少年は呆然としながら、ベッドに座っていた。

本来なら3人で暮らしているはずの2LDKのマンション。

保護者である女性は仕事でまだ帰っていない。

同居人である少女は、ここ数日姿を見せていなかった。友人のところにでも泊まっているのだろうか。

しかし、彼が気にしているのは彼女たちのことではなかった。


昨日、病院であった蒼い髪の少女。

少年を守って自爆し、奇跡的に死の淵から帰ってきた筈の少女。

彼女の言葉。


『そう・・・・あなたを守ったの』

『覚えてないの?』

『知らないの。・・・・たぶん私は3人めだと思うから・・・・・』


今まであると信じていた彼女との絆を、全て断ち切るかのような言葉。

それがどうしても受け入れられなかったのだ。


・・・・どうして。


幾度も繰り返す問いかけ。それに答えるものは誰もいない。

明かりもつけず、迫る夕闇とともに暗さを増してきた部屋に一人座っている。

虚空を見つめながら。



その時、まるでそんな少年を見かねたかのように、電話の呼び出し音が鳴った。

緩慢な動作で少年が電話にでる。

聞き慣れた声、しかし意外な相手。

電話の向こうの冷たい口調が彼に告げた。

神託のように。



「シンジくん、あなたのガードは解いたわ。今なら外に出られるわよ。」



魔女の条件

第1話

Written by かつ丸




ネルフ本部、リツコの研究室。そこにシンジは呼び出されていた。


「どうしたんですか、リツコさん」

「・・・・あなたに教えてあげるわ、本当のことを。ついてきなさい」


そう言ってリツコが部屋を出る。逆らえないものを感じ、シンジは黙って従った。



セントラルドグマから、さらに奥。

地中はるか深くまで通じるエレベーターにのり、二人は下まで降りていく。

リツコは何も喋らない。ただ張りついたような笑みを浮かべている。

不安のためか、シンジもうつむくだけだった。


綾波レイの生まれ、育った部屋。

エヴァの墓場、シンジの母が消えた場所。

ネルフ本部の最深部。

まるで教師が学生に教えるように、淡々と説明しながらリツコが案内する。ときどき皮肉そうな口調を交えて。

つきつけられる事実に、シンジはただ混乱するばかりだ。

リツコの真意がわからない。

これ以上ついていってはいけない、なぜかそんな気がする。

しかし、自分を三人目だといったレイ、彼女の事をきちんと知りたいという欲求に、彼は勝てなかった。



どれくらい歩いただろう。

二人は広い空間に出てきた。

ドーム型の部屋、灯が消えているため奥行きの全ては把握できない。

何かの駆動音が聞こえる。そう、これはモーターの音だろう。

真ん中には大きなチューブ。中には何も入っていない。

妖しげな雰囲気に気押され、シンジは傍らの白衣の女性を見つめる。

少し怯えながら。

そう、彼には予感がしていた。

ここが真実への扉、開けてはならないパンドラの箱だということの。



表情を変えないまま、リツコはいつの間にか手に持っていたリモコンのスイッチを押した。

オレンジ色の照明がともる。

部屋中を取り巻くように、一斉に明りがついた。

一瞬眩しさにシンジの目が眩む。

リツコは身じろぎもしない。

光にようやく目が慣れてきたシンジの目に写ったのは・・・・



壁を埋めたLCLの水槽。そしてそこに泳ぐたくさんの綾波レイ。



「これがレイの正体よ」


オレンジ色の光に顔を照らされながら、冷たい口調でリツコが言う。


「作られたモノなの、人の手によって・・・・」

「あやなみ・・・・そん・・な・・・」

「中に入ってるのはただの入れ物よ。表にいるレイにしか魂は入ってないわ、これはただのパーツ」


シンジは何も言えず。ただ水槽の中を見つめている。

なにも身につけていないレイたちが、無邪気としか形容のしようのない笑顔で笑う。

シンジの知っている少女が、一度も見せたことのない表情。

それがいっそう無機的な印象を与える。

シンジの顔が凍りつく、


「でも、あなたのお父さんは彼女を守ることを選んだ、私を犠牲にしてね・・・・」


リツコは手にしたリモコンを見つめ、微笑みながらスイッチを押した。

