳を作ってその場に立ち上がった。
     「俺は昨日も燃えていた! そしてそれは今日も例外ではない! 俺の夢を成し遂げるまで!
     俺は全てにおいて情熱を注ぎ込むのだ!!」
     「で、勉強すっぽかしていつも遊び呆けてるってのはどういうことなんだ?」
     「広瀬さんって言ったね。何か分からないことがあったら、遠慮しないで俺に聞いてくれ。ど
     んなことでも明確に答えてあげるから。」
      前にいる津波の、きついつっこみに古谷は、何の表情の変化も見せずに話題を切り替え
     た。広瀬という名が出て、津波のこめかみに血管が浮いて見えるのだが、嫉妬したところ
     で彼女に気に入られることはないというのを理解しているのか、それはすぐにまたこめかみ
     の中に消えた。
      二人をほっといて、白石は古谷の後ろの席へと着いた。机が縦に三列しか置いてないこ
     の小部屋は、白石の席からその様子が一望できた。そこではじめて彼は、黒板に何やら書
     かれているのに気付いた。筆跡からして、仁科が書いたものらしい。彼は達筆なので、誰
     の目からもすぐに分かる。
      書かれている内容を、白石はしばらく凝視していたが、その双眸は次第に疑問の色に染
     まった。一言で言えば、笹原を戦闘員全員で一網打尽にするというものだったが、白石か
     ら見ても、その作戦は明らかに無謀と知れた。
     「あの、すいません、情報主任。」
     「……何だ?」
      挙手してその場に立ち上がった白石に応えた仁科の声は、いつになく低く、鋭い声だっ
     た。
     「それって、情報主任が考えたんですか?」
     「そうだ。それがどうかしたか?」
     「僕、思うんですけど、それって結構無理がありません? 二人しかいないんですから、恐
     らくドンって人も戦闘員的人員だと思うんですよ。でも、その作戦だと前・司令長官を撃っ
     ている間に彼女から奇襲を受ける恐れがあると思うんですけど。それと、あといくら六艦隊
     で包囲していてもスキの大きい裏主砲ならかわされる可能性もあるわけですし、最悪の場
     合、同士討ちという結果にもならないことも……」
      そこで、白石の声は自然に途切れた。いや、途切れざるを得なかった。
      仁科は、白石から見て右列の、一番前に座っていた――とはいえ、机三列分の距離と
     いうのはたかが知れているのだが、それでも二人で話すには大した距離だった。その距離
     で白石は――仁科はこちらに振り向いて――恐れをなした。
      彼の形相に。
      白石は身の毛も弥立つ恐ろしさに、思わず座り込んでしまった。それを見てか、仁科は
     再び前に向き直り、ただじっと中布利の方を見やる。しかしその中布利は、いつもの格好
     でひたすら沈黙を通し続けている。
     (さっきから、ずっとあの調子なのよ。)
      いきなり聞こえた小声に、白石は驚いた。ふと声のした方を見やると、広瀬が口に手を
     当ててこちらに話しかけていた。基本的にこの予備校の教室内の机は、二つ(あるいは三
     つ)くっつけてひとまとめの机にしている。ここもその例外ではなく、当然白石と広瀬の間は、
     ひそひそ話ができるほど狭い。
     (さっき……って、どれくらい前なの?)
     (そうだなあ……もう、二十分にはなると思うけど。その間、ずっと何も話さないんだから、
     参謀総長。)
      聞いて白石は、中布利を一瞥した。いつもと変わらない、両手を顎の下で組む姿勢。ライ
     トに照らされ輝く光は、威厳すら感じさせる。
      そう、どこも普段と変わりはないのだ――
     (何で、あの人は黙り込んでるんだろう?)
     (え?)
      白石は、別に声に出すつもりはなかった――が、独白になってしまったらしい。それを聞
     いて、広瀬が眉をひそめてこちらを見る。
     (……今、何てったの?)
