障害者や高齢者が自らの意志で社会参加し、住み慣れた自分の街で生活する上で、今の日本の街には多くの障壁（バリア）があります。
このバリアには物理的バリアと社会的バリアの２種類があります。
●物理的バリア
住宅をはじめとする建物、道路、公園、公共交通等の段差、平坦性欠如、通路や出入口の有効幅員不足、連続利用性不足、誘導案内表示の未整備、等々
●社会的バリア
障害者や高齢者に対する偏見や理解不足、健常者中心の社会や機器のシステム、等々
この２種類のバリアを取り除くことがバリアフリーの街づくりです。
私が最初にこのバリア（障壁）を意識させられたのは、新浦安の駅前に整備された新浦安シンボルロード（1987〜88）の設計を担当したときです。この平坦な土地では道路に勾配をつけないと排水が上手くとれません。それでいて歩道内の縦横断勾配を最小にする必要がある、と浦安市の担当者に言われ、円形側溝を多用しました。
この時は車椅子利用者が少しの勾配で車道側に滑り出していくということを、まだ、よく理解していませんでした。つまり、社会的バリアを私が持っていたことになります。
世田谷区の梅ヶ丘の福祉の街づくりでは、歩道のある道路がほとんどない、どこにでもある通常の住宅地でバリアフリーの街づくりを行うためには、
�‘始�、公園、公共敷地、民地を総動員した基本計画
��既成の『令』や土木の常識ではなく創意工夫による道路整備
�１萋擦僚嗣韻陵�解と協力
が必要なことを学びました。
その後、飯田のリンゴ並木整備（1994〜99）では、道路の公園化がテーマとなりました。車中心の道路から、人中心の道路づくりを目指し、幅員３０ｍの都市計画道路を単断面で設計しています。この時、車の通行可能な最低幅員を３．５ｍと設定しました。
このような、計画が実現した場所が、４０年の歴史あるリンゴ並木であったことが、今後の街づくりに影響を与えて欲しいと思っています。
さらに、世田谷区のやさしいまちづくりデザインノートや福祉のいえ・まち推進条例の編集を通じて、バリアフリー設計の標準化と制度化に関わりました。
世田谷区のやさしいまちづくりデザインノート（1990〜1996）の第１編は、市民に社会的バリアの認識を広め、ノーマライゼーションの啓蒙を図る内容です。
一方、『公共トイレ編』、『公共サイン編』、『道路編』、『公園編』、『建築編』、『公共交通編』は、事業者、計画者、設計者、施工者、管理者等の街づくりに直接かかわる担当者に、バリアフリーの街づくりを理解してもらい、実践するために編集されています。
この編集作業は、世田谷区のそれぞれの所轄担当者が中心となってまとめました。このように、建設に関わる当事者のワークショップによりデザインノートを作成した経験は、それぞれの立場で問題点を確認し、解決方法を検討し、実行に移せると言うメリットを生んでいます。
その後、世田谷区では福祉的環境整備をより確実なものとするため、1995年に福祉のいえ・まち推進条例を制定し、民間施設等の福祉的環境整備計画書の提出を義務づけ、総合的な整備の推進や住宅の整備、移動手段の確保について規定しました。
このように、世田谷区では1981年の『福祉・安全・設計指針』の制定から、長期的な視点で地方自治における福祉環境の整備を進めています。
そして、現在計画中の深沢４丁目周辺地区の福祉的環境整備計画（策定中）に繋がっています。
この計画は福祉のいえ・まち推進条例に基づき、まち全体のバリアフリー化を推進するための先行地区として、世田谷区内で５地区が選定されています。財政状況が悪化している自治体で物理的バリアを解消するために、地域社会に協力を求める計画でもあります。
最後に、現在施工中の池袋東口東栄会街路モール化整備（1997〜2000年春完成予定）を紹介します。
東栄会商店会は池袋駅東口の駅前に位置しています。区画整理によってできた道路は一方通行で、車道の幅員が６ｍありました。パーキングメーターが併設されていたため、車道の両側に駐車され、その間を車が通るという、車だらけの道でした。
商店会の方々は、乗降客250万人/日の駅前で車で来る顧客よりも、駅利用の歩行者に快適な商業環境を提供することを望み、交通管理者（警察）と道路管理者（豊島区）に住民を加えて計画をつくる、コミュニィティゾーン（歩行者優先の道づくりを面的に行う事業）の指定を選びました。
整備されつつある車道は幅員３．５ｍを基本としています。反対に今まで２．５ｍであった歩道幅員は、３〜５．５ｍとしました。また、車道は蛇行させ一部にハンプを設け、車の通行速度を減速させる設計としました。また、歩車道段差は０〜２ｃｍの範囲で押さえています。
この計画は、道路の構造を変え物理的バリアを低くし、交通規制の変更等により社会的バリアを減少させるものです。
これらの街づくりを通じて、最近強く認識していることは、バリアフリーの街づくりは、車中心の街づくりから人中心の街づくりへの変更を必要とする。と言う点です。
世界中には多くの差別が存在しています。人は差別の好きな動物です。
民主主義以前の社会では、女性であること。宗教が異なること。主義信条が異なること。祖先や家族が罪を犯したこと。高齢であること。病気であること。貧乏であること。等々、数え切れない差別が存在していました。あるいは、今でも存在しています。
これらの差別は、多くの場合、全ての人の基本的人権を守ると言う理念の元、『法』により少しづつ改善されています。
日本においても女性の参政権が確立されたのは最近のことです。また、海外赴任者などの参政権は今年になって改善されました。
このように広義にとらえれば、物理的バリアと社会的バリアは差別です。
障害者への差別を少なくするには最終的には『法』による必要があると思います。アメリカのＡＤＡ『障害を持つアメリカ人法 1990』やイギリスのＤＤＡ『障害者差別禁止法 1995』に類する法整備が重要です。
しかし、このような『法』にたどり着くまでには、国民の大多数が障害者に対する差別をもっと深く認識する必要があるでしょう。
人が差別の好きな動物から、文化の上になりたつ知的存在としての人間に変わるには、まだまだ、多くの時間が必要なようです。
私が行っているバリアフリーの街づくりは、だれか 人のためのものではありません。自分が高齢になり、身体機能が衰えたとき、または事故などで障害を持つた時に、今まで通り、あるいは、少しでも今までに近い状態で生活ができるようにするためです。
このように考えると、バリアフリーの街づくりは、特別難しいことではありません。社会を構成するひとりひとりが、障害や加齢の可能性を自分のことと認識し、その人ができる、心と物のバリアを解消することの積み上げが社会を変えるのです。
できるならばこのバリアフリーの街づくりがノーマルとなり、死語になる日が早く来ることを願って