久し振りの会話。

モニターの向こうの彼女からは、なんの感情も感じられなかった。

事務的な口調。しかしその内容はシンジに大きな衝撃を与えた。


「嘘だ!! カヲルくんが使徒だなんてそんなの嘘だ!!」

「事実よ、受けとめなさい・・・・・出撃・・・・いいわね」




宙を浮かぶ銀髪の少年。

展開されるATフィールド。

襲いかかる無人の弐号機。

全てが信じられないことばかりだ。

しかし、カヲルに裏切られた、その思いはシンジの中でどす黒い怒りに変わっていた。

「アスカ・・・・・ごめん」

弐号機の顔にプログナイフを突きたてる。

赤いエヴァンゲリオンの動きが止まる。そのまま突き飛ばすようにLCLの海へ突き落とす。

その衝撃で壁が崩れる。

シンジの目の前に現れたのは、磔にされた白い巨人と、それに対峙するように浮かぶカヲルの姿。

初号機の手がカヲルを掴む。

エントリープラグのモニター越しにカヲルが微笑んでいるのが見える。

どこか哀しそうに。


「カヲルくん・・・・どうして!?」


悲鳴のようにシンジが問いかけた。

シンジの手によって死ぬ。そのために彼は生まれてきたというのだろうか。




魔女の条件

第4話

Written by かつ丸




全ての使徒は消えた。


残されたのはエヴァシリーズ、そしてリリスとアダム。

これから補完計画の発動が始まる。

独房につながれながらも、リツコは的確に事態を把握していた。

ゼーレへ行ったことも影響している。ネルフの中だけでは見えなかったろう。

ゲンドウと敵対する、大きな力の存在が。


ゲンドウがその身体にアダムを取り込んでいたことは知っている。

リツコと寝ている時にも最近は手袋を外そうとはしなかった。

自らが依代になろうというのか。

彼がしようとしていること、それはゼーレの思惑とは違うのだろう。だから彼らは情報を欲しがっていたのだ。

リリスについて、そしてレイについて。

所詮リツコはただの手駒だ。重要な情報など知りはしない。でなければゲンドウも差し出したりはしなかったろう。

ただ一つの彼の誤算は、信じなかったことだ。リツコが彼を愛していたことを。

激情のあまりに全ての『レイ』を破壊するなど、彼の想像の外だったのだろう。

わかっていればゼーレから返されたリツコを即座に拘束しただろうから。なんのためらいも無しに。



唯一許された自由、端末に写る画面を覗く。

本部内、駐車場の一角そこの監視カメラが写す映像には、うずくまる少年の姿があった。

最後の使徒をその手でほふって以来、彼がふぬけたようになっていく様子を、リツコはここから観ていた。

アスカの病室で彼がしたことも。

別に嫌悪感は感じなかった。女を知っているはずなのに、アスカに触れようとしなかったシンジは、むしろ好ましく思えたほどだ。

ただ臆病なだけかもしれないが。


シンジの状態を知っているはずなのに、ミサトは彼に構おうとはしない。

まるでシンジを避けるように、ネルフの秘密を探ることに執着している。

今も彼女はマギをハッキングして情報を盗んでいるようだ。この端末からでもそれくらいはわかる。

少し前ならそのことだけで消されていただろう。

しかし、もう時は熟している。ゲンドウにもミサトなどに係わっている余裕も理由も無い。

仮に今全てを知ったからといって、ミサトに何ができるというのか。

何もできはしないだろう。




突然画面が乱れる。マギ本体の異状を示すアラームが灯る。

おそらく各地のマギからのハッキングだ。


・・・始まった。


物語の最終幕が。

もう一度舞台にのぼらねばならない。

たとえそれが、ただの道化でしかなくても。






警報があたりに響く。

アナウンスの声が木霊する。


『サードチルドレンはエヴァ初号機に搭乗し待機せよ』


それが自分に対して言われているとわかってはいたが、シンジにはまるで現実感が無かった。

屋内駐車場の非常階段の下、まるで身を隠すようにそこに座り込んでいる。

先程からずっと。


使徒はもういないと言っていた。

カヲルが最後だと。

だったら、何故自分がエヴァに乗る必要があるのか。

サードインパクトを防ぐ役割、それはもう果たしたはずではないのか。 

そのためにトウジを傷つけ、レイを死なせ、カヲルはこの手で殺した。

これ以上自分に何をしろとゲンドウはいうのか。


生きろとあの時カヲルは言った。

シンジたちは死すべき存在ではないと。