     (あ、いや、いつも作戦会議なら、参謀総長がみんなを収集して、何らかの指令を下すは
     ずなんだ。なのに、全く話そうとしない。みんな、もう何か言ったんでしょ? 二十分もたっ
     たんなら。)
     (あ、うん、もちろん。そのことは、山代君に聞いたから。)
      広瀬はこくん、と頷いて中布利の方を見た。しばらく何か考えていたようだったが、再び
     こちらに振り返る。
     (そうそう、そう言えばさっきので思い出したけど……この作戦会議、情報主任参謀が収
     集したのよ。)
     (ええっ!)
      危うく叫んでしまいそうになり、白石は慌てて自分の口を手で塞いだ。辺りを見回して、
     慎重に口から言葉をつむぎ出す。
     (ほ……本当、それ?)
     (うん、エリカちゃんがそう言ってたの。でも参謀総長は、あまりこの作戦会議に乗り気
     でな――)
     「いい加減に――」
      唐突に割り込んできた(少々怒気を含んでいる)仁科の声に、二人は肩を震わせて驚
     愕した。冷や汗を頬に伝わせ、おそるおそる仁科の方を見る。が、彼は別にこちらを見て
     いない。前を向いているままである。とりあえず叱咤されずに済んだと、二人は安堵のた
     め息をついた。
     「いい加減に、何か言ったらどうだ、中布利? でないと、せっかく開いたこの作戦会議も、
     何の意味もなくなってしまう。」
     「……さっきも言った通りだ、情報主任。」
      仁科のではなく、中布利の言葉に室内全員の意識が集まった。
     「この作戦会議に意味はない。ゆえに発言する意味もない。」
     「なっ……!?」
      あまりの驚愕に、仁科はその場に立ち上がった。あまつさえ、続ける。
     「なぜだ!? お前は笹原にあんなことを言われて何とも思わないのか? あいつを叩き潰し
     てやろうとは思わないのか?」
     「そんな感情は必要ない。それに、奴等“スーパー・ノヴァ”を意識する必要もない。」
     「……………………っ!」
      仁科は、拳を震わせて中布利を睨み付けた。それから、中布利の方へと一歩、足を踏
     み出したが彼はそこで足を止めた。肩から首筋にかけて、何かがかかって仁科の動きを
     遮っている。最大限まで伸ばされた、白銀に輝くポインター。
      それを持っているのは、当然のごとく安野であった。
     「ったく、お前はどうも神経質だよな。それが唯一の弱点だと、前にも言ってやったはずだ
     が。あの黒縁メガネの老け顔野郎に言われた通り、それじゃ作戦を立てる役にはなれん
     ぜ。それに、俺が入ってきたのが分からないくらい焦燥してんじゃ、どのみちお前は、戦
     闘中の様々な情報を処理しきれな――」
      そこまで言うが早いか、無言で仁科は安野の胸ぐらを掴み上げた。
      仁科の隣に座っていた汐月はそれを見て驚いたが、特にそれを止めようとする態度は
     示さなかった。それは戦闘員の六人にもいえたことだが、ただ呆気に取られているだけ
     というのが約二名いた。
     しばらく、仁科は安野の胸ぐらを掴んだ姿勢のまま動かなかった。安野の方も黙ったま
     ま、特に何もしなかったが、さすがにこのままではまずいと思ったか、仁科の手を離しに
     かかり――
      乱入者は、以外な所から現れた。
     「……そこまでだ。」
      それまで自分から口を開こうとしなかった中布利が、二人に割って入った。
     「作戦会議を開くことにおいて、お前達二人の行動は邪魔だ。速やかに席に着け。」
      ただでさえ低い声を、さらにトーンを落とした中布利の言葉は、安野を速やかに移動さ
     せた。仁科に至っては、しばらくその場に佇んでいたが。
      やがてその仁科が席に着き、ようやく作戦会議が開始できる環境ができた――同時に
     安野は今さらのように黒板を見る。仁科の達筆な字。それはどうやら今後の作戦を示し
     ているようだった――そういえば、仁科が独自で作戦を考えているようなことを聞いた覚
     えがある――が、ざっと見て安野は思わず叫んだ。
     「な、何だこれは!? 仁科、お前、ひょっとして明日はSE計画の実行日と勘違いしている
