第4章・課題は何か

 日曜日。
 この日は、朝からものすごい雨が降っていた。台風のように、風こそそう吹いていなか
ったが、そうでなければまるっきり台風そのものといっていいほどの天候だった。
 そんな日、彼等はいつものようにリニアに揺られ、駅へと降り立つ。
 目的地は――予備校ではない。「原田電磁製作所」と看板のある、一軒の家だった。
そこは無論、皇帝・原田の家であり、また帝国発端の地でもある。
 彼等――正確には津波、古谷、汐月、白石、そして参謀トリオの中布利、仁科、安野
の七人である――の目的は、二つあった。まずは、津波達三人の“小宇宙”を修復して
もらうこと。そしてもう一つは、対“スーパー・ノヴァ”の対策を練ること。
 正規(?)の戦闘ではないとはいえ、実質笹原一人に惨敗したのだ。それに、森口の
話だと彼女も笹原と同等の戦闘力を持っているというのだ。人数ではこちらが勝っている
とはいえ、油断できない。戦闘のあった金曜の夜、何とか昏睡から立ち直った津波がそ
のことを参謀達に伝えたのだが、さすがに安野もいい案が浮かばず、四苦八苦していた
らしい。本来、解答を手に入れて原田の家に集まるはずが、二日後の今日になってしま
ったのである。それも、解答なしの集合だ。
 もちろん――帝国内の人間全員、前日の模試はさんざんだった。
「しかし……解答抜きの模試が、あんなに辛いものだったなんてな。」
 そんな当然のことを、安野は今さら思い出したように呟いた。
「久しぶりだぜ、あんな実力でやる模試なんてよ。普段分かるような問題まで分かんなか
ったぜ。やっぱ、他力本願ってのはまずいのかねぇ。」
「う〜ん……ていうか、何か怪しまれないかなあ? 僕達、帝国の人間全員が全員、今回
の模試の成績が愕然と落ちたんだよ。何かあるんじゃ、て思って、チューター達が捜索な
んてするんじゃ……。」
「そりゃねえだろ。今まで俺達に解答をパクられたってのはおろか、“小宇宙”の本来のシ
ステムにすら気付いてないんだからよ。実際、事故防止型の“小宇宙”を見せてやって、
それと堅く信じ込んでいるんだから、連中は。」
「……そうだね。心配することなんて、ないんだよね。なあ津波、お前さっきから黙りこくっ
てるけど、どうせ昨日の成績がひどく悪いからってんだろ。そりゃ、お前の実力がその程
度だから成績を落とすなってのも無理な相談か――」
 そこまで言って――
 白石は、石化したように沈黙した。いや、安野に至っても同様である。二人はたった今、
気付いたのだ。辺りの雰囲気がどす黒い暗雲が立ちこめているように重いということに。
津波にしろ、古谷にしろ。全員が俯いたまま、傘をさしてただ足を原田の家へと運ぶだけ
である。
 いや、実際外には暗雲が立ちこめているのだが、それはまさに今の帝国そのものを指し
示すかのようであった。
 しばらく、何も言うことができなかったが、白石はとにかくこの雰囲気を崩そうと、手を広
げながら懸命に何か話そうとした。
「な、何みんな暗くなっちゃってんだよ? そりゃ一昨日は作戦に失敗しちゃったけど、たま
にはそんな日もあってもおもしろいじゃないか、ねぇ?」
「そうだぜ、今回ばっかりは白石の言う通りだ。失敗をプラス思考していかんと、『失敗は
成功のもと』とはならんぞ。」
 安野の隣で、白石はうんうんと頷く。少し首を傾げてはいるが。
 しかし、この二人の言葉にも耳を傾ける者はいなかった。実際、それはいたかもしれな
いが彼等の反応は周りの雨の音でかき消されたのだろう。何にしろ、今この時点で発奮
しようという人間はいなかったのだ。誰一人として。
 原田の家の、最寄りの駅からそこまでは徒歩で約十分かかる。が、この雨だともう少し
かかりそうである。どちらかというとここは田舎のほうなので、車の渋滞で歩道がつまった
り(車道に出なければ目的地には着けない)するようなことはない。朝のラッシュの時間
帯を過ぎているので、なおさらのことである。
 そしてその十分弱の間、お通夜のような行列はとうとう言葉を交わすことはなかった。
七人は営業用の大きな車庫で傘を震い、車庫とは対照的の、二階建てではあるがやや
小さめな家の玄関に、立つ。
 先頭の中布利が、ブザーを押した――澄んだ音が家の中を吹き抜ける。家のことなの
で本人には直接関係ないだろうが、この音を聞く度に原田という人間とはとても合いそう
にないな、と白石は思う。
 そして、ガチャ、と音をたててドアは開いた。そこから現れたのは、身長百八十センチ
強――帝国内最高である――、薄く茶髪に染めた、整った顔立ち。華奢な体つきの割
には、胸板が厚く体格がよい――要するに、身体の線がきれいなのであるが、なぜか彼
女はいなかったと白石は記憶していた。その男はこちらの姿を認めるが早いか、一枚の
紙を中布利に突きつけた。それにはこう書かれている――