しかしそれは違う。自分にはそんな資格はなかったのだ。

ミサトを裏切り、リツコを守れなかった。

そしてアスカを汚した。

アスカの病室、自分の手を染めた白濁する液体を見て、シンジは気づいたのだ。

その瞬間、欲望の対象としてしか彼女を見ていなかった自分に。

自分の本性に。



滅びてしまえばいい。

この世からいなくなってしまえばいい。



澄んだ笑顔でシンジを見つめていた銀髪の少年こそ、生き残るべきだったのだ。

自分などではなくて。








ようやくプログラミングを終え、リツコは自律防御システムを作動させた。

第666プロテクト。

これであと数日の間はマギをハッキングすることはできない。

先程まで恐慌状態にあった周囲の様子も徐々に沈静化していく。

それをリツコは醒めた眼で見つめていた。


日本政府の、そしてゼーレの攻撃は、これで終わったわけではないだろう。

今度は物理的な力がくる。とてもネルフには抗しきれない力が。

それがわからないゲンドウではあるまい。

だからきっとその時だ。ゲンドウがその目的を果たそうとするのは。


アダムとリリスの融合。

神への扉。

自分が絶対存在となることで、ユイを、初号機を取り込もうというのか。

全ての生命に死を与えようとするゼーレの企み。

どちらに転んでも人類に未来は無い。

だが、そんなことは今の自分にはどうでもいいように思える。


学生の頃、何度か訪れたこの地で、研究者として在籍していたユイと会ったことはある。

その時は何の感情も持たなかった。ただきれいな人ということだけしか。

あの時ユイも思わなかったろう・・・・リツコが彼女の息子の最初の女になることなど。

お互い様なのかもしれない。そう思えば不思議と彼女に憎しみは湧かなかった。

しかしすんなりとゲンドウを彼女の元へやるのはしゃくだ。

不毛な感情でも、それは理屈ではない。ロジックではないのだ。

マギのコードをいじり、自爆プログラムを設定した。

これを使うことで、ゲンドウの目論見はついえる。

彼と刺し違えて人生が終わるのなら、それはきっと幸せな最期になるだろう。






「悪く思うなよ、坊主」

額にあてられた拳銃の感触とともに、兵士がシンジに死を告げる。

それをどこか遠い世界のことのように、シンジは聞いていた。

いや、彼は嬉しかったのかもしれない。

これでカヲルのいるところにいけると。


銃声がとどろく。弾丸が頭を撃ち抜く。

シンジではない。シンジに銃を向けていた兵士の。

駆けよる足音と共にさらなる銃声。そして周囲で人が倒れる気配。

「・・・悪く思わないでね」

その言葉と共にひときわ大きな音が響き、その後シンジの腕を掴むものがあった。

それが誰かは分かっていた。今、シンジが一番会いたくない相手、その一人。


「・・・・行くわよ、シンジくん」


見おろすミサトの顔は、般若のように思えた。






ターミナルドグマ、リリスの前。渚カヲルの死んだ場所。

そこでやがて来るはずのゲンドウを待ちながら、リツコはPDAの画面を見つめていた。

モノクロの液晶に写る、ミサトとシンジの姿を。


「・・・そう、それがあなたの選んだ道なのね。ミサト」


エヴァシリーズを全て滅ぼすことで、ゼーレの補完計画を阻止する。

それをシンジに託そうというのだろう。

初号機は戦自に制圧されている。それでも乗せようというのか、自分を犠牲にしてでも。


手の中のPDAを見る。


自分がやろうとしていることが、ひどくちっぽけなことに思える。

それに今ミサトが一緒にいる相手、あれはリツコの男なのだ。

これを使った結果、彼と最後にいるのがミサトになるというのは、すこし悔しい気がした。

画面に向かい自嘲気味に呟く。

しかし、その顔は、どこか晴れやかだった。



「私も、もう、こだわるのはやめるわ。・・・ 所詮、あの人は母さんの男だものね」








〜つづく〜









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katu@osaka.104.net



解説:

カヲルの見せ場は無いまま、「Air」に突入。(^^;;
リツコ復帰も、やってることは同じ(^^;;

何も語るまい、今は・・・





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