     のと違うか?」
     「何だと?」
      仁科は、再び形相を険しいものにした。席は立たなかったが。
     「新進団体にドンと呼ばれる人物がいようが、実際、奴等の頭は笹原だ。仮に今、奴等が
     三人以上になっていてもな。だから奴さえ叩けば、後は自然に我々が勝利をものにできる
     はずだ。」
      今の仁科の状況からすると、ごく冷静な話し方だった――が、それを安野は容易にあ
     しらった。それこそ冷静に。
     「仁科……いや、なら少し、話のテーマを変えよう。仮に、明日がSE計画の実行日だと
     する。そこでお前がこの作戦を持ち込んだとしよう。でもな、それでも採用されないだろう
     よ、この作戦は。」
     「……何が言いたいんだ?」
      いらいらするように、仁科は言った。その様子を、同じ先頭列の山代が横目で静かに眺
     めている。隣の津波は、仁科の作戦を眺めては何か唸ったり、顎をさすったりしている。
     中村は仁科が変に動じているのが気に入らないらしく、さっきから舌打ちを連発している。
     自称・常時完全燃焼の古谷に関しては、いつの間にか眠りこけていた。
      安野は手にしているポインターを縮め、ポケットにしまった。代わりに赤のチョークを持っ
     て、仁科の書いた作戦の上から、書き足しを始める。
     「いいか。まず決定的なのは、包囲の仕方だ。これでは、裏主砲をかわされた場合の味方
     に直撃する確率が高いんだよ。それと、各艦隊の配置。目標を一点に絞って集中砲撃する
     “妖牛斬”は、威力は強いがその反面、かわされやすい。一点を打ち抜くんだからな。それ
     を考えると、『天騎士』の対角には艦隊を置かない方が無難だ。それと……そうだな、『隠
     者』の“闇色の光球”は威力は若干劣るが、α波の類を反射するという特性を持つ。この
     対角に『戦女神』を置くと、仮に“美しき死神”がかわされても反射を利用して確実に直撃
     させることができる。ここで『戦女神』を使うのは無論、裏主砲が戦闘員中最強だからだ。
     大きな要素における、俺の改良策といったらこのくらいかな。後は、詳細部分をどう改良さ
     せるかだが……」
     「……もういい。」
      チョークで黒板に書き付ける音で、かき消されそうな小さな声で、仁科は呟いた。
      安野は手を動かすのをやめ、チョークを置いた。仁科はもう焦燥していない。明らかに気
     落ちしている。
     「もう、分かった。つまり、俺の作戦そのものがなってなかったってわけだな……?」
      さっきよりも、さらに小さな声音で彼は続けた。
     「…………そうだ。」
      言葉を濁しながら、しかし素直に安野は頷く。
      その様子を横目で見ていた山代は、小さくため息を一つついて、視線を前方に戻した。
     その意味を理解して、安野がゆっくりと言葉を続ける。
     「なあ、仁科……俺は何も、笹原を返り討ちにさせようってのに反対しているわけじゃな
     い。それは参謀総長はもとより、みんな一緒だ。ただ、必要以上に熱くなるなってことだ。
     お前一人が気持ちだけ先に行くんじゃなくて、お前はお前の役割、俺は俺の役割を果たす。
     全員がそれぞれの役割を担って、笹原をあっと言わせてやる。そう考えることはできない
     のか?」
      水を打ったように静かになった。もとよりそう騒がしくなかったのだが、津波にはそう
     思えた。その静けさの中、仁科は独り俯き、そして――顔を上げた。
     「……悪かった、みんな。俺一人で、勝手なことやってしまって。」
      自分を見つめ直した後の彼の双眸は、いつもの輝きを取り戻していた。
     「お前のおかげで目が覚めたよ、安野……じゃ、いつも通りの作戦会議の進行、頼む。」
     「……了解。」
      薄く笑い、安野はポケットからポインターを取りだした。
      午後一時半。遅ればせながら帝国“バイツァ・レグルス”は、対新進団体における作戦
     会議を開始した。
 
 



 

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