『自室にて待つ。遠慮なく上がってこい――G・ワンダフル原田』
 中布利は、それを見てはじめて口を開いた。いつもと変わらぬ声で。
「やはり、もう来ていたか――堀田尚書。」
 尚書という役職は本来、上からの命令を記した証書を文官に授けるというものである。
軍務尚書の堀田の役職は、まさしく皇帝・原田の言葉を紙に記して参謀に手渡すというも
のであった。
 そう――命令のみならず、言葉全てである。それも、訳したものを。
「ホッホッ。」
『よく来た。まあ適当に座ってくれ。』
 素早く紙にそう書いて、堀田はそれを七人に見せた。彼等は各々荷物を置いてカーペッ
トのしいてある床に、全員で輪を作るようにして座る。二階にある原田の部屋は、家が小
さめなのにも拘わらず、堀田もあわせて九人もの人間がゆったりとしていられるほどのス
ペースがあった。二人兄妹であるのに、だ。
 白石は“小宇宙”の入ったカバンを横手に、堀田の隣に座っている人物――原田の方
を見やった。いつ見ても強烈なインパクト。目立たざるを得ないその容姿。
 いや、決して彼の容姿が目立つのではなく、その容姿に施したものが目立つのである。
 すなわち――仮装。
 頭にはちょんまげのカツラを被り、顔は何を使ってかはよく分からないが白く塗りたくっ
ている。手には扇子を持ち、(コスプレ用だろう)袴まで着ている。さらにすごいことには、
その格好で予備校に来ることもあるのだ(さすがに毎日はしてこないが)。
 彼――原田は、扇子を扇いで声高らかに笑った。しかし、それは彼にとってただの笑
いではなく、言葉そのものである。しかしそれは、彼の親友である堀田でしか訳すことが
できない。それを何も、わざわざ紙に書いて見せなくてもいいのだが、「軍務尚書」という
役職上、それはそれで徹底するというのが堀田の信念である(らしい)。
 もちろん、彼自身の言い分は会話でするが。
 この日、当然全員集合といきたかったのだが、まだ新入りの中村と広瀬にとって、原田
の存在は強烈すぎる(予備校では見たことはあるだろうが、彼の自宅で見るのはまた違う
だろう)と、仁科はあえて二人を連れてこなかった。
 そして、山代に至っては――
「……で、何で山代は来てないんだ?」
 と、これは堀田の声。
「それがやーまの奴、ちょっと今は一人にしてほしいって言うんだよ。どうやら、一昨日の
ことがよほど堪えたらしいな。俺達だってやられちまったのは悔しいが、あいつは敵の前
で冷静さを欠いちまったんだ。そらショックだったろうよ。」
「そうか……あいつもあいつなりに、考えているんだな。何だかんだいっても、あいつは
結構やることはやっているからな。」
「結構じゃない。とても、だ。」
「へえ、お前、山代のかたをもつようになったのか。」
「あん? 今の、俺じゃねえよ。」
 津波は、目を丸くして応えた――同時に、彼の正面である堀田の後ろを見やる。すな
わち、その声のした方へと。
 そこはちょうど、部屋の出入り口だった。一体、いつからそこにいたのか、山代が壁に
背を預けている。そしてその後ろには、中村と広瀬、二人の姿もあった。
 津波は目を丸くした。だが、その割には淡々と訊ねる。
「やーま、お前、ショックで寝込んでたんじゃないんか?」
「バカいえ、俺がそんなナーバスなわけないだろ。情報主任殿じゃあるまいし。」
 と言って、山代は仁科の方に冷やかすように笑いかける。
「俺はな、どうせこの二人は連れていかないだろうから、嘘ついてサボるふりしてこいつ
らを連れてきたんだよ。どうせ会議するってんなら、全員いた方がいいもんな?」
「そうだぜ、置いてけぼりはひどいってもんだ。ライバルも出てきておもしろくなってきたっ
て時に、俺を差し置いて楽しもうなんてよ。」
 中村は、山代の隣でそうまくし立てた。あまつさえ、広瀬が胸を張って言ってくる。
「そうよ、帝国一の戦力ぬきで一戦やらかそうなんて、どういう了見してんだか。」
 そして彼等三人、互いに顔を見合わせて笑みを浮かべた。各々、“小宇宙”の入ったカ
バンを足元に置き、輪の中に入り、腰を下ろす。
 仁科は、ただ黙って彼等のやりとりを見ていた。そして、そのうちについ今し方まで暗く、
落ち込んでいた自分が妙におかしくなった。本当に、それこそバカみたいに。ちょっと唇を
ゆるめてやると、その隙間から哄笑がはみ出てしまうように思えた。それを必死に抑え込
むように、彼は俯く。が、
「……そうだ、そうだよな…………。」
 肩を震わせながら彼が洩らす小声は、やがて室内全ての人間に聞こえるほど、大きくな
っていく。そうなるにつれ、彼は顔を上げる。
 そして、最後にはきっぱりと、精悍に言い切った。
「やっぱ、全員揃わなきゃ、つまんないもんな。」
 
 


 
 
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