するとみるみる水槽の様子が変わり、中のレイたちが崩れていく。


「リ・・・リツコさん」

「ただの破壊よ、人じゃないもの・・・・・でも、そんなものに私は負けたのよ・・・」


嘲るような口調でそう言うと、リツコはその場に崩れ落ちた。


「あの人のことを思えば、どんな凌辱にだって耐えられた。・・・でもあの人は私なんか見ていなかった・・・・そんなこと、ずっと前から分かっていたはずなのに・・・・」


大粒の涙で顔を濡らしながら、繰り言をやめようとはしない。

シンジにではない、自分自身に言い聞かせているのだろう。


「馬鹿よ・・・親子そろって大馬鹿者だわ・・・」


床に突っ伏し、泣き続ける。

そんなリツコにとまどいながらも、しかしシンジは水槽から目を逸らせずにいた。

肉塊がただよう水槽の中から。





長い時間がたった。

リツコのむせび泣く声だけがあたりに響いていた。

オレンジ色の部屋。

生きているものはもう二人だけしかいない。

うずくまる白衣の女性と、その横で佇む少年。

いつまでも顔をあげようとしないリツコの肩に、シンジの手ががそっと触れる。


「リツコさん・・・・元気だしてください・・・・その・・・うまく言えないですけど・・・」


震えていたリツコの肩が一瞬止まった。


「綾波・・・・綾波のこと、知らなかったけど・・・教えてくれて・・ありがとうございます・・・・」

「シンジくん・・・」

「・・・・僕の知ってる綾波は・・・じゃあ、もうどこにもいないんですね・・・」


ようやくレイの死に実感がわいたのか、瞳に涙を浮かべながらシンジが言う。

それは必ずしも正確な答えでも無かったが、リツコは顔をあげてシンジの言葉を聞いていた。


「・・・・・やっぱり、僕を・・・・かばって・・・・」


堪えきれなくなったように、嗚咽をもらす。

正体を知っても、いや、それだからこそレイのために流す涙。

それを見つめながら、リツコの顔に小さな微笑みが浮かんでくる。

けしてただ憎んでいたわけではない。

まるで娘のように育てたレイのことを、彼女も間違いなく愛していたのだ。



「ありがとう・・・シンジくん」



そういってシンジを抱きしめ、深く口づける。

一瞬シンジの身体が強張ったが、そのままシンジも彼女に身を任せた。

ミサトの時とは違う。リツコのレイへの思いがシンジにも分かった。


だから拒めなかった。


シンジを貪るリツコの紅色のくちびる。

からみつく舌の感触。

昔、遊びでアスカとした口づけとはあきらかに違う。大人のキス。

目をつぶり、ただされるがままになりながら、シンジは自分の脳髄がとろけていくのを感じていた。

何も考えられなくなる。

父のことも、さきほど見た崩れゆく肉塊のことも、失われた蒼い髪の少女のことも・・・・・なにも。


やがてくちびるがはなれ、潤んだ目のリツコがシンジに囁いた。




「忘れさせてあげるわ、レイを・・・・・・だから忘れさせて、あの人を・・・」

 







〜つづく〜









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katu@osaka.104.net



解説:

シンレイを期待した人ごめんなさい(^^;;。
この話は、あの時ミサトが現れなかったらどうなったか、という分岐モノです。
短期連載でこのくらいの長さのを全5〜6話で予定。
一応最後までいくつもりです。

これはもともとある人へのメールの中にSSSとして書きまして、ここからイタモノのシンレイへ移行するという展開もありなのですが、これはそうはなりません。
題名からもわかりますように、リツコがメインになります。(^^;;

ドラマの方は見てないんですけどね。知り合いにタッキーファンがいるのであらすじくらいは聞いてるはずなんですけど、ちゃんとは覚えてないし(^^;;;
だから全然違う話です。

別にリツコとシンジがやたらとベタベタする話にもならない・・・かな。




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